同一労働同一賃金のその後
〜政府のガイドライン案等について

安倍政権が目玉政策の一つとして掲げている同一労働同一賃金については「不安な同一労働同一賃金のゆくえ〜一億総活躍国民会議って何?」で、内容や疑問点、不安について書きました。本稿ではその後の動き、特に政府が公表した「同一労働同一賃金ガイドライン案」を紹介したいと思います。

目次

  1. 同一労働同一賃金の実現に向けた検討会
  2. 同一労働同一賃金ガイドライン案について
  3. おわりに

補足1:何故内容がこんなにお粗末なのか

補足2:パートタイム労働法、労働者派遣法の改正案

1.同一労働同一賃金の実現に向けた検討会

厚労省が開催している同一労働同一賃金の実現に向けた検討会中間報告を発表しました。 中間報告であり、内容もあまり無いのですが、簡単に箇条書きで主旨を紹介しておきます。

中間報告と言うこともあるかもわかりませんが、混乱している印象を受けます。例えば「職務分離」を避けるべきものとしていますが、ベテランの正社員に難しい仕事をさせ、期間契約やパート職員に誰でもできるような仕事をさせて、その結果賃金が違うのは「同一労働同一賃金」の趣旨に反しないはずです。そのように労働を整理していくことは前の方にある「賃金決定のルールや基準を明確にし、職務や能力と待遇との関係性を明らかにして」いくことの当然の結果であろうと思いますし、同一労働同一賃金の先進国として紹介されているドイツ・フランスの、「特定の「職務」(ポスト)に対して採用等を行い、賃金決定方法においても、「職務給」が雇用形態にかかわらず適用される例が多い」というのはそういうことでしょう。どうも現在の正規労働者、非正規労働者の職務が入り混じった状態は保存しておくことが前提という考え方があるようです。それは同一労働同一賃金を進めていくことと矛盾している可能性が多いにあります。

もともとの目的は非正規労働者の待遇改善をすることなのでしょう。その目的と「同一労働同一賃金」との関係をまず良く検討すべきです。必要とされているのは一般的な「同一労働同一賃金」なのではなく、単に不合理な賃金差を無くすことでしかなく相当限定的な「同一労働同一賃金」なのだと思います。そこの整理が必要です。さらに言えば、そもそも不合理な賃金差を無くすことが非正規労働者の待遇問題を解決するのかという問題も一緒に検討するような検討会であってほしいと思います。

また結論めいたものとして述べられている「正規・非正規という呼称格差を改め、すべて様々な雇用期間や労働時間の社員という考え方に整理されていく必要がある」というのも天下り的で唐突感があります。不合理な賃金差を改めたとしても、雇用期間や労働時間と職務その他の合理的待遇差とは相関があると考えられ、正規・非正規という代わりに例えば総合職・一般職という分類に改められるだけでしょう。そして一般職は主にパートや期間契約であるということになります。「「非正規」をなくす」などという政治家のむなしいスローガンを検討会が使用してはいけないと思います。

2.同一労働同一賃金ガイドライン案について

12月20日に「働き方改革実現会議」第5回において「同一労働同一賃金ガイドライン案」というのが提示されています。議事録はまだ公開されていないので、これが誰が作りどういう経緯を経て提示され、またどのような効果を持つのか良く分かりません。厚労省の同一労働同一賃金特集ページでは、「現時点では「案」であり、今後、関係者の意見や改正法案についての国会審議を踏まえて、最終的に確定され、これから検討される改正法案の施行時期に合わせて施行される予定です。」となっていますので、少なくとも今すぐどうこういうことではなく、この内容に沿って労働契約法、パートタイム労働法、派遣法等の改正、それに伴う政令、省令、告示、通達が今後整理されていくということのようです。

「不安な同一労働同一賃金のゆくえ〜一億総活躍国民会議って何?」において、同一労働同一賃金について次の2つの問題点を上げました。

今回のガイドラインは至極穏当なもので(2)の心配はあまり感じさせないものです。一方で、現状に対する小規模な改革にしか見えず、こんなもので富の格差の改善が進むのかと(1)の疑問を強く感じます。また如何にも大急ぎで作ったような未整理で内容不十分な印象も受けます。

