天使で悪魔
港湾貿易連盟 〜義賊の美学〜
義賊。
貧しい者に盗んだ物を分け与える、義に忠実な賊。
しかしそれは建前。
貧民達も義賊を崇めるものの、いざ司法機関の手入れがあると見て見ぬ振りをする。結局のところは賊、悪党だ。
それでも。
それでも義賊にも誇りはある。
それは馬鹿げた感情。
にも拘らず義族達はそのルールを護る。そして誇りを持ってそのルールをの事をこう呼ぶのだ。
義賊の美学と。
「……で? 何用ですの?」
アンヴィル市内。
見知らぬ者、と呼ばれる偽造屋(盗賊ギルド構成員なのか、提携を結んでいるだけなのかは不明)の古びた小屋にわたくしはいた。
何故?
義賊の親玉グレイフォックスの伝令係のアーミュゼイ&メスレデルに連れられて、ここまで来た。
お呼び出しなのだ。
義賊の親玉の。
「……」
「……」
無言で相対する。
わたくしは立ったまま。……ふん。没落したとはいえ貴族を立たせたままとは……いえいえ、それ以前にレディに椅子を勧めるのが
殿方の務めでしょうに。まったく。朴念仁ですわね。
椅子に座る灰色狐を睨みつける。
ここに呼び出したのは灰色狐、グレイフォックスその人だ。ここは会談の場所ってわけ。
それにしても見知らぬ者がいない。
……。
まあ、思えばグレイフォックスはサシでの会談を好む。
今までも、そしておそらくはこれからも。
話し合いの間追い出されたのだろう。
さて。
「……で? 何用ですの?」
「……」
もう一度繰り返す。
呼び出された内容は分かってる。伝令係達が言ってたし。
要はファシス・ウレスの一件(完全犯罪の絵参照)で、わたくしはあのダンマーをコロールの衛兵隊に売った。その件だろう。
ただそれなりの正義も発動しているのは確か。私情だけではない。
あのダンマーは盗賊のギルドの為にならないと思った。
だから売った。
放置していたらおそらくは面倒な事になっていたはず。そもそもわたくしが関わらなければ、今頃盗賊ギルドはコロールの伯爵家を
敵に回していた可能性もあるのだ。
だから売った。
だから。
……。
んー、灰色狐はその辺は分かってくれているとは思いましたけど、買い被り過ぎですかねぇ。
わたくしの行動は問題あり?
だとしたらグレイフォックス、少し評価の点数落ちましたわよ。
さてさて。
「用件を」
「……お前はファシス・ウレスを売った。その事に関して、何か申し開きはあるか?」
「まったく」
「まるで?」
「ええ」
「それは何故だ?」
「わたくしは自分の良心に従って動いている。それにまあ、盗賊ギルドの利益も護ったつもりですわ。感謝なさい」
「利益?」
「ええ」
「コロール伯爵家の宝剣は売ればいくらすると思う? それを台無しにした。なのに利益を護ったと?」
「目先の利益など塵芥。長い目で見れば、微々たる額。宝剣は売却できなかったものの、組織は存続できた。……コロール伯爵家を
敵に回すつもりはないのでしょう?」
「……」
沈黙。
相手は仮面を被っているので表情が読み辛い。ただ仮面の下から覗かせる瞳がわたくしを見ていた。
その瞳を見ているとまるで吸い込まれるような感覚に陥る。
「はっはははははははははははっ!」
「な、なんですの?」
「それでこそ真の盗賊だっ! 儲かれば何でもいいという商売人感覚のファシス・ウレスの如きクズとは訳が違うっ!」
「ど、どうも」
突然の哄笑。
突然の賞賛。
……この灰色狐、最初からわたくしの行動の全てを容認していたわけだ。食えないですわねー。
「それで? わたくしは無罪放免なのですわよね?」
「いや」
「はっ?」
「お前の行動は容認出来る。しかし仲間を売ったのは事実。その為の償いはしてもらわねばならん」
「例えば?」
「港湾貿易連盟を知っているか?」
「港湾……?」
知らない。
海産物や造船などの海に関する仕事を一手に取り仕切る港湾ギルドとは違うのだろうか?
港湾貿易連盟?
知らないなぁ。
「お前でも知らん事があるのか。……笑えるな」
ムカっ!
