「これから論文を書く若者のために」
出版後の進行状況

若手研究者のお経
進行状況ホーム


3/31(土) の進歩 新居の庭仕事
新居の外構工事(土留めブロック・フェンスの設置と庭の整地)の日程が決まった。4/5 に始め、4/27 には(駐車場以外は)完成する。建物よりも早く外構が出来上がるのは異例である(通常は、建物が出来てから外構工事を始める)。「連休には庭仕事を始めた い」と憤ったら、そのように日程調整をしてくれたのだ。庭一面に西洋芝を育てたいので、出来るだけ早く芝種子を蒔く必要があるからである。「どうせ夏には 枯れるから蒔いても無駄」というのは、西洋芝を知っている人にしか通じない嫌みだ。
 そんなわけで、気持ちは早くも庭造りへと飛んでいる。玄関先の坪庭に日本の針葉樹(エゾマツ・トドマツ・オオシラビソとか)を植えたいと、西公園の植木 市・愛子のガーデンガーデンを調査した。しかし針葉樹は、ドイツトウヒなど洋物ばかり並んでいた。かろうじて売っていた国産がウラジロモミとアカエゾマ ツ。しかし今ひとつに思った。「オオシラビソとウラジロモミの区別がつくのか?」と言われると考え込むのであるが。それと、立派なブナも植えたい。

新築現場も見に行った。外側はほぼ完成で、内部の大工仕事が始まっていた。少しずつ出来上がっていく様が何とも楽しい。
 あんと一緒に、新居の近辺を散歩した。車がほとんど通らずとても静かだ。今の家も車通りが少ない所にあるけれど、それ以上と思った。つくづく、良い所に 引っ越す。都心へのバスの便が不便(非通勤時間帯は、一時間に二本しかない)であることに目をつむれば、申し分の無い終生の住み家である。

帰りに、ヨネヤマプランテーションに寄って春の花をぱぱっと買い込んだ。新居の庭のためではない。今の家の花壇に植えるのだ。冬枯れで悲惨になっ ているので、何とかしようとようやく思い立ったわけである。我が家の購入希望の方が見学にいらした時のために、少しでも印象を良くしておきたいしね。しか し愛情が冷めていることは否めず、「ともかく何か買って帰ろう」という冷え切った家庭を思わせるのであった。
3/30(金) の進歩 第 9 刷出来
「これから論文を書く若者のために:大改訂増補版」の第 9 刷が出来した。一挙に 4000 部刷って、大改訂増補版の累計 1,3000 部となった(初版と合わせると 3,0000 部)。聞くところによると、鹿児島大学から 500 部、北海道大学から 300 部もの注文を頂いたという。感謝に堪えません。誠にありがとうございます。
 これら大量注文は、新入生に向けて販売するためだそうだ。学部一年生のときから「これ論」を読んでいれば、学問に対する物の見方も変わるはず。これから の四年間、「『わかっていないから』なんて駄目」「どうしてやるのか明確に」「そんなことやって意味あるわけ?」と生きていって欲しい。そうすれば卒研 は、Nature, Science に掲載されること疑い無しである。
昨日の日記で、「学会から戻ってから粗相無し」とあんを褒めたら、昨夜と今朝粗相をした。いけない所にうんちをしてしまい、しかも即食べちゃうの だ。慌てて叱ると、うんちを咥えて逃げていく。しかも所々で、うんちを床に置いてぺちゃぺちゃ食べる。そしてまたうんちを咥え逃げていく。つまり、部屋のあちこちをわざわざ汚しながら逃げていくのである。必死に追いかける私の 苛立ちはまさに、残り数分、一点差で負けている時に、自陣のコーナー付近でボールキープをされる時のそれである。
りんかのフキの論文の第一章を論文化するための構想を練り始めた。フキは雌雄異株と言われているけれど、両性個体が低頻度で混ざっている。両性個 体は維持されるのか消えていくのかを調べた論文だ。意義付けをしっかり出来るかどうかが、論文として受け入れられるかどうかの分かれ目となろう。
3/29(木) の進歩 この頃のあん
「学会が終わって春休み気分+新築に気もそぞろ+ベガルタ仙台首位にほかほか」のため書くことがない。あんのこの頃を書いてお茶を濁そう。

・学会から戻ってから粗相無し。四泊も外泊して憤然とし、室内の匂いづけに励むと思いきやそうではなかった。ちゃんとトイレでしている。
・畳を囓って困るので、「犬が嫌がるスプレー」を畳にかけた。一時的には囓るのを止める。しかし、スプレーの臭いが嫌なのかどうかは疑問である。スプレー した所を、不思議そうにくんくんと嗅いでいるのだ。
・かたや、私がお気に入りのカーテンレースを囓って引き裂き、大叱られである。あんのケージのすぐ上に窓があり、ケージの中にあんを入れている時にやられ た。初めの頃はブラインドの紐で遊ぶだけで、実害は無かった。しかし先日、ブラインドを覆っているレースへと興味が移った。長さ 10 cm ほど引き裂かれたレースに呆然。修理する気も起こらない(自宅売却時に、このレースは置いていくので)。
・夕方に帰宅すると、あんを庭に出してトイレをさせる。その間私は室内にいて、カーテンを閉めたりとかしている。あんは、私が外に出てくるのを待ってい る。だからといって、玄関の目の前でおしっこをするでない。玄関扉を開けて一歩踏み出すと、ちょうどそこにおしっこが溜まっているのだ。しかも、おしっこ を踏んだとおぼしき前足を掲げて抱きついてくる。たまらん。
・私は、寝る前に書斎でネットを見る。あんもむろん、書斎に連れてくる。机の袖の下にボールが入り込んでいると思っているようで(実際、入り込んでいるの だが)、机を前足でがしがしとひっかく。おかげで机は傷だらけだ。ボールを取り出しても、自分でわざと机の下に入れてしまう(<-- 遊んでいる)。そしてまたがじがじとする。
・あったまに来て、書斎に置いてあるケージ(ちょっと小さめの物)にあんを入れてしまう。するとあんは、扉をこじ開けるような感じで、ケージを前足でがじ がじする。ケージは、秒速 1 cm ほどで前進。机に到達すると、またしても机をがしがしし始める。ものすーーーごく、あったまに来る。

昨日は、U22 日本代表がシリア代表に 3-0 と快勝した。サイドを起点とした華麗なパス回しが見られて楽しかった。このチーム、ますまず面白くなりそうである。しかしシリアはどうしてしまったのか。 中盤でのプレッシャーがほとんどない。あれだけ自由にしてくれたら、日本はやりたい放題である。

りんかのフキの論文の投稿が完了した。今日改めて試してみたら、投稿原稿の PDF ファイル化が簡単に出来た。

3/28(水) の進歩 かとぅ去る
かとぅも去っていった。北海道に戻り、ホクレンの営業社員となる。かとぅと言えば、研究室配属を決める時期に、気づくと私の部屋に立っていたことが印象的 である。そして、「研究室に入れて下さい」と言った。それ以来、蜜分泌の研究に勤しんでくれた。そして面白いデータを出してくれたと思う。これからは、社 会人として飛躍しておくれ。乳製品食べたい。