ガイドラインの概要

まず「前文」というのがあり、正規と非正規の不合理な待遇差の解消を目指すもので、何が不合理なものであり何がそうでないかを示したものであるとされています。次に有期労働者及びパートタイム労働者について(1)基本給(2)手当(3)福利厚生(4)その他に分けて考え方と一部具体例が示されています。その後派遣労働者について述べられていますがこちら派遣元事業者に対し、派遣労働者の派遣先労働者との同一の待遇や事情の相違に応じた待遇を義務付けているだけの簡単なものです。

(1)基本給

基本給の支払い方法を

に分けて、それぞれについて、同じであれば同一の支給を、相違があれば相違に応じた支給をすることを繰り返しているだけで、正直内容が無いように見えます。

実例においては、職業経験・能力に応じた支給に関しては、職業能力に差がある場合だけではなく、管理職へのキャリアコースの一環として従事している社員や、職務内容や勤務地に変更がある社員に高給を払うのは問題ないとされています。また、業績・成果による部分については目標未達に対しペナルティを課される社員に高額給を払うことは問題ないとされています。

不合理な差別とされているのは、職業経験・能力に応じた支給に関して現在の業務に関連が無い職業経験を理由として高額給を払う場合、業績・成果による部分についてパートタイム労働者にフルタイム労働者と同じ目標を課してそれに届かなければフルタイム労働者に支給しているインセンティブを支給しない場合、勤続年数による支給に関し、勤続年数を通算せず現在の雇用契約期間のみで算定している場合、だけです。これらの具体例は重要であるがもっと多く示さなければガイドラインとしては役に立たないと思われます。

定年後の継続雇用時に退職金や年金、雇用継続給付を考慮した給与減額が許容されるかについてはペンディングとされてます。

(2)手当

基本給については常識的な考え方とガイドラインとしては不十分な数の具体例で特徴づけられるとすると、手当についてはあまり考えていないやっつけ仕事のような印象を受けます。

手当として取り上げているのは賞与、役職手当、特殊作業手当、特殊勤務手当、精皆勤手当、時間外手当、深夜・休日手当、通勤手当・出張旅費、食費補助、単身赴任手当、地域手当です。

まずどういう基準でこれらが選択されているのか分かりません。扶養手当や住宅手当等他の「手当」はどうなるのか。また給与体系の一部とみなされる賞与や役職手当、勤務内容に対して支給される特殊作業手当や特殊勤務手当、単身赴任手当、インセンティブである精皆勤手当、労基法上の定めである時間外手当・休出手当・深夜手当。などを一緒にして「手当」としてしまっているのに困惑します。

賞与の業績貢献部分、役職手当、特殊作業手当、精皆勤手当、通勤手当、食費補助、単身赴任手当、地域手当 については同じ条件であれば、同一の支給、相違があれば相違に応じた支給をすべきとされています。

実例において、賞与を無期雇用フルタイム労働者全員に支給しているのにパートに支給しないのはだめとされています。これはことによるとガイドラインの中で一番重要な項目の一つかもわかりません。

役職手当を労働時間に比例させること、時間限定のパートや地域限定のパートで基本給の設定において特殊勤務時間や地域の物価が考慮されている場合特殊勤務手当や地域手当を支給しないこと、勤務日数に応じて通勤手当の支給形態を変える事、食事時間にかからないパートに食費補助をしないことは問題ないとされてます。これは常識的に受け入れ可能ですが、無期フルタイムのみ欠勤についてマイナス査定を行いパートには行っていない場合、パートへの精皆勤手当を支給しなくてもよいとなっているのはどういう意味か分かりません。

特に理解不能なのは、時間外手当、休日手当、深夜手当についてであり、例えば時間外手当については次のようになっています。具体例は上げられていません。

無期雇用フルタイム労働者の所定労働時間を超えて同一の時間外労働を行った有期雇用労働者又はパートタイム労働者には、無期雇用フルタイム労働者の所定労働時間を超えた時間につき、同一の割増率等で支給をしなければならない。

これを明確に理解できる人はいるのでしょうか。正規社員の一日の所定労働時間が7時間で、7時間を超えた場合に時間外割増手当を出すという法定以上の時間外手当支給を定めている職場で、本来の一日所定労働時間が5時間のパートが8時間働いた場合、1時間については正規社員と同様の割増手当を払わなければならないということなのでしょうか。その場合法定時間外労働に法定の割増率でしか手当てを支給していない事業所には関係ないということになります。

休日・深夜手当の具体例の説明はもっと分かりません。問題になる例として以下が上げられています。

B社においては、無期雇用フルタイム労働者であるXと同じ時間、深夜・休日労働を行ったパートタイム労働者であるYに、勤務時間が短いことから、深夜・休日労働手当の単価もフルタイム労働者より低くしている。

