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人間性心理学



 人間性心理学は、私が一番親近感を感じる臨床心理のジャンルです。ここには、英語圏だけでなく、欧州の精神病理学や、医学的人間ガクや、哲学的人間ガクや、実存的心理ガクなども含められます。
 精神分析や行動主義心理に次ぐ第三勢力と謳われていた人間性心理学ですが、最近は、精神医学が生物ガク的精神医学にシフトしてしまったように、世界的主流の認知行動療法に取って代わられた感があります。
 けれども、精神分析と同様に衰退のなかにあるとしても、人間性心理学の精神はこれからも生き続けて行くものと確信しております。人間を人間としてそのまんま捉え、関与して行く姿勢は、なくなるはずがないのです。
 これから示す臨床家は、人間性心理学を代表する著名人ばかりと言うわけではありません。あくまで、私の好みを反映しております。順番も、思いつくままの恣意的なものです。できるかぎり更新して行きますが、リストとしてはそのようなものであることをご理解ください。以上、札幌・江別の「のっぽろカウンセリング研究室」でした。




[ロナルド・D・レイン Ronald D.Laing]

 反精神医学の旗手としても著名なレインです。アルコールや薬物に依存していた時期があったり、担当する女性患者を妊娠させたのではないかという噂もあったような気がします。その辺りの真実については、ラッセルとレインの「愛のレッスン」や、バーストンやミューランの著書を読むとよいでしょう。自伝「レインわが半生」には書かれなかった晩年まで知ることができます。
 さて、英語圏では、最近になってレインの再評価が始まったようです。彼に関する著書の出版がかなり進みました。彼の反精神医学についてもただ忌み嫌うだけでなく、ポストモダンの脱構築的な思想の流れの中で、社会的構築主義や構成主義の文脈で理解して行くことも必要かと思います(精神疾患概念は社会的に作り出される)。レインはサルトルも読んだようですが、フーコーにも惹かれたところがあるようです。
 ほとんどの著書が日本語で読めますが、翻訳されていない「対人知覚」と「経験の声」も重要です。前者は、彼のコミュニケーション論のミクロ的な方法について述べたもので、きわめて厳格な観察・分析手法にのっとってリサーチが進められたことが分かります。後者は、哲学的な背景も含めて、彼のよって立つ方法論の書であると思います。本書については、ロロ・メイも「彼は極めて希有な存在である。科学者と芸術家がひとつの皮膚のうちに同居して居る」と評価します。私にとっては、この「経験の声」が、レインの著書の中で一番好きなものです。
 レインは、カール・ロジャーズを嫌ったようです。よっぽど肌が合わなかったのでしょう。ダーティーなイメージが伴うレインと、クリーンなイメージが伴うロジャーズですが、心理療法の基本姿勢を学ぶために、いずれもじっくりと読みこんでみる価値があります。
 それから、このレインを人間性心理学のジャンルに入れることに対して疑問を感じる方もいるはずです。しかし、彼は、精神分析から出発したものの、人間性や実存について深く探求した研究者・実践家です。サルトルの研究書もものにしています。


R.D.Laing, H.Phillipson and A.R.Lee (1966) Interpersonal Perception: A Theory and a Method of Research. Harper and Row.

R.D.Laing (1982) The Voice of Experience. Pantheon.

「経験の政治ガク」笠原嘉訳、みすず

「生の事実」塚本嘉寿、笠原嘉、みすず

「家族の政治ガク」阪本良男、笠原嘉、みすず

「狂気と家族」笠原嘉、辻和子、みすず

「結ぼれ」村上光彦、みすず

「ひき裂かれた自己 ― 分裂病と分裂病質の実存的研究」阪本健二、みすず

「自己と他者」志貴春彦、みすず

「理性と暴力 サルトル哲学入門」足立和浩、番町書房 サルトル本人が序文を書いています。

「レインわが半生 ― 精神医学への道」中村保男、岩波書店


ロバータ・ラッセル、R.D.レイン「愛のレッスン―レインと私」岸良範、若山隆良、新曜社

Daniel Burston (1996) The Wing of Madness: The Life and Work of R.D.Laing. Harvard University Press.

Bob Mullan (1995) Mad to be Normal: Conversations with R.D.Laing. Free Association Books.

Bob Mullan (1997) R.D.Laing: Creative Destroyer. Cassell.




[カール・R・ロジャーズ Carl Ransom Rogers]

 説明は無用でしょう。人間性心理学の中心人物であり、来談者中心療法、パーソン・センタード・アプローチのカール・ロジャーズです。日本における彼の影響力は絶大で、早い時期に日本語訳の全集が出版されました。しかし、あまり読まれなくなったせいか、「主要著作集」なるものに切り替わったようです。以下に示す五冊の著書は、学生たちにもカウンセリングの必読の書として勧めております。
 以前、デイヴィッド・シャピロの自己欺瞞論について人間性心理学会で研究発表したことがあります。そのときに指摘を受けたのは、ロジャーズの人格論ととてもよく似ている、と言うことでした。例の、自己構造と体験の世界の一致・不一致に関わるところです。ロジャーズの「クライエント中心療法」の最終章"A Theory of Personality and Behavior"は実に面白いです。
 ロジャーズの実像に関して、泉野淳子先生の興味深い論考があります。こちらをご覧ください。

「ロジャーズ主要著作集〈1〉カウンセリングと心理療法―実践のための新しい概念」末武康弘、保坂亨、諸富祥彦訳、岩崎学術出版社

「ロジャーズ主要著作集〈2〉クライアント中心療法」保坂亨、諸富祥彦、末武康弘、岩崎学術出版社

「ロジャーズ主要著作集〈3〉ロジャーズが語る自己実現の道」諸富祥彦、末武康弘、保坂亨、岩崎学術出版社

「ロジャーズ選集―カウンセラーなら一度は読んでおきたい厳選33論文〈上〉」伊東博、村山正治、誠信

「ロジャーズ選集―カウンセラーなら一度は読んでおきたい厳選33論文〈下〉」伊東博、村山正治、誠信




[アーヴィン・ヤーロム Irvin D.Yalom]