U 22 日本代表は今夜、オリンピック出場を賭けてシリア代表と闘う。ホームだし、絶対に勝たなくてはいけない闘いである。早めに夕食を済ませ、テレビで応援しよ う。
 今夜の試合、入場券の売り上げが芳しくないらしい。この U 22 は、どうも人気が無いようだ。私が関東在住だったら絶対に国立に馳せ参じる。生で代表の試合を見られるなんて、とてつもなく贅沢なことだと思う。

りんかの論文残念。さっそく、Canadian Journal of Botany に投稿した。と書きたいところであったが、ネットからの投稿がうまくいかない。投稿原稿を PDF ファイル化するところで、サーバーからの反応が無くなってしまうようなのだ。どうしよ。

昨日の帰り、コンサドーレ札幌の小型バス(ワゴン?)を見かけた。面妖な。仙台市内で何をしていたのか?
3/27(火) の進歩 祝アクセプト
食害がある元での最適種子サイズの論文が Evolutionary Ecology Reseach に通った。

Sakai, S. and Harada Y. (2007)  Optimal size and number of seeds when seeds suffer predispersal predation.

めでたし。

返す刀で、彩子のヤマユリの論文を Oecologia に投稿した。ままよである。うまくいきますように。

昨日、新築現場の立ち会いに行った。これまでも勝手に何度も見学に行っていたけれど、昨日は現場監督付き添いであった。そして色々と説明してくれ た。せっかくだからと、周囲に巡らされた足場を登り、二階に上がってみた。二階から、泉ヶ岳が見えないかと期待していたのだ。しかし、二階の窓からはまっ たく見えなかった。バルコニーからだと、ぐっと身体を伸ばすとかろうじて見えるくらいであった。残念。二階から泉ヶ岳が見えたら優雅だったのに。
3/26(月) の進歩 五年四ヶ月ぶりではない
昨日の試合結果はまずくとも、ベガルタ仙台は首位に立った。五年四ヶ月ぶりの首位だそうである(サンスポよ り)。J1 への昇格を決めた、2001 年のシーズン以来ということであろう。しかし大切なことを忘れている。我々が首位に立ったのは、五年四ヶ月ぶりではない。2002 年 3 月 16 日に J1 の首位に立っているのである(2002/3/16 の進歩参照)。よって、「五年ぶりの首位」が正しい。

食害を受けるときの最適種子サイズに関する論文を、Evolutionary Ecology research に返送した。もうこれで最終稿で、そのまま印刷に回されるであろう。ほっと一息だ。教訓:自分がいい加減だからといって、他人(担当編集員とか)もいい加 減だと思ってはいけない。
3/25(日) の進歩 首位。しかし勝てよ
ベガルタ仙台がザスパ草津と 1-1 で引き分けた。試合が無かった東京ベルディ 1969 を抜いて首位に立った。しかし、またも追いつかれての引き分け。何やっているのか。

今日は車で行くことにした。試合の後、新築現場をまたしても見に行くことにしたからだ。となると当然、あんも連れて行く。試合中は車内でお留守番 である。
 車で行くことには、もう一つ目的があった。新居に移ったら、スタジアムには車で行くことになる。駐車場の状況等を調査しておきたかったのだ。ユアテック スタジアム仙台の近くの駐車場に車を駐め、あんを散歩させるなどして時間を過ごした。この駐車場、試合開始の 20 分くらい前に満車になる模様だ。ぎりぎりまであんと過ごし、「ちょっと待っていてね」と嘘こいてスタジアムへと向かった。
 試合は予想通り、仙台が支配する展開となった。しかしどこか、慎重すぎるように見えた。前が空いているのにバックパスをしたりとか。その上、スペースを 消してくる相手に合わせたようなパス回しをしてしまい、ゴール前に果敢に切り込む場面も少なかった。「いつでも点が取れるだろう」という慢心があったのか もしれない。あれよあれよと 45 分が過ぎ、0-0 で前半を終えてしまった。前半の内に点を取っておきたかった。後半に入ると、ようやくにして果敢なサイド攻撃が始まった。そして後半 17 分、左サイドの裏を取った萬代がフリーで抜け出しセンタリング。ロペスが綺麗にヘッドで流し込んで先制した。これでたたみ掛ける攻撃が始まると思った。と ころが望月監督は、後半 22 分に、中島に替えて永井を投入し 1 トップにした。もう守りに入るのか。嫌な予感がした。東京ベルディ戦でも、1 トップにしたために前線からのプレスが減り追いつかれてしまった。嫌な予感通り、後半 34 分に、仙台にいたときはちっとも役に立たなかった松浦に決められ、1-1 となってしまった。慌てて関口を投入し 2 トップに戻すというちぐはぐな采配が通じるはずもなく、1-1 で引き分けてしまった。圧倒的に支配していた試合というのに、なんともったいないことか。
 望月監督、「指導者」としてはすでに力量を発揮しているが、「指揮官」としてはまだこれからかも。東京ベルディ戦の轍をまたしても踏むし、「勝つための 采配」が出来ていないように思う。これを苦き経験として欲しい。
 FW は、萬代よりも中原の方が良いのではないか。萬代はひ弱で、点を取る気がしない。実際、五試合連続で先発しながら無得点というのは問題だ。まだまだ修行が 必要と思う。一方の中原は、空中戦やポストプレーが力強い。次戦は、中原先発も面白い。って、ブラジル人 FW のウィリアンはどうなっっちゃっているのか? 日本のサッカーに慣れていないのでメンバーにも入っていないが、そんな助っ人連れてくるなと言いたい。

試合終了後、車で建築現場へと向かった。スタジアムの周辺がかなり渋滞していた。対策を練らないといけない。
3/24(土) の進歩 これレポ校正終了
これレポ」の校正刷りの正式版が届いた(学会で貰った物は暫定のコピーであった)。一日でも早 い出版を目指し、気迫で校正をした。その甲斐あって、午後には校正を終えた。全体を改めて読み通すと、我ながら良い本と思う。レポート・卒論を書くのに きっと役立つであろう。しかも、理系文系を問わないという便利な本である。
 出版までの日程表を見ると、校正の共立出版着の予定が 4/2 になっていた。しかし 3/26 には着く。一週間早く返送したということは、出版も一週間早まるということか?  四月下旬には刊行できる?  新入生は一ヶ月経つと本を買わなくなる(大学に慣れてしまい、本を買わなくても 平気であることに気づく)という法則があるそうなので、一週間早まるとしたら大きい。新入生の皆さん、五月病になる前に買ってしまおう!
 校正刷りに、編集者の方が書き込みをしていた。その書き込みに感心した。まさに一字一句見比べて校正したようである。「○○ページ○行目では『繋がる』 と書いていますが、ここでは『つながる』となっています」といった、事細かな指摘もたくさんあった。丁寧な仕事ぶりに脱帽だ。私には絶対無理である。

