天使で悪魔





盗賊の巣窟




  戦士ギルド。
  帝都軍や各地の都市軍が街中以外の事に介入しない為、自警団的な存在として成り立つ団体。
  本部はコロール。
  各都市に支部があるものの、レヤウィンではライバル組織ブラックウッド団が急速にその勢力を伸ばしている為、既に抗し切れな
  くなって閉鎖された。
  深緑旅団戦争でブラックウッド団が、レヤウィンに貢献したのも大きい。
  レヤウィン領主マリアス・カロ伯爵はブラックウッド団に全面的な援助を約束し、その結果さらに磐石な基盤を築いた。

  戦士ギルドは落日。
  メンバーの大半はブラックウッド団に流れ、依頼もまた流れた。
  今、流れは変わりつつある。
  この状況の中であたしは何が出来るのか。
  あたしに何が……。







  ヤルフィの結末。
  あたしは少々後味の悪い結末を感じながらも翌日、フィッツガルドさんとともにアンヴィルにある戦士ギルド支部に赴いた。
  ここは支部としては最大級。
  外装。
  内装。
  規模。
  人員。
  全てにおいて群を抜いている。
  ……。
  正直なところ、コロール本部より栄えていると思う。
  もちろん街の気風もある。
  コロールは牧歌的な、平穏が取り柄な街(別にそこを否定しているわけではない)だけどアンヴィルはシロディールの海の玄関口
  でもある広大な港湾都市。
  当然コロールよりも人の流れが大きいし、それに伴い依頼の量も増える。
  必然的にアンヴィルが栄えるのが分かる。
  さて。
  「こんにちわー」
  会館に入り、木の人形を相手に熱心に剣の練習をしている人に声を掛けた。
  以前アンヴィルの戦士ギルドに来た際に既に顔見知り。
  ……向こうが覚えてるかは知らないけど。
  剣の手を止め、振り返る男性。
  ぺこり。
  あたしは頭を下げて、微笑。
  「お久しぶりです。アーザンさん」
  「ああ。君か。そうか、君が援軍としてくれたのか。助かるよ。仕事は多いのに人手が足りなくてね。モドリン・オレインさんに人材を
  送ってくれと頼んだわけだが……うん。君なら申し分ない」
  「ありがとうございます」
  ぺこり。
  また、頭を下げた。
  よかったぁ。覚えてくれてたみたい。
  アーザンさんはレッドガードの男性で、ここの支部長。
  ……。
  ちなみに支部長が明確に存在するのはアンヴィルとシェイディンハルだけ。他の支部では、明確な支部長は存在していない。
  何でかは知らないけど。
  シェイディンハル支部長はオークみたい。
  会った事ないのでよくは知らないけど。
  「奥へ来たまえ。とりあえずそこで話をしよう。……チェリーパイは好きかい?」
  「大好きです」
  「そうか。紅茶を飲みながら話をしよう。ところでそちらもお仲間かい?」
  アーザンさんはあたしの後ろに立つ女性に視線を送る。
  フィッツガルド・エメラルダさんだ。
  今回、あたしの後見役として同行している人で、あたしの憧れの人。将来の目標の人。
  いつか肩を並べられたらいいなぁ。
  「叔父さんがあたしの後見役に任命した人です。名前は……」
  「まあいい。奥で話そう」