 集団精神療法や実存的心理療法の大家としてよりも、庶民には、売れっ子の作家としてのほうが有名になったヤーロムです。以前はグループに関する本が二冊しか日本語になっておりませんでしたが、いつのまにかこんなに翻訳されました。「ヤーロムの心理療法講義」は学生たちと一緒に読んで議論するのに、とてもよい本です。彼の知恵がいっぱい詰まったカウンセリングの名著であると思います。「ニーチェが泣くとき」は、ヘルムート・カイザーからアイデアを借用した小説です。カウンセラーとクライエントが入れ替わる極限の状況です。
 "Every day gets a little closer"の姿勢は驚嘆に値します。ともに行ったセラピーについて、クライエントと二人で書いたものです。最近、斎藤学先生もそのような著書を出版されたかと思います。ヤーロムは、ロロ・メイのカウンセリングを受けたときに、その場面を録音することをメイから許可されたそうです。臨床家の側が会話を録音したとしても、クライエントが録音することを認めるのは、なかなか出来ないことのような気がします。いまの私はクライエントにも録音して頂いて、それを聴くように勧めることができるようになりました。ヤーロムに学んだことです。
 さて、人間性心理学・実存的心理療法の分野のバイブル的な著書"Existential Psychotherapy"は、まだ日本語で読むことができません。原書で500ページを超えることもあり、誰も翻訳に手を出さないのかもしれません。けれども、ヘルムート・カイザーやレスリー・ファーバーも取り上げられ、この領域がくまなく展望されており、必読の一書であると思います。


「ヤーロムの心理療法講義―カウンセリングの心を学ぶ85講」岩田真理訳、白揚社

「グループサイコセラピー―ヤーロムの集団精神療法の手引き」川室優、金剛出版

「入院集団精神療法」長谷川病院集団精神療法研究会、へるす出版

「ニーチェが泣くとき」金沢泰子、西村書店

「恋の死刑執行人―心の治療物語」春海アイ・モンゴメリー、三一書房

Yalom, Irvin D. Leszcz, Molyn (2005) The Theory and Practice of Group Psychotherapy (5TH). Basic Books.

Yalom, Irvin D. (1980) Existential Psychotherapy. Basic Books.

Yalom, Irvin D. Elkin, Ginny (1974) Every Day Gets a Little Closer. Basic Books.




[木村 敏]

 最近自叙伝を出版されました。「精神医学から臨床哲学へ」です。定年退官後も続々と著作を発表され、木村先生の「いま」から目を話すことはできません。宣伝になりますが、酒木保先生の「人間科学における個別性と一般性」にも木村先生の論文が収められています(私も寄稿しています)。
 いつのことだったか、人間性心理学会での講演、とても印象に残りました。精神病理学と人間性心理学に垣根はありません。いまの大陸の人間性心理学の研究者たちがやっていることは、精神病理を扱っていないとしても、かなり哲学的ですね。



「精神医学から臨床哲学へ」ミネルヴァ

「“かたり”と“作り”―臨床哲学の諸相」河合文化教育研究所

「臨床哲学の知―臨床としての精神病理ガクのために」洋泉社

「生命と現実―木村敏との対話」河出書房新社

「関係としての自己」みすず

「木村敏著作集〈1〉初期自己論・分裂病論」弘文堂

「木村敏著作集〈2〉時間と他者、アンテ・フェストゥム論」弘文堂

「木村敏著作集〈3〉躁鬱病と文化、ポスト・フェストゥム論」弘文堂

「木村敏著作集〈4〉直接性と生命、イントラ・フェストゥム論」弘文堂

「木村敏著作集〈5〉精神医学論文集」弘文堂

「木村敏著作集〈6〉反科学的主体論の歩み」弘文堂

「木村敏著作集〈7〉臨床哲学論文集」弘文堂

「木村敏著作集〈8〉形なきものの形を求めて」弘文堂




[ヴィクトーア・フォン・ヴァイツゼッカー Viktor von Weizsacker]

 医学的人間ガクのヴァイツゼッカーです。メディカル・アンソロポロジーは医療人類ガクとも訳されますが、そちらの分野では何といってもクラインマンが著名です。
 さて、ユキュスキュールの機能環と双璧をなすゲシュタルト・クライス(形態環)で著名なヴァイツゼッカーですが、私は特に「生命と主体―ゲシュタルトと時間・アノニューマ」に触発されるところが大きかったです。ウェルトハイマーに代表されるベルリン学派のゲシュタルト心理ガクとは異なる、ヴォルケルトに代表されるライプツィヒ学派の発生的なゲシュタルト心理ガクに近い見解を表明したものです。これは、メルロ=ポンティやハインツ・ウェルナーも同じことであると思います。
 何の根拠もないことですが、哲学者のマックス・シェーラーと似たような匂いがする人です。二人には交流があったようですが、境界線に生き、それぞれが人間の受苦的な側面を中心として哲学的人間ガクと医学的人間ガクを築いたことは、カウンセリングや人間性心理学にとって大きな財産になると思うのです。


「パトゾフィー」木村敏訳、みすず

「病いと人―医学的人間ガク入門」木村敏訳、新曜社

「ゲシュタルトクライス―知覚と運動の人間ガク」木村敏、浜中淑彦、みすず

「病因論研究―心身相関の医学」木村敏、大原貢、講談社

「生命と主体―ゲシュタルトと時間・アノニューマ」木村敏訳・註解、人文書院

「神・自然・人間」大橋博司、みすず書房




[霜山徳爾]

 正直に告白します。私はついこの間まで人間性心理学の第一人者、霜山先生の著書を読んだことがありませんでした。日本の高名な心理臨床家であること、フランクルの「夜と霧」の訳者であること以外、何も知らなかったのです。カウンセリングを志すものとしてもっと早く読んでおけばよかったと、いまさらながら後悔しました。
 霜山先生をまだ読んでいない方には、次のような読み方を提案します。まず、著作集を揃えてください(約30000円です)。一週間の休暇を取ってください。一日一冊ずつ、一週間読み耽ります。疲れたら休み、合間に家事を行い、読むこと中心の生活を送ってください。休暇を旅行に費やす人もいるでしょう。けれども、霜山先生の著作集を読めば、日本に居ながらにして(精神)世界を駆け巡ることができます。読後は、日常生活と臨床が、ちょっと違って感じられるはずです。
 霜山先生は、おおむね私の祖父母の世代のようです。幼い頃の「おじじ」と「おばば」の声がいまの私を形成しているように、懐かしさと共にその言葉が染み入るのです。人間性心理学の世界も、世代が変わり、伝承がひとつの課題になっているような気がします。


「共に生き、共に苦しむ―私の『夜と霧』」河出書房新社

「霜山徳爾著作集〈1〉明日が信じられない」学樹書院

「霜山徳爾著作集〈2〉天才と狂気―人間の限界」学樹書院

「霜山徳爾著作集〈3〉現存在分析と現象ガク」学樹書院

「霜山徳爾著作集〈4〉心理療法と精神病理」学樹書院

「霜山徳爾著作集〈5〉仮象の世界」学樹書院

「霜山徳爾著作集〈6〉多悠多恨亦悠悠」学樹書院

「霜山徳爾著作集〈7〉時のしるし」学樹書院




[ロロ・メイ Rollo May]