帰仙した暁子と一緒に新築現場を見に行った。全体が青い幕で覆われて(昨日は覆われていなかった)建物が隠されてしまっていた。残念。
帰宅後、豪華夕食を頂きながら、日本代表対ペルー代表の試合を見た。完勝は完勝だけれど、相手が弱すぎた。足が早々に止まって、二点差で負けてい ても全然前に出て来ない。見ていてつまらなかった。
同じチャンネルで、シンクロの世界選手権が引き続き放映されていた。マーメード・ジャパンだそうだ。しかし ………、選手はみな筋肉隆々。その動きは、「しなやか」というより、「軍隊的」というか「機械的」というか「びしばし、びしばし」というか。表情も人工的 で不気味だ。人魚のような美しさは感じらない。ターミネーター・ジャパンと 言うべきではないか。失礼にさらに追い打ちをかけるなら、これなら、男子シンクロもありではないかと思った。

3/23(金) の進歩 我が家が出現
学会から戻り、新築現場を真っ先に見に行った。壁と屋根が出来ていて、新居の外観が顕わとなっていた。すごくお洒落だ。今の家よりもずっと立派に見える。 窓も大きくて良い感じだ。これからが楽しみである。

現場を見た後、なぜか 10 分ほど、ベガルタ仙台の練習を見た。泉ビレジに引っ越したら、練習も気軽に見に行けるであろう。明後日の草津戦も必勝あるのみだ。

3/22(木) の進歩 あんと再会
今日は、私自身の口頭発表の日である。しかし深刻な問題を抱えていた。発表用のスライドファイルを、大会事務局に送って以来一度も見ていないのである。一 度も練習していないし、スライドのコピーも持ってきていない。どんなスライドを作ったのかさえうる覚えな状態で発表に臨むという、いつも以上にいい加減な 姿勢であった。でも、まあ何とかなるだろうと妙に楽観して、学会へと出かけていった。
 午前中は、遺伝子動態のシンポジウムに出た。松島さんが発表しているときに、巌佐さんの声に突然変わって吃驚した。ただしこれは芸ではない。よその会場 の音声と混線した模様である。その後ポスター会場に行って、しんすけ・友蔵・大橋らのポスターを見た。みな、レベルが高い。そうこうする内に自分の発表時 間が近づいて来たので、会場へと向かった。発表は、スライドすらうる覚えな割りには上手くいったと思う。がんちゃんに、「(私が提唱した新仮説を)検証す るのですか?」と質問され、いたく焦った。発表を終え、暁子と共にタクシーで松山空港へ。じゃこ天をつまみに生ビールを飲んで慰労した。暁子と別れ私は仙 台へ。暁子の飛行機は出発まで間があったので、暁子はきっと、空港で足裏マッサージを受けたと思う。
 仙台空港に着き、一刻も早くあんを迎えにいこうと、仙台空港アクセス鉄道の切符を買った。しかしなんと、目の前で電車が発車してしまった。次の電車は 35 分後であった。憤然としつつ次の電車を待った。ようやくにしてエビス動物病院に着くと、待合室にあんの姿が見えた。私が入っていくと、大喜びで突進してき た。顔を舐めまくりの歓喜がしばし続いた。四泊もさせてしまって御免。「寂しそうにしていましたか」と獣医さんに聞くと「別に」と言われ、ちょっとがっか りした。

3/21(水) の進歩 アビスパ福岡に逆転勝ち
ついついわざと寝過ごして、受賞講演と総会はパス。ポスター発表の会場へと直接向かった。見るのに疲れたら、休憩室で「これレポ」の校正に勤しんだ。しか し、私の心は福岡にあった。ベガルタ仙台が、敵地でアビスパ福岡と闘うのだ。携帯で状況を見ると、「前半終了 仙台 0-1 福岡」の報に衝撃を受けた。それからは、念力を送って状況を見守った。そして、「仙台 1-1 福岡」に思わずガッツポーズをした。そこへ、友蔵が近づいてきた。久しぶりだ。なぜか平静を装ってしばし雑談した。友蔵が去った後、大急ぎで携帯をチェッ ク。「試合終了 仙台 2-1 福岡」に、休憩室で一人喜んだ。
 夜は懇親会があった。竹中さんの新居の話を聞き、月に登るほどうらやましく思った。新築中の我が家が不憫に思えてしまった。懇親会では、何人かの方に、 「これ論が役に立ちました」と話かけていただいた。有り難いお言葉に、感激の至りである。

3/20(火) の進歩 学会が本格的に始まる
学会が本格的に始まった。今日から、研究発表が行われるのだ。ただし私は、すでにどよんと疲れていて、これから本番とは思えない気持ちであった。
 会場に着くと、「これレポ」の宣伝が大々的に張り出されていた。「いよいよ五月連休明け発売」とある。売れるかちょっと心配。みなさん、どしどしお買い 求め下さい。共立出版の信沢さんに校正刷を貰った。頑張って学会中に構成してしまおう。
 午前中は、花粉一粒から DNA を取って遺伝情報を調べる研究のシンポジウムに出た。技術としては面白い。しかし問題はどう使うかだ。「訪花昆虫種がわかった」だけじゃ、ああそうなので 終わりである。清水さんの発表は、期待していたのに、プレゼン失敗ものだった。聴衆を想定して、聴衆の知識・興味に沿った話をしないといけない。
 午後からポスター発表を見て回った。ポスターの数が多くて疲れた。
 夜は、ベイズ推定の自由集会に出た。私自身、ようやく一般化線形モデルに追いついたと思ったら、世の中は、「一般化線形モデル ---> 一般化線形混合モデル ---> ベイズ推定」と進歩しているらしい。参りましたな。しかしベイズ推定、難しくてよくわからなかった。
 疲れたので、暁子と一緒に早々に宿に戻ろうと思った。しかし夕食は摂りたい。ほいっと入った寿司屋がとても美味しくて仰天した。瀬戸内物を握ってもらっ たのだけれど、その鮮度の良さよ。陸女寿司以外で満足したのは実に久しぶりであった。

3/19(月) の進歩 しんすけとばったり
今日は各種委員会の日である。午前中に将来計画委員会に出た後、大橋と一緒に昼食を摂った。その後、ホテルに戻る大橋と別れ、松山城を散策した。天守のそ ばで、キャバリアを二頭連れている人に会った。お利口に座っておやつをもらっている。二頭は夫婦で、二回も子を産ませたのだそうだ。呼び戻し(呼んだら戻 る;簡単なようで、しつけるのが大変)がちゃんと出来ていて感心した。天守閣を見てからぶらぶらしていたら、「酒井さん」と声をかけられた。おーー、しん すけ(私の一番弟子)ではないか。久しぶり。海外学振研究員を終えて、二日前に帰国したところだという。二人とも午後は暇だったので、ゆっくりと話し込ん だ。四月からは、鷲谷さんのところでポスドクをする。新しい環境で頑張っておくれ。
夜は、暁子・しんすけと一緒に瀬戸内料理の店に行った。魚が新鮮で美味しかった。

