鉱山探索の実際

探索の実際

ある銅山跡

-机上編-

ある道北の地方にある郷土資料館を訪れた。
ここは地元特産品の販売と町の歴史を紹介する資料館を兼ね備えた施設だ。
そこには町史と鉱業のコーナーがあり、銅山に関する資料や鉱床図、使用された道具類が展示してあった。

特産品も扱う郷土資料館           展示されている鉱床図            地誌に記載された銅山の歴史 

了解の上、鉱床図を撮影しその銅山の歴史に関する資料のコピーを頂いた。。
銅山の名称、歴史的背景、そして位置を確認した後は、現況の地形図と照合し場所の割り出しを行う。

現地に持参するGPSに転記するのはもちろん、紙の地形図では現状を十分推理しておく。
「白木橋」の手前にゲートがあるが、これは現時点ではわからない。
この段階では、車両にて標高643m付近まで林道で入山する予定である。

その643m地点から銅山跡までは地形図上で約2cm。つまり実際は500mの予定だ。
そして銅山跡の標高は等高線から680m付近となる。


33●が銅山跡                 ハンディGPSに転記              現況地形図で推理 


つまり500m進んで37m登るので、その斜面距離は502m、角度は4.2度となる。
(√500*500+37*37=501.367。atanΘ=37/500=4.232。)
確かに等高線の間隔は緩く、なだらかな傾斜に見える。
但しこれは直線での話なので、斜面距離は1.5倍の750m程度と思われる。これなら徒歩15分から30分の予想だ。

そしてGPSには幅1.5メートル以上3メートル未満の軽車道が川沿い左岸に描かれている。
紙の現況地形図には描かれていないので、もしかしたら廃道と化し、沢を歩くことになるかもしれない。

これで沢足袋やウエィダーの装備の必要性と、現地廃坑跡探索1時間として入山から下山までおよそ2時間程度の工程を予想する。


-準備編-

今回の探索時期は10月のはじめという、ヤマでは初冬に近い時期だ。積雪は考慮せず、スノーシューは持参しない。
長靴は薄く危険のためほとんど使用しない。ビブラムの登山靴にスパッツ、アンダーに化繊のスポーツタイツと登山用のパンツ。
トップは発汗素材のアンダーにトレーナー、マウンテンパーカーとキャップと指先の無いグローブを使用する。
沢歩きの予定があるので、ネオプレーン素材の靴下とウエィダーを準備する。

坑道がある可能性が高いので、ヘルメットとヘッドランプ、LEDライトを予備を含めて2本。
ストックといつものリュックに非常食、ファーストエイドキットと雨具類、防水処理した地形図、5mのザイルとマーキングテープ。
アクセスは鉱山跡近くまで入山する予定なので、MTBは今回準備しない。
常に身に着けるウエストバックにカメラとGPSと熊鈴、酸素濃度計と蜂除けスプレー、そして熊除けの爆竹。

昼食はどこで食べれるかわからないので、1L程度の飲料水とコッヘルと携帯コンロ、インスタントラーメン、そして非常食も準備した。

札幌圏内から現地までが片道約300km。
車両の移動が片道5時間。現地の探索が前述のとおり2時間、予備と昼食で3時間の工程とする。

もし、予定の銅山が入山不可、若しくは何も無い場合の無駄足に備えてアクセスの途中の予備の探索予定鉱山を2.3箇所検討しておく。



靴は予備も。指なしグローブ        ザイル・マスク・マーキングテープ・コンロ類・蜂除けスプレー    

それでは鉱床図と現況を照らし合わせてみよう。
鉱床図は1:15000の縮尺で鉱脈や断層も描かれているため、非常に見にくい。
現況の地形図と照らし合わせるヒントは「河川」「標高」「等高線の形状」だ。道路などは大きく変化しているためあてにならない。
鉱床図を少し紐解いてみよう。

まずは見にくい鉱床図をマーキングして、道路、河川、遺構、距離を確認する。
今回は更に詳しい踏査図も入手しているので、こちらも併せて確認する。
鉱床図では川の別れに「鉱山事務所」の記載があり、そこから1,500mで鉱山に達する。
鉱山付近には鉱床番号が振ってあり、3か所の坑口(↓)が記載されている。

踏査図は標高680m付近に「探鉱事務所」がありその対面に「1坑」、その奥に「2坑」。
更に「銅山の沢」を遡り「3坑」がある。ちなみにこの踏査図の尺度は記載されていないため距離は不明だ。

