『単騎、千里を走る』(Riding Alone For Thousands Of Miles[千里走単騎] )
監督 チャン・イーモウ


 映画の持つ時代性というか、いつ如何なる社会状況の下で制作された作品なのかということが、よく言われる“映画は時代を映す鏡だ”などという言葉以上に、時として作り手の“志”を映し出す場合がある。それもまた映画制作というものの妙味の一つなのだが、中国と日本の間で互いに嫌悪し合うムードを促して、内政不満に対する矛先逸らしのための政治的利用を企図している動きと、そのことに無防備に乗せられて近視眼的ないきがりに流れてしまう若い世代の台頭が目立ち始めている日中両国の今なればこそ、中国人監督が日本の著名な俳優を使って撮る作品が、親子という近しい間柄のなかで凝り固まったわだかまりを解きほぐそうとする物語であったことに感じ入るものがあった。

 中国人監督のもとで日本人俳優が強い存在感を残した映画としては、中井貴一が出演したヘブン・アンド・アース('03)や真田広之の出演したPROMISE('05)が特に記憶に新しいが、この種の“時代性を負った作り手の志”を窺わせるまでには至ってなかったように思う。香川照之の出演した『鬼が来た!』('00)は相当な作品らしいのだが、そういう志を窺わせていたのか否かは、自分が未見なので見解の持ちようがなく、加えて香川はそもそも名バイプレイヤーであって、いわゆるスター俳優ではないから、『ヘブン・アンド・アース』や『PROMISE』『単騎、千里を走る』の場合とは印象が異なる。そして、『単騎、千里を走る』では、キャストやスタッフ面での日中合作に留まらずに、日本撮影パートを降旗康男が監督としてクレジットされる形で撮っていたことも僕の目を惹いた。

 物語的には、高田剛一(高倉健)・健一(中井貴一)親子のわだかまりの端緒が健一の母の死を巡る顛末にあることを示しつつも、事実や真実が何だったのかを探りながら双方の誤解や思い込みを解く方向での関係修復を図る展開ではなかったところに、作り手の見識を窺わせていたように思う。中国側がメインスタッフを担う作品で、過去の顛末にこだわるのではなく、現在から未来に向けた行動、それも相手に対する顕示行動ではなく、相手の思いを酌み取り代行する朴訥で一途な行動が、所期の目的を果たせずとも、望外の成果を遂げて、今後を変えていきそうな未来への予感を残す映画にしていたことに感銘を受けた。結局のところ、リー・ジャーミン(リー・ジャーミン)の演じる仮面劇を撮影して死期間近の病床にある息子に届けるという剛一の訪中目的は叶わなかったのだが、息子からの感謝や氷解、リー・ジャーミンへの届け物といった望外の成果を図らずも遂げ、妻の死後、漁村に引き籠もって生きてきた彼の人生をも今後は変えていきそうな予感を残すエンディングだったからだ。主演した高倉健はもちろん持ち味が生かされていて、とりわけセルフビデオで想いを語り、拙い地元通訳のチュー・リン(チュー・リン)では果たせない刑務所訪問の許可を女性通訳ジャン・ウェン(ジャン・ウェン)の助けを借りて、中国の習慣に則った赤い刺繍旗を添えて訴えた場面では、余人には配役できない健さん色が立ち込めていて大いに心打たれたのだが、僕は、この物語それ自体について感銘を受けたのではなく、こういう物語にして託していたと思われる作り手の想いに感銘を受けるという少し珍しい経験をした。

 そうしたうえで振り返ってみると、リー・ジャーミンとヤンヤン(ヤン・ジェンボー)親子の対面について、剛一が心の準備が整うことの大事さを強調していたことが心に残った。過去を検証し探ることも、朴訥で一途な行動に耽ることも、ともに心の準備を整える手段に過ぎないということだ。剛一は、彼に相応しい後者によってそれを果たし、そのことによってわだかまりを解くことができたわけだ。彼が息子の訪ねた中国を歩き回り、同じように言葉がろくに通じない不自由に難儀を重ねたことには、そういう意味があったということなのだろう。手段の是非に拘泥するのは、本来の目的からすれば、本末転倒になりかねない。政治的利用の企図などに惑わされずに、わだかまりの氷解に向かう心の準備のためには何が有効なのかということは、是非の問題ではなく個々での適否の話でしかないことに自覚的になる必要があると改めて思ったりした。




推薦テクスト:「神宮寺表参道映画館」より
http://www.j-kinema.com/rs200602.htm#tanki
推薦テクスト:夫馬信一ネット映画館「DAY FOR NIGHT」より
http://dfn2011tyo.soragoto.net/dfn2005/Review/2006/2006_02_06.html
by ヤマ

'06. 2.25. TOHOシネマズ1



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