労働時間の上限規制についてはその動きについて「時間外労働の規制はどうなるか〜労働政策審議会の報告」で紹介しました。平成30年6月29日働き方改革関連法(「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律」)が成立し、一部を除いて平成31年4月1日から施行されます。労働時間規制に関しては、考え方や改正内容はほぼ以前紹介したとおりです。しかし細かなところを検討すると、今までと比べて格段に複雑になった印象です。施行までの期間も短いこともあり、実務上で混乱することが危惧されます。解説を試みたいと思います。
次の略語を用います。
働き方改革法: | 働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律 |
労基法: | 労働基準法 |
労基則: | 労働基準法施行規則 |
安衛法: | 労働者安全衛生法 |
安衛則: | 労働者安全衛生規則 |
指針: | 平成30厚労省告示323号(労働時間の延長、休日の労働についての指針) |
目次
労働時間規制の変更の概要については、いろんな機会に解説されており、関心がある人はご存じだと思いますが一応まとめておきます。
36協定で定めることができる延長時間の限度は1か月45時間、および1年360時間です。(一年単位の変形労働時間制の場合42時間と320時間になります。)
限度基準告示と同じです。36協定で決めなければならない時間が1日、1ヶ月、1年に限定されたため(労基法36条2項4号。従来は労基則で規定)、告示にあった1週間や3か月等他の限度時間は無くなりました。
ただし、1か月未満の期間契約の労働者に対する協定においていは、1週間15時間、2週間27時間、4週間43時間を目安時間として、努力すべきことが指針にて定められています。
従来通り、36協定で特別条項を定めると、限度時間を超えて残業させることが可能です。しかし、従来制限が無かったこの場合の労働時間に次の上限が設けられました。(労基法36条第5項)
これに違反した特別条項や、特別条項に反した場合は、延長限度の違反と同様に、36協定の免罰効果が無くなり、32条違反として罰則が課されることになります。
36協定の内容に関わらず、どのような場合も次の制限を守る必要があります(労基法36条6項)
これに違反した場合、32条違反と同じく6か月以下の懲役または30時間未満の罰金が定められています。
なお従来通り暑熱、寒冷な場所での業務、放射線にさらされたり、著しい振動を与える業務等健康に有害な業務については2時間以下に規制されています。
この結果、休日労働を含む場合と含まない場合の2重の時間管理が必要になります。例えば休日労働を含んで、一か月100時間未満や月平均80時間以内という管理のみをした場合、休日労働を含まない一か月45時間や、一年720時間を超えてしまうことがあり得ることになります。反対に一か月45時間には休日労働を含まないからといって、休日労働を一杯させると月平均80時間を超えるという恐れもあることになります。
また法定休日、所定休日を区別せずに休日労働はすべて休日割増、一週に1日は休みを取るという様な管理をしているようなところでは、法定休日、所定休日を厳密に区別し管理することが重要になる可能性があります。
過去1,2,3,4,5か月の平均を毎月計算して、当月何時間まで残業できるかを意識しなければなりません。これを全従業員について毎月初めに通知する等の手段が必要でしょう。
特別条項について1ページの届が必要になり、業務ごとに限度時間を超えて労働させることができる具体的な場合や上限時間を記述し、さらに限度時間を超える場合の手続きや、超えた場合の健康確保措置の記載が必要になりました。
限度時間越えの際の健康確保措置については、指針において次のいずれかが望ましいとされています。これ以外に後で説明する面接指導や高度プロフェッショナル制度における措置もあり、整備が大変かもわかりません
労基法の改正の施行日は平成31年4月1日からです。
ただし36条の改正(前節で開設した労働時間、36協定に関する規定)については、中小企業は平成32年4月1日からとなり1年の猶予があります(働き方改革法附則3条)。
ちなみに年休5日間の取得義務化、高度プロフェッショナル制度等の他の改正は中小企業も変わらず平成31年4月1日からとなります。ただし60時間超えの場合の50%割増の中小企業への適用猶予(労基法138条)の廃止は平成35年4月1日となります(働き方改革法附則1条3号)。
限度基準告示において適用除外とされていた業務のうち「新たな技術、商品又は役務の研究開発」については、限度時間、上限時間の規定は適用されません(労基法36条第11項)。拡大解釈や悪用が心配される規定です。
限度基準告示でやはり適用除外とされていた「自動車運転の業務」、「建設事業」に加え、新たに「医師」については、適用は平成36年4月1日からとなります(労基法139条、140条、141条)。さらに適用後も以下のようになります。
また「鹿児島・沖縄の砂糖製造業」については平成36年3月31日までは月100時間未満、月平均80時間 以下の規定は適用されません。(労基法142条)
労働時間規制に関係のあることととして、面接指導について説明します。
安衛法66条の8で定められている医師による面接指導の条件が、従来の残業時間がひと月あたり100時間超えだったのに対し80時間超えに改正されました(安衛則52条の2)。
それ以外に、労基法36条11項で適用除外になっている「新たな技術、商品又は役務の研究開発」に携わる者については月当たりの週40時間超えの時間が100時間を超える場合、面接指導を行わなければならないことが定められました(安衛法66条の8の2、安衛則52条の7の2)。一般労働者に対する面接指導が労働者の申出により行われる(安衛則52条の3)のに対し、この面接指導は条件を満たしたときは強制となります。なお「新たな技術、商品又は役務の研究開発」に携わる者には80時間超えの場合の労働者の申出による面接指導も適用されます。
従来、使用者の労働時間の把握義務については、労働基準法により明示的に定められていないものの、当然に適正に把握する債務があるとされ、「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準について」(平成13年4月6日基発339号別添、以下「措置基準」)や「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」(平成29年1月20日、以下「ガイドライン」)が定められていました。今回、”面接指導の実施のために”労働時間の状況を把握しなければならないことが法律として定められました(安衛法66条の8の3)。その方法についても「タイムカードによる記録、パーソナルコンピュータ等の電子計算機の使用時間の記録等の客観的な方法その他の適切な方法とする。」とされ3年の記録の保存義務も定められました(安衛則52条の7の3)。
従来の措置基準やガイドラインにおいて、管理監督者、みなし労働時間制対象者は範囲外としながら、そのような労働者についても「健康確保を図る必要があることから、使用者において適正な労働時間管理を行う責務がある」とされていました。面接指導は従来から管理監督者等も必要とされていましたが、本人の申出によることとされていました(厚労省のリーフレット)。両者の考え方に差があったことになります。今回の法改正によって管理監督者等についても労働時間管理を行わなければならないことが明確になりました。
これらの健康保持のために必要とされる労働時間の管理と、従来の労基法から「債務を有していることが明らかである」とされてきた、措置基準やガイドラインで定められている労働時間の管理とどういう関係になるのか、良くわかりません。法で定められたといってもこの規定違反には罰則も定められておらず、管理監督者等に対する考え方が統一されたこと以外意義がはっきりしません。
高度プロフェッショナル制度(労基法41条の2)については詳細がまだ決まっていないようで、本稿で深入りするつもりはありませんが、労働時間規制という点でざっと見てみます。
その他、「労働時間等の設定の改善に関する特別措置法」(労働時間等設定改善法)が改正され、”健康及び福祉を確保するために必要な終業から始業までの時間の設定”、いわゆる勤務間インターバルが事業主の努力義務として定められました(労働時間等設定改善法第2条)。同時に、労働時間等設定改善指針(平成20年厚生労働省告示108号)も改正され、勤務間インターバルの導入に努めることとされました。
初稿 | 2019/1/27 |
追加 | 2019/2/15 |
●勤務間インターバルについて |