 いまある人間性心理学の潮流はここから始まったと言えますから、まず彼の「実存-心理学と精神医学の新しい視点」、「実存心理入門」の二冊からまさに入門するとよいでしょう。あとは、ロロ・メイの懐の深さと視野の広さのなかで迷子にならないように気を付けてください。おそらく、現行の、型通りの大学院教育を受けただけの初学者(心理臨床家)は、自分が教わったカウンセリング論・心理療法論とはずいぶん異なる世界であることに驚くでしょう。驚きは発見となります。そのまま読み進めてみてください。人間性心理学の本流を知るために。

「不安の人間学」小野泰博訳、誠信

「美は世界を救う」伊東博、誠信

「ロロ・メイの新・カウンセリングの技術」黒川昭登、岩崎学術出版社

「自由と運命」伊東博、伊東順子、誠信

「存在の発見」伊東博、誠信

「愛と意志」小野泰博、誠信

「わが内なる暴力」小野泰博、誠信

「創造への勇気」小野泰博訳、誠信

「失われし自我をもとめて」小野泰博、誠信

「実存 ― 心理ガクと精神医学の新しい視点」伊東博、岩崎学術出版社

「実存心理入門」佐藤幸治、誠信

Kirk J. Schneider, and Rollo May (1995) The Psychology of Existence: An Integrative, Clinical Perspective. McGraw Hill.




[森岡正芳]

 カウンセリング・心理療法における語りの領域で著名な森岡先生です。森岡先生を人間性心理学のジャンルに入れるのが正しいことであるのか、我ながら定かではありません。ただ、はじめて先生と言葉を交わしたところが日本人間性心理学会でしたので、このようにさせて頂きました。
 最近のナラティヴ関連の質的研究を見ていると、録音した音声を文字化した「データ」をいじくりまわして いるようなものもあるようです。ちょっと辛辣な表現をすれば、何が「質的」なのやら。森岡先生は、言葉を身体に返してあげる大切さを教えてくれます。「こころの生態学―臨床人間科学のすすめ」、「物語としての面接―ミメーシスと自己の変容」、名著「うつし 臨床の詩学」と読み進めてください。
 また、最近はハーマンスの対話的自己関連の紹介にも努められております。ますます目が離せない心理臨床家、人間性心理学者です。


森谷寛之、児島達美、森岡正芳、酒木保、菅野泰蔵、森岡理恵子 (1991) 心理臨床ガクの冒険、星和書店

吉田圭吾、高良聖、児島達美、武藤晃子、森岡正芳 (1993) 心理療法とドラマツルギー、星和書店

森岡正芳 (1995) こころの生態学―臨床人間科学のすすめ、朱鷺書房

森岡正芳 (2002) 物語としての面接―ミメーシスと自己の変容、新曜社

森岡正芳 (2005) うつし 臨床の詩学、みすず

森岡正芳編 (2008) ナラティヴと心理療法、金剛出版

金井壽宏、森岡正芳、高井俊次、中西眞知子編 (2009) 語りと騙りの間―羅生門的現実と人間のレスポンシビリティー(対応・呼応・責任)、ナカニシヤ出版

堀尾治代、豊田園子、菅野信夫、仲淳、森岡正芳、千原雅代、高月玲子、高森淳一、小林哲郎、館直彦 (2010) 心理臨床と宗教性、創元社




[ジェームズ・F・T・ブーゲンタール James F.T.Bugental]

 アメリカの人間性心理学の黎明期から活躍する、"authenticity"のブーゲンタールです。このマスター・セラピストの主著が、最近になって日本語で読めるようになりました。また、日本語版は無いようですが、DVDで彼の映像を見ることもできます。
 カーク・シュナイダーと編集した「ハンドブック」は、心理療法・カウンセリング分野の臨床家にとって重要な一冊であると思います。日本人間性心理学会のメンバーが分担して翻訳する、などということは起こらないか?


Schneider, Kirk J., Bugental, James F. T. and Fraser Pierson, J. (2001) The Handbook of Humanistic Psychology : Leading Edges in Theory, Research, and Practice. Sage Pubns

Bugental, James F. T. (1999) Psychotherapy Isn't What You Think : Bringing the Psychotherapeutic Engagement into the Living Moment. Zeig Tucker & Theisen Inc

Bugental, James F. T. (1990) Intimate Journeys : Stories from Life-Changing Therapy. Jossey-Bass

Bugental, James F. T. (1987) The Art of the Psychotherapist: How to develop the skills that take psychotherapy beyond science. W W Norton. (武藤清栄 (2007) サイコセラピストの芸術的手腕: 科学を超えるセラピーの芸。星和書店)

Bugental, James F. T. (1978) Psychotherapy and Process : The Fundamentals of an Existential-Humanistic Approach. McGraw-Hill

Bugental, James F. T. (1976) The Search for Existential Identity: Pathient-Therapist Dialogues in Humanistic Psychotherapy. Jossey-Bass.




[ハンス・トリュープ Hans Trub]

 本書を読む前に、まずブーバーの「対話の倫理」に収められた、ユングとブーバーの論争に目を通して下さい。ユング派の心理療法家であったトリュープのこの著作は、ユングとブーバーを統合しようとする未完の試みです。哲学の領域ではトイニッセンが「他者」のなかで、同様の試みを行いました。つまり、超越論的なモノローグによる思想とユダヤ的なダイアローグの思想を統合しようと尽力したのです。
 序文はブーバー本人です。日本語訳には、石福先生の素晴らしい解説が付されています。文中に引用された重要なローゼンツヴァイクの「救済の星」も、やっと日本語で読めるようになりました。「出会い」とは何か、いまこそトリュープを読みなおす時がやって来たような気がします。心理療法の世界を超えた、思想史的な背景を押さえておくと、トリュープが何を言おうとするものか理解できるでしょう。人間性心理学を知るためにも、必読の研究者です。


Hans Trub (1951) Heilung aus der Begegnung. Ernest Klett Verlag (宮本忠雄、石福恒雄 (1982) 出会いによる精神療法. 金剛出版)




[モーリス・フリードマン Maurice Friedman]

 ブーバーの側近と言っても過言ではないと思います。ブーバーの伝記を書き、ブーバーとロジャーズが対話したときに司会を務めた人です。本書は、ブーバー的な視点から、あらゆる流派の、数多くの臨床家について解説したものです。黎明期の人間性心理学の匂いをかぎ取ることができます。

Maurice Friedman (1985) The Healing Dialogue in Psychotherapy. Aronson.




