新疆ウイグル 喀什へ
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24. 瀋陽へ

10/17(日)
北京出発→
27日間の旅は、やっと終わった。
旅が、こんなに辛いとは…

朝目覚めた時に、「遼大(当時住んでいた大学)の寮のベッドだったら、どんなに良いか…」
と思った事は、何度もあった。

2人で、辛い辛いと言いながらも…
帰りの列車で、次に行く旅の計画をしている…わたしとおねえは、何者?

やっぱり、辛い分だけ楽しい「旅」は、やめられそうにないです。

→瀋陽着
※しばらく授業をサボっていた。ドキドキ。


***終わりに***


10年たって、思うに・・・
あの時、
行って良かったなーと。
今の中国は、ずいぶん都会になっていて、ここまでの辛い経験は…もうできない気がします。
まぁー、若さゆえにできた、こんな
貧乏旅行
今となれば、
すべて最高の思い出です。purin

おねえより↓
本当つらかったよね。笑
わたしもそうだけど、後半の記憶が薄いもん。
つらさの蓄積が疲れを呼んで・・
っていうのもあったかも知れないけど、
わたしにとってはカシュガルが最高すぎたのかも。
あとは燃え尽き症候群。
カシュガルは青がキレイだった
空の色ももちろんだけど、
あちこちで使われてる青色。
何か特別ないい方あるかもしれないけど不明・・。
とりあえず、あの色が見られたから
つらさ帳消しって思ってます。

今はカシュガルまで列車でいけるらしいから
相当人の流れもできてかわったろうね。
きっと、もう「分」も使ってないかも。
当時瀋陽でも使ってなかった
「角」の下の通貨単位「分」
あっちの地域では商店では
箱に入れて流通してたでしょ?
トイレットペーパー「1元4角2分」とか。
あと、お札も両替したら
10元の旧紙幣で束でくれたりとか。
最近また、お札が変わってあれから
3種類目の10元札を見ながら、
思い出すのはカシュガルのこと。

今も瀋陽にいるわたしは昔のことは
あんまり口に出さないし、「イメージ」
として残っていれば満足だったけど
こうやって、旅行記見せていただいて、
細かいこともたくさん思い出しました。
ありがとね。

わたし、旅行から戻って1週間後に突然
盲腸で入院
して、退院してからは
虫歯はないのに歯痛に苦しみマッサージ通い。
4才の年の差は大きい、と思ってたのは
知ってた??

purin
そうでしたね〜
盲腸…思い出しました。

「カシュガルヲメザシテ」
長々と書きましたが、最後まで読んで頂いてありがとうございます。
楽しんでいただけたら、うれしいです♪
ではでは。

<完>
 
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