天使で悪魔




サイレンの欺き




  「あらあら? もしかして照れちゃってるの?」
  「そ、そんな事ないですよぉ」
  「アリス。ちょっと肌見せてくれない? 大丈夫よ、女同士じゃない。恥ずかしくないわぁ」
  「えっ、そ、それはちょっと……」
  「ほほほ。照れちゃって可愛いの。食べちゃいたい♪」
  「はは、はははー……」

  ……な、何故こんな展開に……?
  舞台は港湾都市アンヴィル。船乗り達が屯する、あまり旅行者……特に女性は敬遠した方がいい場所。

  双子のウッドエルフであるメインローン&ケインローンが経営する『フロウイング・ボウル亭』に今、あたしはいる。
  その酒場の奥の場所。
  あたしはそこで、2人の女性と一緒にお酒を飲んでいるわけだけど……傍から見ても危ないです、はい。
  あたし自身危険を感じてる。
  2人の女性、何気にあたしを見る眼が艶っぽい。はっきり言って貞操の危機っ!
  剣の道に生きるあたしは色恋に特に興味はまだないけど、さすがに同性にそれを抱く可能性は多分、ない。
  なのにあたしが何故ここにいるか?
  なのに何故この怪しさ全開の女性と飲んでいるか?
  ……はふ。色々と訳があるんだな、これが。
  「ねぇアリス?」
  「な、何ですか?」
  「男なんて不潔なだけ。ふふふ、でも女同士は美しいのよぉ♪」
  「そ、そうなんですか?」
  「……うふふー……」
  「……」
  こ、こわい。こわひよーっ!
  おば様、叔父さん、ダル、ヴィラヌス、あたし今までの生活がどれだけ平穏で幸せだったか気付いてなかったよ。
  コロールに帰りたいよーっ!
  話は半日前に戻る。



  ネズミ騒動。
  アルヴィーナさんの依頼を完遂したあたしは、お土産を買うべく、また観光の意味合いも兼ねてアンヴィルの店を回って
  歩いていた。帝都では『皇帝崩御追悼ストラップ』を購入。
  もちろん自分の為のお土産。
  あっ、叔父さんやダルの分も買ったけど……あの2人趣味が悪いらしく、あまり喜んでくれなかったなぁ。
  ここでは何を買おう?
  さっきの店では『アンヴィル伯爵失踪10周年記念ペナント』が売ってた。
  んー、やっぱり買ってこよう。
  さっきは素通りしたけど、旅の記念は古今東西ペナントを買うというのが、伝統だ。
  そんな時、一人の女性が声をかけてきた。
  「すいません。先ほど戦士ギルドから出てきたのを拝見したのですけど」
  女性の名前はメローナ。
  戦士ギルドに依頼があるのだという。あたしはアンヴィル支部のメンバーではないけど、戦士ギルドの人間には違いない。
  依頼の橋渡しの仲介に入ろうかと思ったものの、メローナはあたしに頼みたいと言う。
  ……何故?
  「それはあなたがこの街の戦士ギルドの人間ではないからです」
  「はっ?」
  「噂、お聞きではないですか?」
  メローナの言う、噂。

  アンヴィルでは既に有名な話らしいんだけど……あたしは知らなかった……実はアンヴィルに最近、強盗団が出没するらしい。
  二つ、ある。
  一つはヴァネッサーズと自ら名乗る盗賊団で、金目の物からトイレットペーパーまで容赦なく盗む集団。
  そしてメローナが頼みたいのはもう一つの強盗団だ。

  名称は不明。
  しかしその強盗団は女性のみで構成された集団で、狙われるのは既婚男性のみ。
  「美人局、という言葉かあります」
  「美人……あの、あたし専門用語はちょっと……」
  「色恋とか疎いのですか?」

