時間外労働の規制はどうなるか
〜労働政策審議会の報告

6月5日に労働政策審議会労働条件分科会が「時間外労働の上限規制等について」という報告を出しました。今後その内容に沿って労働基準法、労働安全衛生法等の法令の改正が行われていくと思われます。
本稿では現状の労働時間規制について説明した後、この報告の内容について紹介したいと思います。

目次

  1. 現在の労働時間規制
  2. 現在の労働時間規制の問題点
  3. 労働政策審議会の報告の内容
  4. おわりに

補足:労働基準法改正案

1.現在の労働時間規制

(1)労働基準法関係の規制

労働時間の上限は一週40時間、一日8時間と決められています。(労基法32条)

労働者10人未満の商業等では一週44時間とできます。このように例外が定められている場合について、いちいち触れると煩雑になりますので、重要なものでない限り、本稿では以後省略します。変形労働時間制についても省略します。

しかし、過半数労働組合または労働者の過半数代表者と書面により協定(サブロク協定)を結び労働基準監督署に届け出ることで届けた範囲において、上限を超えて労働させることができます。(労基法36条第1項)

また、36協定による労働時間の延長については厚生労働大臣は限度について基準を定めることができることになっています(労基法36条2項)。この規定により「労働基準法第三十六条第一項の協定で定める労働時間の延長の限度等に関する基準」(平成10年12月28日労働省告示154号、以下”時間外限度基準告示”と呼ぶ。)が定められています。これによると一週15時間、一月45時間、一年360時間等が延長の限度とされています。

時間外限度基準告示に定められた延長の限度についても、告示では特別な事情が生じた場合については、サブロク協定にその「特別な事情」と「限度時間を超える一定の時間」と「割増賃金率」を定めた特別条項を付けることで、定めた条件内で延長することができます(特別条項付サブロク協定)。

この時間外限度基準告示に違反すると、労働基準監督署等は助言や指導はできるものの罰則はありません。

さらにこの時間外限度基準告示では次の業種については適用除外とされています。

(2)労働安全衛生法関係の規制

一週当たり40時間を超えて労働した時間がひと月あたり100時間を超えて疲労の蓄積が認められる者については労働者の申出により医師による面接指導を行わなければならないとされています(安衛法66条の8、安衛規則52条の2、52条の3)。

面接指導の結果については事業者は遅滞なく医師の意見を聴取し、必要があると認めるときは就業場所の変更、作業の転換、労働時間の短縮等必要な処置を講じなければなりません(安衛法同条、安衛規則52条の7)。

(3)労働者災害補償保険法関係の規制

心理的負荷による精神障害の認定基準脳血管疾患及び虚血性心疾患等の認定基準において、精神障害や脳血管疾患が業務上災害かどうかを判定する要素の一つに時間外労働時間が定められています。

具体的には精神障害の場合、80時間以上の法定時間外労働を行った場合心理的負荷の強度は「中」、さらに発病直前に概ね120時間以上が2か月連続、あるいは概ね100時間以上が3か月連続の場合は「強」とされます。脳血管疾患及び虚血性心疾患等の場合は「発症前1か月間におおむね100時間又は発症前2か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合は、業務と発症との関連性が強い」とされています。

(4)労働時間の把握について

労働基準法上は明示的に労働時間の把握の義務は定められていません。しかし平成13年基発339号において「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準」が定められました。これは平成29年1月20日に「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」としてアップデートされました。

このガイドラインにおいて「労働基準法においては、労働時間、休日、深夜業等について規定を設けていることから、使用者は、労働時間を適正に把握するなど労働時間を適切に管理する責務を有している。」と使用者には労働時間の把握義務があることを明確にし、労働時間の定義、把握、記録の方法等を定めています。また本ガイドラインの対象にならない管理監督者やみなし労働時間制が適用される労働者についても「健康確保を図る必要があることから、使用者において適正な労働時間管理を行う責務がある」 としています。

