@立坑の背骨−櫓と制御系の技術史
《目次》

  1. 世界で最も浅いケーペ式巻上機
  2. -100mLまでの路
  3. 新技術『トラベラ』
  4. 電機のはなし
  5. 協業、富士電機(株)とデマーグ社
  6. 正月4日の転身
※目次クリックからリンクしています


世界で最も浅いケーペ式巻上機

空知立坑

 空知立坑を中心とした付近の断面図である。

地底と地上を結ぶ垂直の門、立坑櫓とは

 立坑とは地下に向けて掘られた垂直のトンネルのことで、エレベータのように坑底と地上を繋ぎ、
地下深くで採掘した原炭や鉱石、ズリ(岩石や鉱滓)そして人員やトロッコを短時間で効率良く運び出すための設備である。

この穴の直上に据え付けられた立坑櫓(たてこうやぐら)はロープの両端に吊るした 「ケージ」(=鳥かご)人やトロッコを載せる1〜4階建ての箱と呼ばれる箱をつるべ式に配置し、
機械的な律動により地底と地上を行き来する。

その駆動には電動機が接続された大型の滑車が用いられ、運転・停止・加速・最高速・減速、
そして再停止までの一連の動作が精緻に制御される。
ケージには、坑底に向かう鉱員たちの姿、そして掘り出された原炭を満載したトロッコの重さが交錯していた。
立坑櫓とは、機械と人、そして資源をつなぐ結節点。
その心臓部とも言える場所に、時代の技術が集約されていた。

昇降の風景−立坑と櫓に息づく構造美

  立坑分類

 立坑櫓を形式的に分類すると、その構造と機器配置によって大きく二種類に大分される。
言わばメインの機器である 「ケーペプーリ」動力滑車 や電動機(=モーター)などが下部(地上付近)に設置される『グランドマシン』型。
そしてそのグランドマシン型の中に、形状により『R』『A』『H』型などがあり、
これらは重心の安定性を重視した造りが特徴だ。

一方、それら重量物が塔上に設置される『タワーマシン』型。
機械のすべてを高所に置くことで地上スペースを軽く保ちつつ、垂直方向への機械制御を洗練させた設計だ。
そして形式は時代や技術進化に応じて細やかな変遷が見られる。

この分類には、地理と風土が深く関わってくる。
鋼が引張・圧縮に対して強度が高く、軽量化が図れることから、
鋼製櫓が日本では主流となっていた。
地震の少ないドイツでは、台風も少なく高層建造物にとって立地がよく、
重量物が塔上にあるタワーマシン型の塔型櫓のシェアも大きい。
しかし地震大国日本ではタワーマシン自体が非常に稀で、 著名なのは福岡県の志免炭鉱、そして 羽幌炭鉱 である。

志免炭鉱 立坑櫓
志免炭鉱 立坑櫓

写真提供
【平野義文】様/ 【kaname(ファッション廃墟探索者13号)3級】様/ 【jyukochodai飛ぶハグa.k.a.Rain is Gone】様/
【MOONDOG@西の雨神今年は虚弱体質】様/ 【錆汁男優】様/ 【歩鉄の達人】様/ 【vかにv赤平市の民泊「かなちゃんち」】様
【クリスチーネ峯子】様/ 【タケ】様/


空と地を結ぶ塔−全閉鎖型構造新H形の思想

 空知立坑においても羽幌炭鉱運搬立坑のように立坑櫓周囲が外壁で覆われている。
マウスon 羽幌炭鉱運搬立坑

この閉鎖設計は北国特有の厳しい気候と対峙するための知恵である。
立坑内部を閉鎖構造にすることで、降雪や降雨の侵入を防ぎ、
かつ内部空間を外気から切り離すことで、吊りロープの損傷を抑え、
ロープスリップ(滑動)に対する安全率を高める効果がある。
加えて、坑口暖房の効率的な運用にも寄与し、寒冷地炭鉱の稼働安定性に大きく貢献している。

羽幌と空知――両者は外観こそ似ていながら、その骨格には明確な違いがある。
羽幌は重量機器を塔上に配した『タワーマシン型』であり、空に向かって機械が伸びてゆく構造。
一方、空知は動力滑車やモーターなどの主要機器を地上に置く『グランドマシン型』であり、
地に根を張る安定感が際立っている。
貌は似ているものの重量構造物の配置が塔上(羽幌)/地上(空知)と内部構造は大きく異なっている。

