『マルホランド・ドライブ』(Mulholland Drive)
『フォロウィング』(Following)
監督 デイヴィッド・リンチ
監督 クリストファー・ノーラン


 デイヴィッド・リンチにストレイト・ストーリーですっかり籠絡された記憶も新しく、新作には期待が募っていたが、僕の好きなブルー・ベルベット『ツイン・ピークス』を彷彿させるスリリングな緊密感と癖のあるユーモアを堪能できる快作だった。『ロスト・ハイウェイ』で印象的だった冒頭の、まるでリンチワールドに誘い引きずり込むような夜道を走る車中から道を辿る映像で始まりつつも、『ロスト・ハイウェイ』のようには加速していくことがなく、定速で流れていく落ち着きのようなものがある。かの作品にはなかったまとまりのよさが象徴的に表われていたような気がする。

 観終えて、そうか、だからサンセット大通りの標識が最初に登場していたのか、と得心のいく、女優として認められたい女の妄想物語だったわけだが、あの若いベティ=ダイアン(ナオミ・ワッツ)の妄想だとしたら、不具合にも思えなくはない懐古的な音楽趣味や思惑と違って殺人を重ねる羽目になる強盗のエピソード、そこに出てくる隣室から貫通してきた銃弾を尻に受け、痛いとわめきながらも蜂にでも刺されたかのような風情でしかない肥満女、カウボーイスタイルの怪しい黒幕や『ツイン・ピークス』のようなカーテンの小部屋、妖しげな劇場など、あくまでもイメージの展開は、作中人物以上に作り手リンチを色濃く感じさせる。物語がどうということでなく、仕掛けとリンチ趣味を堪能する作品なのだろう。ベティといい、リタ=カミーラ(ローラ・エレナ・ハリング)といい、リタではないカミーラとして登場する歌う女優といい、相変わらず彼のこの手の作品に登場する女優たちは、みんな魅力的だ。

 ビリー・ワイルダーのサンセット大通りを想起すると、ダイアンの人物造形には若き脚本家ギリスと今や世間から忘れ去られた老女優ノーマの両方が投影されている一方で、ノーマに執着したマックスの存在は敢えて排除しているように見受けられる。映画監督アダム(ジャスティン・セロウ)には、充分その投影が可能な配置が施されながらもだ。ワイルダーの名作をなぞるかのようなベティの妄想がそうなるのは、彼女がレズビアンであったこととは無関係ではあるまい。その意味では、ノーマにとってのギリスは、ダイアンにとってのカミーラであり、二人の同性愛関係の設定には合理性がある。ギリスとしてのカミーラに着目すれば、アダムはマックスではなく、ギリスにノーマとの関係の清算を決意させた若い女性ということになる。そう言えば、『サンセット大通り』での彼女の名前はベティだった。映像のみならず、何とも仕掛けに満ちた作品だ。


 仕掛けに満ちていると言えば、翌々日に同じく札幌で観た『フォロウィング』にもすっかりしてやられた。未見の『メメント』と同じクリストファー・ノーランの監督デビュー作品だが、メメントのチラシに“試されるのはあなたの「記憶」”とあるのがそのまま当てはまるような作品だった。時間軸をバラバラに交錯させて構成されたシーンとストーリーが、イヤリングやパンティ、ハンマーやひげ剃りといった小道具によって、次第にパズルが嵌まっていくようにして全体の姿が繋がり見え始めていくスリリングな快さは、単に頭脳ゲームとしての心地よい緊張感を促してくれるだけでなく、簡潔で抜かりのないショット自体の快感と相まって興奮を呼び起こしてくれる。途中で何度も「そうか、そういうことだったのか」と試された記憶の反芻を楽しみながらも、そのようにして了解し、納得しつつあっただけに、最後まで気づかされることのなかった仕掛けにしてやられた。

 ビル(ジェレミー・セオボルド)が何のために罠に掛けられたのかという仕掛けにヒネリが入っているところが見事だし、なぜ彼が狙われたのかにしても、なぜ彼がコッブ(アレックス・ハウ)に付き従ったのかも納得のいく設定がなされている。ブロンドの女(ルーシー・ラッセル)も魅力的だったし、近く観る機会が得られそうな『メメント』が俄然楽しみになってきた。一回観ただけでは捕捉しがたい気がするほど張り巡らされた仕掛けに、リピーターを生まずにはいられない作品であるところなど、『マルホランド・ドライブ』とも共通する魅力だ。

 だが、二つの作品をさして時を違えずに観て、そのように感じたからこそ、『マルホランド・ドライブ』がそういう刺激的な面白さだけでなく、観終えた後、ある種の情感を誘発してくれるところにリンチの大きさを再認識した。クリストファー・ノーランの作品には、そのような情感の誘発を僕はされなかった。




*『マルホランド・ドライブ』
参照テクスト:掲示板『間借り人の部屋に、ようこそ』過去ログ編集採録

推薦テクスト:「帳場の山下さん、映画観てたら首が曲っちゃいました」より
http://yamasita-tyouba.sakura.ne.jp/cinemaindex/2002macinemaindex.html#anchor000779
推薦 テクスト:「チネチッタ高知」より
http://cc-kochi.xii.jp/jouei01/0208-3mulholland.html


*『フォロウィング』
推薦テクスト:「This Side of Paradise」より
http://junk247.fc2web.com/cinemas/review/reviewh.html#following
by ヤマ

'02. 3.28. 札幌シネスイッチ
'02. 3.30. 札幌シアターキノ



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