2.現在の労働時間規制の問題点

規制の不徹底

平成28年11月に政府の「過重労働解消キャンペーン」の一環として東京労働局で行った重点監督の実施結果が公表されています。実に43.6%の企業において36協定なしに残業を行っていたり、36協定で定めた時間を超える時間外労働を行っているなどの違法な時間外労働があったとされています。

また36協定を結ぶ労働者の過半数代表者は投票、挙手等の民主的な手続きで選出されたものであること(平成11年基発45号、平成11年基発169号)とされていますが、会社が指名しているケースが少なくなく、(「様々な雇用形態にある者を含む労働者全体の意見集約のための集団的労使関係法制に関する研究会報告書」、92ページ)、このようなケースでは36協定も実質は事業主の意向通りの内容を形式的に整えているだけの場合も多いことが疑われます。

無制限の残業が可能な仕組みになっている

一応時間外限度基準告示により限度時間が定められていますが、特別条項付の36協定を結ぶことでそれを超えた無制限な時間外労働を定めることができるようになっています。

少し古い資料になりますが、平成25年の厚生労働省労働基準局「労働時間等総合実態調査結果」によりますと、36協定を結んでいるのは大企業の94%で、そのうち62.3%が特別条項付36協定を結んでいるとなっています。

インターバル規制が無い

労働が終わってから、次の労働の開始までの休息時間に対する規制がありません。例外的に運送業のための「改善基準告示」で継続8時間以上の休息時間が定められています。なおEU諸国では24時間につき最低連続11時間の休息時間を規定することにされているようです。

休日労働が労働時間に含まれない

労働基準法は労働時間の制限(32条)と休日の制限(35条)を別々に定めています。そのためか36協定においても時間外労働の限度時間、休日労働の限度日数を別々に定めることになっています。時間外限度基準告示においてはこのうち時間外労働についてのみ定めるものであり法定休日労働の時間は含まれません。このため健康管理という目的のためには適さないものになっています。

一方、労災保険の認定基準の80時間や100時間には法定休日労働時間も含まれており、齟齬が生じています。

3.労働政策審議会の報告の内容

官邸の働き方改革実現会議において平成29年3月28日に「働き方改革実行計画」が定められます。その中で同一労働同一賃金等と共に「罰則付き時間外労働の上限規制の導入など長時間労働の是正」が上げられています。基本的な考え方として次のようにされています。

我が国は欧州諸国と比較して労働時間が長く、この20年間フルタイム労働者の労働時間はほぼ横ばいである。仕事と子育てや介護を無理なく両立させるためには、長時間労働を是正しなければならない。働く方の健康の確保を図ることを大前提に、それに加え、マンアワー当たりの生産性を上げつつ、ワーク・ライフ・バランスを改善し、女性や高齢者が働きやすい社会に変えていく。

女性や高齢者が働きやすい社会にするということが目的のようです。そして上回ることができない上限を設定し法律で規制すること、上限については3月13日の日経連と連合間の労使合意に従ったものとすること。インターバル規制の推進、限度基準の適用除外の有り方の検討、メンタルヘルス対策等が上げられている一方で、労基法33条の災害等により臨時の必要がある場合の労働時間の延長をサーバーへの攻撃によるシステムダウンへの対応や大規模なリコールへの対応にも適用することの明確化、そして「意欲と能力ある労働者の自己実現の支援」として、高度プロフェッショナル制度の導入や企画業務型裁量労働制の拡大を含む労働基準法改正案の早期成立を図ることを述べています。

この実行計画を受けて4月より労働政策審議会労働条件分科会で議論しまとめ、労働政策審議会の建議としたものが「時間外労働の上限規制等について」です。労働基準法において厚生労働大臣は、時間外限度基準や企画業務型裁量労働に当たっての決議事項の指針を定めるにあたって労働政策審議会の意見を聴かなければならないことが定められています。労働政策審議会は、その他労働安全衛生法、労働者災害補償保険法、雇用保険法等労働関係法令で役割が定められている他、厚生労働省設置法により次も役割として定められています。

