天使で悪魔





突然の出立




  帝国の中心部、帝都インペリアルシティ。
  あたし、アイリス=グラスフィルはここに始めて来た。コロールから離れた事なかった。
  戦士ギルドの仕事も大体はコロール内、もしくはその周辺だけだ。

  ペット探しから畑荒らしまで。
  何でもこなしてきたけど、別に戦士じゃなくても出来る、そんな仕事ばかりを受けて来た。
  ……まあ、畑荒らしの犯人の猪退治は、なかなか良い勝負だったけど。

  今回の任務は今までとは格が違う。
  海賊船の即時出航を訴える、住民達の護衛としての任務だ。
  場合によっては決裂し、海賊達と戦う場合も想定される。そう思うと、緊張と同時に責任感がふつふつと湧いて来る。

  今までの任務も別に気を抜いてたわけじゃない。
  英雄への道は一歩一歩が大切だ。
  だから、いつも誠心誠意頑張ってきた。でも今回は、今まで以上に頑張らなくちゃね。

  「お嬢さんお嬢さん、クレープいかが?」
  「うっはぁそったら上等なもの、見た事ないべぇ」

  「そ、それはタムリエルのどこの訛りだい?」
  「し、失礼。ひ、一つ貰おうかな」
  「はい毎度ー♪」
  コロールが田舎、とは言わないものの帝都とはさすがに天と地の違いがある。
  田舎者と思われないように、あたしは視線をまっすぐにして歩き、帝都波止場地区へと足を向けた。
  「さぁさぁ世にも珍しい碧水晶製の武器だよぉー。他じゃ手に入らないよぉー」
  「す、すごかぁ。さ、さすがは帝都、ハイカラやなぁ」
  ……訛りに関しては口出し無用。
  ……ううう。あたしの田舎者め。



  帝都波止場地区。
  世界の海の玄関口。帝都に着いたのは今朝。ついさっきだ。旅に野宿は付きもので、昨晩は野宿。
  別に問題はない。
  旅の醍醐味の一つだとは思うけど……昨日は昼頃から大雨だった。
  近くにテントがあったから、そこに寝泊まりした。

  明け方、テントの主である追いはぎを返り討ちにして、あたしは意気揚々と帝都に来たわけだ。
  あたしの剣は、充分太刀打ち出来る。
  人を斬る事が好き、とは当然言わないものの戦士たる者、腰の剣は何よりの力だ。
  腕がなまくらだと戦士とは言わない。
  修行の成果は、あった。

  それを思うと不謹慎ながらも、嬉しく思った。
  さて。
  今回の海賊船の即時出航を訴えている、代表の人物アーマンドさんに話を伺いに来た。
  場所はスラム街。
  家、というか小屋が立ち並ぶ場所。
  コンコン。ガチャリ。
  「失礼。どちら様で?」

  「あたしは……いえ、自分はコロールから来ました戦士ギルドの者です」
  威厳あるように……見えないだろうけど、18の小娘だし。でも、それでも英雄小説のように少し気取って挨拶。
  だが、アーマンドさんは顔色を少し変えた。
  女だからか若いからか。
  多分、両方当たりかもしれない。
  「あの、自分はまだ経験不足かもしれませんけどちゃんと訓練積んでますし帝都兵にも引けは取りませんよ」
  半ば虚勢、でもある。
  負けるとは言わない。
  でも実際どんな感じだろう。帝都兵とまともに渡り合えるかは、さすがに試すわけにも行かないから分からない。
  戦士ギルド。
  自警団的な存在。もちろん帝都には帝都軍がいる。本来ならギルドに依頼するまでもない。
  しかしアーマンドさん達はスラム地区の住人。
  帝国において差別階級。
  憲法上の適応で、税金を納めていない。それは合法なのだが、その為に帝都軍の動きは鈍い。
  だからギルドを雇った。
  そしてあたしが来た。
  「あの、出来れば家に入れてもらってお話を」
  「いや君の腕を疑ってるわけじゃないんだ。君を派遣した、つまりはそれだけの力があると理解している」
  「そうですそうなんです。あたし、頑張りますから」
  手をあげ、あたしの口を塞ぐ。
  申し訳なさそうにアーマンドさんは話を続けた。
  「実は海賊船はもういない」
  「えっ!」
  「昨夜、何者かが船長を暗殺した。次の船長を巡って仲間内でも殺し合いがあってな。結局帝都軍が介入し、海賊
  船も接収したし全てが終わってしまったんだ。すまないな、無駄足を踏ませて」
  「そ、そんなぁ」
  折角の晴れ舞台が台無しだぁ。だ、誰よ船長殺したのは。
  もちろん、顔には出さない。あたしは冷静に……。
  「解決出来て良かったです。お役には立てなくて残念ですけど……」
  「いや迅速な対応だ。君はすぐに来てくれた。ただ間が悪かっただけだ」
  それはそう思います。
  ……にしても暗殺とは……あたしが暗殺犯捕まえようかしら……?
  そうすれば名は上がるし、ギルドもあたしを純粋な構成員にしてくれる。それに叔父さんも鼻が高いだろう。
  「あの海賊船にはほとほと困っていた」
  「でも叔父……いえ、ギルドの調べた結果、住人に乱暴は……」
  「ああ、その通りだ。一応は帝国の犯罪者リストにも乗ってない。一応はな。……しかしあんなところに海賊船がある
  と我々の仕事がやりにくい。帝都軍も海賊船があるからこの辺りを頻繁に警邏していたしな」
  「……?」
  「それにスラム街に住んでた女性も最近帝都軍に捕まり、その家が接収されてな。しばらくは帝都軍が屯してたから
  参ったよ。ようやく撤収したと思ったら海賊船だ。この辺りで眼を付くような存在は迷惑極まりない」
  「……?」
  我々の仕事?
  一体何の事だろう?
  「まあ、君には面倒をかけた。報酬は約束通りに払おう。迅速な対応、戦士ギルドには感謝している」