  「剣の道一筋ですので……」
  女の子は色恋しないと変なのか悪いのか、とついダンマー風な口の悪さを発揮しそうになったけど、我慢我慢。
  あたしは礼儀正しいダンマーになるんだもん。
  「その、実は夫がその強盗団に引っ掛かりまして。大切な物を奪われたんです」
  「大切な物?」
  「結婚指輪です。私の家系が先祖代々受け継いできた誓いを永遠にする為の、指輪なんです」
  その盗賊団は、既婚男性をたぶらかし、人気のないところに連れて行ってから身包み剥いで放り出すらしい。
  つまりそうやって金目の物を得ているのだ。
  しかしヴァネッサーズとは違って……いや、双方人は殺さない、というのは共通しているものの、こっちの女盗賊団は訴えられ
  ていない。つまり既婚男性たちが体面気にして、訴えないのだ。
  それで衛兵達も手を出せず、放置状態らしい。
  ……男って皆馬鹿……。
  「夫のゴーガンはこの事件で昇進も消え、友人も去り、仕事を失い、私に追い出されました。どうか助けてください」
  「……すいません最後は奥さんが原因ですよね……?」
  「指輪を取り返してください。ここに金貨が百枚あります。可能なら、買い戻して欲しいのです」
  旦那の指輪盗んだ盗賊団から、妻がお金を出して指輪を買い取る。
  考えてみれば滑稽な話ではあるものの、それだけあの指輪が大切なものなのだろう。
  先祖代々だからか。
  それとも夫との絆を取り戻す為なのか。
  まだ二十歳にも届かない、結婚もしていないあたしには判断しづらいけど、大切なものには違いがない。
  「でもどうしてあたしなんです?」
  「この街の人間ではないから。向こうもアンヴィルの戦士ギルドの人間が行けば、警戒するでしょう。素性を隠しても顔を知っ
  ている可能性がありますから。でも貴女はこの街に人間ではなくまったくの無名。向こうも警戒しないはずです」
  な、何気に無名とか言ったけど……傷つくなぁ……。
  仕事は『フロウイング・ボウル亭』に行き、そこに出入りしている盗賊団と接触、穏便に指輪を取り戻す事。
  場合によっては買戻しも可、らしい。
  不足分は後で返済する、とメローナは言った。でももう一つ腑に落ちない。
  「あたしは向こうの顔知らないんだけど」

  「私も知りません。あの酒場に出入りしては、獲物を物色している以外は」
  「じゃあ、どうするんです?」
  「若さを利用してください」

  「はっ?」
  「きっと餌に掛かってきます。……ただ、向こうは一応は罪科ないですから穏便にお願いしますね。喧嘩沙汰や刃傷沙汰
  になれば両成敗で貴女も衛兵達に捕まってしまう恐れがありますから」

  なるほど。
  いまいちあたしが適任、という根拠が不明ではあるものの、今回の仕事は話術が武器か。
  騒ぎを起こせばあたしも捕まる可能性がある。
  向こうは訴えられていない、クリーンな面々だ。口先三寸で指輪の事を聞き出すのがメインか。そう考えると、やりがいがあ
  るかも。武器を振り回すだけが戦いじゃない、わけだ。
  穏便に、口先で、可能なら交渉で、指輪を取り戻す。そう考えると、これもまた英雄への道よね。
  「任せてくださいメローナさん。あたしが必ず指輪を取り戻して見せますからっ!」

  そう言って、あたしは胸を大きく叩いた。



  むわっとする空気。
  男臭い、というのか。船乗り達の汗の臭いと、海の塩の臭いがマイルドに混ざり気分が悪くなってくる。
  フロウイングボウル亭。
  ある意味で船乗り御用達の、酒場であたしのような観光客……特に女性客は珍しい。
  男達は入ってきたあたしを見て、じろじろと見ていた。
  珍しいのと、おいおい女だぜぇ、の多分両方の視線だ。今回の仕事は潜入的な、要素も含まれている。
  怪しまれない為に、あたしは鎧と黒水の剣を戦士ギルドに置いてきた。
  服装も、戦士ギルドの女性メンバーから借りてきた。一見すると旅行が趣味の、女の子。
  1人で街道をテクテク歩く、旅好き少女風に決めてみました。
  腰には護身用のナイフ。
  これは怪しくない。
  今時、無手の方がかえって怪しい。帯刀は法律で合法だし。

  メローナさんの『若さを利用してください』の意味が分からないけど、向こうを見つけるのは比較的簡単だと思えてきた。
  ここが普通のお洒落な酒場ならまず不可能だろうけど、船乗り御用達の酒場だ。
  女性の方がまず珍しい。
  「あー、いたいた。多分、あの2人だろうなぁ」

