『78/52』(78/52: Hitchcock's Shower Scene)['17]
『サイコ』(Psycho)['60]
『サイコ』(Psycho)['98]
監督 アレクサンドル・O・フィリップ
監督 アルフレッド・ヒッチコック
監督 ガス・ヴァン・サント

 ヒッチコックがお気に入りの映友から勧められて観た劇場未公開作のドキュメンタリー映画だが、滅法おもしろかった。原題の示すとおりかの有名なシャワー室殺人の場面を中心に『サイコ』['60]について数々の業界人が語っていたが、とりわけ編集や音響といった専門領域を持つ人たちの話が面白く、ヌード撮影でジャネット・リーのボディダブルを担った女性の証言が興味深かった。

 本編109分中の3分程度しかないシャワーシーンの撮影にヒッチコックは7日間かけたそうだが、その場面について映像資料と証言で語って91分の映画になるのだから、映画史上、画期的な場面であることは間違いない。タイトルの「78/52」は、このシャワーシーンの52カット78ショットから来ているらしい。

 映画における造形の芸術性とは何かについて、これほど分かりやすく明瞭かつ具体的に語っているものはないように感じた。その芸術性をサスペンス映画というエンターテインメントのジャンルで如何なく発揮しているところが素晴らしい。誰かの言葉にあったが、「サスペンスとサプライズは違う」のだ。

 そして、これまで断り続けてきたとの母の演じたシャワーシーンへのオマージュ場面への出演を『スクリーム・クイーンズ』['16]で承諾したというジェイミー・リー・カーティスがシャワーシーンについて語っていた「私の領域じゃなく母の聖域」との言葉が印象深く、リメイク版『サイコ』['98]で最後の見開いた目に至る場面を再現しようとしてうまくいかなかったと証言していたスタッフの弁とともに、数々の引用作品がシャワーノズルから降り注ぐ湯を映し出す場面を真似できないでいるショットが心に残った。


 こういう作品を動画配信サービスで観て、本編の『サイコ』に手が伸びないはずもなく、まんまと全編再見する羽目になったが、改めて実に隅々まで行き届いている完成度の高さに畏れ入った。物語の運びの細部に筋の通った脚本を丹精の籠った映像と音響で具現化していることに、今更ながら瞠目させられた。


 未見だった'98年のリメイク作品にもついつい手が伸びた。公開当時、不評を買っていたような覚えがあるが、ここまで忠実にオリジナル作品をなぞっているリメイク作品は初めて観たので、思いのほか興味深かった。脚本のみならずタイトルデザイン、音楽、カット割りや構図までオリジナル作品と同じだった。時代が1998年に移行した分、出張が航空便になっていたり、4万ドルが40万ドル、700ドルが4000ドルにスライドしているだけで、色がついて配役が違っている以外には、ほとんど変わりがない。

 ノーマン(ヴィンス・ヴォーン)がマリオン(アン・ヘッシュ)の着替えを覗き見ながらマスターベーションをしていることを思わせる音が入りこむ辺りにはガス・ヴァン・サントが色濃く窺えたが、件のシャワーシーンでは、ノズルから降り注ぐ湯の流れそのものの形状に見劣りはあっても、レンズが濡れることなくノズルを捉えていたことに感心した。ただ、ノーマンの誘いに乗って事務所で食事をした後、部屋に戻る際に「あっちで嵌った罠から脱け出すわ」とフェニックスに帰るよう告げて、実際に使いこんだ弁償金額を部屋で抜き書きした際に40万ドルから、乗り換えた車代と思しき4,036ドルのほかは、どう暗算したのか893ドルの一括計上した一行でもって「とても返しに戻れる金額ではない」と言わんばかりにメモを千切ってしまう運びになっていて、オリジナル版のメモ書きの丁寧さとは比較にならないし、マリオンにもオリジナル版のニュアンスが乏しく感じられた。

 それにしても、敢えて台詞にまで入れていたウォークマンへのガス・ヴァン・サントの拘りは何だったのだろう。また、リメイク版を観たことで、本編でノーマンを演じたアンソニー・パーキンスの薄気味の悪さ加減に改めて感心させられたように思う。




推薦テクスト:夫馬信一ネット映画館「DAY FOR NIGHT」より
http://www28.tok2.com/home/sammy/archive/psycho.html
by ヤマ

'19. 9.23. Netflix配信動画



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