「港湾貿易連盟とは犯罪組織の連合体だ。帝都にあるドレス・カンパニーという組織が盟主的な組織であり、母体。シロディール全域
に同盟組織が多数ある。売春、武具や麻薬の密輸、人身売買、暗殺、まあ、何でもありだな」
「盗賊ギルドは……」
「我々は義賊だ連中などと一緒にするな」
語気を荒げる。
なるほど。
義賊には義賊の誇りがあるわけだ。
ふーん。
「悪かったですわね。自尊心を傷付けてしまったかしら?」
「まあいい。気にするな」
「ええ。微塵も気にしていませんわこの犯罪者」
「……」
「ほほほ」
「……ま、まあ、いい。ともかく港湾貿易連盟とはそういう組織だ。理解したか?」
「ええ」
「結構。話を進めよう」
港湾貿易連盟。
モロウウィンドにある犯罪結社カモナ・トング同様に、何でもあり名犯罪組織らしい。シロディール版カモナ・トング、といった感じかな。
なるほど。
確かに盗賊ギルドとは相容れないわね。
灰色狐の組織は義賊。
殺しはご法度。
……。
正直な話、殺せる状況でも殺さないのだ。
殺した方が楽な場合でもね。
なるほど。義賊ですわ。
さて。
「このアンヴィルの街にカストール商会という貿易会社がある。表向きはまっとうな貿易会社、しかし実際は港湾貿易連盟に所属する
犯罪組織の1つだ。我々盗賊ギルドはアンヴィルでの犯罪行為は一切認めていない。我々以外の組織も活動するのは好ましくない」
「ふーん」
灰色狐の妙な価値観ですわね。
アンヴィルでの仕事を極端に嫌う。前にスクリーヴァに聞いたけど、アンヴィル伯爵家を保護しているらしい。
何故?
まあ、別にいいですけどね。
伯爵夫人はわたくしの姉のような人。この街での犯罪は好ましくない。
……。
……もちろんわたくしがヴァネッサーズを率いて荒らして回った過去の話は封印の方向ですわ。
ほほほ♪
「港湾貿易連盟は最近活発化している」
「へー」
「連中はブラックウッド団と提携を結んでいる。現在、カストール商会がブラックウッド団の依頼を受けてサマーセット島で大量の
武器と元老院への献上用の愛玩エルフを船に隠してアンヴィルに帰還しつつある」
「……へー」
どこで得た情報なのだろう?
それにしてもブラックウッド団……ああ、レヤウィンの亜人版戦士ギルドですわね。犯罪組織と手を結んでる?
まあ盗賊ブラックボウを組織して治安悪化を計ったという噂もありますし、まるでない話ではないですわね。
にしても愛玩エルフね。
美しきエルフと呼ばれるミスティックエルフの事ですわね。
その美しさから権力者達は人身売買の対象にして来た。元老院への献上……ふーん、どこまで本当の話かは分かりませんけど、
元老院も結局は俗物で烏合の衆か。皇帝崩御してから悪戯に政治を掻き乱してるし。
まあいいですわ。
「まさか義賊がヒーローの真似事をするつもりではないですわよね?」
カストール商会の犯罪を立証。
拉致された人達の解放。
盗賊ギルドは義賊ではあるものの、そこまで正義の味方の領域には踏み込めない。
灰色狐は首を振る。
「我々は表向きには動かない」
「ですわよね」
「港湾貿易連盟とは関係ないケチな海賊が今、アンヴィルの波止場地区に船を停泊させている。我々はその情報を港湾ギルドに
流した。港湾ギルドは事態を憂慮して戦士ギルドに依頼を頼んだ」
「ふむ。それで?」
「つまり戦士ギルドは波止場地区に出張る」
「つまりー……全員集合の、足場は出来てるわけですわね?」
「さすがはアルラだ。頭が良い」
「どうも」
海賊がいる→戦士ギルドが出張る→衛兵隊が結果として海賊船の調査(もしくは海賊の捕縛)に出張る→そして……。
「カストール商会の船と鉢合わせ、ですわね?」
「その通りだ」
「でもそううまく行きますの?」
「もちろんその事に関しても考えている。戦士ギルドが海賊船調査に何人投入するか分からんしな。密告の手紙を送るさ」
「ふーん」
「衛兵隊にも送る。全面的に信じなくても、それなりの数は投入するだろう。特に衛兵隊は、な」
「ああ」
合点する。
この街にはヒエロニムス・レックス隊長がいる。盗賊ギルドに執念を燃やした人物。
レックス隊長なら灰色狐からの名で密告の手紙を送ればまず動くだろう。
ふーん。
灰色狐はこれを見越していたのかしら?