  一番奥の席を陣取る2人の女性。
  汗臭い男達も、敬遠している。醜い、わけじゃない。多分美しい部類に入るけど……雰囲気が怖い。
  一種、違う空気が彼女達の席に張られているみたい。
  インペリアルとノルドの女性だ。
  ……話術のほかに演技力もいるみたいね。あたしは座る場所がなくておろおろしている振り……実際に酔っ払いどもも店主
  もあたしなんかに構ってもないけど、しばらくそこに立ち尽くしていた。
  「そこの子」
  「あ、あたし?」
  ノルドが声をかけてくる。こちらを手招きしている。近づく。
  「ここに座りなよ。あっちはむさいおっさんばっかりだからさ。女同士で飲もう」
  「あ、ありがとうございます」
  勧められて、あたしは席に座る。ノルドも、だけど特にインペリアルの女性はあたしの横顔を凝視している。
  怪しまれている?
  ノルドは内心ヒヤヒヤしているあたしにお構いなしに、話を続ける。続けながら、店主にビールを頼み、あたしの前に運ばせた。
  インペリアルは眼で飲んでいいよ奢るよと合図。
  ビール党のあたしは一口飲んだ。
  「それであんた、名前は?」
  「アイリス・グラスフィル。友達からはアリスって呼ばれてます。コロールから来ました。その、旅が好きなんです」
  「私はシグニー。でこっちがフォースティナ。……びくびくしなくてもとって食いやしないよ」
  「は、はぁ。あ、あのビールありがとうございます」
  「旅が好きって言ったね? どこか行く場所があるのかい?」
  「い、いえこれといって特に」
  「旅の理由は」
  「はっ?」
  「理由……ああいや、どういう目的があってかなと思ってね。で、どうなの」
  尋問されてる。怪しまれてる。
  「その、実は叔父から逃げたくて」
  嘘も方便。どの道あたしの素性は知らないし、特に問題はない。
  この2人が例の盗賊なら、何としても接近して情報を聞きだす必要性がある。
  「叔父はあたしに暴力振るうんです。だから出来るだけ遠くに……」
  ……待て待て待て待て……同情話で接近できても、この流れで『指輪買い戻したいですてへへ♪』は事実上無理になったじゃん。
  うー、なら出来るだけ近づいて、こいつらが盗賊なら奪い返そう。穏便に。そう、盗み返せばいい。
  「へぇ。大変だね。じゃあお金は必要だよね」
  「えっ、ええ」
  「汗水垂らしてお金を儲けるなんて、ナンセンス。どう? 私達の仲間になれば楽してお金が稼げるよ」
  「はっ?」
  話が妙な展開に流れてきてる気がする。
  無言のフォースティナの視線が痛い。まるで舌なめずりしてそうなあの含み笑いの唇も怖い。

  ま、まさかメローナ、若さを利用ってこういう事かっ!
  こ、こいつら同性愛主義なのっ!
  ああああああああああああああああああああああああああああたし貞操が危ないのねーっ!
  あぅぅぅぅ。色んな意味でピーンチっ!

  し、しかも……。
  「馬鹿な男どもからお金を巻き上げるの。簡単よ、女の武器を使えばねぇ」
  ひぃぃぃぃぃぃぃっ!
  段々と怪しさ全開なんですけどあたしもうコロールに帰りたいんですけどーっ!
  「勘違いしてる? アリス」
  ねっとりとする粘っ気とでも言うのか、そんな口調でフォースティナが始めて口を開いた。
  あたしは硬直したまま、ビールを飲む。酔わなきゃ神経持たないよー。
  「私達は娼婦じゃないわ。まあ少し肌は見せる必要があるけどね」
  「あたしは結婚する相手以外に肌は見せませんっ!」
  「あら今時可愛い観念持ってるのね。ふふふ、アリス♪」
  ぞわぞわぞわー。
  鳥肌が、鳥肌がーっ!
  「ともかく聞いてちょうだい。話は簡単よ。私達は既婚の男を誘惑して、私の持ってる農場に誘い込む、そこで服を脱が
  せるのよ。男どもは馬鹿だから喜んで脱いでくれるわ。そこを叩きのめして、持ち物全部頂くの」
  「へぇー」
  ぐびぐび。ぷっはぁー。やっぱビールは最高ですなぁー。
  フォースティナのこの発言は……ある意味で自白?
  よし。作戦変更。
  このまま自白させて、逮捕の証拠を集めるとしよう。で、指輪も回収っと。
  「今のところ血は流れてないわ。誰も殺していない。ふふふ、それでこのやり方の一番良い所は既婚男性を狙うというとこ
  ろなのよ。体裁気にして誰も訴えないからね。ふふふ。どう。アリス、私達の仲間にならない?」
  「あの、どうしてそんな事をペラペラと……」
  「同じ匂いがするからよ。女しか愛せない、私達とね」
  こ、こいつ失礼だっ!
  あ、あたしが女しか……女しか……女しかですとぉーっ!
  がくがくぶるぶる。
  こ、この2人やっぱり『そっち属性』なわけか。あ、あたしも何気に同じ属性だと思われてるし、ね、狙われてる?
  か、帰りたい。コロールに帰りたいよぉーっ!
  「アリスぅ♪」
  「や、やめてください」 
  酔いも回ってるのだろう。フォースティナさんは段々と砕けてきた。何かにつけてあたしの体に触れてくる。
  「あらあら? もしかして照れちゃってるの?」
  「そ、そんな事ないですよぉ」
  「アリス。ちょっと肌見せてくれない? 大丈夫よ、女同士じゃない。恥ずかしくないわぁ」
  「えっ、そ、それはちょっと……」
  「ほほほ。照れちゃって可愛いの。食べちゃいたい♪」
  「はは、はははー……」
  ……で、話は序盤に戻るわけよ。
  こ、ここで序盤と繋がるの。
  帰りたいけど、メローナさんはあたしに依頼した。仕事は完遂する必要がある。
  指輪を取り戻すまでは、帰れない。
  フォースティナさんもシグニーさんも手に指輪はしていない。おそらく『農場』とやらに置いてあるのか、もしくは既に売り
  さばいたのか。それを効率的に聞き出すのに……。



