『ヒアアフター』(Hereafter)
監督 クリント・イーストウッド


 タイトルとは裏腹に主題的には、死後世界というよりも、ミスティック・リバー['03] 以降ずっとイーストウッドが追っているように感じられる“分かり合う”ことの人にとっての掛け替えのなさのほうにある作品だという気がした。

 同じ兄弟でも、サンフランシスコに住むジョージ(マット・デイモン)にとっては決して分かり合えない兄であり、ロンドンに住むマーカスにとっては先立たれてもなお追い求めずにはいられない兄だった。この対照が効いていて尚且つ、ジョージがメラニー(ブライス・ダラス・ハワード)に告げる“何もかも分かってしまうことの不幸”に通じる示唆がマーカスの兄ジェイソンから与えられる対照を背景に設えたなかで、ディケンズ愛読者のジョージと著作を刊行したばかりのマリー・ルレ(セシル・ドゥ・フランス)のロンドンでの巡り会いが描かれていた。
 フランス人女性マリーは、舌鋒鋭いスターTVキャスターで、番組ディレクターらしきディディエ(ティエリー・ヌーヴィック)との不倫と思しき恋を謳歌し、東南アジアのリゾート地での優雅な滞在を楽しんで公私ともに充実した日々を送っていたのだが、巨大津波に襲われ臨死体験を経て九死に一生を得てから、恋人とのズレと喪失に見舞われる。そんなマリー・ルレと、死後世界にコンタクトできる異能ゆえに料理教室で出会った恋を失ったばかりのジョージとが、国を越えて、両者共にとっての異郷の地ロンドンで巡り会ったというわけだが、もしかすると死後の世界とて、その程度の“異郷の地”なのかもしれず、そこでの思い掛けない出会いが待っているのかもしれないなどとも思った。

 分かり合える人を失うことの痛手の深さを体現していたマーカス、分かり合える人など自分にはいないと思い始めていたジョージ、分かり合えていると思っていたことが大きな誤解だったことに気づいたマリー。リリカルに描き出された三人の心痛を通じて、人が生きていくうえでの“分かり合えると思える人の存在の大切さ”が沁みてくる作品だったように思う。

 映画に姿を現す登場人物たちの全てのデリケートな関係において、悪し様に描かれる人間関係が只の一つもなかったことが目を惹いた。ジョージの兄ビリー(ジェイ・モーア)も単に弟の異能で儲けようとしているのではなく、働きかけはしつつも常に弟の意思を尊重していたから、強欲には映らない。劇中ではタレントともギフトとも言われていた異能を弟が活用しようとしないことへのもどかしさという“互いに理解し合えない状況”として描き出されていたことがとても重要だと思う。
 マリーとディディエの間に起こったことや二人の対処の仕方についても、愛憎のぶつけ合いといった卑近さを離れたズレと喪失として“互いに理解し合えない状況”が描かれていたような気がする。マーカス/ジェイソンの双子の兄弟と母親の関係、マーカスと里親や福祉事務所の職員との関係についても、怒りや憎しみ、敵意や苛立ちはいっさい描かれず、分かり合うには至れない繋がりの限界と哀しみが穏やかな筆致で綴られる。
 通奏されるそれら全てがボディブローのように効いてきているからこそ、分かり通じ合える人との出会いの感動に彼らが震える姿が沁みるのだと思う。そのことが、決して大仰にではなく、とてもディーセントな味わいで描かれた物語だった。なかなかこうは撮れないもので、流石はイーストウッドだと改めて感心した。

 来世などと訳されていたタイトルの作品ゆえに、彼も老境に入っていよいよ死後世界への関心に向かい始めたかと思いきや、人生を精いっぱい生きようとする人の姿を、スペクタクルも織り交ぜた壮大さのなかで終始一貫して謙虚さを軸に描き出すという、離れ業とも言うべき演出を果たしていたように思う。不易流行ジャンルながらも近頃特に目立つ実話もののなかにあって凡百のそれらと一線を画した品格を漂わせていたインビクタス 負けざる者たちといい、被災ものとしても、オカルトものとしても、既存の凡百の作品が到底及ばない品格を備えているように感じられた本作といい、見事というほかない。
 霊力を素材にした作品としては、サム・ライミ監督のギフト['00] が忘れがたい印象を残してくれているのだけれども、それとても『ヒアアフター』に感じた“リリカルに描き出された心痛”の醸し出すディーセントな味わいではなく、僕のなかでは僅かにピーター・ジャクソン監督のラブリーボーン['09] の品格が本作に迫っているように感じられる限りだが、その点から言っても、本作のオリジナリティには、ほとほと感心させられた。




推薦テクスト:「映画通信」より
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推薦テクスト: 「なんきんさんmixi」より
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by ヤマ

'11. 2.25. TOHOシネマズ8



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