高度プロフェッショナル制度の創設等が含まれた労働基準法の改正案(「平成27年4月の労働基準法改正案について」で詳述)はずっと棚晒しのままになっていました。そのうちに同一労働同一賃金(「不安な同一労働同一賃金のゆくえ」、「同一労働同一賃金のその後」)や時間外労働の上限規制(「時間外労働の規制はどうなるか」)の問題が出てくることになります。厚生労働省はこれらをみんな一括し関連法案も含め「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律案」として国会に提出し成立させることを目論んでいるようです。
昨年9月15日の労働政策審議会労働条件分科会で法案に対する答申がまとめられました。その後衆議院解散があり未だ提出されていませんが、次期通常国会に提出してくるものと思われます。
まだ提出されておりませんので法案そのものの検証はできませんが、法案要綱の内容を紹介したいと思います。
目次
平成27年の労働基準法改正案の内容についてはその後の批判や連合とのやり取りを反映させて若干改正されたものになっています。それに労働時間の上限規制に関する規定を追加したものになっています。
その他に、高度プロフェッショナル制度の創設、企画業務型裁量労働制の拡大に対する健康管理措置の追加等を盛り込んだ労働安全衛生法の改正、同一労働同一賃金ガイドラインに対応した労働者派遣法、パートタイム労働法の改正、「平成27年4月の労働基準法改正案について」で説明した労働時間等の設定の改善に関する特別措置法の改正、"生活との調和"、"労働時間の短縮"、"均衡のとれた対応"、"労働生産性の向上"、"多様な就業形態の普及"等の言葉を盛り込んだ雇用対策法の改正(法律の題名も「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律」に変わります)からなります。
実際の運用においては、法律、厚生労働省令(施行規則)、指針(告示か)の3段階で規制するという考え方で、法案概要には注として、厚生労働省令で定めるべきこと、指針に定めるべきことも含まれています。
平成27年4月の労働基準法改正案に対する変更点について説明します。労働政策審議会労働条件分科会の資料に対照表があります。以下では「平成27年4月の労働基準法改正案について」も参照ください。
当初案の「事業の運営に関する事項について繰り返し、企画、立案、調査及び分析を行い、かつ、これらの 成果を活用し、当該事項の実施を管理するとともにその実施状況の評価を行う業務」では現場に近い人間も含まれる印象がありますが一応次のように変わっています。
事業の運営に関する事項について繰り返し、企画、立案、調査及び分析を主として行うとともに、これらの成果を活用し、当該事業の運営に関する事項の実施状況の把握及び評価を行う業務
「かつ」という並列列記にも取られかねない書き方を止めることで「事業の運営に関する事項について繰り返し、企画、立案、調査及び分析を主として行う」業務であると明確になったように思います。一方で従来の対象である「事業の運営に関する事項についての企画、立案、調査及び分析の業務」と実際に何が違うのかこれだけでは良く分かりません。どういうことかを平成27年の労働政策審議会の建議や当時の労働条件分科会の議論で調べてみると次のようなことらしいです。
従来の「事業の運営に関する事項についての企画、立案、調査及び分析の業務」は告示「労働基準法第38条の4第1項の規定により同項第1号の業務に従事する労働者の適正な労働条件の確保を図るための指針」(平11労働省告示149号、平15厚労省告示353号で改正)等において、実際には事業計画や営業計画に携わる社員に限られています。これに対し今回拡大しようとしているのは、品質管理、生産ライン改善、労働時間改善、安全計画等、それ以外の企画、立案、調査及び分析まで拡大しようということだと分かります。つまり現場に近い部門まで拡大しようということ、またそのような拡大が必要である理由が不明(乃至胡散臭い)という点で本質は変わっていないことが分かります。
もう一つの適用拡大であり、法人に対する提案営業が何でも含まれてしまうのではないかと見えた「法人である顧客の事業の運営に関する事項についての企画、立案、調査及び分析を行い、かつ、 これらの成果を活用した商品の販売又は役務の提供に係る当該顧客との契約の締結の勧誘又は締結 を行う業務」に関しては次のように変わりました
法人である顧客の事業の運営に関する事項についての企画、立案、調査及び分析を主として行う とともに、これらの成果を活用し、当該顧客に対して販売又は提供する商品又は役務を専ら当該顧 客のために開発し、当該顧客に提案する業務(主として商品の販売又は役務の提供を行う事業場に おいて当該業務を行う場合を除く。)