空知で採用された構造は、特に『新H形』と呼ばれる型式である。
これは従来のH形からの技術的進化を象徴しており、
機能性・気候耐性・空間効率の三点において高い完成度を見せているが、
H型の周囲を覆ったものが新H型ではない。
後述するが新H型の最大の特徴はヘッドシーブ(無動力滑車)の配置にある。

新H型は理論上、横揺れを抑える構造として設計された。
だが、現場では立坑櫓が激しく揺れ、
その「安定性」は紙の上だけのものだったことが、後に明らかとなった。

立坑櫓の姿は、ただの建築ではない。
地域の気候に寄り添い、技術の蓄積と安全への配慮を結晶化したもの
―その静かな輪郭に、空知炭鉱の思想と工学美が宿っている。

垂直の知恵−立坑櫓の機械的秩序

空知立坑断面図
立坑断面図

まずは立坑櫓の断面図を見ていただこう。

【建屋】
この塔型建屋は全閉鎖型構造で、頂までの高さは30.75メートル(@)。
一見してコンパクトに映る櫓は、実はシーブ(滑車)(F)の独特な配置に由来する。
この配置によって、櫓全体が低く抑えられ、巻上運転士の視線は自然と坑口へと届く。
このある角度で向き合ったヘッドシーブの配置が新H型の特徴だ。
機械と人の視線が交差するこの設計は、効率だけでなく現場の静かな配慮を物語っている。

【立坑】
立坑本体(A)は仕上がり内径直径6m、深度285m、(255m+30m)、
地層状況に応じて、鉄筋コンクリート壁/ブロック壁/コンクリート壁を併用し、
出水か所の防水構造を徹底したのが特徴である。

水準(深度)については海抜-100mの既設斜坑底から水平展開が可能なことから、
立坑坑口海抜である+155mから-100mまでの深度255mと設定された。

坑内運搬系統図
坑内運搬系統図(本図では立坑標高152m)

坑底以下のサンプ(Sump=水溜め)が30m確保されたため、
合計深度は285m、(255m+30m)と決定した。
これは工期3年間という短期間も影響している。

【ケージ】
巻上設備としては人員専用/人員兼用/石炭専用の三種類に大別される。
人員専用及び兼用(ケージ)のものは巻上能力よりも保安に重点がおかれ、
石炭専用機(スキップ)は運搬能力に重点が置かれ、
経済効果を狙って大容量、高速型の大型巻上機となる。
空知立坑は2台の人員兼用ケージが設備されていた。

立坑内を上下動する「ケージ」鳥かご (B)は1段あたり1.6m3、幅4,800mm×奥行1,250mmの2階建ての箱で、
人員なら27名×2階=54名(3,510kg)、トロッコなら2車1段×2段=4台(5,120〜7,600s)のケージ巻として、
巻上能力の向上が意図された。
ケージの床にはレールが敷設してあり、トロッコ2輌か人員のどちらかを載せることができる。

(C)±0=EL154.638mというのが地面である。
ELというのは海抜のことで立坑櫓の立つ地面の標高は約155mにある。

【ケーペホイール】
「ケーペプーリ」動力滑車(D) は地上3.35mの所に設置してあり、
これにギヤやモーターが接続、いわば駆動輪である。
これらメインの駆動機器である重量物が地上付近(2階)にある。

【安全装置】
キャッチフック(E)(地上から10.4m)というのは鉄の爪で、
ロープ破断などの緊急時、
「ケージ」人員・炭車輸送用の箱 が上部へ暴走した場合の強制停止機構であるバッファ(クッション)への衝突後の
ケージ落下防止用の安全キャッチである。

この10.4mという過巻距離は、ケージが最高速度4m/sで上死点を通過し、
過巻開閉器により強制非常制動された場合、
最悪の荷重条件でも停止できる距離として維持されている。

キャッチフック キャッチフック

過巻防止用開閉器(G)
立坑櫓上死点の中心部に備え付けられた直径φ500mmの回転型リミットスイッチだ。

立坑巻上機の事故の大半は過巻を原因とする。
過巻とは何らかの要因により規定の場所でケージが停止せずに、空走して通り過ぎることである。

この対策として櫓上部に空走区間と坑底にサンプと呼ばれる余裕高さが確保してある。
万が一、過巻事故により停止位置を超えた場合でも、
その余裕距離内で衝突することなく安全に停止できるように設備されている。
この余裕距離は巻上の速度と非常ブレーキの性能によって左右され、
過巻距離は速度の二乗に比例する。

この直働式巻過防止装置は ブラウンボベリ社(BBC) が1954年に開発した落下重錘式非常ブレーキの改良品となる。
重錘形リミットスイッチを備えており、巻上用ワイヤロープを巻き過ぎると、
減速度が重力を超えないようにウエイトが押し上げられ重錘レバーに接触、
リミットスイッチの回路を開き、電動機のに非常制動がかかることとなる。

