不安な同一労働同一賃金のゆくえ
〜一億総活躍国民会議って何?

昨年10月から一億総活躍国民会議なる妙な名前の会議が始まっています。その会議で取り上げられている議題の中で、「同一労働同一賃金」について考えてみたいと思います。

目次

  1. 一億総活躍国民会議って何
  2. 同一労働同一賃金とは
  3. 非正規労働の実態はどうか
  4. 非正規労働者は何故賃金が低いか
  5. 一億総活躍国民会議での議論の内容
  6. 同一労働同一賃金の問題点
  7. 一億総活躍国民会議への不安

補足:その後の動き

1.一億総活躍国民会議って何

一億総活躍国民会議という名前は何とも奇妙な名前であるだけでなく、ある世代以前の人には嫌悪感をも抱かせるものだと思います(進め一億火の玉だ、一億玉砕、一億総懺悔)。それ以降の世代である私にも、活躍したいかしたくないかは個人の自由の領域であり、政府に活躍せよなどといわれるのは大変不愉快と感じます。現在の自民党の中枢がそのような用語を平気で使う人たちで占められており、おそらく党の中には居る良識派にもそれを正す力がまるでないのでしょう。本稿では名前の変さにはとりあえず目をつむり、この会議の内容について調べてみたいと思います。

会議は官邸主催で行われており議長が安倍首相、副議長が加藤一億総活躍担当大臣、その他の構成員は、11名の閣僚と、有識者として大学の先生やら、榊原経団連会長やら、タレントの菊池桃子氏やら15名のいろんな分野の方々です。平成27年10月から開催されおおよそ月一回ペースで今年4月までに7回開催されています。会議の資料と議事要旨は官邸のホームページで公開されています。

何が目的とされるのか配布資料や議事要旨を覗いてみると、新3本の矢とやらに結びつけた説明が煩わしいですが、結局は次のことのように思えます。

どれも大変なテーマで、こんな大雑把な構成の会議で何ができるのか大いに疑問です。個別のテーマごとに社会保障審議会の下に専門部会を設けて期限を切って報告を作るような形が良いのではないかと思います。そうすると官邸の意向に反する結果になるのでいやだというなら、せめてテーマごとにこの会議に下にワーキンググループを設けて、専門家によるきめの細かい検討が必要なのではないのでしょうか。

この会議自体を批判するのは本稿の目的ではありません。また批判するだけの材料もまだありません。正直あまり興味もありません。この中で「同一労働同一賃金」について、成り行きによっては危ないものになりかねないと考えており、以降はそれについて検討したいと思います。

2.同一労働同一賃金とは

平成27年の賃金構造基本統計調査が発表されています。これによると雇用形態別の賃金平均は、正社員が321.1千円であるのに対し、正社員以外は205.1千円です。非正規社員の正規社員に対する給与は63.9%であり、前年の63%と比べると若干小さくなったもののまだまだ格差は大きいと言えます。一方、総務省統計局の労働力調査によると非正規労働者の雇用者全体に占める割合は平成26年度では37.4%、平成27年度37.5%であり依然として増加傾向です。この40%近い非正規労働者が低所得であることが、少子化や子の貧困等社会のひずみを生む大きな原因の一つとなっていることは明らかで、何らかの対策が必要なのが分かります。

37.4%という値は昨年11月に発表された「平成26年就業形態の多様化に関する総合実態調査の概況」で話題を呼んだ4割(39.8%)と若干差がありますが、これは調査方法、推計方法、また非正規に入れる範囲の違い等によると思われます。どちらもサンプリング調査ですので気にしないことにします。

正規と非正規の賃金の差がなぜ生じるかは後程考察してみたいと思いますが、合理的な理由と不合理な理由があるでしょう。同一労働同一賃金という言い方は同じ労働なら賃金に差があるのは不合理だという考え方があると思いますが、後から紹介するように、そう単純なものではありません。

昨年派遣法改正と共に成立して「同一労働同一賃金推進法」と呼ばれている「労働者の職務に応じた待遇の確保等のための施策の推進に関する法律」においても、同一労働同一賃金という語句はもとより、それを直接的に表現した文章もありません。次のようになっているだけです。

(基本理念)
第二条 労働者の職務に応じた待遇の確保等のための施策は、次に掲げる事項を旨として行われなければならない。
一 労働者が、その雇用形態にかかわらずその従事する職務に応じた待遇を受けることができるようにすること。
・・・・
 ・
(職務に応じた待遇の確保)
第六条  国は、雇用形態の異なる労働者についてもその待遇の相違が不合理なものとならないようにするため、事業主が行う通常の労働者及び通常の労働者以外の労働者の待遇に係る制度の共通化の推進その他の必要な施策を講ずるものとする。

