| |||||
『南の島に雪が降る』['61] 『海軍特別年少兵』['72] | |||||
監督 久松静児 監督 今井正 | |||||
先に観たのは、『南の島に雪が降る』だ。予告篇にクレジットされていた「元陸軍々曹加東大介氏の体験記」ということなら、敗戦後十六年の東京映画による本作に描かれた司令官浅川中将(志村喬)こそが、ある意味、最も偉いなという気がした。かような英断は、なかなか下せるものではない。芸文助成金を手懐け道具のようにしか思っていない傲慢さを政府が露わにし、裁判でもその不見識が先ごろ正されたばかりであるだけに尚のこと興味深く観た。南の島に降った雪とは、西部ニューギニアのマノクワリ歌舞伎座の舞台に舞い落ちた紙吹雪のことだけではなく、窮状のなか演芸分隊なるものができたという奇跡と兵士たちの望郷の念をも指しているのだろう。ある意味、『海軍特別年少兵』のなかでその名が登場していた栗林中将以上ではないかという気がする。 エピソードとしては、相変わらずの鮮やかな芸達者ぶりを見せていたフランキー堺の演じる全滅部隊の兵士が、大本営による全滅発表ゆえに生存しながらも存在しない員数外兵として扱われ、殆ど見殺しの目に遭っていたことが印象深い。なんと“生きてる英霊”と呼ばれていたようだ。伴淳三郎は少々暑苦しい印象を受けることが多いけれども、本作で演じた東北の田舎芝居の旅芸人はなかなか好かった。原作も兼ねる加東大介に次ぐ二番手にクレジットされているのも納得の存在感を醸し出していた。 久松監督作品は、これまで『警察日記』しか観たことがなかったが、本作が材にしていた演芸さながらに、芸術性よりも娯楽性を本分とする作品に真っ当で健全な社会性を光明として灯すことを心掛けていたのかもしれない。考えてみれば『警察日記』も芸達者な役者が続々と登場する作品だったように思う。 すると、本会主宰の映画部長が「伴淳三郎が暑苦しいと思うのは僕だけじゃなかったのかと一安心。この映画に出てきた時も「あ、暑苦しいのが出てきた」と思ったけど、やはり名匠の腕にかかるとそれは消えてたね、見事に💦」と寄せてくれた。とりわけ加東大介との縁側のような板べりでの対話がよかったように思う。演芸分隊・班長の軍曹から「女房の話、聞かせろよ」と促され、妻が作ってくれた好物の搗きたての熱い餅を食べる真似をした後しみじみと「戦争ってのは、嫌だなぁ。…でも私は戦争のおかげで一つ得をしました。 本当の芝居をすることが出来たのであります。三十年間自分のやってたのは、ありゃ芝居じゃねぇってことが判りました。…班長殿、もしもであります。自分が無事に生きて国さ還ることが出来たら、生涯、役者をやらしていただきます。…きっと東京の檜舞台を踏んで見せます。…死んだら、つまんねぇですよ。誰がなんつったって、俺は生きて帰るんだ。死んでたまるもんか。俺は必ず生きて帰るんだ。」と抑えた演技で静かに語っていた。相槌を入れる加東も味わい深く、なかなかの場面だったように思う。 同作から十一年後の作品となる『海軍特別年少兵』は、今井監督とも親交のあった小夏の映画会の田辺氏が生前、ぜひ観てほしいと言っていた宿題映画を観る機会をようやく得ることにもなった。『南の島に雪が降る』ではビラだった降伏勧告が、直接の呼び掛けになっていた敗戦半年前の硫黄島での戦闘場面から始まっていた。この過酷な戦場に十五歳にも満たない幼さで軍に入隊した特別年少兵がいたという話だ。最後にクレジットで示される戦死者数五千名を超える年少兵の大半が貧しさゆえに、年端もゆかぬ幼さで志願していることを上官に切々と訴える教班長の工藤上等兵曹(地井武男)の姿が印象深い点で、いかにも今井監督作品らしい映画だったように思う。 年少兵たちから「鬼の工藤、仏の吉永」と呼ばれていた工藤が体感で得てきた教育観は、東大卒の先任教官の吉永中尉(佐々木勝彦)が説く「愛の教育」ではなく、体罰による「力の教育」でありながらも、そこには吉永以上の愛情深さがあることを細やかに描いている点が意外だった。工藤の言っていた貧しさゆえに入隊した林タクジ(中村まなぶ)へのコミットには彼自身が極貧の境遇から軍人になることで足場を得てきたであろう経歴が偲ばれた。 そのうえで、海軍特年会の協力を得て撮られた本作には、さまざまな特徴的な動機によって志願した少年たちが取り上げられていた。林と小学同級だった江波ヨウイチ(佐山泰三)は、教師の父親(内藤武敏)が年少兵への志願を教壇から呼び掛ける職責を負っていることへの務めとして、父親の反対にもかかわらず入隊した秀才だったし、宮本(福崎和宏)は、アカとの嫌疑を受けて特高の拷問で歩行障害を負った床屋の父親(三国連太郎)の汚名をすすぐべく、これまた父親の猛反対を押して入隊していた。