SFもどき





                  
                 

                 崎靖士
 
   
 


 これはSF小説ではありません。ダ・ビンチの昔から、ジュール・ベルヌ、ウエルズ。確かに現代や未来を予言していますし、そうなった事柄も多いのです。しかし、この話には何の予言も真実性もないのです。だから、もどきなのです。でも、この混迷する世の中。これは本当のことになるかも知れません。現代も、金を稼ぐためにSF小説を書く人も多いのです。金を稼ぐためでなく書くのが、SFでしょうが。人類の未来のために。でも、あんまり強調すると、引かれ者の小唄になります。これはそうなんです。作者である私は言いたい。これは、ありきたりな心温まる作品ではないのです。心寒くなるでしょう。そうなったら、新橋に「菜華」という店があります。見ようによっては美しいママと、口を開かねば上品そうな紳士の客達がいます。問題は、その客達の滞在時間が長すぎることです。ママの経営上の苦労もそこにあります。吉野家までとはいかなくとも回転率を。でも、ママの優しさと、いい加減さが、許しているのでしょう。心が洗われ、豊かになる素晴らしい店です。唯一の欠点は料金を取ることでしょう。前置きが内容のわりには長すぎたようです。まずは、お読み下さい。読まない人には未来はありません。もっとも、未来なんていらないという前・中期高齢者も多いでしょう。それでは、お代は読んでから戴きます。
 (「陰の声」こんなものに金が払えるかい。)
 ここは多分、アンドロメダ星雲の一つのようだが正確には分からない。豊かな自然と資源。人々は幸せに暮らしている。軍隊もなく戦争もない。そんな状況が地球に実現したら、世界の警察と称し軍需産業で栄えているA国は滅びるんだろうね。災害もない。だが、それを荒らす一人の狂人がいた。彼は二十代半ばであろうか。十代の頃は、IQ250、天才と謳われていた。体格もよく、抜群の運動神経を有している。しかし、何の不自由もないこの星ではよけいな存在だった。当然のごとく、二十歳になるとぐれだした。酒は飲むは、タバコは吸いまくり、
(「陰の声」その星にも酒やタバコがあるのかい?)
 くだらないチャチャを入れるな。話が先に進まないよ。
 女のケツを追いかけまわすが、成果を得られぬ天才児。本人は自らの容貌を、ジャニーズ系か悪くとも高倉健似と思っていたが、客観的に見れば、どう見ても坂上二郎似だった。女性は誰も相手にしない。これを書いている私みたいに。
 鬱積したのは、彼か別のものかは判然としないが、国会議事堂に向った。大声を上げた。
「これくらい優れている俺に、何で国家は女をあてがわないんだ。」
 彼は一物を出すと、こすり続け、放出した。たちまち、十数名の純白の制服に身を固めた屈強な男達が、のしかかり殴りつけ、手錠をかける。余りの重みに失神した。
 気が付くと法廷にいた。多分、かつらなんだろうが白い長髪の男が三人。高い所から、睨みつけている。
「それでは、審理は終わります。裁判員の方々の協議をお願いします。」 
 十人ほど並んだ面々の中の、中年の女性が喚いた。
「協議の必要はないでしょう。少子化の今、貴重なスペルマを、意味もなくばらまくなんて。私が欲しかったわ。直接に。」
 他の裁判員も納得した表情だ。
「では、刑法1007条により、被告を有罪とし、星外追放とします。」
 裁判所を出た裁判長の周りを、マイクを持った男女(この品のない連中を、地球ではリポーターというらしい。)とカメラマンが取り囲んだ。
「あの極悪人は何処へ追放ですか。」
「遥かな所に太陽系というものがあり、地球というちっぽけな星がある。そこに、へばりついている小さな国、ジャポンとかいったな。そこには、彼と同じような人間が生息しているようだ。これは、国の秘密機関CFIBOの情報によるんだがね。ですから、やつにとって刑は軽いほうでしょう。私は温情判事として尊敬されているのだ。悪徳弁護士や検事を排斥したのは私だからね。そこをちゃんと記事に書いたり放送してくれないかな。国民栄誉賞の申請をしているけども、なかなか連絡が来ないのだ。」
 刑執行の日が来た。全裸にされた彼は寝かされ、暗い穴に下半身を入れられる。    
「服くらい着せろよ。人権侵害で訴えるぞ。」
 執行官は冷ややかに言う。
「一事不再理です。それが法の原則です。では、お元気で。」
 ボタンが押された。
 彼の名は、ランポンジー。暗いトンネルを凄いスピードで滑り降りている。
(「陰の声」SF映画でよくあるシーンだね。)
 うるさいね。これが一番、場面転換には都合がいいんだ。スピルバークに聞いてみろ。

 長いか短いか分からぬトンネルの旅が続いた。明るくなり,スポッと飛び出した。目の前には白衣を着た、おばさんというには申し訳ないが、娘でもない女性がいて、
「ああ、やっと生まれたね。難産だった、大きい男の子だ。誠子さん、よくやったね。」
 誠子は喘ぎながら、
「あたしは、つわりが酷いんだ。三人目はいやだというのに、あのごくつぶしが他に趣味がないもんだから、こうなったのね。まあ、あたしも好きなんだろうね。」
「ありがたいですよ。子宝って言うでしょうが。でも、この子はおぎゃあって泣かないね。それに、臍の緒もない。まあいいか。産湯をつかわせるよ。」
 ランポンジーには何だが分からない。どうも体が小さくなっているみたいだ。あれを除いて。あの星にあった寿司桶みたいなのに入れられ洗われる。股間も。いい手つきだ。これには星の違いは関係ないのだろう。膨張する。
「あれま、元気な子だね。こんなに大きくなって。お相手したいけど、児童福祉法違反で逮捕されるわ。名刺を置いとくから、二十年後に電話して。必ずよ。」