この法律で述べられている通り必要なことは不合理な差別を廃止することです。一方、不合理な差別を廃止しても賃金差が残り社会の状況が改善されないのであれば、他の政策、例えば正規社員への転換等を進めなければならないのです。私が心配するのは「同一労働同一賃金」という一見わかりやすいキーワードが先行し、無理やり非正規社員の賃金を上げるあるいは正規社員の賃金を下げるということが行われてしまわないかということです。その結果は、問題を解決しないどころか、却って産業の国際競争力の低下や労働環境全般の悪化につながりかねないと考えるからです。

3.非正規労働の実態はどうか

同一労働同一賃金が叫ばれる背景には非正規労働者が40%に迫り、その賃金が低いことが問題であるという認識があるわけです。この非正規労働者の中身をもっと細かく観てみます。

先ほどの労働力調査を男女別に見てみます。次の通りです。

役員を除く
雇用者(万人)
正規社員非正規社員
289678.1%21.9%
238843.6%56.3%
合計528462.5%37.5%

さらに非正規の中身も観てみます。

パートアルバイト契約社員派遣社員嘱託・その他
17.0%32.1%24.3%7.9%18.5%
63.3%14.9%9.9%5.7%6.2%
合計48.5%20.5%14.5%6.4%10.1%

これらからわかることは、非正規の中でアルバイト・パートが70%を占めていること、女性はパートが多く、男性はアルバイト・契約社員が多いこと等です。非正規の中で女性のパート・アルバイトの存在が大きく見えます。実際平成27年においては非正規雇用者男女計1980万人の中で女性のパート・アルバイトは1053万人で53%を占めます。勿論この中には、正社員になりたいのだが就職できないのでパート・アルバイトに甘んじていいる人もいるでしょうが、どうも夫が主たる生活費を稼いでいて、その生活の足しにするのに敢えてパート・アルバイトで扶養範囲内で働いている主婦というイメージを持ってしまいます。

もう少し統計を観てみます。時系列です。残念ながら前出の統計では平成14年までしかデータは載っていないので、平成14年と平成27年で比較します。

(万人)役員を除く
雇用者
非正規雇用者パートアルバイト派遣社員契約社員
嘱託
その他
平成14年合計4940145171833643230125
平成27年合計5284198096140512640483
平成14年男2867431631661012270
平成27年男28966341082045022942
平成14年女207310216551703310855
平成27年女238813458522017617641

途中で国勢調査が入り全体の基準が変わっているとのことです。また分類も変わっており契約社員と嘱託の合計しか示されていません。おおよそを観るに当たっての問題はないでしょう。女性の雇用者が300万人増えています。女性の非正規労働者も300万人増えているので増えた分のほとんどが非正規労働者であると見ることができます。雇用形態では圧倒的にパートが増えているのが分かります。契約社員・嘱託は男女ともに増えていますが、これは高年齢者雇用安定法で65歳までの雇用が義務付けられたためではないかと考えます。男性は非正規労働者が200万人増えています。女性に比べるとどの雇用形態も万遍なく増えていると言えます。増加率だけでみると男女とも派遣が大きいです。これは平成11年に派遣が原則禁止から原則自由になり、さらに平成15年に製造業務への派遣が可能になったためでしょう。ただし絶対人数的には大勢を決するほどのものではありません。

確かに非正規労働は増えていますが、中身を見ると女性のパートの増加、契約社員・嘱託の増加多くを占めています。この実態が扶養範囲内で働く主婦と、60歳以降の雇用延長なのであれば、「同一労働同一賃金」ということで全体をまとめて網掛けをすることが、若い人の所得が低下し貧困世帯が増えているという問題に効果的な対策なのか疑問に思えます。そうだとはこれだけの資料では言い切れないわけですが、少なくとも世帯収入が低い世帯に限った雇用形態の実態と、どうして低いのかをきめ細かく分析したうえで対策をとらないと状況の改善に結びつかない気がします。