  やっぱり、アンヴィル支部は大きい。
  三階建てだ。
  コロール本部も形の上では三階建てだけど、アンヴィルほど広くもなければ綺麗でもない。
  「あいつらにも困ったものだ」
  「はぁ」
  支部長の部屋……つまりはアーザンさんの執務室なんだけど、そこのテーブルを囲んであたし達はお茶を楽しみながら話を
  聞いている。話そのものは楽しい内容ではない。
  興味はあるけどね。
  アーザンさんが憤慨している内容は、ブラックウッド団に対してだ。
  レヤウィンに本部を置く亜人版戦士ギルド。
  戦士ギルドの半額以下の料金であり、戦士ギルドなら絶対に請け負わない(犯罪に加担するような依頼は絶対に受けない方針)でも
  ブラックウッド団は手頃な料金で請け負っているようだ。
  既にレヤウィンの戦士ギルドは閑古鳥となり、閉鎖された。
  「連中は傭兵だよ」
  「傭兵?」
  「ブラックマーシュ地方のアルゴニアン王国の国王が送り込んだ連中だ」
  「へー」
  それは知らなかった。
  傭兵かぁ。
  ……。
  でも、傭兵がどうして何でも屋をやってるんだろう?
  「ブラックウッド団は帝国元老院に多額の献金をしているようだな。……お陰で戦士ギルドの特権をブラックウッド団に委譲すべきだ
  と叫ぶ元老院議員も多い。抱き込まれたわけだ。まだ移譲は実現していないが、人材は向こうに流れる一方だ。依頼もな」
  「なるほど」
  それで今回、あたしがアンヴィルに回されたわけだ。
  アンヴィル支部には比較的依頼が多いらしいものの、ブラックウッド団に流れるメンバーが多い為に依頼を捌き切れないらしい。
  現在、戦士ギルドは慢性的な人材不足。
  だからおば様や叔父さんは質を求めている。
  この危機を脱する為に少数精鋭を揃えようとしているのだ。
  フィッツガルドさんが幹部待遇で招かれたのも、そういう裏事情がある。
  ……。
  あたしはフィッツガルドさんが身内になってくれて嬉しいけど。
  「そろそろ仕事の話をしない?」
  「……」
  フィッツガルドさんにそう促されて、アーザンさんは少し不快そうに押し黙る。
  まあ、フィッツガルドさんにも一理はあるけど。
  ここには仕事をしに来た。
  世間話や愚痴じゃない。
  こほん。
  咳払いをして、アーザンさんは威儀を正して仕事の話を始めた。
  それは、大仕事だった。

  「この辺りで盗みが頻発している。目撃情報から総合すると、アンヴィル近辺にアジトがあると踏んでいる。今回の依頼人はアンヴィル
  市民団体だ。衛兵は街の外には介入しない。だから市民達が我々に依頼したわけだ」
  「あの、ストランド要塞じゃないですよね?」
  「ストランド要塞?」
  「はい」
  頭に浮かんだのは、ヤルフィ率いる山賊団だった。
  基本的に山賊、盗賊、海賊の違いは活動範囲の違いのみだとあたしは思ってる。
  海賊はともかく山賊や盗賊はそう大差ない気がする。
  生前のヤルフィ達がアンヴィルを襲って強奪したとも考えられたのだ。
  ……。
  まあ、既に昨日壊滅させたけど。
  「ストランド要塞の山賊は知っているが……違うだろう。あの連中は冷酷だが街を襲う主義ではない。それに壊滅させたんだろう、
  そいつらは。そのように報告を受けている。盗賊団はまた別口だと考えるのが普通だ」
  「そうですね」
  確かにそうだろうなぁとは思う。
  盗賊団の手口はあくまで盗みだけらしい。手口としては違うだろう。
  ヤルフィ達なら盗みに入った先を皆殺しにしかねない。
  「任務の大前提は盗賊団の壊滅。方法は任せるよ」
  「はい」
  拘束?
  ……。
  叩きのめすオンリーだろうなぁ。
  あたしとフィッツガルドさんでは逮捕にまでは手が回らない。
  拘束には人数が足りなすぎる。
  「相手は何人いるか分からん。そちらのお嬢さんは……」
  「私はフィッツガルド・エメラルダ。階級はガーディアン。ついでに言うと魔術師ギルドの次期評議長候補、高潔なる血の一団の名誉
  会員、闘技場のグランドチャンピオンで通称レディラック。……何か力量の点で問題がおありですか?」
  「……」
  アーザンさん、完全に黙った。
  凄い経歴っ!
  フィッツガルドさんがグレイプリンスを倒したレディラックだったなんて知らなかったなぁ。
  今度サインもらわなきゃ♪
  色紙には『アリスへ』って書いてくれるかな?
  貰ったら一生の家宝にします♪
  ……。
  ただ、最後に呟きは何だったんだろう?
  聞えし者は言わなくてもいいよねって……小声で呟いたけど……聞えし者……?
  「そんな煌びやかな経歴の持ち主がどうしてここに?」
  「今回はアリスの後見役として同行してる」
  「新人育成か。なるほど、ならもう一人頼む」
  「はっ?」
  「今回はマグリールという名のボズマーも同行させる。新人だ。鍛えてやってくれ」
  その時、タイミングよく扉がノックされる。
  コンコン。
  「マグリールですが」
  「ああ。入りたまえ」
  ガチャ。バタン。
  部屋に入って来たのはボズマーの男性だった。
  鉄の武具に身を固めた男性で武器は剣だ。
  ……。
  別にボズマーは弓矢しか装備しなくてはならないという法律はないけど、弓矢以外を装備するとなんとも違和感がある。
  いや。別にいいんだけど。
  少し生意気そうな口調で彼は口を開いた。