[實川幹朗]

 「人間性心理学」の實川先生は、哲学と臨床心理の両方を修めた点でも、私にとってあこがれの存在です。私が敬愛するシャピロやカイザーもそうでした。實川先生のご意見に触発されて、実になったアイデアもあります。まずは名著「思想史のなかの臨床心理学」をお勧めしたいと思います。それから、ヒルマンを「やまと言葉」で訳した名訳「夢はよみの国から」もお忘れなく。

実川幹朗 (1991) こころ覓ぎ―近代自我を越えて付きあいの哲学へ、誠信

実川幹朗 (2004) 思想史のなかの臨床心理ガク―心を囲い込む近代、講談社

実川幹朗編 (2007) 心理療法とスピリチュアルな癒し―霊的治療文化再考、春秋社

実川幹朗 (2002) 「臨床心理ガクの隠れた哲学 歴史的背景」「心の存在論と臨床心理ガクの未来」(渡辺恒夫、村田純一、高橋澪子編「心の哲学」北大路)




[ルイス・A・サース Louis A.Sass]

 妙に精神病理に明るい哲学者であるなと思ったのですが、心理臨床家なのだそうです。博覧強記の臨床哲学者です。一般的な知識人?の読み物としては、"Madness and Modernism"をお勧めします。妄想について新たな着想を得たい方は、"The Paradoxes of Delusion"をお勧めします。精神病理の側から人間性心理学に入門したい方は、特にお勧めできる研究者です。

Sass, Louis A. (1992). Madness and Modernism: Insanity in the Light of Modern Art, Literature, and Thought. Basic Books.

Sass, Louis A. (1995) The Paradoxes of Delusion: Wittgenstein, Schreber, and the Schizophrenic Mind. Cornell University Press.




[ピーター・ローマス Peter Lomas]

 精神分析医として出発し、実存的な立場に転身したイギリスの精神科医です。日常と言うこと、ジャルゴンとは異なる普通の言葉を重視して、心理療法における患者-治療者の役割に対しても疑いの目を向けました。残念ながら、今年2010年にお亡くなりになったようです。レインとともに、精神科医として、人間性心理学に多大な影響を及ぼした人であると思います。

Lomas, Peter (1987)The Limits of Interpretations: What's Wrong With Psychoanalysis? Penguin.

Lomas, Peter (1981) The Case For A Personal Psychotherapy. Oxford University Press.

Lomas, Peter (1973) True & False Experience : The Human Element in Psychotherapy. Allen Lane.(鈴木二郎 (1980) 愛と真実: 現象ガク的精神療法への道. 法政大学出版局)




[ヤン・ヘンドリック・ヴァン・デン・ベルク Jan Hendrik van den Berg]

 ヴァン・デン・ベルクについては、多声性・ポリフォニーのカウンセリング・心理療法のコーナーで詳しく紹介しています。人間性心理学の世界を、特に心理-歴史的な視点から極めた研究者であると思います。




[安永 浩]

 どちらかといえば、記述精神医学のジャンルに近いのかもしれませんが、ファントム空間論の安永浩先生です。最近になって再版されましたが、東大出版会から出ていた「分裂病の精神病理」シリーズで安永先生の理論について知り、その後ファントム空間論を読み耽った時期があります。私よりも年齢的に下の世代はもう安永先生の理論を知らないのかもしれませんが、後世に受け継がれて行くべき理論であると思います。

「安永浩著作集 〈1〉 ファントム空間論」金剛出版

「安永浩著作集 〈2〉 ファントム空間論の発展」金剛出版

「安永浩著作集 〈3〉 方法論と臨床概念」金剛出版

「安永浩著作集 〈4〉 症状論と精神療法」金剛出版

「精神科医のものの考え方―私の臨床経験から」金剛出版

「宗教・多重人格・分裂病 ほか4章」星和書店




[レスリー・H・ファーバー Leslie H.Farber]

 ファーバーは、サリヴァンの指導を受け、ワシントン精神医学会の会長を務めたこともある精神科医です。サリヴァンの死後でしたが、老ブーバーをウィリアム・アランソン・ホワイト記念講演に招聘したことがあります。そのとき、講演をビデオ撮影することを申し出たようなのですが、「自然な対話が損なわれる」と言う理由で、ブーバーに撮影を断られたエピソードが残っています。ファーバーは、いわばサリヴァンとブーバーを架け橋した人と言うだけでなく、実存的心理療法・人間性心理学において重要な領域である人間の「意志」について、とりわけ深く、深く、思索した人でもあります。彼のことではなく、サリヴァンのことが知りたい方にも、2000年に出版された「Expanded Edition」にサリヴァンの思い出が記されており、ぜひお勧めします。

Leslie H. Farber (1966) The Ways of the Will; Essays Toward a Psychology and Psychopathology of Will. Basic Books

Leslie H. Farber (1978) Lying, Despair, Jealousy, Envy, Sex, Suicide, Drugs and the Good Life. Joanna Cotler Books.

Leslie H. Farber (2000) The Ways of the Will: Selected Essays(Expanded Edition)Basic Books.




[ヴィクトール・エミール・フランクル Viktor Emil Frankl]

 説明無用と思います。自叙伝の「フランクル回想録」から入ってはいかがでしょうか。「夜と霧」やその他の著書を読む前に、彼の感動的な人生について知っておきたいところです。人間性心理学が好きな人も、そうでない人も、極限状況から人間を見据えた彼は、ずっと、ずっと、語り継がれることでしょう。

「意味への意志 ― ロゴセラピイの基礎と適用」大沢博訳、ブレ-ン出版

「苦悩の存在論 ― ニヒリズムの根本問題」真行寺功、新泉社

「現代人の病 ― 心理療法と実存哲学」高島博、丸善

「生きがい喪失の悩み ― 現代の精神療法」中村友太郎、エンデルレ書店

「フランクル回想録―20世紀を生きて」山田邦男、春秋社

「それでも人生にイエスと言う」山田邦男、松田美佳、春秋社

「宿命を超えて、自己を超えて」山田邦男、松田美佳、春秋社

「『生きる意味』を求めて」諸富祥彦、春秋社

「制約されざる人間」山田邦男、春秋社

「意味への意志」山田邦男、春秋社

「意味による癒し―ロゴセラピー入門」山田邦男、春秋社

「苦悩する人間」山田邦男、松田美佳、春秋社

「フランクル著作集 <1〉夜と霧」霜山徳爾、みすず

「フランクル著作集〈2〉死と愛」霜山徳爾、みすず

「フランクル著作集 〈3〉 時代精神の病理ガク」宮本忠雄、みすず

「フランクル著作集 〈4〉 神経症 1」宮本忠雄、みすず

「フランクル著作集 〈5〉 神経症 2」霜山徳爾、みすず

「フランクル著作集 〈6〉 精神学的人間像」宮本忠雄、みすず

「フランクル著作集 〈7〉 識られざる神」佐野利勝、木村敏、みすず




[石福 恒雄]