4.非正規労働者は何故賃金が低いか

雇用状況の話から離れ、非正規労働者の賃金が何故低いかについて考えてみたいと思います。今まで正社員が占めていた業務に非正規労働者が増えた背景には、一つは雇用の調整弁にしやすいということがあると思いますが、賃金、社会保険料等のコストが低いということもやはりあると思います。ではなぜ非正規社員は正規社員に比べて賃金が低いのでしょうか。これについてはいろいろ説明されていてどれも似たりよったりですが、ここではNewsweek日本版で冷泉彰彦氏が5項目にまとめているものを紹介します。

簡単に言ってしまうと、正社員は自分の与えらえた業務をこなしていればよいというものではなく、それ以外の合理的・非合理的な会社の要求に応じることが前提とされているからということになるでしょうか。ただし、これだけではもう一つの重要な理由が見逃されています。

以下の表は平成27年賃金構造基本統計調査 結果の概況から正社員と正社員以外の年齢別賃金格差を抜き出したものです。

年齢階級正社員を100とした
非正社員の賃金
20〜24歳84.6
25〜29歳80.0
30〜34歳72.4
35〜39歳66.1
40〜44歳58.5
45〜49歳53.4
50〜54歳50.2
55〜59歳52.8

これからわかることは20歳代では非正規社員の賃金は正規社員の80%以上あるということです。職種や地域、労働時間を限定するいわゆる限定正社員の賃金が一般正社員の8〜9割とのことですから、決して低すぎるとは言えません。問題はその後年齢と共に格差が広がることです。50歳では正社員の半分ほどになっています。つまり非正規社員の格差は年齢と共に給与が増加しないために生まれていると言って良いでしょう。

これを一口に年功序列のせいと言ってしまっては何の解決にもなりません。どうして非正規社員は年齢と共に給与があがらないのかを考える必要があります。

一つは仕事を短期間で変えているような場合、なかなかスキル自体が上がらない、あるいはスキルを証明できないということがあります。このことには行政は早くから気が付いていてジョブカード制度のようなものを作っているのですがあまり活用されているようには見えません。

しかしながらそれだけではなく、というかそれよりも大きな理由は、正社員の場合、一つの会社に長く勤めていく過程で、経営のこと、お金関係のこと、人事のこと、コンプライアンスのこと、プレゼンテーション力等を身に着けていきます。またトラブルが生じたとき等いろんな困難な状況に対応できる力がついていきます。それらは経験だけではなく、社内や社外の人間関係の構築や情報の収集力に支えらています。直接の仕事のスキルよりも、管理職あるいはベテラン社員として、「仕事ができる」社員になることが年功序列で給与が上がって行く理由と言って良いと思います。

5.一億総活躍国民会議での議論の内容

一億総活躍国民会議では、同一労働同一賃金については2月23日の第5回会議で取りあげられました。まず東京大学の水町勇一郎教授が専門家の立場からEUとフランス、ドイツの状況を説明しています。EUの「パートタイム労働指令」やドイツやフランスの国内法では非正規労働者が客観的な理由によって正当化されない限り、不利益な取り扱いが許されていない、一方”賃金に差が設けられている場合には、賃金差を正当化するような客観的な理由があれば、それは認められる”ということを強調されています。賃金差を正当化する客観的な理由としては、フランスでは勤続年数やキャリアコースの違いなどが認められているとのことです。そして日本に同一労働同一賃金を制度として導入する場合は法律の整備と共に、賃金に差を付ける合理的な理由としてどういうものがあるのか、ガイドラインを示すことが必要と主張しています。また日本の場合、ヨーロッパやアメリカと比べ正規、非正規の格差、壁が高いことも指摘しています。

その他の発言として主なものを抜き出します。

増田議員(東大大学院客員教授)
賃金格差の是正も重要でありますけれども、退職給付制度、特に企業年金の有無がこの関係では大きく・・・非正規の場合ですと、当然雇用が流動的で勤め先が変わっていくのですが、企業年金部分を切り出してのポータブル化も考えていくべき

榊原議員(経団連会長)
多くの企業では、仕事の内容や責任の程度といった職務内容だけではなく、労働者に対する期待、役割、将来的な人材活用の要素、さまざまな要素を勘案して、賃金を決定しております。単純に同一の職務内容なら、同一の賃金という考え方にならないように、日本の雇用慣行を踏まえた議論が必要

高橋議員(日本総合研究所理事長)
まず同一労働同一賃金を実現すべき、・・・ただし、企業側に混乱を生じさせないためにも、賃金に差を設けることが正当でない事例について、政府として、ガイドラインを制定すべきだと思います。

