天使で悪魔





アンヴィルの幽霊船





  遺品。
  生前の者が残した、品物。
  それを残した者との繋がりが強ければ強いほど、関係が濃ければ濃いほどにその価値は増し、何物にも代えられない
  物へとその価値を高め、存在するようになる。
  例えるならば有名な画家の書いた、絵。
  例えるならば高名な作家の書いた、本。
  彫刻、壷、はたまた建築物。
  全てにその付加価値が増す。だから、こぞってそれらを集める者がいる。
  ……愚か。
  それは、全てが愚かな行為。
  遺品の意味を、吐き違えている。
  遺品とは、そういうものではない。そんな、安っぽい価値観ではないだろう。
  だからこそ、人と人との繋がりは美しく、尊いのだ。
  ……だからこそ……。





  港湾都市アンヴィル。
  風光明媚な都市で、港から見る海は美しいの一言に尽きる。
  わたくし、アルラ=ギア=シャイアは名門貴族の生まれですから、そういう自然の美しさや情緒には深い感銘を受けます。
  ……争い事なんて……ちっぽけですわ……。

  「お嬢様、今回の収支が計算し終わりましたです、はい」
  真紅のアルゴニアン、ジョニー・ライデンは慇懃に頭を下げ、台帳を書き終えた。
  ジョニー、ソロバン準二級。簿記総合一級。電卓六段。
  まさに会計士になるべき人材ですわね。
  場所はアンヴィルの高級、に属すであろうホテル『カウンツ・アームズ』の一室。長期滞在している部屋ですわ。

  「それでジョニー、合計は幾らですの?」
  湯浴みを終えたばかりで気分の良いわたくしは、椅子にもたれ掛かりながら訪ねる。
  今月は働きずくめでしたわ。
  「合計は……収入が金貨3000枚」
  「まずまずですわね」
  「それで支出が……その、金貨3005枚となっております、はい」

  「それはー……つまりー……」
  「赤字でござんす」
  「ジョニー」
  「はい、お嬢様」
  「……あなた、始末」

  「な、なんでですかっ!」
  「貴方があそこでバナナジュースが飲みたいと言わなければ赤字にはならなかったのですわよっ!」
  「金貨5枚抑えたって仕方ないでしょそれに結局飲んだのはお嬢様じゃないですかーっ!」
  「貴人は下賎な使用人に罪着せても問題ないのですわーっ!」

  「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ収支のバランスをお確かめにぃーっ!」
  ジョニーをフルボッコ……ほほほ、問題ありまくりな発言ですわね。
  ともかく、制裁を済ませた後でわたくしは大きくため息。

  ふぅ。
  株で金貨10万枚すってから、運が向いてきませんわねぇ。
  「お家再興は夢のまた夢ですわね」
  「あ、あっしの所為ですか?」
  「別に貴方を責めてはいませんわ。そう、これはわたくしの過失」
  「……普通にそうでしょう、あっしはただの使用人……」
  「ジョニー、口答えですの?」
  「はっ?」
  「始末、ですわね」
  「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ株ですったのはお嬢様ですけど悪いのはあっしですぅーっ!」
  「分かればよろしいのよ分かれば」
  スキングラードの名家シャイア家第13代当主、それがわたくしですわ。
  しかし家は没落、破産。
  豪邸であるローズソーン邸
スキングラード領主であるハシルドア伯爵に借金の形として接収、今に至りますわ。
  その後のわたくしは変わりました。
  そう、高貴な身でありながら額に汗して働く労働者に、勤労的な盗賊に生まれ変わりましたのよっ!
  ……何ですのその懐疑的なお顔は?
  ……何かわたくしに文句ありますの?