 まだ病院勤めをしていた頃に古書店めぐりをして、偶然に発見した本が「精神病理の地平へ」でした。遺稿集です。身体性、そして舞踏(ニジンスキー)に魅せられた、希有な精神病理学者であると思います。石福先生が長生きされていたとしたら、一体どんな世界を創造されたのか、そう考えるとその死が残念でなりません。人間性心理学の領域へも、積極的に発言して下さったはずです。

「身体の現象ガク」金剛出版

「精神病理の地平へ ― 石福恒雄著作集」創樹社




[ルートヴィヒ・ビンスワンガー Ludwig Binswanger]

 精神科に勤めて間もない頃、ビンスワンガーの著書「精神分裂病」を夢中になって読みました。そのなかの体験様式に関わる記述と、デイヴッド・シャピロの現象学的なロールシャッハ知覚論を融合してできたのが、私の処女作「心的距離の観点から見た精神分裂病」(雑誌「臨床精神病理」所収)でした。スケールの大きい彼の人間学は、いつ読んでもためになります。人間性心理学のロジャースも、彼の論文を読んで深く学んでいるようです。

「妄想」宮本忠雄、関忠盛訳、みすず

「思い上がり・ひねくれ・わざとらしさ―失敗した現存在の三形態」宮本忠雄監訳、関忠盛訳、みすず

「現象ガク的人間ガク―講演と論文〈1〉」荻野恒一、宮本忠雄、木村敏、みすず

「精神分裂病〈1〉」新海安彦、木村敏、宮本忠雄、みすず

「精神分裂病〈2〉」新海安彦、木村敏、宮本忠雄、みすず

「うつ病と躁病―現象ガク的試論」山本巌夫、森山公夫、宇野昌人、みすず

「夢と実存」荻野恒一、小須田健、中村昇、みすず

「フロイトへの道―精神分析から現存在分析へ」竹内直治、竹内光子、岩崎学術出版社




[松尾 正]

 最初に読んだ松尾先生の論文は「分裂病者との間で治療者自身が"沈黙"するときそこにもたらされるもの」と題された長大なものでした。それ以後、論文や著書を追うようになりました。言葉にすることが困難な沈黙の世界と取り組み、「私にとっての他者」と言う視点を貫かれています。統合失調症者の心理療法を志す者には、シュビング的な方法として必読と思います。二冊の著作以外に、雑誌や編集本に重要な諸論文が散在した状態です。著作集があるとありがたいです。現象学の視点から、さらに人間性心理学に向けて発言して下さるとよいのですが。

「存在と他者―透明で平板な分裂者現象の先存在論」金剛出版

「沈黙と自閉 ― 分裂病者の現象ガク的治療論」海鳴社




[フレデリック・S・パールズ Frederick S.Perls]

 ゲシュタルト療法の創始者、パールズです。授業で、毎年「グロリアと三人のセラピスト」を学生に視聴させております。誰が一番好みのセラピストか尋ねると、ほとんどの学生はロジャーズを選択します。しかし、パールズがよいという者も皆無ではなく、安心しています。
 シェパードの伝記を読むと、パールズがどれだけライヒに魅せられて居たのか、よく分かります。ライヒもそうですが、パールズも、一人の人間としてその生涯を研究したくなるような、強いカリスマ性のある人です。
 人間性心理学の重鎮ではあるのですが、グロリアに対する「灰皿事件」など、その人間性を疑問視してしまう側面もあります。やはり、書かれた文章だけでなく、その生い立ちや人間性をすべて含めて研究したい人です。

Perls, Frederick S. (1947) Ego, Hunger and Aggression: the Beginning of Gestalt Therapy. Random House Inc

Perls, Frederick S. et al (1951) Gestalt Therapy : Excitement and Growth in the Human Personality. Delta Book.

Perls, Frederick S. (1969) In and Out of the Garbage Pail. Bantam Books (「記憶のゴミ箱―パールズによるパールズのゲシュタルトセラピー」原田成志、新曜社)

Perls, Frederick S. (1969) Gestalt Therapy Verbatim. Real People Pr (「ゲシュタルト療法バーベイティム」倉戸ヨシヤ監訳、ナカニシヤ出版)

Perls, Frederick S. (1973) Gestalt Approach and Eyewitness to Therapy. Bantam Books (「ゲシュタルト療法―その理論と実際」倉戸ヨシヤ監訳、ナカニシヤ出版)

Perls, Frederick S. et al (1975) Gestalt Is : A Collection of Articles about Gestalt Therapy and Living. Real People Pr


Martin Shepard (1975) FRITZ. Second Chance Press.




[クルト・ゴールドシュタイン Kurt Goldstein]

 人間性心理学に多大な影響を及ぼした、全体論的な立場に立つ神経病理・脳病理学者、ゴールドシュタインです。「破局反応」「実現傾向」などの概念もよく知られています。ゲーテの引用がかなりあります。ゲーテ自然科学を知らない頃ゴールドシュタインの本を読んで、どうしてゲーテなのか不可解でした。ゲーテの視点からゴールドシュタインを読み解くことも面白いかもしれません。

「生体の機能-心理ガクと生理ガクの間」村上仁、黒丸正四郎訳、みすず

「人間-その精神病理ガク的考察」西谷三四郎、誠信




[島崎 敏樹]

 精神科に勤めていた頃、医局の書庫で古い精神経誌を「立ち読み」したとき、島崎先生の「精神分裂病における人格の自律性の意識の障碍<上><下>」と題された論文を発見しました。1949-1950年のものです。自律・無律・他律の視点から統合失調症者を理解したもので、長期入院を余儀なくされる彼らとどのようにして日々を生きたらよいのか、とてもヒントになりました。本書には、この論文が収められています。一般向けに書かれた著書も多く、庶民のための精神病理学者・人間性心理学者と呼んでもよいのかもしれません。

「人格の病」みすず




[ユージェーヌ・ミンコフスキー Eugene Minkowski]

 ミンコフスキーといえば「現実との生ける接触の喪失」です。「生きられる共時性」と言う概念も優れています。けれども私は、恥ずかしながらベルクソン哲学をあまり把握してはいないので、ミンコフスキーの魅力がすべて分かっているとは言えません。この三部作の中だと、聴覚的な反響についても書かれた「精神のコスモロジーへ」が好みです。
 彼の著作には、奥方であるミンコフスカのロールシャッハ・テストへの言及が、ところどころ見受けられます。興味深いのは「結果を量的に分析するのを止めると、ロールシャッハ・テストは第一に精神病理ガク的機構や要素との関係における質的な分析を可能ならしめる」(訳書「精神分裂病」p.257)と言う言葉です。私も、いまとなってはロールシャッハのコード化を放棄した人間です。一読をお勧めします(Minkowska, F.(1956)Le Rorschach: A la recherche du monde des formes.Desclee de Brouwer)。
 私はフランス語圏の人間性心理学について全く無知なのですが、ミンコフスキーの影響はいかほどのものなのであろうか。