  そう言って、彼は笑った。
  ……まあ、喜ばれたからいっか。




  「マスター、もう一杯」
  折角の活躍を棒に振られ、あたしはブローテッド・フロートと呼ばれる船の上にいた。
  船、と言っても現役は引退している船。
  オーナーのオルミルさんというハイエルフが買い取り、酒場兼宿屋に改修した。普通の宿でもよかったけど始めて来た
  帝都だ。コロールでは出来ない体験がしたく、ここに宿を取った。

  ごくごくごく。ぷっはぁー。
  仕事してないけど、やっぱりお酒は最高ですなぁ。
  もっぱらビール党のあたしは立て続けに三杯を煽り、けだるい夜を過ごしていた。
  何杯でも飲めますあたしザルだっからぁ♪

  ……サルにはあらず。
  酒は呑んでも呑まれるな、叔父さんの口癖だ。
  それに英雄たるもの、宴は付きものだ。祝勝の宴とか、色々とあるでしょ?
  ……英雄か。
  幼い頃から聞かされてた。自分の血には英雄の血が流れてるって。でもあたしにしてみればそんなの、ただの呪縛で
  しかなかった。だから、故郷のモロウウィンドを飛び出した。

  商船に忍び込み、そのままコロールの叔父の家に。
  叔父は追い返さなかった。
  叔父は言ったわ。決められた英雄ではなく、なりたい英雄になれって。
  あたしはあたしの英雄になる。
  誰かに決められた、型に決められた人間にはなりたくない。冒険小説読みすぎて空想の英雄に憧れちゃってるけど、あ
  たしはその空想を現実にしよう。馬鹿の付くほど正しい事をする英雄になる。

  それが、あたしの……。
  「お客さん、お客さん」

  「……えっ?」
  「椅子からずり落ちそうだよ。眠いのなら、部屋で寝たらいい。寝るにはここは騒がしすぎるだろう?」
  「そ、そうね。ありがとう」
  「グラマン。部屋にお送りしてあげて」
  「はいよ、ボス」
  酒場の用心棒のオーク、グラマンさんに先導されてあたしは船倉に。
  船倉を、客室に改造してあるらしい。
  コロールでは体験できない事だ。船で寝るなんて。そもそもコロールは海に面してないし。
  「……少し、呑みすぎたかなぁ」
  半ば夢見心地のまま、あたしはグラマンさんに付いて行く。
  ……あたしはあたしのなりたい英雄に……。



  どのくらい眠ったのだろう?
  コロールから帝都への長旅は、自分でも気付かないほどの疲労を溜め込んでいたらしい。
  ベッドに横になった途端、泥のように眠ってた。

  「……ここは……」
  眼を薄く開けると、見知らぬ天井。船が、揺れている。
  ……船?
  ああ、そうか。ここはブローテッド・フロートか。ここに宿を取ったんだ。んんー、と大きく伸び。
  「よく寝た」