3/18(日) の進歩 エコカップ
今日は、生態学会の親善フットサル大会エコカップの日だ。真剣勝負に挑むチャレンジクラスと、楽しむことを優先するエンジョイクラスの二つに分かれ、熱戦 が繰り広げられる。今年は、エンジョイクラスに参加するチームが妙に多かった。チャレンジクラスに出るようなチームが、勝つことを目指してエンジョイクラ スに出てきているのだ。エンジョイの精神に合うとは言いにくい。しかし我がチームは、エンジョイクラスが出来た年から、「エンジョイの方が勝てる(河田さ ん談)」という精神でエンジョイに出ている。他のチームに我がチームの姿勢が広まっていったということであるか。
 我がチームは今年、徳永さん・鎌田さんを補強、エンジョイクラスの優勝を真剣に狙っている(河田さんが)。我がチームのために作った(作らせた;河田さ んが)ような年齢ハンディもあり、有利なことも確かであった。そして実際に、予選リーグを三連勝してしまった。徳永さん(経験者)が点を取ってくれる上、 点が取れない試合では年齢ハンディが物をいった。両チーム無得点に終わった場合は年齢ハンディでこちらの勝ち。対戦相手は、釈然としないまま敗退していく のであった。試合の合間、他のチームは、時間が空いたら練習をしている。しかし我々は、出来るだけ体を動かさず、時間が空いたら作戦会議だ。「さすが年齢 ハンディのチーム」と、根本的な違いを見せつけていた。予選リーグの最終戦(スイスチーム戦)もせこく勝つつもりであった。しかし、田中君や佐竹さんの活 躍の前に右往左往。ついに敗戦を喫し、予選リーグ二位で決勝トーナメントへと進んだ。決勝トーナメントも快調に勝ち進み、準決勝でまたしてもスイスチーム と当たった。今度は互いに譲らす PK 戦に突入した。本職 GK 徳永さんに期待したが、田中君にうまく決められ敗退した。残念。しかし三位決定戦は、工藤さんの感動の V ゴールで勝利。二年連続で三位となった。
 一方、東北大のトップチームであるブランメル生態は、チャレンジクラスに挑んでいた。予選リーグで一敗したものの、その後は快調に勝ち進んで見事に優勝 した。二年ぶり二回目の優勝である。理一、やったぞ!
 懇親会で、エコカップが授与された。昨年の大会後の懇親会で、「カップを買おう」と私が募金を始めた。五万円以上寄付され、立派なカップを買うことがで きたのであった。エコカップを、ブランメル生態が一年間保持する。王者としての誇りを持ち、カップを無くさないように気をつけよう。

3/17(土) の進歩 悔しい
ベガルタ仙台が東京ベルディ 1969 と 2-2 で引き分けた。2 点先制したというのに追いつかれてしまった。悔しい。
学会のため、あんとしばしお別れだ。私の袖を噛んで名残を惜しむあん、ではなく、とにかく噛んでいるのであった。「今夜は暁子が帰ってくるけれ ど、明後 日からは動物病院にお泊まり。良い子にしているのだよ」と言い聞かせた。
仙台駅で暁子と待ち合わせ、ユアテックスタジアム仙台へと向かった。スタジアムはほぼ満員。しかし完全に満員ではない。とても残念だ。梅原仙台 市長が始 球式をした。審判に軽くパスすればいいものを、審判めがけて全力でシュートを放つという、「わかっていらっしゃる」ぶりであった。なにせ主審が、かの野田 であったのだ。
 試合開始して間もなく、フッキに震撼とさせられることになった。スピードに乗ったドリブルで数人をかわしゴールラインまで切り込んでいく。すごい、止め られない。ベルディ怖いと思った。しかし仙台の選手は、段々と落ち着きを取り戻していった。気づくと、試合を支配するようになっていた。裏への飛び込みが 冴え渡る。そして前半 25 分、梁のクロスに、逆サイドから飛び込んだ菅井がヘッドで流し込んで先制した。流れの中からの見事な得点であった。後半になっ ても流れは変わらなかった。後半 9 分には、中島が技ありのゴールを決めて 2-0!これで勝ったと思った。ところが菅井の怪我で、仙台の集中が切れてしまった。菅井が倒れると田ノ上は、待ってましたと × 印を出した(菅井を嫌いなわけでは ない、たぶん)。しかし菅井は、外に出て治療を受けることも無く、足を引きずったままプレーに戻ってしまった。「菅井大丈夫か?」と浮き足立ったところ に、その菅 井のサイドを破られ失点した。菅井若い。外に出て治療を受けた方が良かった。「その間は 10 人で守る」と、かえって集中できたと思う。この失点で気落ちしたのか、ベルディが試合を支配するようになった。そして後半 38 分、フッキの個人技にやられて しまった。2-2 の同点。完全に気落ちした仙台は、試合の流れを取り戻すことなく終了の笛を聞いた。
 仙台は、チームリーダーが不在だ。菅井が怪我をしたとき、失点したとき、チームを奮い立たせる選手がいたら違った結果になっていただろう。これを良き教 訓とせねばならない。
 一方のベルディは、怖いのはフッキだけであった。他は大したこと無い。名波なんて J2 の選手だ(実際そうなのだが)。しかし、フッキは怖すぎなので、なんとか対策を立てないといけない。やはり、レッドカード作戦か。札幌時代は、退場ばかり していたからなあ。
 今日の結果、すごく悔しいけれど、がっかりする必要は無い。きっちり勝ち点を取ったのだ。ベルディに勝ち点 3 を与えなかったのだ。失点するまでは、試合内容も申し分無かった。修正すべきことは修正し、これからも自信を持って闘っていこう!
3/16(金) の進歩 いよいよホーム開幕戦
いよいよ明日はホーム開幕戦だ。ベガルタ仙台はユアテックスタジアム仙台に、太陽系軍団 = 東京ベルディ 1969 を迎え撃つ。開幕二連勝同士の対戦で、勝った方が首位に立つ。つまり仙台が首位に立つ。
 東京ベルディは、フッキ・ディエゴ・名波・服部・土屋などすごい選手を補強した。J2 の常連としては、フッキ・ディエゴと聞いただけで嫌になるし、名波って誰だっけ?、服部ってあの服部?、土屋は田中を壊したやつだである。しかし、ただで さえ J2 を舐めていただろう所に、5-0 と 3-1 の大勝ちで、金を払っても舐めているだろう(「ただでさえ」の対語)。おまけに監督はラモスだ。自信と勇気を持って闘えば、仙台は必ず勝てる。
 私と暁子は、もちろん明日参戦する。私はその足で、生態学会のために松山へと向かう。試合終了は 16 時頃。泉中央 16:13 初の電車に乗れば、理論上は飛行機に間に合う。勝利の笛と共に、泉中央にダッシュしたい。
 それにしても、仙台空港アクセス鉄道が 3/18 に開業するとは何とも惜しい。明日開業ならもう少し余裕を持って空港に向かえるというのに。客商売というものは土曜日(または金曜日)に華々しく開業する と思っていたが、なぜに日曜日に開業なのか?

