『アルゲリッチ 私こそ、音楽!』(Bloody Daughter)['12]
監督 ステファニー・アルゲリッチ

 美人ピアニストの魁であり且つ代表的な存在だった覚えのあるマルタ・アルゲリッチの娘ステファニーに二人目の男の子が生まれる場面から始まった本作は、さすが娘が撮影し、監督しただけあってほとんどプライヴェートフィルムの趣で、名高い演奏家家族のアーティスティックなまでに破格の家庭事情を窺わせて圧巻だった。

 著名ピアニストの母とその娘となると、つい『秋のソナタ』に描かれたような母娘の愛憎に想いが向かってしまいがちなのだが、映画の母シャルロッテ(イングリッド・バーグマン)以上に奔放な恋多き女性で、三人の夫との間にそれぞれ父親の異なる三人の娘をなし、僕もライブで視聴したことのあるミッシェル・ベロフとは先ごろ観たばかりの『乱れる』の礼子と幸司ほどに離れた歳の差をものともせずに蜜月を過ごして破綻した後、かなり重い鬱に見舞われていたという母親の末娘として生まれ育ち、さらには三人の妻との間に四人の息子を持つピアニストが父親であるステファニーにおける家族観とは、どのようなものだったのか、もう少し深く知りたい恨みが残った。それにしても、「学校へ行く!」というのが母親への反抗だったと語る四歳違いの姉妹の両方ともがろくに学校には行かないままだったと談笑している破格に、さすが芸術家一家だけのことはあると、半ば呆気に取られていた。

 プライヴェート・フィルム感の漂う生々しさながら、母娘、姉妹間の関係は良さそうで、かなり特殊な家庭環境のなかで鍛え上げられたであろう対人距離感の持ち方のタフさに感心せずにはいられなかった。なにせ娘の構えるカメラに向かって、「私には本当に重要な人がいない」などとにこやかに話すマルタが母親なのだから、やわな育ち方をするはずがないということなのだろう。 父親も父親で、原題の「Bloody Daughter」は、父親のスティーヴン・コヴァセヴィチが自分の娘に使った言葉で、字幕では「いまいましい娘」と訳されていたが、スティーヴンの語るところによれば、もう少し複雑なニュアンスを孕んでいて、愛情を込めた呼称ということだった。英語に対する語感を持ち合わせていないので、今ひとつピンと来ないが、尋常の表現ではないような気がしてならない。

 そのようなことが働いているのか、ステファニーも『秋のソナタ』のエヴァ(リヴ・ウルマン)とは、少々次元が違っているようだった。母親を“常人の手の届かない存在”として認め、そのような“(音楽の)女神”の娘なのだからと受け容れていたように思う。むしろ屈託は、認知しないまま自分を私生児で放置してきている父親に対して抱いているような気がした。

 三十四歳で自分を産んだ母の歳になったと言っていたように思うから、四十路のように見受けられた覚えのある『秋のソナタ』のエヴァのほうが少し年上にあたりそうだ。エヴァとシャルロッテの間で交わされていたような激しい言葉のバトルがステファニーとマルタの間でも既に交わされたうえでの受容なのか、それとも、こののち訪れていたのか、本作から十年近くの歳月を経て、『秋のソナタ』のエヴァの歳を過ぎていると思しきステファニーの現在を知りたい思いが湧いた。
by ヤマ

'21. 7.30. BSプレミアム録画



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