  今日はコロールに帰ろう。
  でも折角帝都に来たんだ。叔父さんにお土産……そうだ、質のいいクレヨンを買って帰ろう。
  叔父さん、クレヨン画を書くのが好きだし。
  ……変な趣味だけど、叔父さんが楽しそうだからあたしは何も言わない。というか言えない。
  いーえーなーいー。
  んんー。もう一度大きく伸び。今は一体何時ぐらいだろう?
  さっきから船が酷く揺れてるけど風が強いんだろうか?
  鎧は、いいか。
  とりあえず鎧はそのままに、あたしは食事をしに行こうと立ち上がる。扉に手を……。
  がちゃり。
  ……えっ?
  扉を開ける前に、誰かが開けた。男だ。皮の鎧に身を纏った男。あたしを見ると舌打ちした。
  「ちょ、ちょっとっ! あたしの部屋に何か用っ!」
  「お前は俺達の仲間じゃねぇよな? 俺達ブラックウォーター海賊団のメンバーじゃねぇだろう?」
  か、海賊ー?
  海賊事件は強制終了と思ってたら、別口の海賊とは……ついてるのかついてないのか。
  「またセレーネにどやされるぜ。出航前に客の有無を調べなかったってよ」
  出航……嘘マジっ!
  揺れが酷いわけだこの船、今外洋に出てるんだ。冗談じゃないわよっ!
  「オーナーは捕らえてあるし用心棒は倉庫の中だ。で、お前は誰だ? ただの客か? 関係者か?」
  「仲間よ、貴方達の」
  「はっ、嘘はやめな。俺達は四人だけの海賊団。三ヶ月前に結成した時に報酬は四等分と決めたんだよ」
  「じゃあ、ただの客かな」
  ちらりと眼を剣の方に受ける。海賊も釣られてそっちの方に。
  今だっ!
  バキィィィっ!
  上段蹴りを海賊の首目掛けて叩き込む。堪らず揺れる海賊の体。私はそのまま海賊を押し倒した。
  剣を取り上げ、取り押さえようとした……時、既に死んでいる事に気付いた。
  倒れる際に変な風に倒れて頭を強打したらしい。
  そのまま扉を閉め、あたしは身支度をする。愛用の鉄の鎧を身に纏い、愛用の鋼鉄製の剣を腰に指した。
  ギルド御用達の上等な鋼鉄製の剣。
  一般的な量産用の剣とは違い、切れ味と強度は鉄製とはいえ馬鹿に出来ない。
  さて。
  男の所持品を漁る。金貨数枚。所持金はこれだけ。
  ガサガサ……ん、これは……手紙……いえ、指令書か。メンバー少ないから、役割分担も徹底してるみたい。

  『リンチへ。
  任務は用心棒を閉じ込め、客室を全て無人か調べる事。
  ミンクスの邪魔はしないように。
  目的を果たした後は船を沈め、ブラヴィルにて落ち合い報酬を山分けする。
  それまでは気を抜かないように。
  全て覚えたならばこの紙は焼却処分する事』

  「この程度の事覚えられないようじゃね」
  屍となったリンチはこの紙を所持していた、つまり任務を覚えきれなかったご様子。抜けている。
  でもこれで状況が分かった。
  用心棒のオークはこの区画にいる。あたしは彼を探すべく、部屋を後にした。
  あたしのデビュー戦、スタートね。



  「どこも怪我はない?」
  「ああ。抵抗した時、頭を殴られたが……コブが出来た程度だな。ガハハハハ、オークは頑丈だからな」
  豪快な笑い……音量小さいけど、オークのグラマンはそう言って笑った。
  すぐに見つかった。
  やはりリンチの言うとおり、人数は四名なのかもしれない。
  その証拠に見張りはいなかった。リンチは見張りも兼任していたのだろう。人数が少ないなら、制圧できる。
  ……きっとあたしでも。
  「それでグラマンさん、何があったんです?」
  「あれはお前さんが寝た後だ。そう……三時間後ぐらいか。客が全員帰った後、ブラックウォーター海賊団とか
  名乗るあの連中が乗り込んできたんだ。俺は酔っ払いには強いが武装した連中は専門外でな。捕まった」
  「相手は何人です?」
  「四人だ。ボスは女だ。俺は少し抵抗したから、殴られ縛られ目隠しされた。だから顔は見ていない。が女だ」