  「太っちょのニューハイムが何か盗まれたらしいぜ。目撃談を聞こうじゃないか」
  ……生意気だー……。
  ま、まあ、あたしと同じ見習いメンバーだろうけど……生意気だなぁ。
  フィッツガルドさんが怒り出しませんように。
  はぅぅぅぅぅぅっ。

  「早く仕事終わらせて報酬タイムに移行しようぜ。俺には家族がいるんだ。金が必要なんだよ」
  ……堪えてくださいフィッツガルドさーんっ!



  「よぉ。この恰幅良きニューハイム様に何か用か?」
  アンヴィル市内に住む男性に接触。
  ニューハイム。
  この街に住む歩く酒樽……じゃない、ノルドの男性だ。盗賊団の目撃者、という事で色々と聞く為に彼の家にお邪魔しているけど
  とてもお酒臭いぞ家の中。それに彼自身、お酒臭い。
  アンヴィルは港湾都市。
  住人のほぼ大半が何らかの形で海関係の仕事に就いている。
  風光明媚であり観光するにはうってつけではあるものの、いざ生活するとなると船乗りと体臭とお酒の臭いに耐えなければならな
  いらしい。なるほど。確かにその通りだ。
  厳しい航海を終えた船乗り達はお風呂に入るよりも先に、命の洗濯の為にお酒を浴びるように飲む。
  その結果、臭いがロマンをぶち壊すわけだ。
  ……。
  人間、メルヘンでは生きられないんだなぁ。
  はぅぅぅぅぅっ。
  「……ちくしょう」
  フィッツガルドさんは低い声で毒づいた。
  この臭いが耐えられないらしい。
  同意します。あたしもです。
  「それで太っちょニューハイムさんよぉ。盗賊どもを見たって?」
  やたら態度のでかいマグリールさん。
  あたしと同じ見習いメンバー。
  今回、新人体験ツアー(?)としてあたし達に同行する。腕の方は知らないけど、軽口は叩くのは得意そうだ。
  フィッツガルドさん、大変そうだなぁ。
  せめてあたしは迷惑掛けないようにしよう。うん。
  ……。
  迷惑掛けずに解決したら、あたしの事認めてくれるかな?
  くすくす。楽しみだー♪
  「誰が太っちょだ。生意気なボズマーめ」
  「太っちょだろうが」
  「恰幅の良きニューハイムと名乗っただろうが。それが俺の称号だ。間違えるな」
  だ、だけど恰幅の良いって事は……ま、まあいい。
  本題に入ろう。
  「あの、あたしは戦士ギルドのアリスです。よろしく。……それで、盗賊団を見たそうですが」
  「ああ、あの連中か。俺の家宝を盗んで逃げて行きやがった。逃げる時にローグ洞穴で落ち合おうと叫んでた。そう遠くはないよ」

  地図を広げて、場所を示してもらった。
  アンヴィルの北。
  確かにそう遠くはない。
  「退治に行くんだろ?」
  「そのつもりです」
  「ついでに家宝も取り返してくれないか? 注いだ酒を冷たくする、魔法のカップなんだ」
  「冷たく?」
  意味が分からない。
  フィッツガルドさんは補足説明をする。
  「冷気の魔法が掛けてあるのよ。魔術師がよくやる手ね。逆に熱気を込めればホットな飲み物になるわ。微妙な温度調節をする事で
  魔法の腕を磨くのよ。それに、意外に便利でしょう?」
  「そうですね。あたしも欲しいかも」
  「じゃ、今度作ってあげるわ」
  「ほんとですかっ! やったぁ♪」
  ともかく場所は分かった。
  向かう先はローグ洞穴。倒すべきは盗賊団。行き先も目的もハッキリしている。
  あたし達はアンヴィル北にあるローグ洞穴に向かう。