  ともかく、私は変わりましたの。
  今では盗賊集団ヴァネッサーズの頭領として、アンヴィルの家々を回り宝石類からトイレットペーパーまで、容赦なく盗みまくる盗
  賊なのですわ。しかし働けれど働けど我が暮らし楽にはならず。
  ……不甲斐ない元使用人の所為ですわねぇ。
  なお盗賊ギルドには属しておりません。
  そもそも、盗賊ギルドもそれを率いるグレイフォックスもただの都市伝説。
  帝都軍上層部も、一部を除いてその存在を否定していますし、存在しないのでしょう。

  「ふぅ。それでジョニー、どこか儲かる場所はありませんの?」
  「お嬢様が身売りすれば……げっへっへっ……」
  「ジョニー、死にたいようですわね」
  「ひぃっ! 軽いジョークですっ!」

  「では軽く死にますか?」
  「い、いえっ! 結構ですっ!」
  「まあ、そう言わずに」
  「あうあう、あっし今から儲かりそうな場所を探してまいりますっ!」
  「それがいいですわね」
  バタバタと出て行くアルゴニアンの後姿を見ながら、溜息。
  ……母様。
  ……養女とはいえ、わたくしは家を必ず再興してみせます……。






  空は既に星々を飾っていた。
  黒い絨毯に彩られた宝石の如く輝く星は、世界中のどの宝石よりも美しく、孤高。誰の手にも入らない珠玉の光。

  潮風に頬を嬲らせながら、わたくしはジョニーと海に来ていた。
  「船、ですか」
  「は、はいお嬢様。めぼしい家は盗みつくしましたから、後は船か……城か……」
  アンヴィルの波止場。
  様々な物品が集まる、玄関口。シロディールに海路で入るには、四つ。
  帝都にダイレクトに行くか、レヤウィン、ブラヴィル、そしてここアンヴィル。帝都以外で栄えている港湾都市は、といえばここアンヴ
  ィルを置いて他にはない。他の二都市は港の整備の面では、アンヴィルには遠く及ばない。
  アンヴィルに着いた船荷は、アンヴィル、クヴァッチ、スキングラードを経由して帝都へと達する。
  そのルートを黄金街道と呼ぶ。
  まっ、地理のお勉強はいいですわね。
  「どの船ですの?」
  「あれです。えっと船の名前はサーペント・ウェイク号。昨日、サマーセット島から来たばかりです」
  「昨日? 船荷は降ろした……」

  「いえ、それが降ろした形跡はないと……」
  「変ですわね」

  「でも、儲かりますよ。あっしは勧めましたけど、お城はお嫌なのでしょう?」
  「伯爵夫人とは友人ですから」
  貴族の家柄上、わたくしは各都市の領主とは懇意。
  あまり知り合いから失敬するのは、好きではないですわね。
  ……ばれたら、立場ありませんし。
  「あら、グレイズはどうしましたの?」
  グレイズ・エル・トレヴァー。

  オークの剣士。
  元々はシャイア家の用心棒、家が没落してからは忠実なるヴァネッサーズの一員ですわ。
  ……なおヴァネッサーズという名に、由来も意味もございません。
  ほほほ。その場のノリですわね。語呂がよかっただけ。
  「グレイズはクヴァッチの荒野が俺を呼んでいる、と呟き武者修行に」
  「役に立ちませんわね」
  「まったくです」
  「いなくて役に立たないグレイズ、いても役に立たないジョニー良い勝負ですわ」
  「ひ、ひでぇっ!」

  ジョニーの抗議を黙殺し……撲殺してもいいですけど……ともかく、船に近づく。
  誰もいない。
  誰も。
  ジョニーの情報が正しければ、アンヴィルに到着してから積荷を降ろしていないらしい。それはおかしい。
  普通、規則で港に着いたらまず倉庫に積荷を移すのが仕来り。
  何故なんでしょうね?
  倉庫に忍び込む事はかなり至難の業だけど……船に忍び込む、というのもあまり得策ではない。逃げ道がないですもの、狭い船内で
  発見されたら。もちろん、無人ならその限りではないですけどね。
  ……ああ、人がいましたわ。
  甲板に笑いながら座っている、女性。
  酔っているのか気が触れているのか、微妙なところですわね。