過巻防止用開閉器 過巻防止用開閉器

【滑車】
「ヘッドシーブ」無動力滑車(F) というフリーの滑車が地上から20.35mに2個あり、
この滑車にワイヤーロープを掛けることで、重みがシーブとワイヤーの接地面に集中、
摩擦が増えることでロープの滑りを防止するのである。

空知立坑はヘッドシーブ(F)の配置が独特である。

プーリー 滑車の配置

図のように「ヘッドシーブ」無動力滑車(=青/緑) と「ケーペプーリ」動力滑車(=赤) が水平断面(上から)で見ると三角形を形成するように配置されている。
赤滑車がモーターに接続し駆動、ブレーキもこのケーペプーリに作用する。

巻上櫓塔上には直径5mと6mのヘッドシーブが各1個設置されているが、
これはリム部分に摩耗代の大きな特殊鋼使用した全溶接構造となっている。
長期間の取替が不要な仕様であり、
その上部には設置用の7.5t電動クレーンが据え付けられている。

ヘッドシーブ ヘッドシーブ

この配置には数多くの利点があり、駆動軸であるケーペプーリが立坑に接近することとなる。
その距離は『R型』に比較して20〜25m、『H型』に比較して5〜8mとなる。
これにより坑口敷地面積がコンパクトに低減できる。

ケーペプーリ/坑口距離 ケーペプーリ/坑口距離

またロープがヘッドシーブとケーペプーリの間を垂直に渡ることで、
横振動の発生を防ぎ、安定した巻上が可能となる。
直径5mと6mのヘッドシーブは同じ高さに設置され、櫓高さの低減、ひいては経済性に貢献する。
2枚のヘッドシーブの直径が異なるのは、
奥のケージと手前のケージにそれぞれワイヤーロープを降ろすためだ。
ただし現実の運転ではロープスリップが発生し、運転台のペダルで頻繁にゼロ位置校正を行った。

【ブレーキ】
上下動するケージは坑底や坑口の定位置で減速そして停止させなければならない。
そのためにケーペプーリに作用するポスト型ブレーキ装置が設置されていた。

ブレーキ 主制動機 副ブレーキ 副制動機

これは速度の制御にも利用され、ケーペプーリを挟み込む主制動機と、
歯車減速装置(ギヤ)とケーペプーリ間の継手を挟み込む副制動機が設置されていた。

副制動機は主制動機と独立して作動し、ケーペプーリが停止した際、
メインロープが反動し、発生する逆回転しようとする力に抵抗、
その暴走を静かに阻止するために作用した。

ブレーキ 制動装置

最終的な制動は重錘(おもり)による重力での制御となり、緩めるのはシリンダーによるものであった。
リンクを介して作動するのでタイムラグが発生するものの、安全値を大きくするために、
空気圧を使用しての常用/非常制動と重錘を利用した非常制動を組み合わせた形式であった。

-100mLまでの路

深部へのまなざし―掘削前夜の静かな工程

 明治23年の開坑から約70年経過の昭和32年、空知鉱業所にとって過渡期の準備時期であった。
その中でも最も歴史ある空知礦は稼行中の「興津坑」と「竜田坑」のマイナス100m水準以上が終屈となる状況であった。

立坑建設前鉱区
立坑建設前鉱区

立坑計画前は興津坑、竜田坑、金井坑の三坑よりなり巻上斜坑が9か所も存在した。
その内6か所は地層のかく乱地帯を貫き、維持困難な木枠支持であった。
それは夜間作業の支繰夫によって、辛うじて坑道断面の維持を図っている程度であり、
しかも周辺の確保炭量は底をついている状態で新区画開発か深部移行への選択を迫られてる状況であった。

鉱区
鉱区

地底への垂直−立坑が選ばれた理由

伏見富山地区の開発も一案ではあった。
だが既設の斜坑設備では運搬能力が限られ、
当時、強く要請されていた単価引き下げの流れに抗う結果は、避けようもなかった。

新区画開発の場合は延長する既設斜坑の1,700mに及ぶ覆工管理が必要となる。
つまり坑道内の全木製支保工を再点検して、修理や取替の工事が不可欠となる。
深部移行の場合は斜坑そのものの方向が悪く、稼行区域から遠ざかる向きであった。
これら問題から対策を行っても620t/日の出炭しか見込めず、
結果的に立坑による新区画開発計画が静かに模索されることとなった。