  「さあ行くぞっ! 今日は給料日だーっ!」
  アンヴィル北にあるローグ洞穴。
  お金に固執するあまりに意欲全開のマグリールさんとは逆にあたしは暗澹として気持ちで一杯だった。
  盗賊団に喧嘩売るのが怖い?
  それはない。
  一応、あたしは白馬騎士団として深緑旅団とトロルの軍勢と戦ったし、ベイル峠の要塞では不死化したアカヴィリ軍とも戦った。
  レヤウィン周辺で最大勢力を誇っていた盗賊ブラックボウを壊滅もさせた。
  あらゆる意味でここに巣食う盗賊団はいずれの軍勢よりも明らかに規模が劣るだろう。
  「はぁ」
  怖いんじゃない。
  問題はローグ洞穴の場所だ。
  街道のすぐ横にある。普通に街道歩いていたら目に付く場所だ。
  ……取り締まろうよ帝都軍。
  ……取り締まろうよ都市軍。
  「はぁ」
  戦士ギルドの依頼が増えるのは嬉しい事だけど、これは公的機関が何とかしようよ。
  前回倒したヤルフィはストランド要塞を拠点にしていた。そこは帝都軍が放置した戦時中の要塞だ。
  そんな軍事施設は軽く50を越える。
  全て放置されている。
  帝都軍がちゃんとした対応をしていたら、戦士ギルドの依頼の半分は捌けるんじゃないかな。
  まあ、戦士ギルドに対する仕事なくなるのは困るけど、働こうよ帝都軍。
  「はぁ」
  「そんなもんよ。アリス」
  心中を察したのか、何気ない口調でフィッツガルドさんは呟いた。
  「帝都軍は帝都だけ、都市軍は自分の護る都市の中だけ。期待する方が間違ってるわ」
  「まあ、そうなんですけどね」
  「一応アリスの考える事を声高に口にした者もいるけどね。それがきっかけで帝都軍巡察隊が街道を回ってたし」
  「でも、それもあまり役には立ちませんよね」
  「……私に喧嘩売ってる?」
  「はい?」
  「私は元帝都軍巡察隊所属なんですけど」
  「ご、ごめんなさい知りませんでしたっ!」
  はぅぅぅぅぅぅぅぅっ。
  だってフィッツガルドさんの過去なんて知らないもんごめんなさーいっ!
  冗談めかして剣を抜き放つ真似をするフィッツガルドさん。腰にある剣は、ストランド要塞を陥落させた際に拾った間に合わせの
  鉄製の剣。もちろん戦力ダウンにはならない。
  フィッツガルドさんには強力な魔法がある。
  さて。
  「それじゃあ行くわよ。アリス。マグリール」
  「はいっ!」
  「給料日万歳っ!」
  そして……。