「これレポ」の内容紹介を書いた。みなさま、どうぞお読み下さい。そしてどしどしお買い 求め下さい。
というわけで、生態学会(愛媛)のためしばらく不在にする。あんには、病院に四泊もするという衝撃の体験が待っている。あんのことを思うと行く気 を無くすのだが、今朝、お気に入りのセーターに穴を開けられた。よって学会に行く。
 次回更新は 23 日の予定である。東京戦(明日)と福岡戦(21 日;博多の森)の勝利を報告しよう! 愛媛からだと、福岡まで空路で 45 分。その誘惑(21 日に博多の森へ)を抑えることが出来るのか?

3/15(木) の進歩 論文返送
ようやくにして、逃避していた論文の改訂を終え返送した。「これレポ」の執筆と新築打ち合わせを優先したため、50 日くらい放置してしまった。おそらく、これまで私が書いてきた論文の中で、返送遅延最長記録であろう。昔は、論文が返ってきたら、全てを投げ打って改訂に 没頭した。時代も変わったものだ。時代がか?これで、心にのしかかっていた重荷が一つ取れ、晴れ晴れした気持ちになった。 すっかりアクセプトされた気になっているが、一転リジェクトになったら目も当てられないことであろう。

今週の土曜日は、東京ヴェルディ 1969 との首位決戦である。左サイドバックとして先発出場が濃厚な田ノ上が、恩人ラモスとの対決に燃えているらしい(サンスポよ り)。田ノ上が柏レイソルに在籍していたとき、ラモスは柏のコーチだった。戦力外通告を受けた田ノ上に対しラモスが、「あきらめないでやれ」と励ましたの だという。

「(あのとき)ラモスさんの言葉を聞いて、あきらめないでやろうと強く思った」

そして田ノ上は今季、実に三年ぶりの公式戦出場を果たした。ラモスの言葉を胸に秘め、必死に努力をしたのであろう。「あきらめないでやれ」と言われ「あき らめないでやろう」と思うとは、そのままというか、ひねりが無いというか、素直なお方と思う。
生態学会で発表するみっちーのポスターにコメントした。モデルの説明が鍵と思う。説明者がいなくても、ポスターを見ただけで理解できるようにしよ うね。
3/14(水) の進歩 今日も、どこかで NHK
NHK はこのところ、「今日も、どこかで NHK」という小番組を流している。数字を鍵に、NHK が誠実に仕事に打ち込んでいることを訴えているのだ。たとえば「91 %」。これは、公共放送の意義として「緊急時災害放送」と答えた人の割合だそうだ。そして、正確かつ速やかに緊急時災害放送を流すことに取り組んでいる NHK 職員の姿が映し出される。真摯に努力している姿勢が伝わってくる場面だ。やがて、サイモンとガーファンクルの名曲「ボクサー」が流れ出す。そして、余韻を 残して小番組は終わる。見終えると素直に、 NHK の職員は私たちが知らない所で頑張っているんだと思う。ただしこの曲(ボクサー)、この後に、「嘘嘘嘘、嘘嘘嘘(lie la lie, lie la lie lie lie la lie)」と続くのである。

ようやくにして、論文の改訂に着手した。こんなコメントに答える必要あるのかというものばかりだ。少なくとも、論文を改「良」しているという感覚 はない。そのせいか、隙あらば逃避している。「これレポ」の刊行情報を書き足したりとか。
高知空港で、ボンバルディア DHC8 Q400 が胴体着陸をした。前輪が出なかったのだ。この機種、非常に故障が多いらしい。来週の松山での生態学会の帰り(松山 --> 伊丹)、同じ機種に乗るのだけれど大丈夫か?

3/13(火) の進歩 「これレポ」刊行情報
論文の改訂から逃避して、「これからレポート・卒論を書く若者のために」の刊行情報を書いた。内 容紹介付きの目次も大公開だ。この、長々とした目次を見ると、私がいかに苦労した かおわかり頂けると思う。その甲斐あって、レポート・卒論の執筆に必要なすべてを書 いてあると自負できるものになっている。五月の連休明けには刊行されるようなので、どうかお忘れなく!
 愛称は、「これレポ」と決まったみたいである。「みたい」というのは、共立出版の宣伝ページに そう書いてあったからだ。「これレポ」が良いかと私も思ってはいたが、発音しにくいことも確かである。「レポ論」の方が発音はしやすい(友 蔵は、「レポ論」と書いていた)。ここは一つ読者の皆様に決めて頂こうと、私自身は、「これからレポート・卒論を書く若者のために」と記し、短縮 名を使うことを避けていた。ちなみに暁子は、「これポ」と呼んでいる。通になったら「これポ」と呼ぼう!
がんちゃんに、「プレゼンテーションの仕方の本も書いて下さい」と言われた。以前、牧にも同じことを言われた。私自身、うっすらと思っていること は確かだ。しかし、「これレポ」の執筆がようやく終わったところである。しばらく羽を伸ばさせて欲しい。それと、竹中さんを差しおいて書くこと は出来ないという思いもある。
昨夕の NHK テレビに、ベガルタ仙台に新加入した田ノ上が生出演していた。かなり軽いお方であった。実際、守備もちょっと軽い。で、田ノ上・永井・シュナイダーの新加 入三人で、牛タン定食を食べに行ったのだそうだ。盛り上がることは無かったが、牛タンはひたすら美味しく頂いたそうである。こーーーして、仙台の選手は自 然と身体能力が高まっていくのであった。
 ちなみに、タンと限定されているわけではないが、牛肉を食べて身体能力を高めるべきという世論が国際的に高まっている模様である(ここ)。牛タン 定食に着目すれば、もっと効果があがるであろう。なんでここまでして、牛タン定食の宣伝に努めるのか。だんだんわからなくなってきた。引く に引けないという感じ。

3/12(月) の進歩 ちの、去る
机の上に、ちのの修論と資料が置いてあった。手紙もあった。勤務先の都合で、早くも仙台を引き払ってしまったのだ。三年間、よく頑張ってくれた。熱心で丁 寧な研究ぶりは、とても印象に残っている。これからは、予備校の教師として飛躍するであろう。凛としたしゃべり方で、学生を惹き付けるに違いない。修論 は、必ず論文にするからね。
卒業生のがんちゃんがセミナーに来てくれた。アカマツの遺伝子流動と繁殖特性の話だ。遺伝子流動のデータを何年間も取れば面白くなると思った。
外は雪だ。ようやくにして、今冬二回目の積雪である。しかし明日は、新居の建て方を始める日である。明日一挙に、基礎の上に壁を据えるはずだ。こ んな雪で大丈夫なのか?
3/11(日) の進歩 快勝
ベガルタ仙台がセレッソ大阪に 2-0 と快勝した。二連勝で二位だ。17 日の、東京ベルディ 1969 との首位決戦に勝てば首位になる!