立坑位置
立坑位置(赤丸)

立坑の場合は1,600t/日の出炭が可能、機械化を推し進めることで、
余剰人員を採炭作業に配転し、総体人員を増加しないで増産を図る未来へ向けた軌道が描かれた。

そこで原料炭の埋蔵量が豊かな深部の炭層状況を踏まえ、
鉱区のほぼ中央、選炭機付近に運搬立坑を開削し、坑底からの坑道を展開、
同時に運搬機の効率化と自動化を図り、人員は据え置いた状況で、
当時の日産850tから1,500tに増産することで将来に向けての炭鉱生存と基盤の発展が計画された。

この立坑は、単なる縦の空間ではなく、炭鉱の生存と基盤の刷新、
そして技術と経済が交差する一点に刻まれた、ある時代の決断そのものであった。

深さを定める手−立坑工事、静かなる始動

 空知炭鉱の中枢を担う空知立坑は当時の空知坑の命運をかけた一大合理化工事であり、
昭和32年(1957)7月工事着手、直径6m 深度285mのコンクリート及びコンクリートブロック築壁の構造であった。
その2年後の昭和34年(1959)には直径6m、深さ285mの立坑本体、
そしてその内部装備は完成し、坑底坑道における機械基礎工事が進んでいた。

その後、坑口操車場、総合繰込所の建設を待って昭和35年(1960)春に完成、5月から本格的な運用が開始された。
総建設費16億円(現在の価値で115憶円)の巨費を投じた運搬立坑は、
僅か3年で完成に至る金字塔を打ち立てることとなった。
地下285メートルへの垂直の道は、空知炭鉱の未来を深く掘り進める希望の象徴となった。

空知立坑
空知立坑 完成時

新技術『トラベラ』


炭の出口を定める―揚炭坑口の集約と配置戦略

  立坑建設前に従来3か所あった揚炭坑口は新規の巻上立坑に集約することとなった。
その計画から立坑位置は埋蔵炭量の重心部で鉱区の中心と決定された。

掘削する立坑坑道が地下の採炭跡を通過する可能性が高いため、
旧坑水の残存と立坑側圧(立坑坑道と旧坑道の距離)が問題視されが、
ボーリングの調査結果等により支障がないことが確認された。
 
掘り進む知恵−坑道掘削と支保技術の合理化

 空知立坑の建設と並行して、既存坑道を含む支保工の全面的な合理化が進められた。
既設坑道を含めて支保工の鉄化、コンクリートブロック化が立坑建設と共に推し進められた。
木枠坑道の減少により坑木使用量は削減、坑道延長も立坑建設前の32,461mから19,964mに減少した。
支保の鉄化率も74.7%から92.5%に増加し、支繰夫の在籍数も49名から11名に削減可能となった。

実作業は昭和32年(1957)5月から昭和35年(1960)5月の3年間に立坑掘削285mと共に、
斜坑1,580m、水平坑道10,910mの掘進と築壁を行った。
この高速度施工で掘進が進んだ背景には、新技術である『トラベラ』(移動型枠)の使用による効果が大きい。

『トラベラ』は炭車の通過を可能にする門型足場で、
レール上を移動しながら掘削直後の坑道にコンクリートブロックの覆工を施す。

トラベラ
トラベラ

複数のトラベラにより工事完了か所を養生(保護)せずに、次々連続作業が可能となる。
これは人員の合理化が進められ、工期短縮に大きく貢献した。
このトラベラー工法、それは全国炭礦技術協会賞をに輝き、その実力を証明した。

炭車や鉱員を積載するケージの摺動部には木曽産ヒノキの角材を取り付け、
『すらせ』と呼ばれる昇降ガイドを用いた。
立坑自体の若干の変形に対しても、この『すらせ』を調節可能なように金具を新調した。

坑底坑道で最も幅が広い場所は6mとなり、
工事の際、白色塗料を吹き付け蛍光灯照明を導入。
明るく整備された坑底の風景は、地下作業の環境に新たな光をもたらした。

また、上屋基礎については藤田組、立坑掘削については北新興業の請負であった。
このように空知炭鉱の技術的挑戦を支えたのは、確かな技術を有する人々の力であった。

坑底操車
坑底操車

巻上櫓直下のフロアは操車設備と呼ばれる。
本来、立坑工事では巻上装置の設備に重点がおかれるが、空知立坑に関しては操車設備も重視され、
それはドイツ製の実績あるものが採用された。