レックス隊長は熱血漢。
使い方によっては非常に優秀な番犬……失礼、非常に優秀な衛兵だ。アンヴィル伯爵家を護るには非常に適している。
ふーん。
それを見越してここに左遷したのであれば。
灰色狐、軍師ですわね。
「で? わたくしのお仕事は?」
「とりあえず今夜はカストール商会の船への注目を集めて欲しい」
「はっ?」
「強力な魔法を使える人材は盗賊ギルドにはお前しかいないのでな」
「はっ?」
そして……。
深夜。
波止場地区は人がごった返していた(クララベラ号の積荷 〜悪意の断片〜参照)。
灰色狐の策略の成果だ。
戦士ギルド&アンヴィル衛兵隊が出張ってきていた。海賊の捕縛は撒き餌。全員、灰色狐の盤上で動く駒。
……。
まあ、何故か帝国軍も出張ってきていた。
その内の1人は士官クラスの白銀の鎧を纏っている。隻腕の仕官だ。何者だろう?
まあいいですわ。
わたくしは波止場地区にある倉庫の屋根の上に潜む。
「暗闇の眼」
ブォン。
視界が変わる。
暗視の魔法だ。わずかな月光と星光をわたくしの瞳は拾い、増幅し、暗闇の中でも鮮明に……ではないけど、見えるようになる。
盗賊には必要な技能ですわね。
「……あれか」
見える。
ガレオン船がこちらに向かってきている。カストール商会の船だ。
灰色狐の情報が正しければあれには法に触れるな武具(広範囲に影響を及ぼす魔法の武具。大量破壊武器は違法)と愛玩エルフ
として拉致されたミスティックエルフが監禁されているのだ。
……多分ね。
さて。
「やりますか」
バッ。
手のひらを船の方に……いや、船からわずかに逸れる位置に向ける。
すぅぅぅぅぅっ。
深呼吸。
「霊峰の指っ!」
バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
手から放たれる雷。
古代アイレイドの天候魔法。既存の電撃魔法を遥かに超える。
闇を削り、奔る。
電光はガレオン船を一瞬ではあるものの照らした。眼下の人々はそれに気付く。まだ暗視の魔法は効いている、ガレオン船はゆっくり
とではあるものの方向転換をしていく。逃げる気か。
「馬鹿げた事をっ!」
帝国軍の士官が叫ぶ。
冷静に相対するのは、ヒエロニムス・レックス隊長。
「何故でしょうか?」
「あの雷の魔法に驚いたに決まってるっ! それに停泊のルール? 海は広いんだ。ここでは穏やかかもしれんが、ここに到着する
までに嵐に遭遇する事もあるだろう。下らん詮索はやめて、その海賊どもを逮捕して喜んでろっ!」
「閣下の指図は受けません。私は既に帝都の仕官ではないので」
「な、なにぃっ!」
「海賊達よ。船を出せ。我々に協力すれば、極刑は免れる。そう私が進言する。約束する。信じろ」
……。
へ、へぇ。なかなか男前な性格ですわね。
こんな一面をレックスが持ってるとは思ってもなかった。少し、評価の点数を上げてあげますわ。
「任務終了ですわね」
わたくしの任務はカストール商会の悪事を暴くきっかけを作る事。
それは遂行した。
後は衛兵隊と戦士ギルドの領分ですわ。
「帰りましょうかね」
その後。
カストール商会の罪は立証された。人身売買と武器の密売。
アンヴィル当局はカストール商会を捜査、事実上壊滅に追い込んだ。主要幹部は全て逮捕、資産の没収、また拉致された人々を
解放し保護した。押収した資料から港湾貿易連盟への内偵を元老院に提案するものの、元老院は拒否。
アンヴィル伯爵家が口出すべき問題ではないという返答だったらしい。
……俗物め。
ブラックウッド団との繋がりは、結局不透明なまま。
まあ、そこは盗賊ギルドの領分ではなく戦士ギルドの領分だ。灰色狐はそこまでは関与しない。
ただブラックウッド団が残したとされる書類が船から押収されたらしい。
悪意の断片を戦士ギルドは手にした。
後はお好きに動いてちょうだいな。
帝都から来た士官はヴァルガ将軍、とかいう奴だったらしい。
あのタイミングで何故来たか?
ふん。考えるまでもないわね。
愛玩エルフは元老院への献上用。つまりは、そういう事なのだろう。帝国の治世は腐り切っている。おそらく貴族のままなら、わたくし
は気付かなかっただろう。知らないのは罪ではないけど、知ろうとしないのは明確なる罪だ。
わたくしは知った。
帝国の悪意を。
灰色狐は言った。
「世界は万華鏡のようなものだ。立場により、見方により物事の基準は変わる。お前は帝国の姿の一面を知った。私に従え、そしてい
つか灰色狐の全てをお前に与えると約束する。そして、お前の思う正義を成せ」
「……?」
その意味が分からなかった。
その意味が分かるのは、また別の話。
……わたくしの思う正義を成す、か……。
今回の話は騎士道邁進編の『クララベラ号の積荷 〜悪意の断片〜』の裏方の話になっております。
お読み頂ければ分かり易いかと思われます。