『マリアンヌ』(Allied)
監督 ロバート・ゼメキス

 かの名作『カサブランカ』['42]を知らないような若い者が観ても充分に面白かろうが、馴染みのある者が観ると「そうか、ラ・マルセイエーズをそう使うか」「うんうん、レジスタンス!」などとニンマリさせられるに違いない。そうして観た挙句に、空港でのルノー警察署長(クロード・レインズ)とリック(ハンフリー・ボガート)を彷彿させるフランク(ジャレッド・ハリス)とマックス(ブラッド・ピット)の対立のなかの友情を感じさせる空港の場面が出てくるわけで、すっかり痺れてしまった。

 自分が身を引くことで、愛するイルザ(イングリッド・バーグマン)と、自分が棄てたレジスタンス活動を全うしているラズロ(ポール・ヘンリード)の命を守ったリックに、同じく最後に空港でまさに身を捨てることで愛する夫と娘の命を守ったマリアンヌ(マリオン・コティヤール)が重なるとともに、リックやイルザが駆られ揺れていた疑心暗鬼と愛情との狭間というものがマックスとマリアンヌのなかにスリリングに窺えて目が離せなかった。愛する妻へのスパイ嫌疑の真相や夫から疑われていることへの動揺に、それぞれの気持ちが試される形になる映画の骨格は、まさに『カサブランカ』そのものだ。

 リックの店に夜、イルザが忍んで来たとき、彼はイルザが思い掛けなく再会した自分にもう一度逢いたくて訪れたのか、ラズロのために来たのか測りかねていたような覚えがある。あの夜、そのあと二人に何があったかは描かれないままだったが、アーマンド・ウェストンがAFAA(The Adult Film Association of America)の最優秀監督賞を獲得した『メイクラブ』Take Off)['78]で描かれたような展開があったとみるのは、誰しも思うところのような気がする。

 その『メイクラブ』という作品は、オスカー・ワイルドの『ドリアン・グレイの肖像』を原案にしたポルノ映画で、フィルムのなかの自分が歳をとり、生身は若いままの主人公がかつて重ねた恋愛遍歴を回想する物語だ。『カサブランカ』や『理由なき反抗』といった不朽の名画のなかでシーンとしては割愛されているセックスシーンをアネット・ヘヴンやジョージナ・スペルヴィンといったトップ女優によって繰り広げる映画だったのだが、'40年代のパートでは、まさしくリックの店でのあの夜の場面が現れていた。疑念を抱きつつ封印を解いたリックが、身を挺してラズロを守ろうとしたイルザの真情がどこにあろうとも、独軍少佐を射殺するリスクを冒してでもラズロを救うだけでなくイルザを送り出す決意を固めるための取引を行ったのは、そういうことだったのだろうし、イルザがそれに応えた姿に、言葉では確信を持ちきれないような真情を感じ取ることができたということなのだろう。

 濡れた瞳で真っ直ぐリックを見つめるイルザを演じたバーグマンの美しさが際立つ作品だったわけだが、あのときのバーグマン並みに美しく艶やかなマリオン・コティヤールが実に素晴らしく、マックスが覗き見た鏡に映る裸身の後ろ姿から垣間見える乳房の豊かさに悩殺された。あれを目にしながら、「自分の感情(「feeling」と言っていた)には素直なの」と挑発されても、マックスが「相方とヤルと下手をヤルようになる」などと言ってストイックに構えるあたりにもハンフリー・ボガードを彷彿させるところがあって、ついつい口元が緩んでしまう。

 工作員同士という、戦争でなければ出会い結ばれることのなかった形でAlliedした二人が、戦争がなければ被ることのなかった悲劇を迎える物語を観ながら、なかなかよく練られた脚本だと思うとともに、こういうエンターテインメント映画を撮らせるとゼメキスは抜群の冴えを見せると、改めて感心した。




推薦テクスト:「ケイケイの映画通信」より
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1958676858&owner_id=1095496
 
by ヤマ

'17. 2.16. TOHOシネマズ8



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