  「いやっはぁーっ!」
  妙な喚声を上げてマグリールさんが敵のど真ん中に突っ込む。
  ローグ洞穴内部。
  細い一列で洞穴を進み、出くわした盗賊の1人を倒して進む事数分。あたし達は開けた場所に出た。
  そこには盗賊団が酒盛りをしていた。
  数にして8人。
  少なくとはないけど、多くもない。
  1人ずつ潰していけば問題ない。しかし問題は、マグリールさんだ。
  あんな喚声上げたら奇襲の意味ないじゃないのーっ!
  「敵襲だっ!」
  盗賊の1人が叫ぶ。
  思ったより攻撃態勢に移行するのが早い。
  一斉に武器を持ち、迎撃の姿勢を見せる。途端にマグリールさんは回れ右して逃げて行った。
  ……えっと……。
  ……。
  ……。
  ……。
  えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!
  向ってくる盗賊団。
  迎え撃つのは……あたしとフィッツガルドさんだけっ!
  マグリールさんの馬鹿ぁっ!
  せ、せめて奇襲させてよ人数多いのを叩く時の基本じゃないのよーっ!
  はぅぅぅぅぅぅっ。
  「別に臆する情勢じゃないでしょうに」
  静かにフィッツガルドさんは呟き、手のひらを向ってくる盗賊団に向けた。
  生まれる火の玉。
  「煉獄」
  その小さな火の玉は盗賊の一人に当たり、途端に……。
  ドカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンっ!
  炸裂っ!
  爆炎と爆風を巻き起こして盗賊団の気勢を挫く。
  実際に絶命したのは半分……それでも半分潰したのは凄いよね。
  ともかく、残りの半分も出鼻を挫かれていきなり混乱していた。連携も出来ていない。
  タッ。
  その瞬間、剣の柄を握ったままフィッツガルドさんが前に駆け出し、剣は抜き放つ。
  「はぁっ!」
  短い気合とともに剣は抜かれ、盗賊の首が飛ぶ。
  居合いだ。それも鋭いっ!
  浮き足立つ盗賊団に容赦なく剣を振るい、次々と沈めていく。
  「……あっ」
  あたしは呆然と見ていただけの自分に気付き、それでは駄目だと叱咤。剣を抜いてあたしも駆けた。すれ違い様に一人を斬って捨て、
  さらにフィッツガルドさんの切り結ぶ相手を背後から一閃。
  無防備な背中は狙わないという精神はさすがに尊重はしない。
  少なくとも向こうは騎士道重んじないから。
  同じ精神を有する者同士ならともかく、こういう場合は背中でも狙う。
  「いやっはぁーっ!」
  妙な奇声。
  目をやるとマグリールさんがこちらに向かって走ってくる。
  相手が少なくなったから強気になった?
  ……変な人だと思う。
  あまり会話もしてないけど、変な人だなぁ。
  マグリールさんは止まらずにそのまま洞穴の奥に消えた。
  「あれ?」
  「……まったく。妙なのを預けてくれたわ」
  洞穴が騒がしくなる。
  そう。
  マグリールさんを追う形で、10人ほどの盗賊らしき人達がこちらに向かってくるのだ。
  そ、そうか。
  ここに至るまで、確かに一本道ではなかった。
  つまりこの洞穴の別の場所にいた連中か。マグリールさんが逃げた先にいたのだろう。
  そしてわざわざ連れて来てくれたわけだ。
  ご丁寧にもね。
  ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!
  あいつ使えないよーっ!
  「アリス、あいつを追って。死なれると私の監督責任になりそうだし」
  「で、でもここの連中はどうするんです?」
  「誰に聞いてるの?」
  不敵な笑い。
  か、格好良いっ!
  あたしは軽く頭を下げて、洞穴の奥に走った。
  「英雄は遠いなぁ」
  まだ、フィッツガルドさんの背中すら見えていないのだ。
  道は遠い。
  道は……。