 本名をランポンジーとは知らぬこの国の両親は恐れ多くも、照仁と名付けた。戦前だったら、不敬罪に問われただろう。
 誠子は久し振りに、中学時代の親友、華子と喫茶店で会った。
「三人目が出来たんだって。お盛んねえ。うちなんか、とんとご無沙汰なのに。」
 誠子の顔が曇る。
「うちだって、そうなのに。」
「可愛いんでしょう。」
「そりゃそうだけど。オッパイを飲ませると、片方の乳を触りまくるの。そして、あそこを。旦那より巧いのよ。あ、これはオフレコね。」
 この一家は、賑やかな駅通りを曲がった所に傾げながら建っている陋屋に住んでいる。
 家族構成は、自分を産んでくれたのだろう誠子と、つれあいと思われるおじさんと、見目麗しいとは思えぬ少女と、ハンサムだけど、いかにも癇癪持ちの少年だ。この野蛮人と思われる人達に、交流を図ろうとしたが、何を話しても通じない。
 到来して、早、二年半が過ぎた。可愛い盛りだろうと思いきや、そうでもない。誠子は、
「この子は障○児じゃないかね。何を言っているのか分からないよ。毎日、鏡を見ているだけ。だから、三人目は嫌だと言ったのに。あなたったら。」
「俺一人の責任じゃないだろう。でも、できたものはしょうがない。幼稚園に行かせよう。三年保育だ。うちの収入ではきついけれどね。」
 照仁は幼稚園に通うことになる。桜が、町全体を蔽おっている。目を瞠り、眺めた彼は、
「素晴らしい眺めだ。ここもいい所なんだな。」
 あの星には桜がなかったのだろうか。幼稚園の梅組に入った。三十人くらいか、勿論、子供ばかりだ。中年の化粧っ気のない女性が現れた。
「園長の升本です。よろしくね。では、出欠をとります。呼ばれたら大きな声でね。荒木美佐子ちゃーん。」
「はーい。」
「井上隆くん。」
「はーい。」
 これは何の儀式なのか、照仁には理解出来ない。
「北園照仁くん。」
 誰も返事をしない。三度呼んで、園長は近寄り、
「あなたのことよ。返事しなさい。」
 しかし彼は、自分のことを北園照仁とは思っていない。ランポンジーなのだ。 一週間後、誠子に園長から連絡が来た。出頭すると、
「お宅のお子さん、困ります。名前を呼んでも返事をしない。何か言っているようだが、意味不明です。とても、預かれません。おそらく、白〇でしょう。」
 誠子は目をつり上げた。
「ここは公共の施設でしょう。しかも、高い入園金を払ったのに。追い出すんですか。」
 園長の不幸は、この頃は知的障○児を預かる施設がなかったことにあろう。
「では、半年だけ。だけど、お母さん。名前を呼ばれて返事もしない子を預かる苦労も理解して下さいよ。」
 誠子も、これには返す言葉もなかった。
 秋が来た。照仁も四歳になったのだろう。相変わらず、無口で大人しいだけが取柄だった。食べ物についての欲望も少ない。嫌いなものは残すだけあの星とここでは食料が違うのだろうやせっぽっちで、頭だけが異常にでかい。まだ、食糧事情のよくない戦後間もなくだったから、両親も気にしなくなっていた。
(「陰の声」それは酷いぞ。里子だって、もっと大事にされるぞ。)
 細かいことは、どうでもいいの。これからが面白いんだから。             
 照仁は妙なことに気が付いた。周りに散らかる紙類に何かが印刷されている。あの星ではないものだ。彼も知らなかったが、言論統制のためだった。これは字なのか。これを読みたい。でなければ、この野蛮国では生きていけない。
(これは、ご都合的ですが、話の展開上、やむをえないね。)
 誠子が手を拭きながら近付いた。
「お腹、すかないのかい。大福があるよ。もっとも、お前は甘い物は食べないけどね。」
「字を覚えたい。」
 誠子はめんくらう。
「何て言ったの。初めてだよ、お前の言葉を理解できたのは。」
「字を覚えたいんだ。」
 誠子は仕事中の旦那に言った。
「お父さん。この子が字を覚えたいって。」
 いい加減な父親は、
「まあ、そう言っているのなら何とかしてやれよ。」
 このおじさんは職業軍人で、歴戦の英雄だった。しかし、敗戦後、全てを失い無能の人になり、人がいいのだけが取柄だった。
 誠子はかな文字の積み木細工を買って来た。
「ほら、これが字というものだよ。これが、あ、そして、い、う、え、お。」
 誠子は、全てのかなを、三回くりかえし読んだ。照仁は真剣に見つめた。あの星では、こんなに真面目な表情はしたことはなかった。昼ごはんの支度を終えた誠子が、上がって来た。
「照仁、少しは覚えたかい。これは。」
「ふ」
「これは」
「な」
 慌てた誠子は、全ての積み木の字を読ませた。全て、正解。
 ここまで読んだ読者は(金も払っていないのに読者とは言い難いが、)ここに、この物語の真髄があることを知るべきだ。驚くべきことにこれは実際にあった話なのだ。だから、SFではなく、もどきなのです。
 と言うわけで、このバカ話は後半に続く。
(「陰の声」こんな下らん話の後半なんかいらんぞ。編集長が苦労するばかりだ。
                     私も、そう思います。しかしながら・・・未完



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