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(寛永年間)


●寛永元年(1624)
10月20日−《タイ》タイ山田長政の貿易船がシャム(タイ)より来航し, 帰国許可の朱印状の発給を申請するが却下される。

●寛永3年(1626)
《台湾》長崎代官で貿易商末次平蔵と銀座頭役平野藤次郎の朱印船が台湾で生糸を 買い占めたため,オランダ人と紛争をおこす。
《満州》後金国・ヌルハチ没(68歳)。後継は息子のホンタイジ。

●寛永4年(1627)
《朝鮮》後金の侵略を受け、李朝仁祖が漢城(いまのソウル)を脱出(丁卯の胡乱)。

●寛永5年(1628)
4月−《シャム》スペイン艦船がメナム河口で日本の朱印船を攻撃し,これを捕獲する。
6月−《台湾》長崎代官末次平蔵の手代浜田弥兵衛が,台湾でオランダ長官ノイツを襲撃する。

●寛永7年(1630)
夏《シャム》リゴールの山田長政が毒殺される。

●寛永8年(1631)
5月−長崎奉行竹中重義の貿易船がシャム(タイ)渡航途中にジャワ(インドネシア)ヘ連行される。

●寛永9年(1632)
1月20日−肥後の浪人森本一房がアンコール・ワットを訪れ,仏像を奉納する。
4月25日−安南(ベトナム)王がトンキン(ベトナム北部)渡航の角倉(すみのくら)船に国書を託す。
●寛永10年(1633)
明の貿易船が来航し,長崎・薩摩・琉球で交易する。

●寛永13年(1636)
《満州》後金国皇帝・ホンタイジ、後金を「大清国」と改める。

●寛永20年(1643)
《満州》ホンタイジ没(52歳)。後継者フリン。