  剣戟が聞えてくる。
  どこからだろう?
  ともかく、あたしは音のすると思われる方に向って走り出す。
  そして。
  「あっ」
  マグリールさんを探して洞穴を歩いていると、死体を見つけた。
  マグリールさん、ではない。
  見た感じ盗賊だ。
  傷跡は真新しい。そうなると倒したのはマグリールさんか。逃げてる際に遭遇して、切り倒したのだろう。だとするとマグリールさんも
  結構な腕前なのだろう。意外にも鮮やかな太刀筋のようにも見える。
  少し見直した。
  「……っ!」
  その瞬間、背後で殺意を感じたあたしはそのまま前に倒れた。
  ブン。
  剣が通り過ぎる音が聞える。
  倒れた際に落ちていた石を拾い、次撃が来る前に背後の敵に向って投げる。
  「くっ!」
  カン。
  兜に当たり金属の音が響いた。
  当然石で殺せるとも思ってないし傷も負わせれるとも思ってない。相手の意表を突きたかっただけだ。
  実際、敵は動きを止めた。
  「はぁっ!」
  「……がはぁ……」
  相手の胸に飛び込む形で、あたしは相手の心臓を貫いた。
  ビクン。
  痙攣し、そのまま果てる。
  「ふぅ」
  あー。びっくりした。
  でも一安心だ。
  剣を抜くと盗賊はそのまま崩れ落ちた。兜を被った、インペリアルの女性だった。
  「そ、そんな馬鹿なっ!」
  「……あっ」
  叫んだのは、フォースティナだった。
  取り乱している。
  ここにいる、という事は釈放されたのか。それとも脱獄?
  それは知らないけど牢から出た後は盗賊団に加わっていたらしい。
  「ア、アイドロリアンっ!」
  フォースティナは悲痛な叫びを上げる。
  フォースティナは同性愛者。
  もしかしたら恋人だったのかもしれない。あたしを血走った眼で睨みつけてくる。
  「アリスっ!」
  「降伏してください」
  「降伏? ……あんたこそ、あんたこそぉーっ!」
  バタバタバタ。
  フォースティナの脇を抜けて盗賊3名が抜刀したままあたしに襲いかかってくる。指揮する立場なの?
  だとしたら、彼女が頭目か。
  「はぁっ!」
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  あたしは剣を一閃。
  手下の一人を防御した剣諸共真っ二つ。この雷属性の魔法剣は、本当に凄い切れ味だ。
  あまりの光景に戸惑う盗賊。
  「殺せその女を殺せっ!」
  ヒステリックに叫ぶフォースティナ。
  盗賊2人は顔を見合わせ、同時にあたしに挑みかかってきた。
  相手の一撃を受け流し体勢を崩したところであたしは攻撃を繰り出す。
  「やっ!」
  心臓一突き。
  1人を沈黙させ、さらにもう1人を……と思った時、その盗賊は悲鳴もないままにその場に倒れた。
  「良い腕ね、アリス」
  フィッツガルドさんだ。
  最後の仲間はフィッツガルドさんの剣の前に、自らの血の海の中に沈んだ。絶命している。
  相変わらず際立った腕だ。
  残ったのは彼女だけ。
  残るのはただ1人。フォースティナだけだ。
  「ここまでです」
  「……く、くそぅっ!」
  ブルブルと振るえる手で剣を握り締め、あたしを睨みつけてくる。
  交差する視線。
  「……」
  「……」
  ガチャン。
  剣を捨てたフォースティナ。
  降伏の証。
  「また一段と女ぶりをあげたわね。……私の負けよ、アリス。だからどうか殺さないでちょうだい」
  「それはないわね」
  静かにそう言ったのはあたし……ではなかった。
  フィッツガルドさんだ。
  「ど、どういう意味です?」
  「言葉のまんま。殺すしかないわね」
  「どうしてですかっ!」
  「こいつが頭目なのかは知らないけど……少なくとも、頭の良い盗み方をしてるわ。誰も人を殺してない。だから死罪ではない。
  仮釈放もあるし、刑期すらさほどではない。分かるでしょう?」
  「で、でもっ!」
  「以前貴女に負けて逮捕されたんでしょう?」
  「は、はい」
  「でも釈放されたと同時に同じ事をしてる。……次も誰も殺めないと貴女は断言出来る?」
  「……」
  そう問い詰められると、あたしは言葉に詰まらせるしかない。
  どこにも確証はない。
  ……そう。
  もしかしたら真面目に生きるかもしれない。
  でもそれはあくまでもしも、であり確定要素はどこにもない。次は連続殺人を犯す可能性すらあるのだ。
  それに『今はまっとうでも、いつか人を殺すからそいつを殺せ』と言われているのとは意味が違う。
  フォースティナは一味を率いて強奪を繰り広げていた。部下達はこの洞穴に侵入したあたし達を殺そうとした。フォースティナ自身
  もだ。つまり彼女をここで始末する大義名分は確かにある。
  善人を殺せと言われているわけではないのだ。
  可能性で言えば、フィッツガルドさんの言い分はどこまでも正しいだろう。
  でも。
  それでも。
  「た、助けてっ! 二、二度としないからっ!」
  命乞いを懸命に続けるフォースティナ。
  剣を抜き放ったままのフィッツガルドさん。いつ剣を振るってもおかしくない状況だ。
  「……」
  あたしは無言のまま、フォースティナの前に立つ。
  フィッツガルドさんの前に立ちはだかった。
  「それどういう意味?」
  「彼女は公的機関に引き渡します。生きたままでです」
  「甘いわね」
  「甘くてもいいんです。馬鹿みたく正しい事をする英雄になる、それがあたしの英雄像。フィッツガルドさんだって認めてくれたじゃない
  ですか、あたしらしいってっ! なのにどうしてっ!」
  「馬鹿みたくと馬鹿は意味が違う」
  「どう違うんですっ!」
  「貴女が報復される分には、自己責任だからアリスは納得は出来るでしょうね。……でも他の人が襲われたら?」
  「……」
  「これは危険な芽。それに摘み取るには正当な理由もある。これは正しい行いよ」
  「正しくなんかありませんっ!」
  「無用なリスクになるわ。貴女に始末しろとは言わない。洞穴から出なさい。私が始末する」
  「嫌ですっ!」
  「……聞き分けのない」
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  一瞬だった。
  フィッツガルドさんがあたしの剣を弾き飛ばしたのだ。
  「う、嘘」
  まるで動けなかった。
  反応出来なかった。
  こ、これがフィッツガルドさんの実力?
  傍から見るのと体験するのとではまるで比べ物にならない。その気になればあたしを殺す事なんて容易い。
  「退きなさい」
  「い、嫌です」
  「きっと後悔するわ。今殺せば後腐れもない」
  「嫌なんですっ!」
  「恩義を売っても返って来る相手じゃないっ!」
  「恩義目当てであたしは人は助けてないつもりですっ! あたしは、あたしの目指す英雄は……っ! そ、そりゃフィッツガルドさんの
  言う事は正しいですよ。それでも、それでもあたしは命乞いする人は殺したくありませんっ!」
  「……好きにしなさい」
  剣を鞘に戻すフィッツガルドさん。
  怖い顔をしている。
  危惧する意味は分かる。あたしだって、そこまで正義を信じてるわけじゃない。
  フォースティナがこの先何をするかを考慮したら、ここで斬るのが正しいのぐらい分かってるつもりだ。そこまで子供じゃない。
  だけど。
  だけどやっぱり殺せない。
  命乞いする人を殺すなんて……あたしには……。
  「……」
  「アリスありがとうアリスっ!」
  あたしの足元にすがり付いて泣き叫ぶフォースティナ。
  ここで見逃したのが仇になる?
  ……。
  そうかもしれない。
  いつか逆転して、フォースティナの前に命乞いしているのはあたしかもしれない。
  それでも殺せない。
  それがあたしの信念だから。
  それが……。






