ドレガ◆ワタシノ◆エラブミチ?ある時、ふと思う 最後の手術を受けたのは、かれこれ15年も前になるという、20代はじめのころ、私はなんとなく、きちんと精密検査を受けたいと思うようになりました。 それは、大人になってから、好き勝手放題に生活してきたから、このまま好き勝手放題していてもいいのかなぁと疑問を持ったのもあるし、 やはり年をとってきた(20代で? と思うかもしれませんが、読み進めて下さい)ので、どうも以前より、身体を動かすのがめんどうになってきたから、将来のために、自分の身体についてきちんと知っておきたいと思ったのもあります。 今後心臓病以外になにか大きな病気が出ないとも限らないから、そのときにより良い対処ができるように心臓の状態を知っておきたいというのは、たぶんだれでもかんがえるんじゃないかなぁと思います。 精密検査というのは、心臓病であれば「カテーテル検査」といって、血管に針金のようなものを通して、心臓の中まで入れ、心臓の中でその針金の先から造影剤を出して、心臓や血管の動き、形などを見たり、血管の中の血流量や血圧を測ったりする検査です。 通称「カテ」と言います。このカテも、血管の中に管を入れるのですから、下手をすると血管の中に血栓ができたり、麻酔をするのでそのために副作用が出たりすることも考えられ、危険はつきものの検査です。 だから、あんまり必要もないのに、無理してカテをすることもないのです。 心臓病の友達の中では「カテをするということは、手術をすることが前提」と言った人もいます。それくらい覚悟がいるということ。 でも、私は、手術をしなければならないということでもなく、手術はもうしない(老化をただ待つだけ)とずっと思ってきましたから、「手術をするためにカテをする」という気持ちはサラサラなかったのです。 ただただ、現在とこれからのために、自分の身体(心臓)について調べておきたいと思ったまで。 そんなふうに思いながら、何年か経ちました。 この1,2年の間に、爪の色は昔より悪くなったなぁと感じるようになった99年、重い腰をあげて、「やっぱし、カテ受けてみよう」と思い至りました。 地元の主治医にお願いして「どうしても、カテを受けたい」と言ったら、札幌の大きな病院を紹介してくれましたので、すぐ、そこへ行きました。 10月、カテ入院。1週間の入院でした。病院で早寝早起きの良い生活習慣を身につけて帰ってこよう、なんて軽く思っていました。 20年ぶりに患者前線に復帰 ほぼ20年ぶりに入院したのですが、なんと小さい子どもたちと同じ病棟で、私一人が大の大人。個室だったのは幸いでしたが。 看護婦さんも私より若い。 いろいろな検査がありましたが、ひたすら、本を読んだり、テレビを見たりしてぼけっと過ごしていました。 カテーテル検査は、昔子どもの頃に思ったよりも、大変で、改めて年を感じました。 足の付け根の大動脈にプチッと穴をあけて管を入れるんですが、その穴の周辺が内出血みたいに青々というか紫色になるんです。 それは、私の記憶では、1週間もすればすぐ消えたはず。痛みもすぐに収まったはず。なのに、大人になってみると、1ヶ月も治らない、痛い。 子どもの頃は良かったなぁとつくづく思う、患者前線復帰の感想です。 目の前の道に霧が立ちこめてきた 検査を終えて退院。痛い右足をさすりつつ、結果を聞きに行きました。 結果、昭和40年代の生まれで、ファロー四徴症極型で、根治手術をしていないという状況とは思えないほど、良好とのこと。 普通なら、私のような治療歴であれば、もっと悪くなっていてもおかしくないけれど、幸運が重なっているのか、やはり「私なりの心臓のバランス」がうまく保たれたのか、ドクターもちょっと驚きという感じでした。 いやぁ、良かった。万々歳! で終わるかと思ったら。 ドクター曰く、このように良い状態だから、根治手術も可能です、と。 ドクターにすれば、「根治手術ができるなんて、良かったじゃないですか〜」という感じだったのかもしれません。でも、私は「は?」なんか、ザ〜ッと血の気が引く音がしました。 なんで、今更手術なんかしなきゃならないのさ・・・。そう思いながらも、ドクターのお話を聞いています。 チアノーゼのある状態で、放っておくと、身体のいろいろな臓器に血液が行き渡らず動きが悪くなるとのこと。ここまで30年近くそういう血液の不足した状態でいたので、健康な人よりも臓器が早く老化していく。 私の場合は、今はまだ運が良く動けるけれど、本来なら30歳くらいになると臓器の働きも相当悪くなってきて、動けなくなったりするらしいのです。健康な人より内臓が10歳は早く老化していると考えられます。 だから、今のうちに根治手術をしましょうということでした。 私の手術には、5%〜10%くらいの危険率は考えられる。ん〜、これって、患者にとって見れば、ダメだったら0%、よければ100%で、あまり良い意味には感じられません。 