『夜は短し歩けよ乙女』['17]
『夜明け告げるルーのうた』(Lu Over The Wall)['17]
監督 湯浅政明

 先に観た初見の『夜明け告げるルーのうた』の主題歌である斉藤和義の歌うたいのバラッドは、僕の好きな歌でもあるのだけど、映画のほうは、公開当時に観た『夜は短し歩けよ乙女』程ではなくとも同様に、あまり響いてこなかった。

 ポニョとメアリを合わせたようなルー【声:谷 花音】にしても、その父親人魚【声:篠原信一】にしても、キャラクター的にジブリ世界の亜流のように感じられるのが最大の難点で、おまけに犬の殺処分問題や町おこしイベント問題といった、意識高い系ウケしそうな時事ネタを盛り込んで、流行りのバンドもの構成にしてあるという、いかにもな作品づくりに減退感を招かれてしまったようなところがあった。

 音楽を扱うなら、心が叫びたがってるんだ。空の青さを知る人よ、せめて音楽くらいには、やってほしいと思わずにいられなかった。世間的には高評価の作り手のようだけれども、僕とは相性が悪い。その検証に、あまり良い鑑賞条件では観ていなかった『夜は短し歩けよ乙女』を再見してみたくなるほどに、何ともズレを感じてしまった。

 そこで『夜は短し歩けよ乙女』を再見してみたのだが、やはりこの作り手とは、とことん相性が悪いようだ。今でこそ、滅多に酒を飲まなくなって、読書も御無沙汰している僕だが、半世紀近く前の高校・大学と文芸サークルに籍を置いていた時分は、御多分に漏れず、酒と書物に日常的に接して文人気取りだったから、むかし懐かしい何かを感じていいはずなのに、どうも響いてこない。

 本作で大流行する感冒の発端となった大金持ち老爺の名が李白【声:麦人】だったり、黒髪の乙女【声:花澤香菜】の乳に手を伸ばして「おともだちパンチ」をくらう藤堂【声:山路和弘】が講釈を垂れていたのがカクテルだったりするところには、嘗て通った道どころか、まさに十代の時分に、李白の漢詩の一節「挙盃邀明月 對影成三人」を題にした五言絶句を作ってみたり、自室の書棚に十数本のリキュールやスピリッツを備えて、時おりシェイカーなんぞ振っていたりしたから、他人事ならぬものがあった。二十年近く前に増村保造映画祭を観たときの映画日誌増村作品における総体としての若尾文子は、気品と淫蕩の妖しいカクテルというイメージだ。観ている分には実に美しいけれど、実際に飲むとえらく悪酔いしそうな、でも、どうせ飲めやしない手の届かなさという感じがある。あの少し篭もったような声が、押し込められ凝縮された官能の激しさへの妄想を煽るようなところがあって悩ましい。などと綴っているのは、そういったことの名残でもあったりするものだから、誰もが思い当たるであろう先輩【声:星野源】の「ナカメ作戦」に留まらず、苦笑を禁じえないはずの作品なのだ。

 それなのに、これほど響いてこないのは、むしろ驚きだったりした。原作小説のほうは、けっこう面白く読めるのかもしれないと改めて再見してみて思った。

by ヤマ

'20.11. 2. BSプレミアム録画



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