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ユダヤ的対話思想



 誰かが言ったことですが、西洋の伝統的な哲学は視覚や鏡の譬えが中心となっており、それに対立するのが聴覚や声が中心となっているユダヤの対話思想です(啓示はヴィジョンよりも声によるほうが多いのかもしれない)。声の心理療法を志向するものは、この思想に馴染んでおくとよいかもしれません。以上、札幌・江別の「のっぽろカウンセリング研究室」でした。



[村岡晋一]

 村岡先生の素晴らしい著作「対話の哲学」です。この分野を一望するための視点を得ることができます。以下に示す思想家は、ブーバーはともかくとして、村岡先生の著書のおかげで興味を持つようになった人たちが少なくありません。村岡先生の「対話の哲学」は、カウンセリングや臨床心理、特に人間性心理ガクに興味をもつ方々は必読の書であると思います。

「対話の哲学-ドイツ・ユダヤ思想の隠れた系譜」講談社、2008



[ヴィルヘルム・フォン・フンボルト Friedrich Wilhelm Christian Karl Ferdinand Freiherr von Humboldt]

 フンボルトといえば、ゲーテと交流があったこと、「言語はエルゴンではなく、エネルゲイアである」と言うメルロ=ポンティ経由の知識しかありませんでした。しかし、村岡先生の訳された「双数について」は目からうろこでした。「すべての言語活動は対話にもとづいている」「すべての言語活動は呼びかけと応答にもとづいている」と言う言葉は、まるでバフチンのようです(バフチンの方が影響を受けている)。「内部的聴覚」の概念も腑に落ちるものです。これは、ウィトゲンシュタインが否定しようとして、否定し切れなかった、内的な声のことを連想させます。

「言語と人間」岡田隆平訳、ゆまに

「双数について」村岡晋一・解説、新書館

「人間形成と言語」クラウス・ルーメルほか、以文社

「言語と精神 カヴィ語研究序説」亀山健吉、法政大学出版局



[ルートヴィヒ・アンドレアス・フォイエルバッハ Ludwig Andreas Feuerbach]

 われとなんじによる愛の共同体、このように考えるのはフォイエルバッハを誤解していることになるのでしょうか。ヘーゲルの観念論を批判して、唯物論といいますか、身体性を強調したことにも惹かれるところがあります。「将来の哲学の根本命題」には、たとえば「真の弁証法は決して、孤独な思索家の自己自身とのモノローグではない。それはひとつの、我と汝とのあいだにおけるダイアローグである」(テーゼ61)と言う言葉があります。ヘーゲルに対する痛烈な批判でもあると思います。

将来の哲学の根本命題―他2篇 松村一人、和田楽、岩波文庫

フォイエルバッハ全集〈第1巻〉初期哲学論集

フォイエルバッハ全集〈第2巻〉中期哲学論集

フォイエルバッハ全集〈第3巻〉後期哲学論集

フォイエルバッハ全集〈第4巻〉哲学評論集

フォイエルバッハ全集〈第5巻〉近世哲学史

フォイエルバッハ全集〈第6巻〉近世哲学史

フォイエルバッハ全集〈第7巻〉ライプニツの哲学

フォイエルバッハ全集〈第8巻〉ピェール・ベール

フォイエルバッハ全集〈第9巻〉キリスト教の本質

フォイエルバッハ全集〈第10巻〉キリスト教の本質

フォイエルバッハ全集〈第11巻〉宗教の本質

フォイエルバッハ全集〈第12巻〉宗教の本質

フォイエルバッハ全集〈第13巻〉神統記

フォイエルバッハ全集〈第14巻〉神統記

フォイエルバッハ全集〈第15巻〉宗教小論集

フォイエルバッハ全集〈第16巻〉死と不死

フォイエルバッハ全集〈第17巻〉幸福論

フォイエルバッハ全集〈第18巻〉書簡集


フリードリッヒ・エンゲルス「フォイエルバッハ論」松村一人、岩波文庫

マルティン・ブーバー「人間とは何か」児島洋、理想社 ブーバーのフォイエルバッハ論を収載



[ヘルマン・コーヘン Hermann Cohen]

 バフチンも一時期コーヘンの探求に没頭したようです。彼の「ユダヤ教の源泉からの理性の宗教」については、村岡先生が「対話の哲学」のなかで、かなり詳しく解説しています。痛みの言語ゲームについて研究したことのある自分としては、「他者における苦しみの発見によってこそ、この他者は<彼>から<君>に変化する」(村岡先生の訳)と言う言葉には感動すら覚えます。英訳書を一冊のみ掲載します。

Religion of Reason: Out of the Sources of Judaism. Amer Academy of Religion.