  「滑稽よお笑い草よ喜劇よあっはははははは吉本新喜劇よぉーっ!」
  意味不明。
  これだから下賎な方は……。
  「水晶玉がすぐそこにあるのに取り出せない、これ以上楽しくて笑える話はないわっ! 誰も力になってくれないし衛兵は役立たずだし
  もうお手上げはいみんなで両手を高く上げてー、はい、お手上げー♪」
  「楽しいですわね。お遊戯会ですの?」

  「何見てるのよどうせ貴女も助けてくれないでしょう冷やかしならお断り。はいはい行った行ったぁー」
  「助けてあげてもよろしいわよ」

  「ほら誰も当てにならないとかくこの世は世知辛いー……はっ、貴女今助けてくれるといいました?」
  「ええ、言いましたわ」
  「ああ、神に感謝を」

  前言撤回ですわね。
  彼女、かなり身なりが良い。少なくとも成金趣味のない、名家の出身のような雰囲気。
  わたくし同様に、貴族のお仲間かしら?

  「私はサマーセット島から来たんです」
  アルトマーの出身地。
  「それで?」
  「母が亡くなりまして。それでサマーセット島に戻る為にサーペント・ウェイク号、この船と契約してサマーセット島に戻り、葬儀を済ま
  せて再びシロディールに戻ってきたのです。こちらで今は夫と定住しているものですから」
  ……母親が亡くなって……。
  ……。
  いけませんわね、思い出してしまいそうですわ。
  「母の形見である水晶玉とともにここに戻って来たんです。私は……というか、私は夫ともに船を一度降りました。夫は船旅が苦手で、酷
  い船酔いでしたので。夫を家に送った後、船に戻ったら船員が全員斬殺されていたのですっ!」

  「斬殺……物騒ですわねぇ」
  「今じゃ船員達は全員、怨霊となって船を徘徊していますっ!」
  損得抜きで、少し興味が湧いた。
  タムリエルにおいて、怨霊などの類は特に珍しくはない。
  魔術師ギルドが敵として見なす死霊術師が見境なく従え、または解き放ってるし、古代アイレイドの亡霊とか多岐に渡る霊関係が跋
  扈している。死してなお、生きようとする連中はいる者ですわ。
  でも、船員が何故悪霊に?
  殺された無念……それは分かりますけど……まるで呪いか何かの類のような……。
  「わたくしが解決しますわ」
  「本当ですかっ! 本当に? ……嘘だったら電信柱の影からずっと睨んでますよ……」
  「……? 意味不明ですわね」
  電信柱って、何?
  謝礼は、船の荷物。元々彼女はこの船に乗り、サマーセット島に行って、ここに帰ってきただけ。水晶以外は、積荷も合わせて全部こ
  の船の乗組員達の財産。死んでいる以上、財産も何もあったものではないですわね。
  「ではジョニー、行ってきなさい」
  「あ、あっしですかっ!」
  「貴方です」
  「あ、あっしは戦闘能力皆無ゼロなっしんぐ、でござんすっ!」
  「わたくしに始末されるか怨霊に殺されるか、二つに一つですわ」
  「ひ、ひでぇっ!」