  「そうだ。船、出てるんですか?」
  「ああ、外洋に出てるはずだ。何をするつもりかは……知らんが……」
  リンチの指令書を見せる。
  オークは緑色の狂戦士と呼ばれる純戦士の種族だ。きっと強い助けに……。
  「悪いが力になれんよ」
  「ええーっ! な、なんでぇっ!」
  「酔っ払いはともかく完全武装の海賊だと、役には立てんよ。だが俺は操舵手だ。船を戻すのには役に立てる」
  「でもその前に……ねぇ?」
  「そこはあんたに任せるよ。……ほら、怪我したら操舵出来ないだろう?」
  「……」
  こ、この臆病者め。
  ダンマー特有の口の悪さが出掛かるものの、あたしはそれを喉元で押さえにこりと微笑んだ。
  デビュー戦だ。
  こういう逆境も、あるだろう。
  ……でも少し不安だなぁ。



  剣を腰に、酒場に仁王立ちしているのはあたしと同じダンマー。それも女性だ。
  リンチと同じ皮の鎧を着込んでいる。
  ミンクスの邪魔をしないように、と書いてあった理由が分かる気がする。多分彼女がミンクスなんだろうけどきつそう
  な性格に見える。外見で判断するのもどうかと思うけど、ダンマーは見かけ通りの性格だ。
  あ、あたしは違うわよ。そんなに毒々した性格じゃないし笑顔も絶やさない。
  ……ま、まああたしのフォローはいいのよ。
  ともかくあのミンクスは常に怒っているような、そんな顔立ち。
  あたしの姿を見つけると、腰の剣の柄に手を掛けながら声を張り上げた。
  「あんた何者だいっ!」
  ほ、ほら見た目同様に攻撃的だ。
  「セレーネはリンチに言ったはずだよ、私の邪魔はするなってね。邪魔されるのが嫌いなんだ。そもそもあんたは誰だいっ!」
  「リンチに言われて来たのよ。聞いてない?」
  「リンチに? セレーネは何も言ってなかったけど……何か怪しいね。リンチはどうした?」
  「悪いけど彼はもういない」
  「いない? ……お前が倒した? ちっ、だからいつも怠け者だと罵っていたのさ。まさにその通りじゃないか。まあ
  いい、あいつの仕事を私が片付けるとしよう。海の底で腐るがいいさっ!」
  ギラリと白刃を抜いて、横薙ぎに払った……剣は、中央の柱に当たって弾かれた。
  「はぁっ!」
  「ぎゃあああああああああああ……っ!」
  「……馬鹿ね。こんな場所で剣を振り回すなんて」
  あたしの突きはミンクスの心臓を貫いていた。リンチを罵る割には、あまり大した腕ではない。
  ……いや、そもそもこいつら海賊じゃないわね。

  船を奪った、盗賊だ。
  確かに今は海の上にいるから海賊になるのかもしれないけど、船内での戦闘にあまり長けているように見えない。
  だからこそ、限られたスペースの狭い船内で剣を振り回したりしたのだ。
  ……まあ、あたしも生意気言える腕じゃないけど。
  「凄いな、心臓一突きか」

  「グラマンさん」
  船倉で離れたはずのグラマンさんは、いつの間にか上に上がってきていた。……あたしの後ろに隠れてるけど。
  この人、本当に頼りにならないなぁ。
  「そこの扉はオルミルの私室だ。そっちは甲板。賊は四人だ、つまり残りは……」
  一人ずつ、か。
  二人群れてる事はない。操舵しているのと、オルミルの監視役。多分ボスのセレーネは監視役だろう。
  「頑張れよ。俺は操舵する為に無茶は出来ん。後から行くから、先に行け」

  「……」
  た、頼りにならない。まったく、なっしんぐ。
  あたしは疲れた表情のまま、甲板の扉を開けた。



  大柄のノルドの男性が操舵していた。
  鼻歌交じり。
  世間的にノルドは酒飲みのグウタラ、というのが定評ではあるものの戦士系の種族だ。
  本能か実力か。
  あたしが甲板に上がってきたのを感じ取り、剣を抜き放ち睨み付けてくる。
  石にでも噛み付きそうな眼だ。
  「誰だお前は? 黄金のガレオン船は見つかったのか?」
  黄金のガレオン船?
  それが何かは知らないけど、それが目的なの?
  「指示を貰いにきたわ。何をすればいい?」
  「指示……ちょ、ちょっと待て。お前も仲間なのか? セレーネからは聞いてないぞ。いつ決まった?」
  「三日前」
  でまかせ。
  しかし、それは辻褄の合った嘘だったらしい。
  「あんの女ぁーっ! 報酬は四等分だと聞いたんだ、五等分とは聞いてないぞっ! ちくしょう、ブラヴィルの隠れ家に
  戻ったら盗品市場で黄金のガレオン船を売って山分け……おい、リンチとミンクスは納得してるのかっ!」
  「悪いけど二人はもういない。そこ、退いてもらえる?」
  「ふははははははっ! そうかい、二人はもういないかっ! ならば報酬は二等分か、いやいやセレーネも船から降り
  てもらおう。これで報酬は俺様だけのもの、この仕事はうますぎるぜぇっ!」
  力では負ける。
  敏捷性に任せてあたしは踏み込み、ノルドの胴を抜き打ちに斬った。これで、残りは一人。
  「凄いな、胴を両断か」
  「……」