サイモン・ベック「二十世紀のユダヤ思想家」鵜沼秀夫、ミルトス

ユリウス・グットマン「ユダヤ哲学」合田正人、みすず



[フランツ・ローゼンツヴァイク Franz Rosenzweig]

 彼の言う「モノローグの思考」と「新しい思考」の対比は、私にとって大きな衝撃でした(バフチンにとってはモノローグもダイアローグなのだが)。おかげで、専門であった心理テストへの興味を一気に失いました。クライエント不在の、一方的な臨床家のモノローグ(かたり)がどれほど多いことか。私が心理テスト自体の探求を捨てて、ブリーフセラピーとしての治療的アセスメントに力を入れるのも、ローゼンツヴァイクが一因なのです。
 コンパクトな翻訳「新しい思考-「救済の星」に対するいくつかの補足的な覚書」から入り、パットナムの解説、佐藤貴史先生の重厚な「フランツ・ローゼンツヴァイク〈新しい思考〉の誕生」である程度方向を定め、それから「救済の星」を読んでみてはいかがでしょうか。
 「人間性心理学」で触れた、ハンス・トリュープの心理療法も参照してください。。


Der Stern der Erlösung (1921), Frankfurt a.m. 「救済の星」 村岡晋一ほか、みすず

新しい思考-「救済の星」に対するいくつかの補足的な覚書. 合田正人、佐藤貴史、思想10, 2008, No.1014, pp.175-203, 岩波書店.

Franz Rosenzweig's "the New Thinking" (Library of Jewish Philosophy). Syracuse Univ Pr

Understanding the Sick and the Healthy: A View of World, Man, and God, With a New Introduction by Hilary Putnam. Harvard University Press


Nahum N. Glatzer (1953) Franz Rosenzweig: His Life and Thought. Schocken Books

Eric L. Santner (2001) On the Psychotheology of Everyday Life: Reflections on Freud and Rosenzweig. The University of Chicago Press.

Hilary Putnam (2008) Jewish Philosophy as a Guide to Life: Rosenzweig, Buber, Levinas, Wittgenstein. Indiana University Press.

佐藤貴史「フランツ・ローゼンツヴァイク〈新しい思考〉の誕生」知泉書館



[マルティン・ブーバー Martin Buber]

 われわれにとって「対話哲学」なる言葉で思いつくのは、このブーバーをおいて他にはいないでしょう。バフチンもブーバーに通じて いたようです。カウンセリングを実践する臨床家であれば、「我と汝」はもちろん、「ブーバー ロジャース 対話」は必読です。この対話については、これまでブーバーよりの研究が主流でしたが、今回かなり中立的な立場に立つ日本語訳が出ました。それから、「対話の倫理」は、ユングとの対話が収録。みすずから出ていた著作集は、いま品切(絶版か?)のようです。重要な論文が網羅されて、いるだけに残念です。


