『黒い雨』['89]
監督 今村昌平

 二十年前に観たのは '90年の敗戦記念日だった。今村監督作品では、本作と相前後する『楢山節考』['83] や『うなぎ』['97] がカンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞し、『黒い雨』はノミネートに留まっているけれども、僕は三作品ではこれが一番だと思っている。

 いつ発症するやもしれぬ後遺症として、発症前からずっと原爆症に苦しめられ、既に発症している隣近所や身内の看病ともども長らくじわじわじわじわ痛めつけられているさまがボディブローのように効いてきて、次第にやりきれなくなるとともに、中盤にあった重松(北村和夫)の「正義の戦争よりは不正義の平和だと何故わからないんだ」という言葉が沁みてくるようになる作品だ。彼の呟きは、朝鮮戦争の緊迫状況のなかでアメリカが、回避を目指しながらも最悪の場合は原爆投下も必要と発言したことをラジオで聴いて漏らしたものだったが、東西冷戦構造が崩壊した後、ソ連に替わって矢庭に仮想敵国として御輿に担がれるようになった感の強い“北の脅威”なるものが、散々放置してきた拉致事件に俄かに光を当てることで喧伝されてきたなかで、日本国内からさえも核武装の必要性などという暴論が堂々とメディアで流布される状況になっている今、重松のこの言葉を改めて噛み締めるのは、被爆国たる日本に住む者の責務であるような気がした。

 二次被爆に見舞われる矢須子を演じた田中好子が堂に入った演技を見せていた覚えがあったのだが、デビュー作土佐の一本釣りのときとは打って変わって堂々たる主演女優を担い、初々しさと芯の強さをしっかりと演じていて立派だったことに、改めて感心した。初見時には無論父と暮せばは舞台も映画化作品も未見だったのだが、今こうして再見すると、かの作品に織り込まれていた「生き延びていることへの“申し訳なさ”や“いたたまれなさ”といった、心の傷の現れようの不合理なまでの痛ましさ」がきちんと矢須子にも籠められていたことがよく判る。

 また、二十年前に観たときには、エンドクレジットの撮影のところで川又昂に続いてのセカンドに高校の同窓生である近森眞史の名前を見つけ、少々感慨を覚えたのだったが、彼も今や山田洋次監督のおとうとの撮影をピンで担うようになっている。大学の卒業制作の映画を撮るのに女優を捕まえられないと嘆いていたと仄聞したことを思うと、隔世の感があって感慨深い。上映会場でたまたま出会わせた高校の同窓生にその話をしてやると、彼が本作に関わっていたことを知って大いに驚いていた。


by ヤマ

'11. 2.26. あたご劇場



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