とさにつき(序文)

男が書いてるらしい日記、というものを、女の我も書いてみようと思って書くのである。
日々の徒然なる物事を思うままに書き付けておいて覚書とするもので、取るに足りないものやそれはちょっと、と思うものも無作為に記したもので云々。

「何だか、かたい。」
元就は筆を持ったまま、読み直して、首を傾げて、それから上唇をつ、と持ち上げ鼻先との間に筆を挟む。そして頬杖をついた。
堺で良さそうな料紙を見つけたのだ。折角だし、元親に文の一つでも書こうかとも思ったのだが、わざわざ手紙に書くより直接会いに行きたい。では折角買った料紙をどうしよう。
そのまま腐らせておくのも勿体無いし、というわけで着手したのが日記、であった。
元就としては、元親との甘々照れ照れな恋日記を綴ろう、という思惑があったのだが、いざ筆をとればなんだか堅苦しい文章になってしまった。
これは良くない。
もっと、姫君の恋に戸惑う切ない胸の内、みたいなのを記してみたい、さあどうしよう。
何か苦しいことはなかったか。
奥州で乾燥トウガラシ盗み食いしたときはホントに苦しかった。…じゃなくて。
もっとこう。恋の障害とか。
身分違いの恋とか、敵同士の恋とかナニソレすっごくオイシイ。
だが現実は、特に障害って見当たらなかったりする。
まあ、海を越えないと会えないってのはちょっと辛いかもしれないけど、織り姫彦星じゃあるまいし、そもそも元就はいつでも、元親に会いに行く口実がつくれる。
本当は自分が安芸に行くのと同じくらい、元親にもこちらに会いに来て欲しいんだけど。
ぶっちゃけ会えればどこでもいい。2人でいられるなら場所とか特にこだわりないし。

「考えてみれば全然!切なかったり苦しかったりしないぞ!? これって変なのではないか!?」
前田の持ってきた物語では、恋をする者たちはみんな切なかったり苦しかったり悩んだりしていた。
自分にはそれがない。
そう思い至るともうじっとしているわけにはいかなかった。
これ何か病気なんじゃないの。

「俺、やっぱりあんたの思考って全然わかんねーよ…」
政宗は、元就の力説を聞くなりガックリと肩を落とした。
元就には是非、バカにつける薬を贈りたい。
いや、彼女は政宗よりはるかに賢いはずなんだが。
目下、政宗の至上任務は「対元就の説明書」を元親に送ることである。
ちょっとアドバイスしてやるつもりが思わぬ大仕事になってしまった、その原因が元就のちょっと…かなり変な性質のせいで、正直、政宗も自分が書いてる元就説明書が正しいのかわからなくなっている。
「我を理解できるのは我だけで良いのよ。人の思考は複雑であるぞ、我も我自身を完全に理解しておるかといえば断言することはできぬが少なくとも己の心なれば他者の心を理解するよりも「ストップ、すとーっぷ!」
元就に語らせると長い。今は元就と心理学したいわけではない。
「何ぞ、我が折角人心とは何かをとくとくと語ってやろうというのに」
「そーいうのいいから。元就サンはつまり日記に書くネタがないから相談に来たんだよな?」
「うむ。甘く切ない恋日記、というものを書いてみたいのだ」
「ああー…」
ここで「無理じゃない?」ととっさに切り返さなかったのは元就の扱い方わかってる、ってことだろう。
「日記って…あんたオクラの観察日記でもつけろよ。そーいうもんの方が得意だろ?」
「むぅ。そなた我をアホだと思っているだろう。大体うちで育つ植物については一通り観察日記くらいつけたわ」
「もうやったのかよ」
「当然ぞ。種の模写から発芽の様子、花の数まできっちり記録つけておる。我がおらぬ間はちゃあんと、他の者に言いつけてあるからな」
どうもあのカオスな庭園は、元就の観察日記に基づくきちんとした理由のある構成であったらしい。
野菜関係の観察記録は小十郎が喜びそうだ…なんてことを少し思って。
「じゃあ、フツーの日記つけろよ。今日はいつどこでだれとなにをどうした、ってやつ」
「それってつまんなくないか?」
「日記なんてもんは人に見せるものじゃないんだからよ。面白く書く必要なんか無ぇんだって」
「…なるほど。出来事、か…」


政宗の提案により、日々の些末な出来事や、事件を記していくものとする。

(2014/02/28)
非公開品をサルベージしてきた。とさにつき、は土佐日記のパロ意識してます。タイトルと冒頭だけね。