三村議員(日本商工会議所会頭)
総論としては、理解することができます。問題は、同一労働の定義が明確にできるかであります。
キャリアコースや勤続年数の違いなどによる、いわゆる不合理でない賃金格差について、ガイドライン等で具体的に整理できるのか、これらはいずれもそう簡単ではないと考えますが、ぜひともやっていただきたいと思います。

樋口議員(慶大商学部教授)
ヨーロッパにおいて一般的には、同一労働同一賃金あるいは均等待遇と言われておりますが、賃金差を正当化する客観的な理由が認められております。また、欧州の事例などを参考に、どういうものが合理的であるのか。どういうものが不合理なのかというガイドラインを明確にしていく必要があると思います。

土居議員(慶大経済学部教授)
無限定的な働き方を甘受せざるを得ないという面もあるという意味では、正規雇用の方でも必ずしも十分に満足できる働き方をしているわけではないということですから、その有期であるか無期であるかということによって、大きな差異が生じているというところを根本的に改めることで、国民の共感を得られる

議論の大筋は、同一労働同一賃金は必要、ただし合理的な賃金格差はあるべき、どういう理由が合理的かについてガイドラインを作る必要があるというところでしょう。

6.同一労働同一賃金の問題点

(1)格差解消につながるのか

解決すべき格差は、一部の人が株等で大儲けをしている一方で低賃金の労働を余儀なくされ貧困状態の人が増えているという富の格差です。同一労働同一賃金を主張する人は、非正規労働者が増えている、非正規労働者は低賃金、従って非正規労働者の賃金を正当なものにすれば、格差問題は解決する、少なくとも解決に大きく寄与するということなのでしょう。

第4節で示した議論の通り賃金格差の合理的な理由と不合理な理由を峻別し、不合理な格差を抑制したとしても、第3節で論じたような合理的な格差は残るわけです。不合理な格差の解消がどれだけの効果があるかが問題です。前節で年齢別の賃金格差の表を示しましたが、それを見る限りどうも大したものではないように思えます。

そうだとすると、重要なのは同一労働同一賃金よりも、非正規労働者を減らし正社員に転換させることを後押しする仕組みを構築し、そもそも非正規社員ではなく正社員の雇用の受け口を増やす政策です。育児のために短時間のパートをせざるを得ないという問題が大きいのなら、育児環境の整備をしなければ解決にはなりません。また自ら非正規の働き方を選択する人のためには、キャリアをサポートする仕組みの構築と徹底でしょう。不合理な解雇、雇止めを排除し雇用を安定化させることも必要です。それなのに安倍政権は派遣の固定化(「労働者派遣のル−ルはどう変わるのか」参照)や、今のところ成功していないとはいえ解雇の容易化(「限定正社員なるものの胡散臭さに注意しよう」「解雇特区構想は消えたのか」参照)等、真逆の政策を取ろうとしています。

(2)日本の産業の競争力を奪う可能性

合理的な賃金格差について妥当なガイドラインが作られ、それが適正に運用されれば問題ないのでしょう。しかしガイドラインが何らかの政治的な思惑でゆがめられたり、企業側が過剰反応する結果、正当な賃金格差まで縮小させることになると、大変な問題になりそうな気がします。

そうなったときの問題の一つは総賃金の上昇を抑えるため正社員の賃金総額が下げられるであろうということです。

賃金総額が下げられるという意味は、幾らなんでも一律何10%カットということはしないだろうと思われるからです。成果主義を導入したときのように、ごく一部の社員の給料は変えないかむしろ上げ、他の大多数の賃金が下がり、結果として総額が下がるような新たな賃金体系を導入することが一番ありそうだからです。

もう一つは、賃金の差をなくす結果、日本の産業を支えてきた雇用慣習が崩壊し、自己の職務や異動に拘らず会社の命令であれば何でもこなし、どこへでも行く忠実な正社員がいなくなります。自分の仕事を限り、それ以外は一切やらない。会社はいろんなことに専門の社員を雇わねばならず、マネージメント能力は別途幹部社員を育てるか、自ら努力して身に付けた人間を雇わねばならない。そのような状態になったとき日本の競争力は保てるでしょうか。また労働者にとっては雇用の安定を図るためにはどうしたら良いか今までとは違った世界が待っていることになります。

7.一億総活躍国民会議への不安

今までの一億総活躍国民会議での議論を見る限り、果たして格差解消につながるかは別にすると、はおおよそ問題ない方向に行きそうで、心配する必要は無いようにも思えます。しかしながら以下のような不安が残ります。