朝から激しい下痢。胃腸の具合もおかしい。ひょっとして食あたりか?  昨夜、158 円 --> 78 円 --> 38 円と見切られていた舞茸を食べたのだ。取り出してみるといかにも傷んでいた。気にせずに食べたら味も変だった。朝食は摂ったものの昼食は摂る気にならず、 ぐたっとして過ごした。なんか、微妙に気持ち悪い。鹿島アントラーズ対ガンバ大阪の試合を見ながら、両チームとも退場が出て 10 人になった場合は、11 人に戻せばよいのではないかなどと考えていた。

午後四時、我がクラブの試合が始まった。開始早々に、コーナーキックから千葉がヘッドを決めて先制した。気持ちがぐっと楽になった。その後、大阪 に支配される時間もあったものの、仙台は落ち着いて守っていた。白井・木谷のセンターバックは完璧。セカンドボールも積極的に拾い、攻撃に結びつけてい た。鍵と言われていたサイドの攻防も、仙台が完全に制圧していた。萬代の走り込みも良かった。しかし萬代は最後がひ弱い。あそこで強引に決めてこそ「頼れ るストライカー」だ。後半 6 分には、梁のミドルシュートが誰かに当たってコースが変わり、GK の逆をついて二点目となった。その後も仙台は落ち着いて闘い、二連勝を飾った。
 仙台の攻撃はだんだん進化している。それは、得点に見て取れる。

オウンゴール --> PK -->  セットプレー --> 流れの中から。しかし、シュートのコースが変わるという幸運。

だんだん、得点の質が上がっている。次のベルディ戦では、「流れの中からの普通の得点 --> 流れの中からの文句なき得点」と進化するであろう。
祝杯をあげたかったけれど、なんか身体がふらふらする。熱を測ってみたら 37.8 度あった。吃驚。身体の節々は痛いし、ひょっとしてインフルエンザか?

3/10(土) の進歩 山形蔵王へ
山形蔵王にスキーに行った。おそらく、今日が今季最後であろう。今季は二回しかスキーをしなかった。熱って冷めるものだ。
 山頂に登ったけれど、樹氷も終わりかけであった。雪の間に葉が見えて、雪の固まりとは言い難い状態になっていた。スキー場の下の方は、雪がべちゃべちゃ であった。もういいやって感じになって、三時頃に切り上げてしまった。

せっかくだからと、建築現場をまたしても見に行った。山形蔵王からどれくらい時間がかかるのか、来季のために確かめておこうと思ったのだ。一時間 半で到着し、思ったよりも早いと安心した。
 新居は、基礎が完璧に出来上がっていた。ぐるぐる見て回りながら、完成像を想像した。と、西側の側面に、1.5 m ×  0.5 m ほどのコンクリートの台が作られていることに気づいた。なんだこれ?  石油タンクの置き場か?  しかしなんとも無粋だ。なんでこんなしょうもないもを作るのか、積水ハウスにさっそく電話して、取り壊すようにと命じておいた。

3/9(金) の進歩 あん、びびる
昨夜は、博論・修論の提出祝いと「これからレポート・卒論を書く若者のために」の完成祝いで陸女寿司に行った。二次会では、皆を我が家に連れて来た。家の 前に来るとあんの泣き声が聞こえたので、私は急いで室内へと入って行った。あんをケージから出すと、私にひとしきり甘えて喜んだ。そして、玄関へと走って 行った。これは毎回のことで、暁子が帰って来ていないか探しに行くのだ。ところが玄関に、知らない人が四人も立っていて吃驚。「ぎゃんぎゃん」泣きなが ら、しかもおしっこを漏らしながら逃げ戻って来た。その後も、自分のケージ内に入り込んでしまい出て来ようとしない。私の膝に抱えて馴らそうとするも、完 全に萎縮していた。試しにモリナガの膝に乗せてみたら、「ぎゃんっ」と叫んで飛び降り、私の座椅子の上に駆け戻って漏らした。難儀な子だ。じゅりは、知ら ない人が大好きでお客さんに大興奮していたというのに、この違いは何か。
今日は、自分にご褒美で休暇を取った。建築現場を見に行ってみると、基礎がほとんど完成していた。家の輪郭が見えてきた感じである。天気も良かっ たので、新居の周りをゆっくりと散歩した。外構を参考にしようと、いろいろな家の庭を見て回った。どれもこれも似たような感じであった。
3/8(木) の進歩 ついに脱稿
ついについに、「これからレポート・卒論を書く若者のために」の原稿が完成した。昨年の 10/25 に執筆開始して以来四ヶ月半。休日を返上し、昼夜も問わず、寝る間も惜しんで執筆しなかったが、住み替えのための土地探しや建築打ち合わせもそこそこにす ることは全くなく、ようやくにして完成した。長かった。当初は昨年末には完成させるつもりであったのだから、何寝ぼけたこと考えていたかと思う。でも、良 い物が書けた。これだけは自信を持って言える。原稿を読んで下さった、竹中さん・暁子・友蔵のおかげと思う。ほんとうにどうも、ありがとうございました。

思い起こすと、東北大学の一年生を対象に「レポート作成法」の講義を始めたのが 2004 年の秋である。そして、2004/10/21 の進歩に、「これ論」初版 の第 14 刷が出来したことを受けこんなことを書いた。

「ベストセラーになると、どこが違うのかよくわからない二番煎じ的な続 編 を書く人がいる。(中略)しかしご安心あれ、私にはそんな気はな い。(中略)来月、全学の一年生向けに「レポート作成法」という講義を行う。今日から準備を始めたのだけれど、頭作りが大変だ。(中略)ちゃんと自分の考 えをまとめて、「これからレポートを 書く若者のため に」という本でも書くか。

ご存じのように全くのウケ狙いで、こんな本を書く気は皆無であった。2005 年 3 月に行われた菊沢さんの退官記念会の席上で、共立出版の信沢さんに、「レポート本を書く気はありませんか?」と聞かれたときも、あっさり断ってしまった。
 当時、レポート本を書く気が起きなかった理由は二つあった。第一に、何を書いて良いのかわからなかったのである。レポートとはどういう物なのか見当がつ かなかったので、本を書くなどありえなかった。第二に、そしてより大きな理由として、レポート本を書くことの教育的意義がぴんと来なかったことがある。レ ポートなんてしょせん単位を取るために書く物。そんな物の書き方を教える意味があるのかと思っていた。第三に、住み替えるなんて夢にも思っ ていなかったのよ。
 しかし、レポート作成法の講義を重ねる内に考えが変わった。第一の理由は、講義経験を積んだおかげで消えた。書きたいことが貯まってきたのだ。第二の理 由も、自分が考え違いをしていると思うようになった。もしかして、レポートの書き方を教えることは、大学での教育の中でも最大級に重要なことなのではない か。問題を発見する能力、事実・データを分析する能力、問題を解決する能力、わかりやすい文章を書く能力。こうしたことがすべて、レポート執筆にはつまっ ている。そしていずれも、将来どんな職に就くにせよ、身に付けておくべき物である。住み替えを決意したのは執筆を決めた後なので、印税で ローンを払うためでは無いのだ。途中から目の色が変わったことは確かだけれど。
 かくして、レポート本がとうとう出来上がった。本書が、これからレポート・卒論を書く若者ために少しでも役に立つことを願っている。