当時の国鉄や地下鉄にも採用されていたポイントのコントロール方式が用いられたことにより、
ドイツ・フランス・ソビエトの近代炭鉱とも遜色のない世界基準の仕様となった。
坑底及び坑外の運搬については、保安上の見地から8t蓄電池式機関車の採用に至った。

坑口操車
坑口操車

深度と速度をつかさどる装置−巻上機の合理性

 立坑巻上の実働運用時間は1方8時間×2方、つまり1日8時間労働を2交代(=16時間働)体制で構成されていた。
このうち実際に稼働していたのは約11時間。
残る約5時間は、人員交代、注油・点検、昼食、係員の入坑など、さまざまな停止時間に充てられていた。

その稼働時間の内訳は次のとおりである。
・人員入坑が30分×2方=60分
・揚炭と資材搬入300分×2方=600分
・人員昇降15分×2方=30分、
・注油点検や昼食、係員入坑など約4時間

立坑巻上機の不利な点は、設備が高価な割に運転時間が短いことが挙げられる。
折り返し連続運転ができない理由が様々ある。
そのロスの要因としては積みこんだ炭車(トロッコ)をケージから降ろして人員と切り替わるデッキチェンジ時に発生する。

トロッコはケージと地面に段差があっては降ろせず、着床精度が要求される。
また炭切れ、空車切れと呼ばれる空白時間もロスの原因だ。

巻上1サイクル時間は、加速/全速/減速/着床低速/積み替えの各時間に分類される。
もちろん全速時間は最大限長く、逆に着床低速及び積み替え時間は短い方が良い。
加速、減速に至ってはロープやケージへの衝撃、ロープスリップの問題、
ワイヤーの振動や伸びに影響を及ぼすので、一概に大きくすることはできない。

立坑深度と運転速度の関係

立坑が浅い場合(奔別1,200m/赤平550・350m/羽幌512m>空知285m/美唄170m)
巻上速度を大きくして巻上時間を短縮しようとすると、加減速時間が運転時間の大半を占めることとなり、
全速時間が大きくとれないこととなる。

その為、巻上総距離に対し全速度を最高速度の何%にとれば良いのかは一定の基準が設けられ、
その最大速度が設定されている。


立坑深度と巻上速度
  運搬別   巻上距離   最大速度
 炭鉱巻  300m以下  10m/s(36km/h)
      300〜400m  10〜15m/s(36〜54km/h)
      400〜600m  15〜20m/s(54〜72km/h)
     600m以上  20〜25m/s(72〜90km/h)
 人員巻  200〜300m  10.5m/s(37.8km/h)
      300〜400m  11.5m/s(41.4km/h)
      400m以上  12.0m/s(43.2km/h)



こうした運用制約を抱えながらも、安全性と効率のバランスを追求する技術者たちの試行錯誤が、
地下の物流を支えていたのである。


揚と降の交差点−着床と積替えの技術美

 立坑の要となるケージが荷下ろしのために坑口と坑底で段差のない適切な位置に停止することを着床と呼ぶ。
これには一定の少ない誤差の範囲(±18mm)が必要とされ、ケージ内のレールと路盤のレールに段差が発生し、
炭車は段差を乗り越えられず、積み替え作業が滞る。
この着床ミスを繰り返せば巻上サイクルの減少に繋がり、炭鉱全体の能率低下という大きなロスに直結する。
しかし空荷/満載/ズリ/原炭と重量が毎回変化し、それに伴いワイヤーの伸びも考慮しなければならず、
近接センサーなどでの無接点の位置測定が無かった時代、膨大な経験と勘に頼らざるを得なく、
この問題には多くの労力が払われた。

巻上電動機の制御による精密な停止も模索されたが、停止位置の手前では極低速度区間が必要となる。
着床低速度時間は5〜7秒程度が必要とされていたが、
欧州各国では着床時間は1〜2秒程度が標準とされ相当の開きがある。

この要因は炭車連結器の構造上の問題が挙げられる。
JIS(日本工業規格)で規定される鋼製炭車はあくまでも斜坑用で、
リンクが突き出た形となり連結部が小さく、突き出たリンクが接続部を狭め、
上下のズレに弱い構造だった。

炭車連結器
炭車連結器

それに比較して海外のトロッコのフックは大きく突き出て垂れ下がり、
40cm程度の上下動が可能となり、多少の段差に対応でき着床精度が大きくとれる。
また国内では電気制御のみで着床精度を解決しようとしたのに対し、
海外では物理的な機械の作動で対応したことも工程の分担という点で大きかった。