「精神分裂病―分裂性性格者及び精神分裂病者の精神病理ガク」村上仁訳、みすず

「精神のコスモロジ-へ」中村雄二郎、人文書院

「生きられる時間〈1〉現象ガク的・精神病理ガク的研究」中江育生、清水誠、みすず

「生きられる時間〈2〉現象ガク的・精神病理ガク的研究」中江育生、清水誠、大橋博司、みすず





[クラーク・E・ムスターカス Clark E.Moustakas]

 "Being-In,Being-For,Being-With"でも著名なムスターカスです。現象ガク的な心理療法とは何か、どのように行えばよいのか、なかなか理解することが難しいのかもしれませんが、「現象ガク的心理療法」は、フッサールの超越論的現象学を心理療法にどのようにして使えばよいのか、平易に解説するものです。
 ただ、扱われているのが超越論的現象ガクのようですから、超越論的な自我による他我・世界構成と言うモノローグ的な世界に陥らないよう、カウンセリングの実践は注意が必要であると思います(私の読み違いである可能性もあり得ます)。詳しくは、ここで紹介した「ハンス・トリュープ」の項を参照してください。もちろん、現象学的な色彩の強い人間性心理学に興味をお持ちの方には、必読の研究者であると思います。

「現象ガク的心理療法」杉村省吾、杉村栄子訳、ミネルヴァ

「愛と孤独」片岡康、東山紘久、創元社

「人間存在の心理療法」国分康孝、国分久子、誠信

「個性と出会い―孤独感と感受性の探究」嶋田啓一郎、嶋田津矢子、ミネルヴァ

「思春期の実存的危機」北見芳雄、国分康孝、岩崎学術出版社

「孤独 : 体験からの自己発見の研究」吉永和子、岩崎学術出版社

「個性と出会い : 孤独感と感受性の探究」嶋田啓一郎、嶋田津矢子、ミネルヴァ

「児童の心理療法 : 遊戯療法を中心として」古屋健治訳編、岩崎学術出版社

「問題児の成長と人間関係」浪花博、岩崎学術出版社




[村本 詔司]

 日本の代表的な人間性心理学の研究者です。カウンセリング・心理療法にとどまらない、膨大な著書・論文があります。ホーム・ページを開設されていますので、「村本詔司」で検索して一度アクセスしてみてください。倫理の分野で著名ですが、私にとってはゲーテと臨床心理の架け橋となった方です。ライヒについても納得のいく評価をされており、現代の百科全書派と表現しても過言ではありません。
 いつだったか、ロシアで大規模な森林火災があって、そのとき北海道で太陽が赤みがかって見えたことがありました。ゲーテ色彩論との絡みで、そのことを村本先生にお知らせしたことがあります。お返事もいただき、大変感激いたしました。いま現在新品で入手困難のようですが、「ユングとゲーテ」は、私たちにとって必読の一書です。

「ユングとゲーテ 深層心理ガクの源流」人文書院

「ユングとファウスト 西洋精神史と無意識」人文書院

「魂の探求 古代ギリシャの心理ガク」大日本図書

「心理臨床と倫理」朱鷺書房




[オットー・ランク Otto Rank]

 日本語と英語で読めるランクを掲載しました。彼は、もともと精神分析のフロイトの側近でしたが、「出生外傷(バース・トラウマ)」概念を提起することによって追われるようにしてそのサークルを離れ、ロジャーズの来談者「中心」療法のみならず、アメリカのクリニカル・ソーシャルワーク(フィラデルフィア学派)に多大な影響を及ぼしました。私が学生の頃に習った米国ソーシャルワークの母といえば、ジェシー・タフトとヴァージニア・ロビンソンでしたが、ランクは渡米してからタフトを指導したことでもよく知られています。
 日本語で読めるのは臨床的な技法論とは異なり、文学への精神分析の応用です。フロイトがランクにほれ込んだのも、この領域の彼でした。非医師であるにもかかわらず、フロイトはランクをかわいがり、大学の学費の面倒まで見ていたとか、いないとか。
 まずはアメリカでの講演集"A Psychology of Difference"を、クレーマーの解説とともに読んでください。ロジャーズの「クライエント・センタード」の起源が、実はランクにあったことが分かります(「バット・マザー」に関してクラインは自分を引用していないと苦言も呈しました)。次は、入手困難ですが、「意志療法」を読んでください。ロジャーズの「自己実現」とランクの「意志」がどのように類似するものか、じっくりと味わうことが大切です(ただし、エーリッヒ・フロムは、どうしてこれほどまでにランクがアメリカに影響を及ぼしたのか、「意志」の概念についてヒットラーとの絡みで疑問を呈します)。
 ランクの思想は、さらに関係療法のアレンや時間制限療法のマンにも受け継がれました。過去ではなくいまを重視したり、リミットのセッティングが生み出す人工的な不安を臨床に生かしたりしたのですが、現代の短期療法の父でもあると思います。
 タフトが書いたランクの伝記には、一時期蜜月にあったフェレンツィとの決裂についても書かれており、とても興味深いものです。たまたま遭遇した駅のホームで、フェレンツィがランクを無視するエピソードは、とても複雑な心境になります。
 ランクは、一時アナイス・ニンと愛人関係にありました。ニンと言うのは、ヘンリー・ミラーとの関係でも著名な方です。ユング派の秋山さと子先生は、ランクとニンについて書きましたが、そのときはまだニンの「日記」には無削除版が無い時代でした。私たちは、ランクを知ろうとするとき、アナイス・ニンについても知る必要があります。日本語訳のまだ無い"Fire"も必読です。また、ニンの「人工の冬」に収められた「声」は、クライエントとセラピストが入れ替わる限界状況が描かれたものです。私には、ここに書かれた声がオットー・ランクのものではないかと思われて、しょうがありません。ニンはとても素晴らしい作家であると思います。ランク抜きにしても、一読の価値があります。
 カウンセリング・心理療法を志す方は、ランクをぜひ読んでください。トランスパーソナルな世界に接近する著作もありますから、幅広い方々に支持されるはずです。人間性心理学の母かな。


「分身 ドッペルゲンガー」有内嘉宏訳、人文書院

「英雄誕生の神話」野田倬、人文書院

「文学作品と伝説における近親相姦モチーフ―文学的創作活動の心理ガクの基本的特徴」前野光弘、中央大学出版部

The Myth of the Birth of the Hero: a psychological interpretation of mythology, Johns Hopkins

The Incest Theme in Literature and Legend. Johns Hopkins

The Significance of Psychoanalysis for the Mental Sciences. Lightning Source Inc (ハンス・ザックスと)

The Trauma of Birth, Dover

The Development of Psychoanalysis. Kessinger Publishing (フェレンツィ・シャーンドルとの共著)

The Double: a psychoanalytic study. Karnac

Truth and Reality. Norton

Will Therapy, Knopf (Volumes II and III of "Technik der Psychoanalyse")

Psychology and the Soul. Johns Hopkins

Art and Artist: creative urge and personality development. Knopf

Modern Education: A critique of its fundamental ideas. Knopf

Beyond Psychology. Dover

A Psychology of Difference: The American Lectures. edited and with an introductory essay by Robert Kramer. Princeton


Kramer, Robert (1995). The Birth of Client-Centered Therapy: Carl Rogers, Otto Rank, and ‘The Beyond’,” in Journal of Humanistic Psychology, Vol. 35, No. 4, Fall, 1995, pp. 54-110.