すなわち「顧客の事業の運営に関する事項についての企画、立案、調査及び分析を主として行う」こと「開発」が要件であることとされ、販売部門には適用されないと限定されました。現場の営業活動が何でもかんでも含まれかねない危険は減りはしましたが、対象になるのは現場の営業活動であることは変わりなく、現場である以上、また顧客対応であることから、自分の裁量で労働時間を管理できることが前提となっている裁量労働制になじむのか強く疑問があります。
その他企画業務型裁量労働制の拡大については次のような内容が付け加えられました。
高度プロフェッショナル制度については大筋は変更ありませんが、例の連合との間のすったもんだの結果でしょうか、 健康確保措置に対する追加が行われています。
しかし、その他の追加の健康確保措置は、勤務インターバル制、健康管理時間の制限、追加の2週間以上の休日、要件を満たした場合の健康診断の中からの選択制になっています。
その他、労働安全衛生法で、週40時間を超える時間がひと月100時間を超える高度プロフェッショナル制度の対象労働者に対しては、医師による面接指導を行わなければならないことが規定されます。
フレックスタイム制の清算期間の上限を3か月にすること。年次有給休暇のうち5日間は使用者に時季指定の義務を課すこと。中小事業主に対する60時間超え残業に対する5割以上の割増賃金率の適用猶予を廃止することに関しては変更ありません。また「労働時間等の設定の改善に関する特別措置法」の改正についても変更ありません。
労働政策審議会の報告(建議)の内容を反映したものですので、詳細な内容については「時間外労働の規制はどうなるか」を参照ください。ここでは法案の立てつけのみ説明します。
なお新たな技術、商品又は役務の研究開発に係る業務に携わる労働者に対する面接指導が労働安全衛生法で定められます。
同一労働同一賃金の観点から労働者派遣法の改正が提案されます。主な内容は以下の通りです。
同一労働同一賃金の観点からパートタイム労働法を短時間労働者だけでなく有期契約労働者も対象とするようにし、法律の題名も「短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律」に変更することが提案されています。有期契約労働者にも短時間労働者同様に、通常の労働者と同一視すべき労働者に対しては賃金等の待遇について差別的取り扱いをしてはならないこと等が事業主に課されます。また短時間労働者、有期契約労働者に対し通常の労働者と比較し賃金等の待遇について不合理な差を設けてはならないことが義務化されます。
これに伴い労働契約法で(期間の定めがあることによる不合理な労働条件の禁止)を定めた20条が削除されます。
労働安全衛生法の産業医の機能強化と事業主の労働者の心身の情報に関する情報の収集・管理の義務が提案されています。以下の義務が事業主に課されます。
以上について具体的な内容や方法については厚生労働省令や指針で定めることにされています。
高度プロフェッショナル制度、企画業務型裁量労働の拡大について、「平成27年4月の労働基準法改正案について」で述べた問題点については多少の改善があるものの本質的には変わっていません。何よりもこのような改正をする労働者側のメリットが全く分かりません。労働条件分科会の議論を見ても、厚労省側、使用者代表委員の賛成意見は、国会での政府答弁同様血が通っていず、スローガン的で空虚です。現実に何が起きるかに対する想像力が欠如しているか、改正に裏の理由があり、想像するつもりがないとしか思えません。それに対し労働者側委員の反対意見はほとんどが説得力を持ちます。
しかし、最大の問題はこのような問題のある改正内容が、誰も反対しにくい労働時間の上限規制や、旬な話題である同一労働同一賃金関係の規定と抱き合わせで、「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律」などというめくらまし的な名前を付けられて提案されることでしょう。厚労省は今まで棚晒しになっていた問題のある改正を、ごまかしで成立させてしまおうと目論んでいると思われても仕方ありません。
この点について、労働条件分科会で充分議論が戦わされてはいません。労働側委員は高度プロフェッショナル制度、企画業務型裁量労働の拡大に対し反対の意見を述べることに終始しました。その結果、それらに反対だという政策論であって法案の形式の問題ではないということで公益代表委員である分科会長にくくられてしまいました。
そもそも反対なのだからということで原則論としてはそうなってしまうのかもわかりませんが、まとめて提案されたときの現実的な問題を強く認識して、国会で分離して審議される必要性をもっと強く訴えるべきであったと思います。
不適切データ問題で、企画業務型裁量労働制の部分が削除されたうえで、働き方改革関連法は平成30年6月29日に成立しました。主な部分は平成31年4月1日から施行されます。実際に成立した法律の労働時間規制の部分について、「働き方改革法の複雑な労働時間規制」で解説しました。
初稿 | 2017/12/16 |
補足追加 | 2019/2/15 |