橋本オサム(関口昌治)の入隊動機は、孤児となった自分が言わば人質になり、酌婦として身を売って得た稼ぎを憎々しい養父母の元に仕送りしている姉の重荷を慮ってのことだったし、栗本(高塚徹)の場合は、戊辰【曾祖父】・日清【祖父】・日露【祖父の弟】・シベリア出兵【伯父】・シナ事変【父】と代々戦死者を出してきた「名誉」を継げと老住職(加藤嘉)から説かれ、寡婦となっている母(奈良岡朋子)を気遣って入隊してきていた。そして、若い彼らにおいては渋々ではなく、むしろ海軍入隊が「希望」となっている姿が何とも痛ましかった。映画の終盤で、工藤が吉永に向かって、彼らをそのように育て上げたのは私であり、貴方だと指摘していた「教育の力」の重さというものを最も訴えている作品だったように思う。 あえて言うまでもなく、作り手は軍国教育ではなく、民主教育の大切さを訴えているのであり、更には学生紛争などを経て「教育の荒廃」が問われていた時代に海軍特別年少兵への教育を通じて、教育とは如何にあるべきかを問うていた気がする。すると映友から「こういうのを観ると、改めて「民主教育」は日本に根付いてなかったんだなあと思います。戦前戦中と現在の教育に、どれだけ差異があるのか(私の中学校なんか、色々すごかったですからね)。」とのコメントが寄せられた。まさに民主教育が根付かぬままに管理教育に転換して幾年月、その惨状の結果とも言うべきものとして今に至っている気がしてならない。 そして別の映友からは「この作品は未見ですが、アプローチは違うけど、「ジャーヘッド」を思い出しました。あの作品でも、黒人上官のジェイミー・フォックスが、「給料日もたくさん貰えて差別も少なく、軍に入って感謝している」的なセリフが印象的でした。他にも犯罪歴を隠して一発逆転を狙っていたピーター・サースガードや、貧しさやどん詰まりの人生を打破したくて入隊したジェイク・ギレンホールやその他の子たちの入隊動機と、この作品の子たちは、それ程差がないように、ヤマさんの感想からは、伺えました。時代を経ても、あちこちの紛争で入隊している若い子が、同じ気持ちで志願していたら、やるせないです。」とのコメントも貰った。『ジャーヘッド』をめぐって往復書簡を交わした長年の映画談義仲間だ。教化しやすい少年少女を兵士に仕立てる非道は、古今東西絶えないものだが、本作では、教育の在り方について、力の工藤上曹に対して愛を唱えた吉永中尉をたしなめるように、それなら何故そもそもの年少兵制度に異議を申し立てないのかと咎める山中中尉(森下哲夫)の指摘が効いているように思った。 また、両作ともに登場した演芸場面での♪わたしのラバさん 酋長の娘 色は黒いが 南洋じゃ美人♪が目を惹いた。出し物としては『南の島に雪が降る』のほうでのステージが見映えのした同曲は、今では殆ど聴く機会がなくなっているが、本県出身の森小弁に材を得たものだと仄聞したことがある。十一年を経た両作共に現れる様子から、当時さぞかし人気のあった楽曲なのだろう。加えて『海軍特別年少兵』では硫黄島を普通に「いおうとう」と言っていることに膝を打った。十八年前に『硫黄島からの手紙』を観たときに日本でも普通に「いおうじま」と言われていて違和感を覚えたことを思い出した。そして、恩賜の煙草は不味いと言わんばかりに「やっぱり吸いつけた煙草のほうが口に合うね」とオサムの姉(小川真由美)に言わせる場面を敢えて添えてあるところに今井作品の真骨頂を観たようにも感じる。僕もむかし一箱貰って吸ったことがあるが、実際に不味くてなかなか減らせなかった覚えがある。 合評会では、三人全員が両作とも観応えがあったとするなか、どちらをより支持するかで票が分かれた。『沖縄スパイ戦史』の捉えていた少年スパイ兵と違って存在自体は知らぬでもなかった特別年少兵に対して、困窮を極めた南方戦線下で芝居小屋建設が行われたというマノクワリ歌舞伎座については、その存在を知らなかったので『南の島に雪が降る』のほうに僕は投じたが、作品的には『海軍特別年少兵』、幾つもの場面が繰り返し思い起こされる点では『南の島に雪が降る』で甲乙付け難しとし、「二作品とも戦闘や戦場を軸にしていない視点が良かった」と指摘していた主宰者が最後に、矢張り0.1ポイント差で『南の島に雪が降る』に投じるとして決着がついた。映画であれ舞台であれ、芝居に携わる役者ならギャラなしでも出演したくなるような作品だったから、我ら愛好家としては好い決着だったような気がする。『海軍特別年少兵』が紛れもなく地井武男の代表作であるという見解については、全員一致だった。 両作ともに僕は初見でありがたく、尚且つ実にナイスカップリングだったように思う。それにしても『南の島に雪が降る』がさして高い評価の得られていない作品だったとは驚いた。それについては「おちゃらけ映画に評価されたのかも」との意見もあったが、僕は、まだ戦後も十六年ほどだったから、悲劇的な戦死や餓死を遂げた兵士の遺族がたくさん生き残っていて、きっと余裕をもって観ることができなかったからなのだろうという気がしている。 | |||||
by ヤマ '24. 8. 4,6. DVD観賞 | |||||
ご意見ご感想お待ちしています。 ― ヤマ ―
|