そもそも月給から算出されるフルタイム労働者の賃金単価と契約で決められるパートタイム労働者の賃金単価は異なり「深夜・休日労働手当の単価もフルタイム労働者より低くしている」ことが許されないというのは変です。賃金単価ではなく割増率の誤りだとしても「勤務時間が短い」パートが労働日数も少ないとすると、休日労働と言うのが何を指すのか疑問です。法定休日の労働だとすると休日割増を支給しなければならないのは労基法ですでに決められています。法定以上の割増率を定めている場合に関する規定なのでしょうか。もし所定休日に出勤した場合は法定内でも休日割増を支給するという正社員に対する規程の職場で、例えば週3日のパートが4日出勤した場合は1日分正社員と同じ休出割増を支給せよということなら、妥当性のない変なルールと思われます。

これらの記述は労働基準法を理解している人間が書いているのかとさえ疑われます。少なくとも内容や記述を十分考えているようにはとても思えません。「やっつけ仕事」と言及した理由です。

(3)福利厚生

施設利用、転勤者用社宅については同一の支給要件で同一の利用を認めなければならないとされています。

慶弔休暇、健康診断の勤務内や給与支払いについて同一でなければならないとされています。具体例として短日勤務のパートの場合に勤務日の振替で対応できるときは慶弔休暇は不要とされています。

休職制度は同一の付与をしなければならないとされています。実例では契約期間の終了までで良いとしています。

勤続期間に応じた法定外年休や休暇は同一の付与をしなければならないとされています。具体例では、リフレッシュ休暇の日数を労働時間に比例して付与することは問題ないとされています。

手当同様に、福利厚生として何故この項目が選ばれているのか分かりません。例えば育児や介護の制度はどうなのか、祝金や見舞金はどうなのでしょうか。また転勤用社宅は手当の欄ではないかとか休職制度は福利厚生というよりもっと基本的な労働条件ではないか分類も疑問です。

(4)その他

その他として、現在の職務に必要な技能・知識を習得するための教育訓練は同一の実施をしなければならないことと、安全管理に関する措置・給付は同一の支給をしなければならないという2項目が上げられています(具体例無)。前者はともかく安全管理に関しては正社員、パートに関わらず労働安全衛生法や諸規定を順守しなければならないわけで、なんでここで取り上げなければならないか奇異な感じを受けます。教育について「現在の職務に必要な技能・知識を習得するための教育訓練」というのはイメージは浮かぶものの、もっときちんと具体的に説明しなければ幾らでも拡大解釈が可能になってしまう気がします。

3.おわりに

文中、個々に指摘しましたが、必要な項目が網羅されているとは思えない。項目の整理や説明内容が不十分。具体例があまりにも不足しておりガイドラインとして役に立たない。以上の印象です。厚生労働省が発行したこの種の文書としては珍しくお粗末なものと言えます。

おそらく、急がせる強い圧力がかかり、相当無理に作成したのではないでしょうか。

非正規労働者の待遇改善という目的と同一労働同一賃金の目指すものは必ずしも一致しません。生み出される結果も異なるものとなりかねません。賃金格差の縮小という本来の目的を目指すべきです。「同一労働同一賃金」や「非正規を無くす」というスローガンを政治的な目的で連呼し、強引に進めてしょうもない結果を生むような”リーダーシップ”は堪忍して欲しいと思います。

補足1:何故内容がこんなにお粗末なのか

「おわりに」の章で"厚生労働省が発行したこの種の文書としては珍しくお粗末なものと言えます"と書いたのですが、なぜお粗末なのかについて情報がありました。実は厚生労働省が作成したものではなく、安倍首相のブレーンの経済産業省系の(元?)官僚が作ったものらしいということです。労働法令、労働行政に関しての全くの素人が作ったものということになります。厚生労働省には最後まで全く内容が知らされなかったとのこと。現在厚生労働省の役人は何ていい加減なものを出したんだと今後の処置に頭を抱えていることでしょう。

補足2:パートタイム労働法、労働者派遣法の改正案

同一労働同一賃金に対応した、パートタイム労働法、労働者派遣法の改正案が準備されています。平成30年の国会に提出されるものと思われます。詳細は「平成30年国会提出予定の労働基準法等の改正案」をご覧ください。

初稿2017/1/18
補足追加2017/10/23
補足2追加2017/12/22