「モーセ (マルティン・ブーバー聖書著作集1)」荒井章三、山本邦子、早乙女礼子訳、日本キリスト教団出版局

「神の王国(マルティン・ブ-バ-聖書著作集2)」木田献一、日本基督教団出版局

「油注がれた者 (マルティン・ブーバー聖書著作集3)」木田献一、金井美彦、日本キリスト教団出版局

「人間の復興」植田重雄、河出書房新社

「忘我の告白 (叢書・ウニベルシタス)」田口義弘、法政大学出版局

「ひとつの土地にふたつの民―ユダヤ‐アラブ問題によせて」合田正人、みすず書房

「我と汝・対話 (岩波文庫)」植田重雄、岩波書店

「ブーバーとの対話 (叢書・ウニベルシタス)」板倉敏之、法政大学出版局

「ブーバー ロジャース 対話―解説つき新版」山田邦男、今井伸和、永島聡、春秋社

「ハシディズム」平石善司、みすず

「対話の倫理」野口啓祐、創文社

「人間とは何か」児島洋、理想社

「ユ-トピアの途」長谷川進、理想社

「孤独と愛 ― 我と汝の問題」野口啓祐、創文社

「ブーバー著作集〈1〉対話的原理」

「ブーバー著作集〈2〉対話的原理」

「ブーバー著作集〈3〉ハシディズム」

「ブーバー著作集〈4〉哲学的人間学」

「ブーバー著作集〈5〉かくれた神・善悪の諸像」

「ブーバー著作集〈6〉預言者の信仰」

「ブーバー著作集〈7〉預言者の信仰」

「ブーバー著作集〈8〉教育論・政治論」

「ブーバー著作集〈9〉ゴグとマゴグ」

「ブーバー著作集〈10〉ブーバー研究」


モーリス・フリードマン「評伝マルティン・ブーバー―狭い尾根での出会い<上><下>」黒沼凱夫、河合一充、ミルトス



[オイゲン・ローゼンシュトック=フュシー Eugen Rosenstock-Huessy]

 神学、言語ガク、社会ガクなど、さまざまな領域の著作があります。ローゼンツヴァイクに影響を及ぼし、ブーバーに「われとなんじ」ではなく「なんじとわれ」であること(他者の優位)を指摘した、日本ではまったく無名の哲学者です。
 対話哲学にとって最も重要な彼の著書は「人類の言語」でしょう。これには英訳はありませんが、"Practical Knowledge of the Soul""Fruit of Lips""The Origin of Speech"の三冊は、「人類の言語」の一部分であるようです。"Speech and Reality"も必読であると思います。
 たとえば、彼はこんなことを言っており、そのすごさに感嘆するばかりです。"Practical Knowledge of the Soul"からの抜粋です(拙訳)。

「われわれは、外部から命令され、外部から識別されることによって、自己意識を発展させる。こうした命令や識別に直面することによって、自分が独特の存在であることを知り、他とは異なる特別な存在であることが『我』の根本的体験であることに気がつく。……『私は私である(I am I)』は、外部から名指しで呼びかける他者への応答である」

「子どもの魂の指導者たち―両親、教師、白ひげを生やした神―は、空虚と置き換えられるわけではない。そうではなくて、人間は、目に見える唇から発せられるのではないような声たちに、よりいっそう注意を払うことを学ぶのである。……こうした目に見えない声たちは、その人の運命―『我の』運命―を左右する」

「愛は懇願し(implores)、命令する(commands)。だから『汝』は、愛によって育まれる変容から生じる(『我を愛せよ』という-田澤注)命令法のうちに、はじめて発見されると言ってもよいくらいである」

「魂は、驚いて飛び上がる、あるいは飛びのくという文字通りの意味で驚愕する。しかしながら、正しいやり方で呼びかけられることによって、驚愕は、天使によって挨拶されるような『心地よいショック』へと姿を変える。誰かが話しかけるかぎり、誰かに呼びかけられるかぎり、それが愛であろうと憎しみであろうと、人間は健康な状態にとどまることであろう」

「ひとつの行為において、あなたの『汝』の側面が呼びかけられ、あなたは呼びかける者に対してそれを再提示するのだが、その際に応答するあなたは自分の素直さによって形成されている」

 いかがでしょうか。カウンセリング・心理療法に直接役立つ言葉であると思います。ローゼンシュトックの著作は、Argo Booksから入手可能です。彼のサイトがありますから、http://www.argobooks.org/を一度のぞいてみてください。



主著

Die Sprache des Menschengeschlechts Vol. 1, Vol. 2. Verlag Lambert Schneider, 1963 and 1964.


英訳・英文で書かれたもの

The Christian Future. Harper Torchbooks, 1966.

Fruit of Lips. Pickwick Press, 1978.

Judaism Despite Christianity. Schocken Books, 1971. ローゼンツヴァイクとの書簡集

Life Lines: Quotations from the Work of Eugen Rosenstock-Huessy. Argo, 1988.

Magna Carta Latina. Pickwick Press, 1975.

Multiformity of Man. Argo, 1973.

Out of Revolution: Autobiography of Western Man. Berg, 1993.

The Origin of Speech. Argo, 1981.

Planetary Service. Argo, 1978.

Practical Knowledge of the Soul. 1988.

Rosenstock-Huessy Papers, Volume I. Argo, 1981.

