『ロープ』(Rope)['48]
『白い恐怖』(Spellbound)['45]
監督 アルフレッド・ヒッチコック

 二本とも戦時下の色合いの濃かった未見のヒッチコック作品バルカン超特急』『海外特派員を先ごろ続けて観たところだったが、今度は戦後間もない時期の未見だったヒッチコック作品を続けて観た。

 先に観た『ロープ』のほうは、まるでピンと来なくて驚いた。殺人にまつわる大胆な実験を試み楽しもうとするつもりのブランドン(ジョン・ドール)の迂闊さが際立つことにしか作用しない臆病者のフィリップ(ファーリー・グレンジャー)のキャラクター造形が致命的で、なんだか観ていて苛々した。なんらスリリングさには作用せず、フィリップの体たらくを見通せなかった間抜けなブランドンの話に落ちていた気がする。

 観方によれば、大人気を博したTVドラマ『刑事コロンボ』の先駆けのようなものかもしれないが、恩師のはずのカデル(ジェームズ・スチュワート)と彼らの会話に妙味がまるでなく、教え子のふとした部分に対するカデルの猜疑心の強さの根っこがまるで見当がつかなかった。ブランドンたちの殺人動機以上の不可解さで、味の悪いドラマだなと思っていたら、まさにコロンボを思わせるように、辞した後に戻ってきてのツメがあって笑った。

 しかし、カデルが詰め手を決めたというよりも、フィリップの投了の印象が強くて「何なんだ、これは?」という感じだった。まさか「ブランドンの実験的試みがあっさりと破綻することに引っ掛けて、敢えて失敗作であることを露わにするような実験的作品を撮ったんじゃないだろうな」とさえ思えてくるほどに、80分しかないとは思えない怠さだったような気がする。

 ただ、もっと若い頃に観ていたら、ブランドンの実験以上に、ヒッチコックの映画的実験のほうに興味が湧いたかもしれないとは思った。確かに七十余年前の「あの時代に」ということを思えば、このカット割りなしで時間編集のない実験的な手法というのは、事もあろうに絞殺した男の死体を置いた部屋にゆかりの人たちを招いて会食をしてみようなどという挑戦的な実験と同じくらい、凄いことだと思う。まさに「なんのためにわざわざそんなことを?」と思われる部分も含めて。

 でも、そういう設定というかシチュエーションというのは、言わば趣向なのだから、そのことに異を唱えるものでもないのだが、如何せんフィリップとカデルのキャラクターが鬱陶しくて、僕と合わなかったということだ。セリフ劇なのに肝心の会話に妙味がなさすぎだと感じられた部分は、もしかすると翻訳者のせいもあるのかもしれないが、何とも緊張感を欠いていた気がしてならない。

 二日後に観た『白い恐怖』では、この時分のバーグマンは、本当に美しいと観惚れてしまった、御年、三十歳くらいだろうか。開幕早々での、今なら絶対にセクハラ以外の何物でもない先輩医師のキスにも、まるで動じることなくあしらうタフネス女医コンスタンス(イングリッド・バーグマン)が、新任院長エドワードを名乗る記憶喪失男(グレゴリー・ペック)に一目合ったその日から、本当にもうメロメロになってしまう話だった。「レバーソーセージ」と言ってアップで映し出されたときの、恋に落ちた瞬間を捉えたような表情の輝きに、すっかり魅了されてしまった。

 このバーグマンの美しさと、記憶喪失男が見た夢を映し出していた、いかにもシュールレアリスム・テイストの映像に魅せられたけれども、お話そのものは、今からすると、精神分析や夢判断に寄せる知見も些か浅薄で、真犯人は、どうやって記憶喪失男を罠にかけたのかも不可解で、少々御粗末な気がした。

 だが、本作の真骨頂は、謎解きものというよりは見世物だったわけだから、あのバーグマンと夢世界があれば、充分以上と言えなくもない気もする。コンスタンスの師であるアレックス・ブルロフ博士が言っていた「その男の20倍、イカレとる」が御尤もな映画だったように思う。
by ヤマ

'21. 2.14. BSプレミアム録画
'21. 2.16. BSプレミアム録画



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