『八日目の蝉』
監督 成島 出

 生後間もなくから誘拐犯に育てられた秋山恵理菜(井上真央)は、4歳のときに警察の手によって両親の元に返されたわけだが、あのまま薫として小豆島で誘拐犯の野々宮希和子(永作博美)に育てられていたほうが健やかだったに違いないと思わずにはいられなかった。

 警察が希和子を未成年者略取誘拐罪で逮捕することは、略取には該当しなくとも誘拐であるのは間違いなく、いかに愛情深く育てようとも犯罪行為であるのは間違いないから止む無いことだが、その後の秋山家にとっては、掛け替えのないはずの娘が帰ってきたことが、決して幸いをもたらしているように思えなかった。また、希和子に大事に育てられたからこそ娘が宿している“夫の嘗ての愛人の影”によって、実母たる恵津子(森口瑤子)が、手放しの慈愛を以て育てられなくなっているのも止む無いことで、題名を知らなかろう幼い恵理菜から“星の歌”を望まれて叶えてやれないことに苛立つ姿に、泣きながらの「ごめんなさい」をひたすら娘に繰り返させている場面が痛ましくてならなかった。

 娘の一挙手一投足を通じて希和子の影を知らされ、女としても母としても屈辱の想いを日々新たにさせられる状況のなかで、乗り越えようのない壁に隔てられた母娘関係に苦しむことの過酷さが生々しく描き出されていたが、それでもなお恵理菜がねじ曲がらなかったのは、恵津子が恵理菜に責を求めることなく、手放しで愛せなくなっていることに苦しむ姿を有り体に晒していたからだろう。養育・教育のほうはきちんと、むしろ人並み以上に親の務めを果たしていればこそ、却って親として欠落している部分が浮かび上がってくるのは道理で、幼心にも厳しくつらい生育環境にあったろうことが、しっかり自活し自己決定力を身につけている恵理菜の姿から偲ばれた。

 しかし、露わには責め立てられずとも、母親から愛されない子供が、本来の“子供に必要な自己肯定感”を獲得することは至難の技で、小豆島で育った幼い時分と違い、恵理菜自身の言葉によれば“友達の一人も作ることのできない子”になった娘は、妻にも愛人にも娘にも筆舌に尽くしがたい苦難を与えた父親(田中哲司)と同じタイプの男である塾教師の岸田(劇団ひとり)と愛人関係を結び、自分を誘拐した希和子と同じような境遇に至る。決して愚かな女性には見えない希和子と恵理菜がそうなるのは、事の次第が賢愚とか善悪とは異なる地平にあるからに他ならず、恵理菜がいかに自己肯定感を切望していたかが偲ばれるとともに、かつての希和子にも同じことが通底していたのだろうと思った。加えて、もしかすると子供の時に愛情が得られないことでもたらされる自己評価の低さがダメ男に向かわせる潜在動機になっているのかもしれないとか、無意識のうちの希和子への自己投影が恵理菜に希和子と同じ境遇に向かわせたのかもしれないなどということも考えずにはいられなかった。

 だが、いずれにしても、男というろくでもない連中は頼むに足らないばかりか、もはや責を問う対象ですらないという立ち位置が痛烈な作品だったように思う。そんなふうに感じるのは、やはり僕が男だからなのだろうが、岸田の裸の胸のなかでボソボソと語る恵理菜の言葉と表情が思いのほか響いてきて驚いた。そして、薫を育てた希和子と同じようなことを繰り返している彼女が、千草(小池栄子)ともども、普通に育っていないことの負い目から“子供を育てることへの不安”を零す姿が痛ましく、だからこそ、ラストの場面が沁みてきたように思う。幼い恵理菜(渡邉このみ)の望んだ“星の歌”が『見上げてごらん夜の星を』だと判った場面では、これが幼子の望む歌だと察しの付くはずもないところに恵津子の苦衷が偲ばれ、なかなか巧い選曲だと思った。

 事件の顛末を見ても、人物造形を見ても、虚構なればこその力を持った作品のように感じられたのだが、恐らくは善悪の彼岸に立っているとおぼしき原作を是非とも読んでみたいと思った。「女には女同士の連帯によって生き延びるしかない」との思いがあらばこそのエンゼル(余貴美子)の教団の配置だったような気がするが、彼女の死を以て教団が崩壊したとされているように、カリスマ的存在を要せずに女性同士の連帯を維持していくことは、絶望的に困難なことをも示していたのかもしれない。恵理菜が恵津子に向かって突きつけた、かつて恵津子が希和子に投げ付けた言葉のように、女性に対して最もきつい攻撃を加えるのは、いつだって男よりも女のほうだということだろう。確かに僕もそんなふうに思う。



参照テクスト:NHKドラマ版『八日目の蝉』



推薦テクスト:「映画通信」より
http://www.enpitu.ne.jp/usr1/bin/day?id=10442&pg=20110505
推薦テクスト:「チネチッタ高知」より
http://cc-kochi.xii.jp/hotondo_ke/2011/05/post-7044.html
推薦テクスト:「とめの気ままなお部屋」より
http://blog.goo.ne.jp/tome-pko/e/581f719b1d559537b226fbb4042ad68d
by ヤマ

'11. 5. 1. TOHOシネマズ3



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