「無題」
「…ちょっと様子見に来ないで居ると」
元親は小さく息を吐いた。
そして机上箒でさっさと机の上の菓子くずを掃除する。
それから横目でちら、と画面をみて、それからなんだかシケた顔をしている元就を見て、また黙々と手を
動かした。
最後にキーボードの隙間に嵌まったくずをクリーナーでべろんとひっぺがして、持参したキーボードカバ
ーをかけた。
でもできればパソコンしながらくずの落ちる物食べないで欲しい。さて。
「デスクトップ画面がカオス……」
画面一杯に広がる、なんだかよくわからないファイル群。
大半が無題、無題1、無題2…みたいな中身不明ファイルなのは見なかったことにしたい。
「なあなあ、元就ぃ」
「そのような目で我を見るな。我もちょっとは片付けようと試みたのだが、大体、名付けようにも相応し
い名前はすぐに思いつかぬし。で、そのまま放っておいたら、無題もネタ切れになってしまってな、ムダ
イにしてみたり、むだいにしてみたり、無駄いにしてみたり…」
迷走ここに極まる。
その結果の、この意味不明ファイル群ということか。牟蛇衣。一体何のキラキラネームだ。
「整理しようと思ってはいるのだが、これだけ増えるともう確認する気も失せてな?」
「あ…そう」
ありがちだ。
後でちゃんとした名前つけるからとりあえずテキトーでいいや、ってほったらかしてそれっきり。
思いついて書かない、よりは、思いついたからとりあえず書いてみた、の方がいい。
その点については後回しにしないで着手する元就の行動力を見習いたいと思うが、いや、しかしここまで
整理整頓できない人間とはちょっとだけ思ってた。
かねがね、何にもない部屋だと思っていたが、元親が持ち込んださまざまのお土産もどこに置いてるかわ
からなかったから元就のいないときに侍女にちょっと聞いてみたらば、私物置く専用の蔵があるんです、
と聞いて驚いたものである。
執着しないというより、蔵なんかに片付けられている(元就当人は片付けられない人らしい)から何持って
るのか忘れているというのが正しいんだろう。
しかしまあ、整理ができてない。
元親は考える。
この膨大なファイルを一個ずつ中身確認して名前をつけていく作業、どれだけかかるんだろうか。
手詰まりで困っている、という連絡はもらった。てっきりマシントラブル・電源が入らない系のものを想
定していた手前、こんな事態は考えていない。
元就の期待に満ちた目が痛い。
不幸なことに、パソコンというものは元来一人用である。
手分けして片付ける…ということができないのだ。
「そなた、こういうものに詳しいのであろ? そなたでも手に負えぬか…?」
「え!? いや、そもそもこれトラブルじゃなくてあんたの問題…うっ」
あああああ。この顔は。失望されている……!
元親の不幸はいちいち正確に元就の反応を見て取ってしまうことである。
何考えてるのかはさっぱりわからないのだが、微妙な表情筋の変化でとりあえず喜怒哀楽の少しの区別は
できる。
期待に満ちた顔、が、なーんだ、がっかり…って顔に変わったことを元親は読み取ってしまった。
「普通のヤツなら匙投げるんだけどよ、こいつは俺に任せな!」
「ホントか!? 期待しておる!」
あああ。余計なことを言ってしまった…。
(平成27年3月8日)