  ま、またこの人は……用心棒としての意味……いえ、価値はあるの……?
  奪った操舵を、手に取りあたしに一言。
  「残りは一人だ、頑張れ。……ああ、俺はここにいる。操舵するのが俺の役割だ。。ここが俺の戦場だ」
  「……ま、まあ頑張ってくるわ」



  オルミルの私室。
  セレーネ、と呼ばれていたボスがオーナーのオルミルを縄で縛り床に転がしていた。
  さすがにあたしも剣を既に抜刀している。
  セレーネは怪訝そうにあたしを凝視した。まだ若い……あたしよりは年上だろうけど、インペリアルの女性だ。
  「誰だい、お前は? そもそもどうしてこの扉の鍵を開けれた?」
  「操舵のノルドから借り受けたのよ」
  正確には遺骸から漁ったんだけど。
  「な、なんだって? ラスには誰にも話すなって言ってあったのに」
  ラス、あああのノルドか。
  ボスはセレーネ、部下はリンチ、ミンクス、ラス。これがブラックウォーター海賊団の実態か。
  そして目的は黄金のガレオン船。
  「お前は誰だっ!」
  「仲間」
  「仲間? ははは、笑わせないで。私達は海賊団を結成する際に固い誓いを交わした……」
  「三ヶ月前にね」
  今まで集めた情報を、口にする。セレーネは大きく目を見開いた。
  「ど、どうしてそれをっ! なんて口の軽い連中なのっ! な、なら私達の目的はっ!」
  「黄金のガレオン船、でしょ?」

  「ち、ちくしょうそこまで知られてたら……い、いえ船を沈めて逃げたら誰にも捕まらないわっ!」
  「ブラヴィルに捜索願い出すわよ、逃げても帝都軍にね」
  「リ、リンチの奴ぅっ! 出航前に乗客を調べるのを怠けたわねっ! で、でもどうしてあんたがここにいるのっ! 当然の事な
  がらリンチ、ミンクス、ラスと出会ったんでしょだからそこまで知ってる。連中はどこっ!」
  「悪いけどあたしの剣の錆となったわ。お相手、しましょうか?」

  正眼に構え、間合いを取る。
  向こうにはオルミルさんが人質になってるから、盾にされる前に仕留めなきゃ。

  セレーネは剣を、腰から外し、床に捨てた。
  えっ?
  「……負けたわ。三人も倒したあんたの腕には、私じゃ勝てない。金は欲しいけど、命より重くはないわ。それに逃げてもあ
  んたは全部知っている。抵抗しないわ、私の負けよ」

  まだ武器を隠し持っているかもしれない。
  それとも何かの策かもしれない。あたしは油断なくセレーネの剣を取り、そして彼女を船倉に閉じ込めた。
  その後?
  その後は、帝都に帰還。あたしはオルミルの勧めで、帝都に帰還するまでオルミルが提供してくれた私室でゆっくりと食事をし、睡
  眠をとった。寝ている間に帝都に着き、セレーネは帝都軍に引き渡された。
  彼女は賞金首だったようだ。
  帝都軍はあたしに賞金をくれた。その際、セレーネの剣を渡し損なったけど……まあ、いいか。貰っておこう。
  それは魔法剣。正直、賞金より価値は高い。黒水の剣。大事にしよう。
  黄金のガレオン船?
  あれはオーナーのオルミルのでっち上げ。経営難の船宿の客寄せの為のね。
  迷惑な話。
  それを真に受けたセレーネ達が船を制圧、外洋に出て、黄金のガレオン船を見つけた後に小船で脱出しこの船を沈めて手掛かり
  を消すつもりだったらしい。あたしが客じゃなかったらどうなってた事か。
  さて、帰ろう。
  少し……というかかなり予定とは違ったけど、あたしはコロールへと向けて歩き出した。
  英雄への道。
  朧だけど見えてきた。そして知る。
  感謝されると嬉しい。
  あたしは、馬鹿みたくまっすぐで良い人な、英雄になろう。……叔父さんには笑われるだろうけど。
  「さっ、帰ろう」