Speech and Reality. Argo, 1970.


講義録

American Social History (1959)

Circulation of Thought:
* Circulation of Thought (1949)
* Circulation of Thought (1954)
* Circulation of Thought (1956)

Comparative Religion (1954)

Cross of Reality (1953)

Cross of Reality (1965)

Cruciform Character (1967)

Economy of Times (1965)

Fashion of Atheism (1968)

Four Disangelists (1954)

Grammatical Method (1962)

Greek Philosophy (1956)

Hinge of Generations (1953)

Historiography (1959)

History Must be Told (1954)

History Must be Told (1955)

Liberal Arts College (1960)

Lingo of Linguistics (1966)

Make Bold to be Ashamed (1953)

Man Must Teach (1959)

Peace Corps (1966)

Potential Teachers (1952)

St. Augustine (1962)

Talk with Franciscans (1965)

Universal History:

* Universal History (1949)
* Universal History (1951)
* Universal History (1954)
* Universal History (1955)
* Universal History (1956)
* Universal History (1957)
* Universal History (1967)

The University (1968)

What Future The Professions (1960)


解説書

M. Darrol Bryant and Hans R. Huessy(1986)Eugen Rosenstock-Huessy: Studies in His Life and Thought. The Edwin Mellen Press, 1986.

Clinton C. Gardner(1981)Letters to the Third Millennium. Argo, 1981.

George Allen Morgan(1987)Speech and Society: The Christian Linguistic Social Philosophy of Eugen Rosenstock-Huessy. University Presses of Florida.

Harold Stahmer (1968) Speak That I May See Thee!-The Religious Significance of Language: Studies in the works of J.G. Hamann, Eugen Rosenstock-Huessy, Franz Rosenzweig, Martin Buber and Ferdinand Ebner. Macmillan.



[カール・レーヴィット Karl Löwith]

 フォイエルバッハを正当に評価した、日本にも在住したことのある哲学者です。レコード・CDを「ジャケット買い」すると言う表現があるように、彼の主著を「共同存在の現象ガク」の表題に惹かれて手にしました。「自己中心主義」「他者中心主義」なるテーマについても論じており、われわれにとってはロジャーズの「来談者中心(主義)」について再考するためのよき材料となります。
 哲学の本ですが、愛情といいますか、とても暖かみを感じる一書です。こんな一文があります。「<私>と<きみ>を結合するもの、両者が<そのために>いっしょにいる目的は、共通の配慮ではなく、ふたり自身である。・・・・ふたりの共同相互存在には-外的に観察すれば-「目的が-ない」。両者が相互に在ることがすでにそれじしん目的であり、「自己目的」であるからである」(訳書、p.148)。何かを実現するための手段として一緒にいるのではなく、それ自体が目的と言うことです。これは、私が敬愛するヘルムート・カイザーが晩年に至った、プレゼンスの心理療法と同じことです。カイザーはユダヤ人であり、もともと新カント派(レオナルド・ネルソン)の哲学徒でしたから、レーヴィットと似ているところが、かなりあるようです。


「共同存在の現象ガク」 熊野純彦、岩波文庫



[ミヒャエル・トイニッセン Michael Theunissen]

 超越論主義ないしモノローグ的思想と、対話主義ないしダイアローグ的思想を統合しようとした、英訳書で400ページを超える大著です。フッサール、ハイデガー、サルトル、ブーバーだけでなく、ヤスパースやシュッツについても論じられており、かなり哲学的な知識がなければ読み通すことができません。トリュープの出会いの心理療法と併読することをお勧めします。

The Other: Studies in the social ontology of Husserl, Heidegger, Sartre and Buber. trans by Christopher Macann, MIT Press, 1984(originally published in 1977).(一部抄訳:新田義弘編「現象ガクの根本問題」所収)



[ホセ・オルテガ・イ・ガセト José Ortega y Gasset]

 「大衆の反逆」もよいですが、この本では「われ」「なんじ」「われわれ」のことがよく分かります。「具体的自我は、なんじたちの後に、そして彼らの中にもうひとりのなんじとして生まれるのだ」と言う印象的な言葉があります。留学中に、ヘルマン・コーヘンの影響を受けました。

「オルテガ 個人と社会: 人と人びと」 佐々木孝、白水社




以下、更新予定。

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