Lieberman, E. James (1985). Acts of Will: The Life and Work of Otto Rank. The Free Press.

Taft, Jessie (1958). Otto Rank: A Biographical Study Based on Notebooks, Letters, Collected Writings, Therapeutic Achievements and Personal Associations. The Julian Press, Inc.

フレデリック・アレン「問題児の心理療法」黒丸正四郎訳、みすず

ジェームス・マン「時間制限心理療法」上地安昭、誠信書房

アナイス・ニン「アナイス・ニン コレクション3 人工の冬」木村淳子、鳥影社

アナイス・ニン「アナイス・ニンの日記 1931-1934」原麗衣、筑摩書房

アナイス・ニン「ヘンリー&ジューン」杉崎和子、角川書店

アナイス・ニン「インセスト アナイス・ニンの愛の日記」杉崎和子、彩流社

秋山さと子「メタ・セクシュアリティ」朝日出版社


[追記]

 アナイス・ニンを紹介した文章です。ある雑誌に以前掲載したものです。文中で語られているのは、オットー・ランクのことではないかと思っています。

 アナイス・ニン『人工の冬』
―オットー・ランクの「声」―

北星学園大学社会福祉学部福祉心理学科 田澤安弘


 アナイス・ニンは、小説よりもむしろ日記で世界的に著名な作家である。特に、ヘンリー・ミラーとの関係を綴った彼女の日記(Anais Nin, 1969,1990)は、映画にもなったほどである(Philip Kaufman Film (1990)。私が彼女のことを気にかけるようになったのは、ヘンリー・ミラーではなく、精神療法家オットー・ランクと深い関係があったからである。もちろんランクとの関係も、その日記に赤裸々に書かれている(Anais Nin, 1992, 1995)。彼女とランクの関係に注目した心理学者は、日本ではユング派の秋山(1985)がいるが、無削除版の日記が出版される以前のものであり、残念ながら記述に誤りが認められる。

 ニンの『人工の冬』は、三篇の中編小説からなる作品群である。すなわち、「ステラ」「人工の冬」「声」である。ここでは、もっぱら「声」について語るつもりである。この作品は、まるで音やリズムが充満する音楽のような作品である。

まず、古典的な精神分析状況を想起してほしい。そこでは相談者がカウチに横臥し、その背後に精神分析家が座る構図になっているので、相談者は分析家の姿を目で見ることができない。「声」というのは、相談者には見えない分析家の声のことである。この作品中の相談者にとって、分析家はただの声にすぎない。「誰」なのか、得体が知れない存在なのである。

 あるとき、相談者は分析家に向けてこう言う。すなわち「あなたは本当の自分を見せたことがありますか。分析という仮面を被っているのはあなたではありませんか。……同じ椅子に座っていてご自分のことはわからない」と。そして、さらに相談者は「一度でいいですから、この長椅子にあなたが横になって、私がその椅子に座ったとしたら……私があなたになって、あなたが私になるのです」と迫る。それを聞き入れた分析家は、カウチに横になった。当惑し、相談者の背後に座っていたときの強さをなくして。

 分析家が得体の知れない「声」から、目に見える存在へと変化すると、人間としてあるがままの姿が見えるようになった。こうである。「彼は泣き、怒り、利己的になり、自分の人生を嘆いた。彼は飢えていて、不器用だった。人生を楽しむよりもそれにしがみついていた。癒し手のなかに隠れていた人間は小さく、若く、ヒステリックだった。彼が導き手であることをやめると、すべての力と技を失った。……彼はただの声にすぎなかった」。

 私は、治療者としての中立性を忘れてはならないなどと、教訓めいたことを言うつもりはない。むしろ、言いたいのは反対のことである。この「声」を読むたびに私は自問する。つまり、お前は人生を楽しんでいるのか、泣いたり笑ったり怒ったりすることを忘れていないか、自分が小さな人間であることを見失ってはいないかと。

 ニンは、実際にランクの分析を受けていたことがある。無削除版の日記にも、この「声」と酷似する箇所がある。この作品にただのフィクションとは言い切れない臨場感があるのは、そのせいであろうか。いずれにせよ、相談者の視点から見た治療者について、これほど見事に描かれた作品は他にないかもしれない。

 末尾の「文献」に、日本語で読める(入手しやすい)アナイス・ニンの著作をあげておいた。『人工の冬』だけでなく、一読を薦めたい作品ばかりである。

文 献

秋山さと子 (1985) メタ・セクシュアリティ. 朝日出版社.
Nin, Anais (1948) Under a Glass Bell. Swallow Press. (木村淳子訳 (1994)ガラスの鐘の下で アナイス・ニンCollectionⅣ. 鳥影社) (中田耕治訳 (2005) ガラスの鐘の下で―アナイス・ニン作品集. 響文社)
Nin, Anais (1958) House of Incest. Swallow Press. (木村淳子訳 (1995) 近親相姦の家 アナイス・ニンCollectionⅡ. 鳥影社)
Nin, Anais (1961).Winter of Artifice. Swallow Press. (木村淳子訳(1994)人工の冬 アナイス・ニンCollectionⅢ. 鳥影社)
Nin, Anais (1964) D.H. Lawrence : An Unprofessional Study. Swallow Press. (木村淳子訳 (1997) 私のD.H.ロレンス論 アナイス・ニンCollectionⅠ. 鳥影社)
Nin, Anais (1964) Collages. Swallow Press. (木村淳子訳 (1993) コラ-ジュ アナイス・ニンCollectionⅤ.鳥影社)
Nin, Anais (1969) The Diary of Anais Nin: Vol. 1. 1931~1934. Harvest. (原麗衣訳 (1991) アナイス・ニンの日記 1931~1934. 筑摩文庫)
Nin, Anais (1972) Paris Revisited. Capra Press. (松本完治訳 (2004) 巴里ふたたび. エディション・イレーヌ)
Nin, Anais (1976) In Favor of the Sensitive Man, and Other Essays. Harcourt. (山本豊子訳 (1997) 心優しき男性を讃えて アナイス・ニンCollection別巻. 鳥影社)
Nin, Anais (1986) The Novel of the Future. Swallow Press. (柄谷真佐子訳 (1970) 未来の小説. 晶文社)
Nin, Anais (1990) Henry and June:From the Unexpurgated Diary of Anais Nin 1931~1932. Harvest. (杉崎和子訳 (1990) ヘンリー&ジュ-ン. 角川文庫)
Nin, Anais (1992) Incest : From a Journal of Love : The Unexpurgated Diary of Anais Nin 1932~1934. Harcourt. (杉崎和子編訳 (2008) インセスト―アナイス・ニンの愛の日記 無削除版 1932~1934. 彩流社)
Nin, Anais (1995) Fire : From a Journal of Love : The Unexpurgated Diary of Anais Nin 1934~1937. Harcourt.
Nin, Anais (2001) Spy in the House of Love. Penguin Books. (西山けい子訳 (1999) 愛の家のスパイ. 本の友社)
Nin, Anais (2004) Little Birds. Harvest. (矢川澄子訳(2006)小鳥たち.新潮文庫)
Philip Kaufman film (1990) Henry & June. Universal Studios. (ユニバーサル映画:ヘンリー&ジューン―私が愛した男と女)