次に現地形図にこれらをプロットし、位置関係を把握する。
あとは現地でこれら資料と沢や谷や尾根とを見比べるのである。


鉱床図の原図                 河川、鉱床にマーキング             更に詳しい踏査図             現地形図で検証(↑付近が廃坑跡) 

-アプローチ編-

日帰りで予定しているので、出発は金曜の深夜23時。現地に近い町まで250km走行し鄙びた展望台のある公園で車中泊。
移動中にデジタル機器は十分充電する。
早朝6時には起床し、簡単に朝食を済ませる。展望台に登りサイトのファーストフォトを撮影する。
その後即、山に入り午前8時、林道を進み想定外のゲートに到達する。


地方の展望台のある公園                 街を見下ろす              林道を進むと橋の手前にゲート 

ゲートは前述の「白木橋」の手前でダイヤル式の南京錠のかかった亜鉛メッキの無骨なものだ。
ここから鉱山跡までは地形図上で5cm、直線距離にして1.25kmとなる。
これなら徒歩で30分、往復1時間でも全体の工程に大きな影響はない。

ゲート手前で車両を転回させ、十分道路幅があり、土砂崩れの危険性のない場所に停車させる。
車内の外部から見える位置に、緊急連絡先を記載した入山中の表示を掲げておく。
ここですべての装備を整え、残念ながらMTBは持参しなかったため、あとは林道を徒歩でアクセスする訳だ。
車両のキーは落とさないように、チャック付きのウエストバックの内ポケットに収納する。

羆除けの鈴は以前、探索中に破損して不安な思いをしたことがあるので、
音色の違う複数個をウエストバックとリュックに装着する。
いつもの後姿の自分撮りを行うために、カメラには小型の三脚を装着し、落下防止のためコイル付きのワイヤーでバックと接続する。
ストックを忘れないように車両を後に歩き始める。

林道には大きな水たまりがあるが、下手に避けて渕の部分を歩くと勾配で滑る危険がある。
ネオプレーン(ウエットスーツ素材)の靴下のおかげでぬれても寒さを感じない。

自分撮り用に三脚と落下防止チェーン   当初は林道歩き                大きな水たまりは中央を通る 

鉱山跡への分岐となる沢はどこも同じ風景で、特定が困難だ。
GPSでの現在地確認も重要だが、今回は白木橋から林道は川の左岸を通り、2本目の沢を西へ入る。
しかし地図上は2本目でも、実際には枯れ沢や更に複数の沢も存在する。
高度計は気圧の影響でのずれが発生するし、白木橋からの距離、そして東南の937mのピークを目印に進む。

それらしい沢に到達した。鉱山道路の存在を予想したが鹿道が少しあるだけだ。
藪を進むより、沢を歩いたほうが良さそうだ。
そろそろ遺構があるかもしれないので、人工的な石垣、赤い沢の流れ、鉱山道路の築堤等に留意しながら登る。
沢の水深は少なく、石伝いに登るのでウエィダーは使用しない。


朽ちたヒューム管のある沢          鉱山事務所付近に残存する石垣      赤い沢は鉱山特有の場合が多い      水没しつつ登る 

ここからは周囲の状況に特に注意を払いつつ、沢を登る。
藪の繁みの薄い平場、枯れ沢、腐敗した木の臭い、鹿道、何らかの人工物、鉱泉と硫黄臭、ズリ山、植生の無い禿山、
こういった少し不自然な風景が遺構発見の糸口となる。


突然の藪の無い平場             謎の人工物                  湧水する温泉水と硫黄臭          植生の無い小山 

ヒグマにこちらの存在を知らせるために時折、爆竹を鳴らす。
以前はラジオを響かせて歩いた事もあったが、現在はホイッスルも吹きながら歩く。
のある植物やヒルなどもいるので、不用意に周辺の木々には触らない。

爆竹、笛、廃墟のドアで使用するストッパー      爆竹の煙も効果的          トゲのある植物 

少し沢を登ると砂防ダムが現れた。これが地形図上に在れば非常にいい目印になるが、今回記載されていない。
前述のコンパスのリングを利用した目的地方向の確認とGPSによる現在地確認を併用する。
そして分岐やポイントとなる地点にはマーキングテープを巻き付けて遭難を避ける。
いよいよ沢も狭まり標高650m付近まで来たようだ。
沢の左岸にRC製の遺構が現れた。これが「探鉱事務所」付近らしい。
続いてこの「探鉱事務所」を背にして南西に進めば「1坑」のはずだ。