さ、今夜は、イタポン・モリナガ・みっちー・ちの・かとぅの博論・修論提出祝いに陸女寿司に行ってくる。原稿の脱稿祝いも便乗させて貰おう!
3/7(水) の進歩 脱稿前日
「これからレポート・卒論を書く若者のために」の改訂を一とおりを終えた。明日全体を読み直して脱稿としよう。そして、共立出版に原稿を送るのだ。送った ら今週はもうお休み。スキーに行って、家に籠もって、ベガルタ仙台を応援してやる。
引用の基準は以下の通りとした。

引用が不要のもの:一般的知見
(特定の文献に頼らず知り得ること)
引用が必要なもの:上記以外のすべて
(ある特定の文献のおかげで知り得たこと)

たとえば、「鷲は空高く飛ぶ」と書きたいときに、鷲が空高く飛んでいるさまを記述した文献を探して、それからの引用とする必要があるのか?  「鷲の平均飛翔高度は○○ m である」と書きたいときには引用は必要となるのか?  前者は引用不要で、後者は引用が必要である。鷲が空高く飛ぶことは皆が知っているし、ある特定の文献のおかげで知り得たことでもない。だから、引用無しに 「鷲は空高く飛ぶ」と書けばよい。しかし、鷲の飛翔高度となると話は別である。誰かが調査して報告したからこそ、情報として利用可能になっているのだ。あ る特定の文献のおかげで知り得たことなので、引用が必要である。
 ここでいう「鷲」はもちろん「ベガッ太君」のことだ。ベガルタ仙台のシンボルを猿まねした悪天のプロ野球会社とは一切関係ない。

3/6(火) の進歩 ここに来て
竹中さんから、「これからレポート・卒論を書く若者のために」に対するコメントを頂いた。いつもながら、的確で有り難い。とくに考え込んでしまったのは、 どういう記述には引用が必要なのかということだ。たとえば、「空は青い」と書きたいとする。空の青さを記述した文献を調べ、その文献からの引用とする必要 は無いであろう。空が青いことなど、誰もが知っているからだ。しかし、「空が青く見える理由」となると話は別だ。誰かがその理由を解き明かしたはずなの で、引用が必要となる。では、「2001 年のベガルタ仙台の監督は清水秀彦である」という記述に引用は必要なのか?  私は、引用不要と思う。一方、「ベガルタ仙台の選手は牛タン定食が好きである」という記述には、引用が必要と感じる。かといって、「日本人は刺身が好きで ある」という記述には引用の必要を感じない。結局、「一般的知見かどうか、それとも、誰かが報告したことなのか」のところで線が引けるのか。
とうわけで、ここに来て改訂停滞中だ。今週早々には脱稿したかったけど、ちょっぴり遠のいてしまった。
3/5(月) の進歩 良きプレゼンテーションとは
昨年末、大阪大学で論文の書き方の講演をした(2006.12.22 の進歩参照)。講演に 対するアンケート結果が送られてきたので目を通した。大体において好評で、役に立ったという趣旨の感想が多かった。しかし批判的な感想も少しだけあった。 その中の一つが気になった。

「スライドのコピーさえあれば十分な内容だった」

という物である(私は、講演に使ったスライドの全コピーを配り、それを見ながら説明を聞けるようにしている)。この感想を書いた学生、プレゼンテーション というものを理解していない。スライドのコピーを見て、その講演内容を理解できない プレゼンテーションは失格である。講演では、スライドが主、言葉は副だ。聴衆は、スライドを見て情報を得る。聴衆にとって言葉は、スライド を理解するための道具に過ぎないのだ。スライドに書いていないことを言葉だけで説明しだしては、聴衆は誰も理解してくれないであろう。
 この学生は、「私が、いかにわかりやすいスライドを作っているか」に感心するべきである。

友蔵が、「これからレポート・卒論を書く若者のために」へのコメントを送ってくれた。さっそく改訂。「説得力のある主張とは」の説明を改訂しない とけいない。でも、どう改訂するか。悩む。

3/4(日) の進歩 床屋激戦区
新居の建築現場を見に行った。基礎を養生中で、家の大きさが実感できた。庭が広くて嬉しい。
 新居の周りも調査した。歩いて数分の所に、ちょっとした商店街がある。スーパー一軒、郵便局一軒、学習塾一軒、不動産会社一軒、電気屋一軒、紅茶喫茶一 軒、食堂一軒、コインランドリー一軒、空手道場一軒、美容院一軒、床屋三軒。 なんと、50 m ほどの距離内に床屋が三軒もある。他に必要な店があるだろうに、床屋に対するこの過剰投資は何ゆえか。

太陽系軍団(と私が呼んでいる)東京ベルディ 1969 がザスパ草津に 5-0 と圧勝した。いくら、昨年最下位の草津相手とはいえ ………。さらには、アビスパ福岡もサガン鳥栖に 5-0 だ。あの鳥栖をちんちんにするなんて。よそ様強い。昨日からの爽快気分が消えてしまった。