  「ここがそうよ。入って」
  2人に誘われて、あたしは盗賊団の根拠地である農場に来た。場所はアンヴィルの東。街道から外れている。
  正確には元、農場だ。
  農作物なんかない。フォースティナ達が既に農場として機能していないここを安く買い取ったのか、ただ廃屋となっていたこ
  の場所に無断占拠しているだけなのかは分からないけど、街道から外れている時点で帝都軍巡察隊も警邏しない。

  陸の孤島、ね。
  わざわざこんな場所に来ようなんて考える人はいないだろうし。

  「……うっわ……」
  部屋に入ると、まず絶句した。
  盗賊団の住処だから、つまり人が快適に住みやすいように内装を弄ってある。建物外観のみすぼらしさからは想像出来ない
  ほど、室内はゴージャスだ。壁紙張ってあるし花瓶生けられた花も色とりどり。綺麗に掃除もされている。
  何気にあたしの家……というか叔父さんの家ね。そこより綺麗だ。
  でもそれは絶句、じゃない。

  絶句の内容はその部屋に置かれている、でっかいベッド。
  入って早々これ見よがしにベッドのある家。……あぅぅぅぅぅ。恋愛に興味なくても、何の為のベッドかはさすがに分かるぅーっ!

  た、多分男はここでいそいそと促されるままに服を脱ぐんだろうなぁ。
  「シグニー。奥にいて」
  「はい。ボス」
  奥……ああ、あの扉か。扉を開け、ノルドは別の部屋……ううん、あれは地下室への扉か。
  何人ぐらい仲間がいるのだろう?
  「アリス。歓迎するわ」
  「は、はぁ」
  「もう一人ぐらい綺麗所がいてもいいなと思ってたのよ。インペリアル、ノルド、カジート、そしてダンマー。これでカモのニーズに
  応えられる。ふふふ。アリス、早速だけど仕事の内容を説明するわね。まあ、簡単よ。至極ね」
  メンバーは三人か。最後のダンマーはあたしだろうから、数に入れない。
  一番厄介なのはノルドのシグニー。
  怪力でこられたら、ナイフしか持っていない今の現状、屋内での戦闘を考慮すると分が悪い。
  「アリス、貴女は男に甘い言葉で囁くの。で、ここに連れて来るのよ」
  「は、はぁ」
  「それから服を脱がすの。もちろんすぐに脱がない奴もいるから、少しは貴女も肌を見せる必要があるわ。でも大丈夫よ、あなた
  のその薄く美しい蒼い肌は男なんかには触れさせないから。だって私のものだもの♪」
  「えっ、えええぇぇぇぇぇーっ!」
  「ふふふ。冗談よ」
  「う、嘘よ冗談の眼じゃないよ今の眼はーっ!」
  「まあ細かい事はおいといて。……さて、貴女のニックネームを決めなきゃね。こういうの、私好きなの」
  「……ニックネーム……」
  危ない人なのは理解できるけど、変に子供っぽい人でもあるみたい。
  ちなみにシグニーさんは『家庭を滅ぼすシグニー』らしい。この人、ネーミングセンス最悪。
  「アリスは……そうね『男日照りのアリス』なんてどう?」
  「却下ですっ!」
  「じゃあ『蒼い堕天使のアリス』はどう?」
  な、何となく恰好いいけど……も、もうこれ以上付き合ってられないっ!
  「単刀直入に言います。ゴーガンさんの指輪、返して下さい」
  「ゴーガン……ちくしょうっ! あんたは衛兵の手先かっ!」
  ……衛兵?
  「先祖代々とか言ってたくせに、いざ盗品市場で売ろうとしたら屑指輪だと言われて買い取ってもらえなかったのよ。ふん、ま
  さか潜入捜査の為にあんたみたいな小娘を送りつけて来るなんて、大胆な事するわね衛兵どももっ!」
  「……」
  つ、つまりメローナさんもその旦那さんのゴーガンさんも衛兵で……あたしはこいつらの手口暴く為の撒き餌っ!
  で、でも衛兵はここまでついてきてるのかしら?
  「皆、出ておいでっ! 悪い子にお仕置きしてあげる時間だよっ!」
  ちっ。