砂防ダムを巻く                 マーキングテープ                標高650m付近               遺構と平場の出現 

-到達編-

「探鉱事務所」を現在地にし、「2坑」付近を目的地にして再度、コンパスを合わせる。
ここからは激藪の完全廃道となる。
付近をしばらく探索したが埋没したのか、「1坑」は未発見であった。
藪を超えると沢が現れた。少し霧が出てきたが、これは踏査図通りで続いて「2坑」を目指す。
目的はこの沢の左岸で登りながら右手の斜面を探す。

そして出現した坑口である。沢沿いの斜面にぽっかりと開く穴。
こんな山中に人知れず、かつての産業遺産が眠っていたのだ。
坑道内は暗く、すぐに埋没している。ヘルメットを装着しLEDライトを取り出し隈なく確認した。
写真は記録的に道、沢、分岐、動植物、そして自分撮りと一回の探索でおよそ300〜400枚は撮影する。

続いて「探鉱事務所」に戻りさらに上流の「3坑」を目指す。帰路も目を凝らして付近を確認する。何か遺構があるかもしれない。

完全廃道                     激藪の先の沢                2坑 坑口の出現                その坑道内 

登り道は折り返してもきっと下れるのでいいが、不用意に下ると登れない可能性があるので留意する。
藪には少し獣の臭いがある。鹿ならいいが・・・。大きな痕跡があったらすぐに撤退しよう。

「探鉱事務所」と「2坑」の距離はおよそ100m。「3坑」までの距離はおよそ1.5倍程度なので200mを超えたら間違いだと言うことだ。
再び沢を遡上する。目指すは標高690m、沢の左岸、右手方向だ。こんな険しい場所に鉱山などあったのだろうかと不安になる。
転がる不安定な岩や苔むして滑りやすいものもある。
そして踏査図の語る沢向こうの坑口。「3坑」だ。到達できたが藪の激しい時期なら発見できなかったかもしれない。
付近の沢には腐食したフランジが転がる。このような細かい遺構も多い。
昼を過ぎたので、付近の平場で昼食を取った後、沢つたいに下山した。

「探鉱事務所」を背に登る           斜面に坑口跡                 ほぼ埋没した坑口               沢に埋もれるフランジ 

今回は3か所の坑口のうち2か所に、そして探鉱事務所跡とフランジとかなりの勝率の発見であったが、何も発見できない時も多い。
時間配分だけは十分に検討して入山しないと、暗闇の帰路は非常に危険だ。
今回は踏査図という資料の成果が大きかったが、せいぜい直径2m程度の穴を山中で見つけるのは至難の業だ。
諦めも肝心だが、簡単に諦めないことも重要だ。
車両に戻ったら、ダニが服やザックに付着していることが多いので良く払うこと。

また鉱床ゆえの特性も把握しておいた方が有利だ。
今回は銅山だったが、露頭があり地下深いものでも1,700m前後で、鉱体が粘土に包まれていることが多い。
採掘と保坑に手間がかかる例が多く、個人の狸掘りのような小鉱山は少なく大規模な遺構が多い。
また硫化鉄鋼を常に伴うので、坑内水は強い酸性の場合が多く、ポンプや周辺機器にも耐酸性の装置が必要となる。

(※本鉱山はフィクションです)


危険とその対応

-廃坑跡の危険要素-

基本、管理されていない鉱山跡にはそのアプローチも含めて多くの危険が存在する。
軽登山や沢登り、雪山登山の要素もあるが廃墟に付随する危険も多い。
単独行が多いため、少し臆病に山に入るようにしているせいか、これまでに大きな事故には遭遇していない。
しかしヒヤリは何度もあるので、まずは登山、そして廃墟に関する事例について紹介したいと思う。

@動植物との遭遇

・ブラキストン線を超えた北海道のヒグマは凶暴で人身事故は毎年発生している。
これまで斜里と広尾でどちらも車窓から遭遇したことがあるが、一瞬で向こうが逃げて行った経験がある。
徒歩の時はとにかく出会わないように、鈴、ラジオ、笛、爆竹等を多用して対策している。