  「まったく。わたくし自身が出向く嵌めになるとは……世知辛い世の中ですわ」
  「そ、そういう問題でしょうか?」
  ぎしぎし。
  軋む船内の中を捜索。特に荒らされた形跡は、ない。
  ……荒らされた形跡は。
  そして争った形跡もないけど……船員達は、皆無残に喉元を切り裂かれて死んでいた。即死、と見ていい。
  「ふむ。意味不明ですわね。なす術もなく殺されていますわ」
  抵抗もなかった。
  そう、船員達はあっという間に殺された。何者かが侵入し、船員達を殺して回り、そして逃げ去った。
  何の躊躇いもない殺し方。
  相当な恨みがあったのだろうか。
  「ジョニー」
  「は、はい」
  「分かれますわよ」
  「おいおいお嬢様、あっしの体がいつか恋しくなりますぜ、分かれるなんて野暮ですぜ、はっはっはっ」
  「本気で始末しますわよ?」
  「すんませんでしたっ!」
  「まったく」
  魔術に心得がある。別に魔術師ギルドに属しているわけではないですけど父様がマスター・トレイブンと懇意だった関係で遊び程度
  とはいえ魔術にはそれなりに造詣がある。単身でも、怨霊程度に後れを取るつもりはない。
  「お、お嬢様」
  「さっさと行きなさい」
  「あ、あれ、あれっ!」
  「ああ、来ましたわね」
  オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオっ!
  奇妙な咆哮をあげながら怨霊出現。数は三。
  手に鋭利なカトラスをしている、ローブを纏った人影。足はなく、宙に浮いている。典型的な幽霊の姿ですわね。
  「行きなさい、ジョニー」
  「で、でも」
  「邪魔ですわ。あれの相手はわたくしがしますから、貴方は金目の物……ああ、それと水晶玉をゲットしてきなさい」
  「で、でも」
  「私に殺されるのと怨霊に殺されるの、どっちがいいんですのっ!」
  「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ怨霊の方がましでござんすぅーっ!」
  ……ちょ、ちょっとムカつきますわね。
  ……ジョニー、後で始末ですわ。
  走り去るジョニー、迫り来る怨霊。ふん、死に損ないどもめっ!
  「鎮魂火っ!」
  炎+アンデッド退散……の魔法を、放つ。範囲は広範囲。
  威力は小さいものの怨霊達はまるで恐れをなしたように怯み、恐れ、そして動きが止まる。
  「ふん、がくぶるするのはまだ早いですわ。炎の精霊よ、奴らの魂を焼きつくせっ!」
  ごぅっ!
  ごぅっ!
  ごぅっ!
  召喚した、炎が人の形を成しているように見える、炎の精霊は鎮魂火の影響でガクブルしていた怨霊達を順次焼き尽くした。
  ほほほ。
  一度に始末しない、これが貴人の始末の仕方ですわ。
  「余計な事を」
  「あうっ!」
  突然、背中に痛みが走る。血刀を引っさげ、黒衣の男。
  わたくしのフォローに、召喚した炎の精霊が入る……もしも炎の精霊がいなければ、わたくしはそのままトドメを刺されていた
  事でしょうね。黒衣の男の剣技は容赦なく急所を的確に突く。
  炎の精霊は人ではない。
  つまり、どこ突かれても斬られても等しく同じダメージなんですけど……人なら、どこを突かれても斬られても即死ですわね。
  こいつ何者?
  がぁっ!
  炎の精霊は崩れ落ちる。わたくしは既に立ち上がり、黒衣の男に魔法を放つ。
  「冷たい墓標っ!」
  冷気+麻痺……の魔法。広範囲魔法。相手は冷気に包まれ、動きを封じられ、ゆっくりと凍死する。末路、悲惨ですわね。
  ウォンっ!
  狭い船内、狭いからこそ当たる……とは限らず、男は物陰に隠れてやり過ごす。
  ちっ、かわされたっ!
  こうなったら大技で……。
  「……」
  気付けば、そこには誰もいない。
  逃げた、か。
  それにしても何者だったのかしら。あの動き、しかも剣術は……少なくとも、グレイズのような剣術家ではなく、どちらかというと
  暗殺術。あれはまさか、殺し屋?
  確かに。
  確かに殺し屋なら、この船の惨状も理解出来る。でも怨霊は何?
  あの殺し屋が怨霊化させていた?
  まあ、いいですわ。
  「……ふぅ。疲れた……」






  「ありがとうございますっ!」
  アルトマーの女性は、喜んだ。二度と見れないと思っていたと語り、それから水晶玉を抱き締めた。
  ただの水晶玉。
  確かに何らかの魔力が込められており、それなりの価値はある。
  でもわたくしには必要ない代物。
  例えあれがどんなに値の張る代物であったとしても、わたくしは渡しただろう。
  人は心の中に生きる。
  そう、心でも心の中に生きる。
  だから、究極な事を言えば遺品など必要ない。
  でも、人は弱いから。
  故人を偲ぶ品物を大切にし、その思い出を糧に生きていく。
  遺品は大切だ。
  ……大切。
  ……遺品すらない、わたくしにとっては特に羨ましく……。