臨床余録
2025年2月23日
リタイアの理由


 大学で同級だった友人が、開業しているクリニックを閉じると言っている。高齢化や体調不良というわけではない。患者さんの数が去年から減り続け毎月赤字が蓄積しているのが理由だという。今年の3月で閉院の予定だったがいざ閉院となるとむつかしい。数少ない患者のなかには昔からみている患者がいて「やめないでください」というのだそうだ。

 ニューイングランド医学ジャーナル誌2023年10月12日号パースペクティブ欄の“A Reason to Retire”というエッセイを読んだ。

 長年ボストンの地域病院で働き尊敬を受けていた64歳の医師がリタイアするという。後輩医師である筆者はその理由を尋ねる。すると彼は言った。それは患者を診ることがこたえるようになってきたから、つまりしんどくなってきたからだ、というのである。(My patients’illnesses are starting to get to me.)その言葉の意味がよくわからなかったが、彼の答えは私のなかに消えることなく残った。

 今私は71歳でリタイアしたばかりだが彼の意味したことがわかるようになった。私のプロフェッショナルとしての効率性は患者との一定の距離を維持できることに依っている。私は患者の症状や検査結果などすべてのハードデータが治療に役立てるように集中できなければならない。誰かが急に倒れたり状況の無慈悲さからくる悲しみという“ソフト”データに気持ちが乱されないようにしなければならない。

 若い頃は、病気は患者に起きたこととして分けることができた。私の第一にすべきことは診断と治療であった。患者は私とは異なる種に属していた。
 患者に過度に同一化することは避けなければならないと教えられてきた。患者は病気を治すクールな頭脳を必要としている、共感することはプロフェッショナルとはみなされない、共感によって病気を治すというミッションに失敗することへの防衛が崩されるからである。
 客観性は、私が生命を脅かす病気のストレスに対処する際の助けになる。それは仕事を情緒的ではなくより知的にみることを可能にする。正しい診断、ベストの治療をしたかどうか。患者や家族に十分説明したか。

 しかし、年を取るに従い客観的にみることがむつかしくなった。カルテ上の70歳の患者が突然私となった。患者の症状を私と分け隔ててとらえることがむつかしくなった。患者の病気の医学外の問題を自分が若いときより切実なものとして感じざるを得なくなった。彼らは私の今後を思い出させるものとなった。
 コロナ禍の間、バーンアウトする医師も多く、客観性というシェルターは役に立たなかった。

 ふりかえってみると私の仕事で最も満足できるものは患者との交流だった。
 私がリタイアする6か月前、患者に主治医として手紙を書いた。もうすぐリタイアすることを説明し、彼らの主治医であったことで個人的によかったことを伝えた。その後の私の診察はよりパーソナルなものとなり、時間はながく、より情緒的なものになった。しかしそれはより満足できるものでそれまでの自分の仕事を違った視野でみることを助けた。

 患者との関係は単純なものではない。ひとつには、時間の不足、患者の数、経営的管理、これらはみな患者と満足のいく関係を築く妨げになる。一方、患者との関係がよりパーソナルで緊密なものになるほど、我々の仕事はよりストレスフルになる、というのも我々の客観性というよろいに穴があけられるからである。
 私が齢をとり、より状況の影響をうけやすくなるにつれ、客観性のよろいかぶとに穴があくことと闘うプロフェッショナルライフを過ごすようになる。それは皮肉にも患者との関係性を満たすことになる、しかしそれはまた、ストレスを増すことになり早期退職に導くことになるのだろう。私は患者ともっとパーソナルな関係を築くべきであったのか。それは私がプロフェッショナルでなくなり個人的なストレスを増すことになるのだろうか。わからない。

 私はしばしば25年前の先輩医師のリタイアの際の言葉(My patients’ illnesses are starting to get to me) を考える。それはまさに正鵠を得(spot-on)た表現だといえる。


以上が抄訳である。


附記1
退職の理由はさまざまであろう。仕事がしんどくなるというのは随分率直だがある意味でよくわかる。しんどいという言葉にさまざまな状況が想像できるからである。このエッセイの筆者の場合は、患者との距離が保てず患者を客観的に診ることができなくなるというのが理由のひとつのようだ。患者と自分が区別できなくなる。そういうことがある。客観性というよろいはぼろぼろになる。その代わりに患者との打ち解けた交流は医師に満足感を与えてくれるものでもある。より親身に患者の問題に向くことができる。それは自分の問題でもあるからだ。

附記2
客観性を保ちつつ患者に親身に向き合う。疾患の正確な診断と治療のために客観性は保たれなければならない。同時に(疾患ではなく)患者というひとりの人間に向き合うこと。このふたつのベクトルは矛盾することはない。エッセイのなかではハードとソフトと書かれていたが、どちらも歳を重ねた医師であるなら身に着けるべきものと考える。

2025年2月2日
川は海になる

アメリカに留学し結婚し子ども2人を育てながら働いている女性から、メールと共に一篇の詩が送られてきた。Kahlil Gibranによる“Fear”という詩。日本語に訳してみた。

“恐怖”
カリール・ジブラン

海に入るときに
川は恐怖で震えるという


川は自分が旅してきた道をふりかえる
山々の頂から 
森や村々を曲がりくねった長い路


そして前方に
広大な海原をみる
そこに入るものは
永遠に消えさるようにみえる


しかし他に道はない
川は戻ることはできない


誰も戻ることはできない
存在しつつ戻ることはできない


海に入っていくとき
川は危険を覚悟しなければならない
なぜならそのときにだけ恐怖が消えるから
なぜならそこで川は知ることになるから
自分は海に消えるのではない
海になるということを


 以上が拙訳である。良い詩だ。そして、彼女がこの詩を送ってきた意味を考えている。外から移住した人の子どもはアメリカ国籍をもつことはできないという新大統領の方針によりこの先どうなるのか予測がつかない不安。このような状況のなかに置かれた自分たちを川になぞらえているのだろう。

 飛躍するが、この詩は生きることと死ぬことに結びつけて考えてみることもできるのではないか。川は生、海は死(浄土)、川として生きた時間は消えるのではなく、浄土という海のかなたで生きた記憶となる、というように。

 カリール・ジブランはレバノンの詩人であり哲学的散文詩『預言者』(至光社から邦訳もある)の著者である。




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