この建議はこれに沿ったものであり、当然尊重され、これに沿った法令の改正がなされていくものと思われます。報告書でも「この報告を受けて、厚生労働省において、スピード感を持って、時間外労働の上限規制等に関する労働基準法等の改正をはじめ所要の措置を講ずることが適当である。」とされています。

以下、この報告書の内容を紹介します。

(1)時間外労働の上限規制

●上限規制の基本的枠組み

時間外の上限規制については、先の「働き方実行計画」に詳細に決められています。それは労使合意に沿ったものですから、この報告における案は基本的に同じものとなっており、一年単位の変形労働時間制の場合と36協定の規則の変更が付け加えられているだけです。

原則は次の通りです。

臨時的で特別な事情がある場合として労使協定を結ぶ場合についても上回ることができない上限を定めるとされています。これが現状と大きく違うところです。

新たに休日労働を含む限度が示されており、これについては臨時的で特別な事情がある場合以外についても適用されるのが適当とされています。

●適用除外の扱い

現行の限度基準適用除外業種の扱いの変更についても「働き方実行計画」に定められた通りになっています。

また自動車の運転業務、建設業務については、5年後の施行に向けて関係者の協議会等で推進策等について検討するとされています。また月45時間年360時間の原則に近づける努力が重要ともされています。

医師については医療界の参加の下で検討の場を設け、2年後を目途に具体的な方策について結論を得ることが適当とされています。

●その他

(2)勤務間インターバル

労働時間等設定改善法で事業主に終業時刻と翌日の始業時刻の間に一定時間の休息を確保する努力義務を課す。同法に基づく指針に”勤務間インターバルの導入に向けた具体的な対策を労使で検討すること”を追加する。

(3)健康確保措置

現在ひと月あたり100時間を超えたものから申し出があった場合に労働安全衛生法上義務となっている面接指導を80時間超えとする。

労働時間の把握義務を省令で規定し、把握の具体的な方法について通達で明確化する。

(4)その他

なお、「働き方実行計画」にある、労基法33条の災害等により臨時の必要がある場合の解釈の拡大や、高度プロフェッショナル制度の導入や企画業務型裁量労働制の拡大を含む労働基準法改正案の早期成立については触れられていません。

4.おわりに

内容が十分かどうかはともかくとして、長時間労働の抑制、労働者の健康確保のための法令が整備されることは良いことには違いありません。ところが手放しで賛成できないのは、政府・与党はこの長時間労働抑制のための法改正を、ずっと店晒しになっている労働基準法改正案と抱き合わせで通そうとしていることです。

この改正案の問題は別稿「平成27年4月の労働基準法改正案について」で詳細に検討しました。長時間労働の抑制を表向きに掲げながら、実はそれに真逆に働きかねない高度プロフェッショナル制度というホワイトカラー・エグゼンプションの導入、企画業務型裁量労働の拡大を目指すものです。

一体政府・与党の本心はどこにあるのでしょうか。長時間労働抑制策を餌に労働基準法改正案を通し、実は労働時間にたいする「岩盤規制」を破壊することにあるのではないかという疑いを持ってしまいます。

連合内のドタバタが伝えられていますが、結局連合は高度プロフェッショナル制度等は認めないという結論になったようです。政府は本当に労働時間規制が重要と考えるのであれば、平成27年の労働基準法改正案と、今回の建議に沿った改正法を切り離し別々に議論し、採決すべきであると思います。

補足1:労働基準法改正案

上限規制を盛り込んだ、労働基準法の改正案が準備されています。高度プロフェッショナル制度、企画業務型裁量労働制の拡大、さらに同一労働同一賃金対応のパートタイム労働法、労働者派遣法の改正案も一緒です。平成30年の国会に提出されるものと思われます。詳細は「平成30年国会提出予定の労働基準法等の改正案」をご覧ください。

初稿2017/7/27
補足追加2017/12/22