恵山鉱山跡  探検: 北の細道 恵山鉱山跡

恵山鉱山跡で活火山を見る




北海道恵山町

   本道硫黄鉱山の開発は極めて古く、幕府時代には既に恵山・岩雄登幌別古武井等が開発されていた。
明治末期から第一次大戦の際には盛況を極め、海外輸出も盛んで鉱山も20以上を数えた。

その後、一時期衰退するが、昭和7年には海外輸出の復活と製紙・化繊工業の発達により
再び繁栄する。ところが昭和19年の硫黄鉱業整備令により2山を残し休山後終戦を迎えることとなる。

やがて昭和26年には市場高騰により俄かに再開し、14鉱山が稼行する。
幌別精進川の焼取法、低品位な昇華流硫黄までを選鉱、蒸気製錬する阿寒・跡佐登・恵山、
硫化鉄鉱山である虻田鉱山の下部には大量の硫黄鉱床が発見されており、盛況が期待されていた。


製品は道内の製紙工業、精糖工業等で30%が消費され、その他は本州化学工業、一部は海外向け輸出とされる。
道内生産比は全国の19〜20%を占め、最も恵まれた資源でもあるため国内需要を十分に満たしていた。

国際市場も視野に入れた海外コスト水準を目指すことが期待されたが、
昭和30年代後半の重油精製時の回収硫黄の出現はすべての硫黄鉱山を休山へと追い込む。


今回は海岸から一気に駆け上る、標高300m付近の鉱山跡を探索する。
硫黄鉱床はその後の強酸性排水による鉱毒水が懸念されるため、
徹底した閉山措置が取られるのが通例であるが、
昭和42年の閉山からおよそ50年、果たして遺構の残存はあるのだろうか。












硫黄・登山・石井鉱山・・・


恵山
( ̄u ̄;)恵山 標高618m



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