そして積替え時間が大きくなると巻上速度や加減速度を大きくしなければならず、
巻上電動機が大型のものが必要となる。
立坑巻上の1サイクル1秒のロスは年間4tの積載差となると言われている。
つまり積替え時間を小さくすれば、電動巻上機自体も小型化に繋がる。
この積替え時間に大きく影響するのが『カープッシャー』と呼ばれる炭車を押し出すシリンダー装置である。
カープッシャーの馬力と押込み運転速度が大きければ、
必然的に積替え時間は小さくできる。

カープッシャー
カープッシャー

電機のはなし

回転数の制馭−モーターが描く速度の詩

 巻上機という巨大な運搬装置は、単に力強く動くだけでは意味をなさない。
地底との対話には、緻密な速度制御が不可欠である。
たとえばエレベーター。乗客はアクセルもブレーキも操作することなくボタンを押すだけで、
扉は静かに閉まり、加速・減速を経て目的階で正確に停止する。

この一連の流れは「シーケンス」と呼ばれる自動運転の思想に支えられており、
機械は自らの状態を逐一確認しながら、次なる動作へと移ってゆく。

この制御にはコンピュータによる演算が欠かせないが、かつての立坑ではこのような高度な制御は実現困難だった。
しかし、立坑においても速度制御は不可避であり、特に巻上の駆動システムは精妙な工夫に満ちていた。

当時の立坑櫓には、回転軸と直結した「運転調整器」と呼ばれる深度計が設けられていた。
実際の巻上深度を1/400に縮尺した回転から信号を取り出し、それに応じて数秒遅れで段階的な動作を加える。
信号の数秒後にこの動作、その動作数秒後に違う動作と段階的に作動することで、
可能な限りの自動運転、自動制御を目指したのである。

たとえば、加速から定速、そして減速・微速という過程を一つひとつ追いかけるように制御するのだ。
エレベーターが最高速度区間をできるだけ長く保ち、停止位置で微速に切り替えるように、
立坑もまた滑らかな速度変化が求められる。
巻上モーターの回転数を制馭することは、単なる技術ではなく、
地下空間と時間との呼吸を合わせるための芸術でもあった。

   運転調整器 運転調整器

このため立坑櫓もエレベーター同様に巻上用のモーターの回転数の制御が必要で、
当時の立坑巻上機には数種の制御が時代と共に存在した。

時代とともに巻上機の制御方法は多様化し、機械の性能はもちろん、その制御思想も進化を遂げた。
人の手と知恵が、地の底の運行をいかにして支えてきたか―
―その足跡を辿ることは、炭鉱の技術文化そのものを読み解くことに通じる。

回転する知性−電動機技術の系譜

 1800年代まで工作機は蒸気エンジンで駆動されていた。
19世紀末になって電動化が進み、力のある直流(DC)モーターに切り替わっていった。
当時はモーターは回りっぱなしでスピードを制御せず、
機械の起動、停止はクラッチによる伝達遮断が一般的だった。

1930年代には交流モーターが普及、機械の起動停止もモーター側で行うようになり、
ギヤによる変速、無段変速などが開発されていった。

しかし、変速制御の必要性や自動運転、省力化が求められることとなり、
正転・逆転・スロースタート・クイックストップなど、様々な動作が要求されていく。
やがて材料に負担をかけずに張力を一定にするトルク制御や位置決め、
微速運転と高速運転の同時要求など複雑でデリケートな運転が求められていくこととなる。

電力の二相−直流と交流の呼吸

 電気には直流と交流がある。
直流は自動車や乾電池などプラスマイナスが明確なもの、
交流は家庭のコンセントなどプラスマイナスが区別されないものである。

直流と交流の違い 交流と直流                              
   直流 交流
記号 DC(DC=direct current) AC(AC=alternating current)
± プラスマイナス有り プラスマイナス無し
電流/電圧 流れる方向が一定 流れる方向が周期的(50〜60回/秒)変化
使用例 乾電池・自動車 家庭・工場
回路 進みや遅れは未発生 逆方向電圧により遅れ発生
効率 すべての電気が負荷通過により無効電力未発生 向きの変化ごとに負荷と電源間の無効電力発生
蓄電 バッテリ/コンデンサに蓄電可能 蓄電不可
遮断 常時電圧のため遮断時に火花や感電の可能性 周期的に電圧ゼロとなるので通電中の遮断容易
送電 抵抗が大きく発熱、長距離には不向き 高圧送電時の損失小、遠方へ送電可
変圧 コンバータにより可能24V→12V→5V トランスにより1000V→200Vなど容易
モーターとの相性(過去) 磁束で加減した電圧で回転数制御可 一定速度で繊細な制御不可
モーターとの相性(現代) 可変抵抗器(ボリューム)で回転制御 周波数を自由に作り出せるインバーターを用いて回転制御


