『サンセット大通り』(Sunset Boulevard)
監督 ビリー・ワイルダー


 仕事がなく月賦屋に追い回されていた若き脚本家ギリス(ウィリアム・ホールデン)がたまたま逃げ込んだ先が、今や世間から忘れ去られた嘗ての大スター、ノーマ(グロリア・スワンソン)の邸宅であった。資産は有しながらも、過去の華やかさを今だに夢見続け、過去を過去として区切れないでいる最早年老いた女優の心そのままに、邸宅は、荒れすさんでいる。ノーマは、自分が老いて美貌を失ったことや女優として落ちぶれたことを認めたくない。その思いが募って、「私は、昔のように華麗にスクリーンにカムバックするのだ…」と、現実を繕いながら自分に言い聞かせ続けている。最初の夫であり、離婚後は、一流監督の名を捨て、彼女への執着ゆえに忠実な執事として傍に仕えているマックス(エリッヒ・フォン・シュトロハイム)は、彼女の夢を守るべく、一緒に現実に背を向けてノーマに尽くしていた。

 この、それぞれの妄執につかれた二人は、ギリスにとっては不気味ですらあるのだが、孤独な老女優は、ギリスの若さに、またギリスその人に恋し、執着し、彼に金品を貢いで生活の保証を与える。若さはあるが金のない男と金はあるが若さのない女とが、その相互の持てるものへの未練ゆえに、極めて不自然で屈折した関係を結ぶ。女にとって男は、今や彼女のアイデンティティとも言える思い込みを支えてくれる、唯一の実在する存在であり、それゆえになりふりかまわぬ執着ぶりを見せる。男は、自分で自分の生活すら立てられぬことへの自嘲とともに、唯一自分の存在を必要としてくれるものに対し、“よくしてくれた”ことへの恩義でもって自身の堕落を甘受している。

 しかし、そんなギリスが、彼の前にもう一人、自分の存在を認め、求めてくれる人物が現われたことによって、目覚めるべき自身に目覚めていく。ベティの存在を知ったノーマは、二人を引き離すべくギリスと自分の関係をベティに告げる。あまりの醜怪さに怒ったギリスは、彼女の欺瞞に満ちた生活を暴き、現実を突きつける。そして、一切を清算してハリウッドを去ろうとするのだが、今まで避け続けてきた現実を恋する男から一挙に突きつけられ、錯乱したノーマによって執着のあまり撃ち殺される。そして、ノーマは、発狂してしまうのである。

 過去にケリをつけようとした男は、過去にケリをつけられないで妄執に引きずられて生きてきた女によって殺され、女は、最早ケリをつけようにもつけられない世界へと旅立っていったのである。げにも凄じきもの、妄執。哀れでやりきれなさが残る。



推薦テクスト:「帳場の山下さん、映画観てたら首が曲っちゃいました」より
http://yamasita-tyouba.sakura.ne.jp/cinemaindex/2002sacinemaindex.html#anchor000781
by ヤマ

'85. 2.21. 県民文化ホール・グリーン



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