手術しなければ、確実に老化がくる、手術をすればたぶん10年は老化を遅らせられるだろう。その10年のために、命を懸けてよいものかどうか。 すぐには納得できず、1ヶ月、考えさせていただきたいと答えて、検査結果説明から帰ってきました。 この日から、一気に道には深く霧が立ちこめてきたような感じです。同世代の心臓病の人たちに、メールで相談したり、守る会の人にも聞いてもらったり、もがきはじめたのです。 どうして、すぐに答えを出せないのかというと、今まで心臓そのものにはメスを入れていないという状態でしたから、根治手術となれば、心臓そのものを切って貼ってつないでということになります。 そんなにリスクのある手術を今更やって、どれほどの効果があるのかと思いました。事実、手術をして返って悪い状態になった人を何人か知っていましたし。 また、今のこの良い状態が、手術でもっと良くなるという保証はなく、下手をすると今よりも悪い状態、寝たきりになったりする可能性もあるだろうということ。 もし、手術がうまくいって経過も良好だとしても、もともとの体力筋力などがないのだから、心臓だけ良くしてもあんまり効果がないんじゃないかと思ったり。 そして、このように切羽詰まっていない良好な時に手術をしたという人を、私は知らなかったので、とにかく不安なのです。 さらにこういう言い方は、病院やドクターに失礼かもしれませんが、率直なところ、手術をしましょうと言われても、本当にこの病院が一番いいのか? という単純な不安もありました。 生命に関わる手術ならやはり一番良い病院、一番すぐれた医療体制・技術でやってもらいたいというのも、患者なら単純に思うことではないでしょうか? どうですか? 結果を携えて、地元の主治医のところへ。私のどうしたらよいかわからない気持ちを、ずいぶんくみ取って聞いて下さいました。でもやっぱり、それは私自身が決断することだから、主治医もどちらとも言えないと言われました。 一緒に行った母は、私は昔から、自分で決断することがなかったから、決断できないのではないかと言いました。 考えてみれば、それはとても的を得た指摘で、振り返れば、私は高校を選んだ理由は家から一番近いからで、大学を選んだのも家からバス1本で通えるからで、大学院に行ったのはさらに人任せで、大学のゼミの先生が就職が決まらないなら、行ってみたらと進めてくれたから何も考えずに 行ってしまったし、大学院を修了して返ってきて最初のアルバイトは知り合いの人が声をかけてくれたからやったし、次のバイトも、その次のバイトも、全て、だれかが声をかけてくれてうまくここまできちゃったのですから・・・。 それに引き替え、母は、2度の手術の際、一つ間違えれば全く違った状態になっただろう選択をうまくやってのけてきた人ですから、私の「手術するかどうか決められない病」に歯がゆく思っているのだそうです。 さて、主治医が、一つだけアドバイスしてくださったのは、実際に手術をする先生と良く話してみたらどうか? 心配なこと、聞いてみたいことを手術する先生にきいてみて、納得してから答えを出せばよいのではと言われました。 そっか、そうだよねぇ。検査で見てくれたドクターも手術のときにはチームですから、立ち会うでしょうが、その総まとめをする先生の意見も直に聞いた方がいいに決まってますねぇ。 検査を受けた病院で手術をするにしても、関東から専門の先生がやってきて手術することになっています。だから、その関東の先生に直にお会いすれば、決心がつくかもしれないと思いました。 検査入院から1ヶ月が過ぎ、手術をするかしないかの答えを出す日が来ました。 この日がすごくイヤで、結局決められないまま、病院に行きました。 で、素直に「決められない」と言ったら、ドクターはちょっと驚いていました。私がこんなに迷うと思わなかったのでしょう。 でも、患者にとっては、心臓の手術は一大決心で、これからの人生の行くべき道、また、死についてどうとらえるかといったことまで考えさせる究極のことと感じます。まぁ、私の場合だけかもしれないけれど。 そして、「手術をしたほうが良いというのは、理解できるけれど、そんなにメリットがあるとは思えない。どんなメリットがあるのか?」と、聞いてみました。 これまでずっと心臓が悪いままで生活してきたから、良くなった後がどれほどのものか、想像がつかないかもしれませんね、と言われました。食べたことのないものを美味しいよといくらいわれても分からないのと同じように。 私は結局「関東の先生のご意見も伺いたいのですが」と言って、その先生に会えるようドクターにお手紙を書いて頂き、決着は、さらに先、第2ラウンドに持ち越すこととなりました。
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