『断崖』(Suspicion)['41]
『間違えられた男』(The Wrong Man)['56]
『知りすぎていた男』(The Man Who Knew Too Much)['56]
監督 アルフレッド・ヒッチコック

 コロナ禍に見舞われるまで同時代の映画のスクリーン観賞優先で映画を観て来た僕は、「あんたがこれを観てないの?」と驚かれるクラシック作品がたくさんあるのだが、ヒッチコックも「ろくに観てないねぇ」と咎められ続けてきている大御所の一人だ。僕のスクリーン観賞最初の作品は、'76年9月に観た『ファミリー・プロット』で、これが遺作だったはずだから、唯一の同時代観賞作品となるわけだ。

 以後、スクリーンで観賞したものは、『レベッカ』('83年'09年'11年)、『汚名』('83)、『裏窓』('84)、『めまい』('85)、北北西に進路を取れ('10)の5作品で、『鳥』は十代の時分にTV放映で観たっきりだが、サイコは'13,'19年にも再見し、先輩映友から託されたDVDで『泥棒成金』を観たのが、'12年。コロナ禍によってBSプレミアム放送を重宝しだしてからは、'20年にバルカン超特急』『海外特派員を観た後、'21年になってロープ』『白い恐怖と観て来た。

 原題がその名もずばり「Suspicion(疑い)」との作品を「これが『断崖』か」などとと思いながら、観た。断片的には観覚えのあるカットがあるけれども、全編を観たのは、たぶん初めてだと思う。“言い訳”ジョニー(ケーリー・グラント)は、最初の登場場面のみならず、リナ(ジョーン・フォンテイン)の分厚い児童心理学の本に挟まれていた自分の写真が載った新聞の切り抜きを見留てからの剛腕口説きにしても、まったくろくでなしだったような気がする。たとえ殺意がなかったところで、“ダメ夫”くんであることに何ら変わりはなくて、“へま”ビーキー(ナイジェル・ブルース)を死なせてしまったことを嘆く姿も、リナが初めて彼の発作に出くわしたときの冷静さからすれば、なんだかなぁとの思いが湧いた。

 ただ、毒入りかもしれぬとの「Suspicion(疑い)」から口を付けなかったミルクを前にアップで映し出されたジョーンは、めっぽう美しかった。


 翌日観た『間違えられた男』は、とても造形色の濃いように思われるヒッチコックに、昨今の流行りのような実話を売りにした映画があることが思い掛けなかった。しかも冤罪ものだったから尚更で、同窓生の映友が「ヘンリーフォンダの困り顔は実に上手い」と言っていたとおり、クリストファー・バレストレロ(ヘンリー・フォンダ)が困ったどころではない事態に見舞われていた。為す術なく警察・司法に翻弄されるマニーの姿に、どことなく独活の大木感のあるヘンリー・フォンダが似合っていた気がする。

 クレジットされていた'53年1月14日(だったと思う)となれば、六十八年前になるわけだが、あれほど粗略な面通しと筆跡照合で起訴されるのかと唖然とする一方で、妻ローズ(ヴェラ・マイルズ)の入院した精神病院のイメージが何十年も前の精神病院のイメージと違っていて興味深かった。また、真犯人のキャスティングがなかなか絶妙で、さすがだと感心した。

 それにしても、クリストファー・バレストレロで、なぜ「マニー」になるのだろう。ステージネームを持つほどのミュージシャンとも思えないベーシストだったのに。


 間違えられたの次に観たのは、知りすぎていたという同じく災難男を描いた同年作品『知りすぎていた男』だ。これが、かの♪ケ・セラ・セラ♪の映画だったのか、そう言えば、そんなことを仄聞したことがあるような気もすると思いながらも、後に歌曲で聞く際には必ず伴っていたように思う楽天さや伸びやかさをもって歌われることがついぞなかった“歌詞と裏腹の使われ方”に、いかにもヒッチコックらしい捻りを感じた。そして、いくらケ・セラ・セラ what will be, will be と言えども、マッケンナ医師(ジェームズ・スチュワート)の余りに行き当たりばったりの成り行き任せの無謀さに、いささか呆れた。そして、あれは何だったのだろうと思うような剝製屋アンブローズ・チャペルの仕事場の妙に凝った剥製の品々の詰め込みに驚きつつ、ここまで無理筋の展開をしっかと見せてしまう場面の力と演出力は、やはり大したものだと妙な感心のさせられ方をした。

 オープニングで強く印象づけられたシンバルが最後にジャーンと鳴る場面がクライマックスになるに違いないとの思惑をドリス・デイの「キャー!」の声で搔き消され、すっかりしてやられてしまったが、彼女の演じた元スター歌手ジョゼフィン・コンウェイはまだしも夫のベン・マッケンナは、どうにもぼんくらだった気がしてならない。結果オーライのケ・セラ・セラだったようで、あまり釈然としなかった。

 それにしても、マッケンナ医師は、いったい何を知りすぎていたのだろう。原題も「The Man Who Knew Too Much」なのだから致し方ないのだが、今ひとつ腑に落ちないタイトルだという気がした。序盤で早々に姿を消したルイ・ベルナール(ダニエル・ジェラン)のことだったりするとも思えないのだが、ベンのことを指すのならルイから得た情報だけで知り過ぎというのは、さすがに少々言い過ぎじゃないかと思った。

 また、僕が四十二年前にマルケヴィッチ指揮の♪春の祭典♪をロンドン交響楽団で聴いたのは、ロイヤル・アルバート・ホールではなく、ロイヤル・フェスティバル・ホールだったが、さすがアルバートホールは格調があって、立派なものだとも思った。本作でオーケストラを指揮していたのはヒッチコック作品の音楽を担うバーナード・ハーマンだったようだが、これをやりたくて撮った映画のような気がしなくもない。
by ヤマ

'21. 8. 4. BSプレミアム録画
'21. 8. 5. BSプレミアム録画
'21. 8. 7. BSプレミアム録画



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