(1)イノセントな議員の存在

会議の構成員のうちの有識者はいろいろな背景の人がいます。当然に同一労働同一賃金について見識のない人もいます。そのような人の発言が気になります。

工藤議員(認定特定非営利活動法人育て上げネット理事長)
同一労働・同一賃金としては、正規、非正規の呼称には関係なく、期間の定めのない労働者であれば、会社内で同一の処遇ルールが適用されるよう、政府・行政の促しが必要です。その上で、非正規のなかで無期の雇用、有期であればより長期の雇用契約が増えるような施策に取り組むべきだと考えます。

白川議員(相模女子大学客員教授、ジャーナリスト)
ここは、格差是正、差別禁止に向けた政府の強い主導、抜本的な取組をぜひ検討していただきたいと思います。
検討の例として、御紹介したいのが、女性活躍推進法です。総理の強いリーダーシップのもと、女性差別禁止の枠組みに加え、女性活躍推進法では、企業に自社の課題分析、数値目標、行動計画の策定、公表を求める枠組みを導入いたしました。おかげで、企業は、今、大きく変わろうとしています。この正規・非正規間の賃金格差是正に関しても、総理の強いリーダーシップのもと、企業の取り組みを強力に推進する方策を、ぜひ御検討いただければと思います。

単純に正規・非正規間の賃金格差を無くすべきものときめつけ、それに対し政府や首相の強権的なやり方を求めるという非常に悪いパターンです。大勢ではないので気にする必要は無いというわけにはいきません。政府、官僚は少数意見の中でも都合のいいものを取り上げ、アリバイとして利用するのが常套手段だからです。

(2)安倍首相の鶴の一声

第5回の会議を締めくくる安倍首相の発言を紹介します(強調は私)。

第一に、同一労働同一賃金の実現です。多様で柔軟な働き方の選択を広げるためには、非正規雇用で働く方の待遇改善は待ったなしの重要課題であります
本日は榊原会長からも大変心強い御発言がございましたが、同時に我が国の雇用慣行についても御意見がございました。また三村会頭からも御意見がございましたが、そうした我が国の雇用慣行には十分に留意しつつ、同時に躊躇なく法改正の準備を進めます。あわせて、どのような賃金差が正当でないと認められるかについては、政府としても、早期にガイドラインを制定し、事例を示してまいります。
このため、法律家などからなる専門的検討の場を立ち上げ、欧州での法律の運用実態の把握等を進めてまいります。厚生労働省と内閣官房で協力して準備を進めていただきたいと思います。
できない理由はいくらでも挙げることはできます。大切なことは、どうやったら実現できるかであり、ここに、意識を集中いただきたいと思います。

少なくとも非正規雇用を減らすことが大事という認識はこの人には無いようです。
そして、「とにかくやる」という態度。議論の結果、慎重にすべきという方向になっても、あるいは他の施策が良いという結論になっても無視して強引にやる方向に持っていくことでしょう。その際に不安なのは一つは労働者の代表と思えるような人が参加していないことです。経団連会長、日商会頭は一応消極的な立場ではあるようですが、首相に強く言われると折れる人たちのように思えます。もう一つは前に紹介した一部委員の発言がアリバイに使われかねないという点です。

強引にやろうとする理由は、賃金格差の是正に強いリーダシップを示していることを見せたいこと(その結果で支持率を上げ、念願の憲法改正の実現に持っていきたいこと)でしょうが、やはり非正規雇用という制度を固定化させることも目的にあるのではないかという疑いもぬぐえないのです。

解雇の容易化を図るために限定正社員を普及拡大しようとしたが、限定正社員であっても決して解雇は容易ではないことが判明した。その結果、非正規社員を雇用の調整弁に使う。非正規社員の低賃金が社会問題化しているので、「同一労働同一賃金」で解決をはかり、一方で調整容易な非正規社員を固定化しさらに拡大する。非正規労働者自体を減らす政策などもってのほか。誰かそのようなことを後ろで指南しているブレインがいるということは無いのでしょうか。

早速、3月23日より同一労働同一賃金の実現に向けた検討会なるものが始まっているようです。報告書が出たあたりで紹介したいと思います。

補足:その後の動き

「同一労働同一賃金の実現に向けた検討会」が中間報告を出しました。また政府が「同一労働同一賃金ガイドライン案」を公表しました。
「同一労働同一賃金のその後〜政府のガイドライン案等について」で紹介します。

初稿2016/5/1
補足追加2017/1/18