確定申告をした。「これ論」の印税、こんなに頂戴していたのか。地道に預金しておけば、新築予算の足しになったろうに。でも、新築を思い立ったの は去年の 12 月だからしかたないか。こっちの方が問題という気もするが。
3/3(土) の進歩 新生の予感
ベガルタ仙台が湘南ベルマーレに 2-1 で勝った。新しいチームに生まれ変わりつつあることを予感させる試合であった。
 試合は午後から。午前中は、掃除をしたり床屋に行ったりして過ごした。イオンスーパーセンターにある床屋、「速い、安い、待たせません」と看板にあっ た。しかし 20 分待たされた。看板に偽りありだ。
 帰宅して CS で観戦した。3000 人も仙台サポがスタンドの半分を埋め尽くしていた。現地に参じている暁子は、アウェイスタンドに入りきれず、メインスタンドに回されたという。ユアテック スタジアム仙台で行われているパブリックビューイングには 1800 人が参集したらしい。正直、ほっとした。今年に入って仙台のマスコミは、悪天のプロ野球会社へのヘイコラ度を強めたように感じていた。しかし、惑わされて いるのはマスコミだけと確認できた。
 試合開始。立ち上がりから、仙台が試合を一方的に支配した。去年までのサッカー(ブラジル人三人で攻めて、日本人は守る)とまるで違う。1 タッチで次々とパスを繋ぎ、湘南守備陣を崩す。ボールを奪われると、皆が一斉に守備体制に入る。そして組織的に追い回してボールを奪取。サイドチェンジも 頻繁に行い、湘南を左右に揺さぶっていた。去年は、サイドチェンジのパスはほとんど無かったというのにね。ところが前半 5 分、湘南のアジエルにドリブル突破を許し、「あれっ?」って感じで失点をしてしまった。しかし仙台は慌てなかった。ボールも人も動くサッカーで試合を支配 し続ける。そして前半 34 分。梁のフリーキックが、湘南守備陣の後頭部に当たって跳ね返り、なんかぼよーーんとしてゴールに入った。オウンゴールで同点だ。後半 10 分には、ロペスからのロングボールに走り込んだ中島が、ペナルティエリア内で斉藤に倒され PK を得た。ちゃんとボールに行っていて反則ではなかっただけに儲けた。これを中島がしっかり決めて逆転した。その後、前がかりになった湘南に攻め込まれる時 間帯も出たけれど、落ち着いて守りきって 2-1 で勝利した。終わってみると、失点の場面以外は危ない場面は一度も無かった。
 新生仙台。ボールも人も動くサッカーをしかと見た。これに磨きをかければ敵無しだ。新加入のボランチであるジョニウソンも素晴らしかった。まさに守備の 職人で、中盤を動き回ってボールを奪いまくっていた。左サイドバック田ノ上の技巧も良かった。
 しかし不安も残った。何と言っても、決定力の無さが最大の問題だ。シュートへ持ち込む一つ前の所でミスをしてしまったり、シュートすべき所を繋いでし まったり。せっかくシュートに持ち込んでも、焦ってしまって決めることができない。2-3 点は取れたと思うのに。もう一つの不安点はロペスの守備。ロペスも守備をするようになったのかと半信半疑だったのだけれど、やはり「擬」の方が正しかっ た。失点の場面も、千葉がボールを奪われた時に、すぐ側にロペスがいた。ロペスがすぐに守備に入れば失点を防げたであろう。しかしロペスは、千葉のミスに 「なんだようっ」って態度で動きを止めてしまった。去年同様、ロペスは諸刃の剣となってしまうのか。

あんを散歩させた後、浦和レッズ対横浜 FC の試合を見た。王者浦和に横浜がどう立ち向かうのか。横浜 FC には悪いが、「J1 のクラブ」というより「J2 代表のクラブ」という一体感を抱いてしまうのであった。他の昇格クラブ(神戸・柏)にはそういう一体感は抱かないのに。
 試合は、横浜が良く健闘した。久保のひょっとこダンスも良かった。一方の浦和は、まだまだという感じであった。

夜は、仙台勝利の祝杯をあげながら、ガンバ大阪対大宮アルディージャの試合を楽しんだ。わけがわからないなりに決勝ゴールを決めてしまうバレー。 一昨年、バロンではなくバレーを取っていたらどうなっていたかと、今さらながら思うのであった。注;どちらを取るか迷った末、仙台はバロンを取った。そし て 昇格失敗。バレーを取った甲府は、バレーの大活躍で昇格した。
3/2(金) の進歩 いよいよ開幕
いよいよ明日、J リーグが開幕する。生きた心地のしない 9 ヶ月が始まるわけだ。今年こそは何としても、J 1 昇格を決めて欲しい。「これからレポート・卒論を書く若者のために」でも、「ベガルタ仙台は強い」という架空のレポート・卒論の例をたくさん出したことだ し、実際に強くなって貰わないと困るのだ。仙台が J1 にいたことを知らない世代が大学に入ってきたらどうするんだ!
 昇格候補の筆頭は、常識的には東京ベルディ 1969 であろう。豊富な資金で名波・服部などの強力補強をし、太陽系軍団と呼ばれている(私に)。しかし監督がラモスであることが幸いだ。選 手は揃っていても監督が駄目では、ドイツワールドカップの日本代表である。降格組のセレッソ大阪も同じだ。何を考えて都並を監督に呼んだのか。やってみな いとわからないことも確かであるが、監督として、仙台では失敗して大阪で成功することなど許されない。
 一方、我がクラブには大いに期待している。「人もボールも動くサッカー」「全員で闘うサッカー」「ブラジル人に頼らないサッカー」で、まさに理想の姿に 近づきつつあるようなのだ。オシム日本のサッカーを彷彿とさせる。実際、J1 の広島と大分との練習試合では、内容で上回ったそうだ。決定力不足は問題らしく、そこまでオシム日本に似る必要があるのかと言いたい。
 とは言っても、エース FW として期待されている新加入のウィリアン。萬代・中島にポジションを奪われ、開幕戦での控えは確実。この期に及んで、「あと一ヶ月も練習すれば日本のサッ カーに慣れる」と言っていた。何のための助っ人か。

月初めの談話会があった。モリナガ・ちの・かとぅにとっては最後の談話会であった。長い間、ともに頑張ってくれて嬉しい。一方、新卒研生の今井さ ん(中静研)が早くも登場してくれた。これから、ともに頑張っていこう!
暁子のコメントに従って、「これからレポート・卒論を書く若者のために」を改訂した。文献の記述をそのまま引用するときには、一字一句正確に引用 しなくてはいけない。引用文献の方に誤字脱字がある場合は、そのまま引用して「ママ」と書く。たとえば、「萬代がシュト(ママ)を決めた」と引用する。そ の説明をこう書いた(太字はこの日記での強調)。

引用文献の方に誤字脱字がある場合もそのまま紹介する。そして、誤字脱字部分の後ろに「(ママ)」と書き加える(「アホ」ではなく「ママ」である)。

「『アホ』じゃないよ、うぷっ」とウケていたのだが、通じなかったみたい。がーーーん。

3/1(木) の進歩 最適放置時間
「これからレポート・卒論を書く若者のために」の仕上げにかかっている。随分前に書いた部分を改めて見直すと、頭が冷静になっていて問題点が見えてくる。 だから、書き上げた原稿を意識的に放置しておくことが大切である。と、「これ論」にも書いた。しかし今回、前に書いた部分を見直しながら、「もういいや」という吹っ切れた気持ちになっている自分を見いだすのであった。 直す気が起こらない。あんまり放置しすぎると、「冷静な気持ち」ではなく「清々した気持ち」になるのか。

卒業研究発表。ひじり・ぶっちー・こじこじに加え、川渡の今治さんが発表して下さった。レベルが高かった。みんな、お疲れ様でした。
生態学会発表用のファイルを大会事務局に送った。3/2 の 17:00 締め切りで、「 期限までに発表用ファイルが登録されない場合には、 発表できません」(こ こ)と、恐ろしいことが書いてある。みんな忘れずに登録しよう。しかし、期限に間に合わない人がたくさん出て、講演取り消しが続出するのではない か。