・山ヒルは皮膚に食いついて吸血する。大きな痛みは無いが無理に取ると頭だけが残ってしまう。ライターで炙りながら落とすとそっと剥がれる。

・野犬は岩尾鉱山登山中に遭遇した。白い大きな犬で遠目に逃げて行ったため事なきを得た。一人で山中で出会うとやはり恐ろしい。

・蛇は夏から初秋にアオダイショウに度々遭遇する。岩場や石垣に潜んでいて、たいがいはすぐに逃げてゆく。しっかりした靴とスパッツを使用し、ストックで藪を掻き分けながら歩く。

・マダニは赤い1mm程度の蜘蛛のような8本足の虫だ。吸血し病気を媒介するのでニュースでも話題になっている。
刺されたことは無いが一回の探索で数匹が服に付着していて、洗濯しても生きていたことがあった。探索後によく払うようにしている。

・蜂は美唄炭坑北洋鉱山奔別炭坑などでスズメバチと遭遇している。
独特の「カチカチ」音で威嚇するので、黒い服を避けて早々に立ち去るようにしている。

・トゲだらけの植物や弦は知らずに触れてしまうことがある。ヤマウコギやハリギリの木には夥しい棘がある。

雪原に羆の足跡               これはヒグマではなくエゾタヌキの溜め糞  アオダイショウ                坑口上に巨大なスズメバチの巣

A自然の危険

・落石、土砂崩れは自分の上下ともで起こりうる。足元が崩れる危険もある。これは落雪や雪崩も同様だ。

・スノーブリッヂは谷間に覆いかぶさった雪道で、空洞の中央部が突然崩れる時がある。

・雨天に備えて雨具は常備している。雨具の金額と性能は比例する。朝露だけでもかなり濡れてしまうし、雨天を理由に探索を中止することは少ない。

・泥の表面だけが乾燥し、内部が底なし状態の汚泥がある。奔別炭坑では、突然足元が崩れ股下まで埋没したことがある。

・斜面を下るときは、折り返したときに、そこを登れるのかよく確認してから降りる。


崩れる斜面             この沢が雪で覆われると空洞となる     沈殿池は底なし沼だった           登れるかどうかが判断基準 

B廃墟・鉱山跡の危険

・突然開いた穴、板の下が空洞または深いプール、2Fの床が消耗など気づかず落下の危険がある。

・腐食した階段、手摺、床は突然落下することがある。2人目以降で落ちることもあるので注意が必要だ。

・汚泥の沼は足が抜けず、身動きが取れなくなることも・・・。石を投げたり板を敷いて足場を作る。

・廃墟に散らばったガラス、またはFRP系のガラス繊維も刺さるので注意だ。

・変電施設などのコンデンサーに電流が滞留している可能性もある。うかつには触れない。引火性のガスと静電気にも注意する。

・飛び降りた床、足元、掴もうとした建築物から腐食した釘が出ている場合も在る。ブーツの中敷きにはアルミ製の踏み抜き防止材を挿入している。

・廃墟に残存する薬品等、劇薬容器の突然の破損で舞い散る場合も在る。とにかく触れないことだ。



床に開いた突然の穴            腐食激しい階段は大丈夫だろうか       コンデンサーやリレーは感電に注意    薬品や引火性の物質も棄てられている  



・滞留した汚水が溜まった坑道や通路もある。いつもは我慢して水没するがあまりの異臭には注意している。

・坑道内や地下部屋では酸欠やメタン系・硫酸系のガスの滞留がある。一般に酸素濃度が18%未満になると人体に影響があり、ガスにおいても間髪入れず昏倒の可能性がある。
酸素濃度計やガス探知機での確認を怠ると生命にかかわる。

・ボンベや消火器の部類もよく廃墟に残存している。黒い酸素瓶で14.7Mpa、つまり1cm四方に150kgfの圧力がかかっている。破裂すればロケットの様に飛んでいくだろう。

・居住者との遭遇。何らかの事情で廃墟などに住み着いた人もいるかもしれない。

雄別炭坑ではサバゲー集団と偶然遭遇した。お互い驚いたが、先方はマスク取って一礼するような方々だったので事なきを得たが、いつもそうとは限らない。



滞留した深い汚泥               酸素濃度計での確認            切断機のガスが残存             坑道内に誰かの生活跡  



鉱山跡探索へ

トップページへ