総轄すると直流は電流が一方向に流れ続ける性質を持つ。
すべての電気が負荷を通過するため、無効電力が発生せずに効率よく電力を利用できる。
そしてバッテリーや電池、コンデンサーに蓄電できるのもメリットである。
しかし常時一定の電圧がかかっていることから遮断が難しく、遮断時には火花の発生や感電の危険性がある。
また高圧での送電が難しく、抵抗が増え送電線に熱が発生するため長距離送電には不向きとなる。

対して交流は電気の向きが1秒間に50〜60回入れ変わるたびに、
負荷と電源の間を往復するだけの無効電力が発生するものの、
高圧送電時に損失が少なく遠くへ早く電気を送ることが出来る。
トランスを利用した変圧(1000V→200Vなど)も容易く、
周期的に電圧が0になるタイミングがあることから、通電中の遮断も行いやすい。
つまり作って送るまでは交流、実際に使用する時にはACアダプターなどで直流に変換というのが一般的だ。

この二相の流れ――直進する電気と、脈打つ電気――それぞれに役割があり、
用途に応じた選択と制御が、炭鉱設備をはじめとした産業の律動を支えてきた。

磁界の交差点−ACとDCが描く回転の物語

 現代においてモーターを用いて回転を行う時には、掃除機や換気扇のように一定速度で運転し、
繊細な制御が必要なければ直接交流モーターが使用されるが、
回転数を制御したり冷蔵庫や洗濯機のように微妙な電源として用いられる場合は
インバーターを通して交流を直流に変換後、直流モーターで細かく制御を行う。

その理由を解析してみよう。

【交流(AC)電動機の速度制御】

交流モーター

 上図は交流モーターの断面である。

固定子と呼ばれる周囲に青・赤・黄のコイル(巻線)が付いている。
コイルは電線をグルグル巻いたもので、電気が流れると磁界が発生する。
このコイルは正面同士がペアとなっている。

3色の回路には発電後送電されてくる三相交流電流が次々流れる。
このときコイルA〜Cはそれぞれ順番に磁力が発生し、
それが刻々変化することでS極とN局が互いに入れ替わり中央部の回転子(ローター)が
反発と引き合いを繰り返し回転することとなる。
これが交流モーターが作動する機構である。
このように接触部分が無いので、構造が単純で保守が容易、コストダウンが図れるのが特徴となる。

交流モーター
奔別炭鉱 ケージ側交流モーター

交流モーターの回転数は電力会社から供給される固定の周波数(50Hzまたは60Hz)によって決まるため、
電圧を変化させてもトルク(力)が変化するだけで、回転数は変わらず速度を連続的に変えることはできない。
回転数は周波数を変化させないと変わらないので、現代では周波数を自由に作り出せるインバーターを用いて
その回転速度を自在に変化させる。

インバーター内では電力会社からの固定周波数の交流電源をコンバータ回路を用いて一端直流に変換する。
脈動を修正してからその電圧を再び直流から交流に変換するインバーター回路で
可変周波数を生成することで、その回転数を制御できる。

過去のインバータのない時代、交流モータの速度制御は困難であり、
二次抵抗と呼ばれる別の低周波電源に切り替えることでブレーキングと低速運転を行ってきた。

これは減速特性が良く、安定した低速が得られることとなり、
減速時に回生制動(より回ろうとする電動機をエンジンブレーキのように発電機として運転し、
余剰電力を電源に戻す制動方法)が行われるため電力消費量が少なくできる。

ただし欠点としては加速制御には低周波を利用できないため、
負荷(重さ)変化による加速度のばらつきが発生してしまう。
また低周波電源装置が必要となりコストアップにつながる。

【直流(DC)電動機の速度制御】

電磁石

 円柱の鉄心にグルグルと電線を巻き(=コイル)+から-に電気が流れるとその鉄心は磁石となる。
これが電磁石でありこの時、+側がN極に-側がS極となる。

電磁石

両側にN極とS極の永久磁石を置き、電磁石が回転するように中心を固定すると、
反発と引き寄せを繰り返し、電磁石と化した鉄心は矢印方向に回ろうとする。

電磁石

コミテータ(整流子)で流れる電流をタイミングよく逆転させると、
コイルのN極とS極が切り替わり、N極(S極)同志は反発、
N極とS極は引き寄せを繰り返し連続的に回ろうとする。