  ナイフを抜く……より早く、誰かが後ろからあたしに抱き付いてくる。カジートだっ!
  肘鉄を叩き込む。呻き力が緩むカジート。あたしはナイフを抜きフォースティナを牽制した時、ナイフを持つ手をシグニーに強打さ
  れ思わず武器を落としてしまった。しまったっ!
  取り囲まれるあたし。
  「アリス、仲間になるなら……私が優しくお仕置きしてあげる。それで許してあげるわ」
  「嫌だと言ったら?」
  「その時はシグニーが痛くお仕置きしてくれるわ。鞭はお好き?」
  「どっちも却下ですっ!」
  ノルドの大女はあたしより力は上、でも俊敏さはあたしの方が上だ。フォースティナがシグニーに眼で合図をしたと同時に、あたしは
  シグニーが反応するよりも早く飛び上がり蹴りを叩き込む。堪らずによろけるシグニー。
  カジートが動く。
  俊敏さではあたしよりも上だろう。しかし動作が出遅れた。
  あたしはナイフを拾う。そしてそのままフォースティナの喉元に突き付けた。カジートは、動きを止めた。
  「終わりよ、フォースティナ」
  「……ふふふ。そのようね。その強さ、気高さ、私が惚れ込んだのは間違いないみたい」
  その時、ドアが蹴破られた。
  フル装備の、集団。アンヴィルの衛兵達だ。指示を出しているのは……メローナさん。やっぱり利用されたみたい。
  フォースティナを衛兵達にあたしは引き渡す。
  「メローナさん。利用したんですか?」
  「すまない。どうにも手立てがなかったんだよ。誰も訴えないしね。それに……うちの旦那も体裁気にして訴えなかったし」
  「はっ? 囮捜査じゃないんですか」
  「あのロクデナシ。普通に引っ掛かりやがった」
  「……はぁ」
  「衛兵隊長の私の旦那が浮気した挙句に身包み剥がされましたじゃ私の面目もなかったしね。悪いけど利用させてもらった。報酬は
  ここに、金貨百枚。それと指輪の代金として渡した金貨も報酬としてあなたに差し上げるわ」
  金貨の袋をもらう。
  今回の任務、この報酬で安いのか高いのか……ううう、きっと安い。あたし貞操危なかったもんっ!
  あぅぅぅぅぅっ。
  「アリスっ!」
  フォースティナが、連行に抵抗しながらあたしに叫ぶ。
  「その名前、偽名じゃないでしょうね」
  「あたしの名はアイリス・グラスフィル、愛称はアリス。コロールの戦士ギルドの者よ、覚えておきなさいっ!」
  「ふふふ。じゃあ、またね。私の愛しいアリス。あっはははははははっ!」
  笑い声を木霊させ、フォースティナは衛兵達に連れて行かれた。
  これにて一件落着。
  「あんた、あんな事言ってよかったの?」
  「メローナさん、心配御無用。正義は必ず勝つのです。彼女達も長い年月をかけて償いを……」
  「それを見越しての啖呵なら、悪いけど期待は裏切るよ。あの連中三ヶ月もすれば檻から出てくるだろうし」
  「な、なんでっ!」
  「誰も訴えてないからね。うちの旦那も。体裁があるからさ。……一応、罪状はあんたに対する暴行容疑、それと逮捕に抵抗した
  から公務執行妨害。すぐに出てくるよ。三ヶ月、という期間も長くてだからね」
  「……すいませんあたしお礼参りされますかね……?」
  「それは分からないけど。……ああ、お役所仕事としては、襲われるまでは動けないから。もちろんコロールで襲われたら、コロール
  の衛兵に相談しなさいよ。フォースティナの態度から察するに、殺されはしないだろうけど」
  「……」
  何をされるかって?
  ま、まあストレートには言わないというか言えないわよおぞましくて。と、ともかく『可愛がられる♪』のだろう。
  あぅぅぅぅぅ。
  ……。
  その後、あたしは馬に飛び乗り逃げるようにアンヴィルを後にしましたとさ。
  ダ、ダルーっ!
  あたし貞操危ないかもぉーっ!