岩雄登鉱山 探検: 北の細道 河床を匍匐する

岩雄登鉱山で河床を匍匐する


北海道倶知安町

昭和40年代に硫黄鉱山は石油精製の副産物によって、
ことごとく閉山に追い込まれた。
岩尾鉱山精進川鉱山幌別鉱山
阿寒、知床そして八幡平。

本鉱山は明治12年頃から本格的に採掘され、
明治19年の資本投入により、焼取法による精錬から模型蒸気精錬機を用いることとなり、
飛躍的に増産となる。
二か所の採掘場、二か所の精錬所を持ち、製品は米国に輸出された。

明治41年には元山から宿内(ソコナイ−共和町前田)まで14.18kmの鉄索が敷設され、
硫黄を降ろし、燃料・食料を山上へ運搬した。

最盛期には200人以上が暮らす、一大鉱山街となったが、
しかしながら原鉱の探索空しく、資源枯渇により
昭和12年に閉山、50年の歴史に終止符を打つ。


イワオヌプリ(標高1,116m)の北西、
登山コースともなっている、
本鉱山をより深く探索する。
そこには見たことも無い風景が広がっていた。


 







巨大穴・水没・湧出・・・





硫黄
( ̄u ̄;)硫黄鉱山





トップページへ