  「全滅させたのか。よくやったっ!」
  アンヴィル支部に舞い戻ってアーザンさんに報告。
  心底嬉しそうで小躍りしている。
  ……。
  あの後。
  洞穴で別行動をしていたマグリールさんと合流して、アンヴィルへと帰還した。
  ニューハイムさんのカップも無事に見つけ出したので、彼に返却した。とても喜んでくれて、秘蔵のワインをくれた。
  ビール党だけど普通に楽しみだ。
  どんな味なんだろ?
  フォースティナは当局に引き渡した。
  前回とは違い長い刑期になるはずだとメローナさん(サイレンの欺きを参照)は言ってたけど、長くて数ヶ月の拘留らしい。
  殺人は犯してないからね。
  フィッツガルドさんとは帰路、まったく言葉を交わしていない。
  反対に当局に引き渡すまで、フォースティナはあたしに対して感謝の言葉を繰り返していた。
  更生してくれるといいなと思う。
  更生、して欲しい。
  「アリス」
  「は、はい」
  小声でフィッツガルドさんが囁く。
  「別に貴女の事を否定してるわけじゃないのよ。私の意見として、受け取っておいて」
  「怒って、ないんですか?」
  「別に」
  よ、よかったぁ。
  ずっと怒ってるんだと思い込んでたから。本当によかったぁ。
  「フォースティナに報復されて弄ばれるのはアリスだしね。……あーあ。可哀想可哀想。だから警告したのに」
  「はぅぅぅぅぅぅ」
  フォースティナ絶対に更生してーっ!
  ……す、少し軽率な振る舞いだったかなぁ?
  「何をコソコソ話している?」
  「そんな事より今回の報酬をくれよ俺には家族がいるんだ」
  支部長に対しても無礼なマグリール。
  アーザンさんはムッとする。
  まあ、意味は分かるけど。
  すぐに自分を取り戻したアーザンさんは微笑を浮かべながら今回の任務を称える。
  人当たりの良い性格が支部長に抜擢された最大の理由かな。
  人を使うのに適した人だと思う。
  「有能な見習いだな、アリス、マグリール。よくやったぞ。ギルドの未来は明るいな、ははは」






  しかしその未来は確実に暗雲が立ち込めつつあった。
  もちろん誰も知る由もない。
  ……誰も……。