『ラブリーボーン』(The Lovely Bones)
監督 ピーター・ジャクソン


 子供を突然亡くした親や残された家族の物語というのは、少なからずの数の映画を観てきた者にとって、よくある話ではあるのだが、この作品のように、残された家族よりも亡くなった少女の魂のほうが物語の軸に据えられている映画には、余りお目にかかったことがなく、とても新鮮に感じた。

 しかも単に亡くなったのではない。連続殺人鬼による手の込んだ殺害の未解決事件であり、被害者家族の隣人が犯人であることが観客には最初から明らかにされていながらも、その犯行が明るみに出て犯人が人の手で懲らしめられる結末に至る過程を見せるような物語ではなかったところが鮮烈だった。そこに拍子抜けなり、違和感を覚える人もいるのだろうが、僕はむしろその顛末にこそ、作り手の提示している主題が浮かび上がっているように感じられた。

 14歳の長女スージー(シアーシャ・ローナン)を近隣に住むミスター・ハーヴィ(スタンリー・トゥッチ)に殺されたサーモン家の人々に起こった不幸の源は、もちろんハーヴィの犯行にあるのだけれども、犯人探しに執着する父親ジャック(マーク・ウォルバーグ)の囚われを支え促し続けたのが“娘を失った悲しみ”以上に、他ならぬ“亡き娘の魂の彷徨”であるように描かれていたことが印象深い。父親の中に生じる感情や直感の背後には常に死んだスージーの魂の存在が影響を及ぼしていて、彼女自身は生者の意を汲んだ手助けをしているつもりながら、そのことが生者の死者への囚われを支え促し続けることで家族崩壊の厄災が引き起こされているようにも映る捉え方がされていた気がする。そこのところに日本の怪談話に通じるものがあるように感じた。

 天国への扉を潜ることができずに彷徨うスージーの魂の囁きなり影を感じ取っていたのが、父親ジャックだけではなく、程度に差はあるものの妹リンジー(ローズ・マックィーバ)や霊感の強い同級生ルース(キャロリン・ダンド)など、幾人もいることが重要で、またジャックにしてもリンジーにしても、亡きスージーの霊魂と意識することなく、勘や虫の知らせとして感じ取るところに納得感があった。

 仕事も放り出して犯人探しに執着するジャックの姿に、日々娘の死に対する責を咎められているかのように感じて耐え難くなって家を出たように見えた母親アビゲイル(レイチェル・ワイズ)が家族の元に戻り、崩壊を起こしていた家族の再生が始まったのが、手助けのつもりでしていることが却って家族を追い込み、危険に晒していることに気づいたスージーが天国への扉を潜ったことからだったのが、とても印象的だった。愛する家族を奪われた遺族を危機の淵から救い出すのは、犯人への懲罰ではなく、死者の魂の救済であることが示され、それこそが遺族の悲しみを癒す唯一のものであり、犯行への囚われは遺族を苦しめるものでしかないという考え方が根底にあるような気がした。それからすれば、先ごろ法制審議会の専門部会が法務大臣に答申した最高刑が死刑となる殺人や強盗殺人などについての時効廃止などは、もってのほかということになる。

 それで言えば僕は、この作品において示されていた死生観のほうに共鳴するところが強い。死後の魂の存在を信じているほうではないのだが、取り返しのつかない結果に対する囚われを支え促すことが、悲しみの癒しに繋がるものでは決してないと思うし、応報を果たしたところで気が済んだり晴れたりするようなことではない気がするからだ。だが、囚われからの解脱を悟ることが救済に繋がるというふうに捉える思想を伝統的に宿していたはずの日本人も、明治維新以来、戦前戦後一貫した脱亜入欧[米]を重ねるなかで、囚われの親戚とも言える“こだわり”を持て囃し、功利への目敏さを賢さと見誤るようになり、刑罰に関しても応報刑論に囚われ、厳罰化を煽るようになってきている気がする。

 この作品におけるハーヴィのまさしく因果応報的最期をもってして、人の手で、“正義”の名の元に罰せられてないから釈然としないと感じるような人が少なからず現われるとしたら、まさしく戦前戦後一貫した脱亜入欧[米]の成果の賜物というほかないのだが、僕には、あまり芳しいことだとは思えない。日本昔話的な顛末としては、むしろこの映画のような形での結末のほうが教訓的に感じられていたように思う。この作品において、犯人ハーヴィが、司直なり遺族なり、人の手によって罰せられてはならなかった理由は、作り手が“脱欧米入亜”のような形で東洋思想的なものを志向していたところにあるような気がしている。



推薦テクスト:「チネチッタ高知」より
http://cc-kochi.xii.jp/jouei01/1001_6.html
推薦テクスト:「olddog's footsteps」より
http://pia-eigaseikatsu.jp/imp/150886/612909/
by ヤマ

'10. 2.24. TOHOシネマズ6



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