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『健さん』 | |||||
監督 日比遊一
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漫然と生きてきたわけではないつもりだけど、どうみたって一所懸命に生きてきたとは言えない道楽者の僕には、健さんの語る「漫然と生きるのではなく、一生懸命生きる男を演じたいと思います」との言葉が眩しいが、本名、小田剛一が生涯通じて演じきった高倉健が語ると実に似合っていて、それに相応しく聞こえると心から思った。 奇しくも同年同月に亡くなった高倉健と菅原文太については、“ありがとう、さようなら 高倉健 菅原文太 追悼番組”の日誌には記さなかったが、僕は人好きのする菅原文太のほうが好きで、孤高の健さんにはむしろ苦手な感じのほうが強かった。 しかし、エンドロールに製作配給のレスペが「Respect」とのロゴでクレジットされたのを観ながら、一昨年の今治での映画大学の講座を聴講した李鳳宇がCOO(最高執行責任者)を務めるレスペの名に相応しく、実にリスペクトに満ちた作品であることに心打たれた。それとともに、本作が非常に技巧的なドキュメンタリーだったことに感心した。 健さんが本名に近い名の高田剛一を演じた『単騎、千里を走る。』['05]で共演した際に服を貰ったと述懐するチュー・リン(だったと思う)が作り手なのかと思っていたら、監督に日本人名がクレジットされて、してやられたと思った。 編集がまた実に巧みで、マイケル・ダグラスが健さんの出演作は205本だと聞かされて、自分がちょうど今50本くらいだから、それは凄いと感嘆していたフィルモグラフィの主要部を占めると思われる'6,70年代の任侠映画時代をフラメンコギター風の演奏に合わせて軽快に静止画像のフラッシュで運び、国内外の名だたる映画人や近親者、旧知の無名人からの敬愛に満ちた証言を数々の知られざる資料とともに引き出していた。最後の出演者全員による“健さんコール”はファンには堪らないエンディングだったはずだ。作中でも、高倉健の特集上映会場で歌舞伎公演さながらに客席から「健さん!」と声を掛けるファンの様子を映し出していたが、本作のエンディングを観ながら、心のうちで呼びかけたファンは決して少なくなかったろうという気がする。 前掲の「一生懸命生きる男を演じたい」という言葉を語るに相応しい尊敬を集める俳優に彼がなっていったのは、まさしく彼が役柄を通じて体現したものと、人々が彼に向けた眼差しだったのだなと感じた。彼には、小田剛一と高倉健の二つの顔があったと語っていたのは誰だったろう。プライヴェートでも完璧に高倉健を演じていたればこそ、40年来の付き合いだったという元付き人の西村泰治から親父と慕われ、彼の息子の結婚式に出席して西村氏の感涙を誘うスピーチを施すに至るのだろうし、スチル写真カメラマンの遠藤努が語っていた“猜疑心を持たれてしまったらなかなか払拭できない人”だった若い頃から、誰もに「あれだけ謙虚な大スターはいない」と言われるところにまで至ったのだろうと思う。 娘アンナの結婚式への欠席を手紙にしたためて送って来た宛名が芸名の梅宮辰夫ではなく、本名の梅宮辰雄だったことに感じるものがあったと話していた梅宮が、若い頃にタクシーのなかで聞いた話として、健さんが酒を飲まないのは、酔ってタクシーの運転手をボコボコにしたことがあって、それ以来のことだと語っていた。それが実際のことか否かはともかく、健さんが健さんを演じるうちに健さんになっていった人物であることがよく伝わってくる作品であるとともに、小田剛一が到達した“健さん”がいかなる人物だったかがよく偲ばれる作品になっていたように思う。なかなかのものだ。 また、ちょうど先ごろ『沈黙-サイレンスー』['16]を観たところだったので、健さんが『レイジング・ブル』['80]を6回もスクリーン観賞したと聴いて光栄に思ったと語っていたマーティン・スコセッシ監督が、熱心に『沈黙』への出演オファーを掛けながらも断られたと話していたのが興味深かった。他にも『人生劇場 飛車角』['63]で仁侠映画路線を開いたという東映が斜陽の建て直しを同作のリメイクに賭けようとしたのに、高倉健が「ヤクザ映画はもうやらない」と断ったことを披瀝しつつ、残されている数少ないインタビューのなかで健さんが「映画を選んだりはしていません、待っているだけです」と話している声を採録してもいた。 生涯をかけて高倉健を演じた小田剛一なれば、名を成してからは、その健さんブランドを造形し維持するために、作品選びを慎重に行いつつも健さんスタイルは“受けの構え”にあることを熟知していたことを示す「高倉健としてのインタビュー応答」だったわけだ。その健さんの声がいつの時点で採録されたものなのかは明示されていなかったが、作り手の意図は、そこのところにあったような気がする。 | |||||
by ヤマ '17. 2.14. 美術館ホール | |||||
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