[エーリッヒ・フロム Erich Fromm]

 社会学的な指向の強い精神分析のアウトサイダーであり、ネオ・フロイディアンでもあるフロムです。フロイト左派としてマルクス主義的社会科学の視点から理解することができますが、ヒューマニズムや宗教性と言う意味で、ユダヤ的対話思想の影響が色濃く感じられます。ヘルマン・コーヘン(コーエン)の影響を受け、10代の頃にはフランツ・ローゼンツヴァイクやマルティン・ブーバーとの交流があったからです。
 フロムの著書は、ほとんどすべて日本語で読むことができます。私よりも上の世代が読み耽ったはずです。若い方々も、一人の思想家としての彼を熟読する価値があると思います。
 彼の臨床的な側面については、もしかするとあまり知られてはいないのかもしれません。翻訳されてはいませんが、"The Art of Listening" (耳を傾けるということ、傾聴のアート)は必読です。カウンセリングを志す者は、手元に置いておきたい一書です。以下に、本書の第11章"精神分析「技法」―あるいは、傾聴というアート"を、私なりに要約してみます。

 技法とは、対象にアートの規則を適用することを言うのですが、その意味はかすかではあるものの重要な変化を被ることになります。技術は、機械的で、生き生きとしてはいない事柄に関する規則に応用されてきました。けれども、生き生きとしたことを呼ぶにふさわしい言葉は「アート」です。このようなわけで、精神分析でいう「技法」の概念は、問題に見舞われ、生命の無い対象に関わることのように思われ、人間には適用できないように思われるのです。
 精神分析が、人間の心、特に意識的でない側面を理解するプロセスであるといえるのは、はっきりとしたことです。それは、詩を理解するようなアートなのです。
 あらゆる芸術がそうであるように、精神分析にも規則や規範があります。
・このアートを実践するための基本規則は、聞き手の全面的な集中であると言うこと。
・まったく重要でないことは聞き手の心に思い浮かんではならず、貪欲や不安からも適度に自由であらねばならないこと。
・聞き手は、言葉で表現されるほど具体的な、自由に働く構想力を持っていなければならないと言うこと。
・聞き手は、他者の体験をあたかも自分自身の体験であるかのように感じることができるほど強い、相手に対する共感能力に恵まれていなければならない。
・このような共感の条件は、愛する能力のとても重大な一面である。相手を理解することは、その人を愛することを意味する----性愛的な意味とは異なる。その人に救いの手を差し伸べ、自分自身を失ってしまう恐怖を克服すると言う意味である。
・理解することと愛することを、分けて考えることは出来ない。それは反転するプロセスであり、分けてしまうと、本質的な理解へと至る扉は閉ざされたままになる。
 治療プロセスのゴールは、無意識的な(抑圧された)感情や思考を理解し、その起源と働きに気がついて、それを理解することである。
 基本規則とは、できる限り包み隠さず話し、省略してはならないと患者に教示することである。真実を話せとまでは言わないが、道徳的な拘束が一切ないことは、患者にとって特別な重要性がある。(分析家は、患者が嘘をついているか、いずれは気がつくはずである。と言うのは、嘘をつかないのであれば、能力に欠けるからである)
 分析家は、(年齢や、どのような訓練を受けてきたのか、出自)履歴や、患者に知る権利のある、自分自身にかかわるあらゆる質問に答えなければならない。言い換えれば、患者は、どうしてそのようなことに興味があるのか、状況を逆転させて分析家を分析したいのか、示す必要がある。(たとえば、抵抗のせいで)
 治療関係について述べるとしても、礼節のある会話とか、雑談の雰囲気ではなく、その単刀直入さによって述べるべきである。精神分析家はうそを言ってはならない。分析家は喜ばせようとしたり、よい印象を与えようとしてはならず、あるがままで居なければならない。つまり、自分自身のことを知っていなければならないと言うことである。

 いかがでしたか。臨床的には、やはり身近にいたヴィルヘルム・ライヒの影響があったようです。パートナーとしての、カレン・ホーナイ(ホルネイ)や、フリーダ・フロム・ライヒマンとの関係も重要です。フロムを人間性心理学のくくりに入れることに反対の人もいるでしょうが、私にしてみると何の違和感もありません。多くの若い臨床家に読んでいただきたい、偉大な人間性心理学者であると思います。



Erich Fromm (1994) The Art of Listening. Foreword by Rainer Funk. Continnum, New York.

愛するということ

自由からの逃走

よりよく生きるということ

生きるということ

悪について

正気の社会

破壊―人間性の解剖

人生と愛

人間における自由

反抗と自由

革命的人間

禅と精神分析

精神分析と宗教

自由であるということ-旧約聖書を読む

ユダヤ教の人間観―旧約聖書を読む

ヒューマニズムの再発見―神・人間・歴史

社会主義ヒューマニズム

フロイトの使命

フロイトを超えて

疑惑と行動―マルクスとフロイトとわたくし

精神分析の危機―フロイト、マルクス、および社会心理学

希望の革命―技術の人間化をめざして

マルクスの人間観

ワイマールからヒトラーへ―第二次大戦前のドイツの労働者とホワイトカラー

愛と性と母権制

権威と家族

夢の精神分析―忘れられた言語


ライナー・フンク (1984) エーリッヒ・フロム―人と思想. 紀伊国屋書店

ゲルハルト・P. ナップ (1994) 評伝エーリッヒ・フロム. 新評論

ダニエル・バーストン (1996) フロムの遺産. 紀伊国屋書店




以下、更新予定です。



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