これが直流モーターの原理であり、実は直流発電機とはぼ同じ構造なのである。
なので直流モータ内では電源に逆らう向きの発電が発生しておりこれを 「逆起電力」モーターが回転逆向きの発電作用を発生すること という。
この逆起電力と電圧が釣り合ったところで回転数は決定するととなる。
つまり、電圧を高めると逆起電力の方が小さくなり回転数の加速が続き高回転となるのである。

現代ならパルスや可変抵抗器(ボリューム)で電圧を変えて印加することで、
簡単に回転数制御が行える。

しかし昭和30年代当時は励磁機による制御が一般的であった。
励磁とは電磁石のコイルに電流を通じて磁束を発生させることで、
「主磁束」一次巻線と二次巻線との双方を貫く磁束 が大きくなることで、逆起電力が大きく抵抗となり回転速度が下がることとなる。
この特性を利用して電動機の回転数制御を行っていたのだ。

直流モーター
羽幌運搬立坑 直流モーター

つまり直流モーターの回転数制御が容易な理由は電圧を変えると、
コイルと磁石の間の引っ張りあう力と反発しあう力をコントロールすることが可能となり、
回転速度を自在に変えることのできる可変速しやすさにあり、
これが交流モーターにおいては、周囲のコイル(A〜C)の時間ずれを利用して回転しているため、
電圧を上げても磁界の回転タイミングは変わらず、
回転数が変化しないため可変速できないことが大きな違いとなる。

しかしながら、直流モーターは高電圧化が難しく、機械自体は大きくなりがちで、
整流子(コミテーター)がブラシと接触して回転するので機械的な摩耗がある。
その為頻繁な保守が必要となり、また、火花の発生のため引火性の環境下では使えない。

【当時のモーター回転数制御方式】

 現在、交流(AC)モーターはVVVFインバータ方式により、交流を直流に変換後、
再度周波数を細かく変換し、交流サイクルを自由に変化させて、
回転数を任意に変えられるようになっている。

直流(DC)モーターについては、前述の可変抵抗による電圧制御や、
ON/OFFを20kHz(1秒間に2万回)程度切り替えることで、
回転数を下げるパルス(PWM)制御などが用いられている。

しかし、立坑建設期のインバーターもパルスもなかった時代、そのモーター回転数制御は以下の三種が存在した。

ワードレオナード

@、Aは直流(DC)モーターの制御でBは交流(AC)モーターの回転数制御となる。
入力される電源はすべて北電からの交流三相ACとなる。
可変する直流電源を用いて速度制御する方式を発明者の名前から『レオナード方式』と呼ぶ。

【@ワード・レオナードー磁場が紡ぐ巻上機の制御技術】
かつて交流モーターの回転数を直接制御する技術が未発達だった時代、
炭鉱の巻上機には「ワード・レオナード方式」が用いられた。
これは、交流モーターと直流発電機を直結一体化させ、
間接的に巻上機に供給する電圧をコントロールし、巻上げ速度を調節する仕組みである。

立坑櫓で実績があるのは、羽幌運搬立坑赤平第一立坑奔別立坑スキップ側などとなる。

ワードレオナード装置はまず、入力される交流電源で交流(AC)モーターを回し、
それに直結した直流(DC)発電機を駆動する。
その直流発電機で発生した直流電源を励磁により磁界による抵抗を発生させて増減し、
その増減した電圧で下流の直流(DC)モーターの回転数を制御して、
巻上速度を調整する方式である。

羽幌運搬立ワードレオナード
羽幌運搬立坑のワードレオナード方式

しかし制御性能が高いもののACモーター、DC発電機、励磁機と多岐にわたる機器類と設備費が必要となり、
その保守には多大な労力が伴う。
そこで設備を省略するべく開発されたのが次項となる。

【A静止レオナードー電磁の律動が拓いた制御の新時代】
 ワードレオナード方式の電動発電機部分を水銀またはサイリスタ位相制御電源回路(コンバータ)に置き換えたもの。
初期は水銀整流器によるアーク放電を利用した交流→直流変換器であった。
真空のガラス管内で水銀蒸気に電子が衝突することで、
一方通行の流れとなりACからDCへと整流することができる装置である。

水銀整流器
水銀整流器

サイリスタはダイオードやトランジスタ、ICなどと同じく半導体デバイスであり、
静止形電力変換装置であるサイリスタにより交流を直流に変換するとともに
直流電動機に供給する電圧を制御し、円滑な速度制御を行う方式。

ダイオードは電気の流れを一方向にして逆流を防ぐ部品、その中で発光するのが発光ダイオード(LED)である。
トランジスタは昭和23年(1948)と古くから利用されてきた電気の流れをコントロールする部品で、
オンオフのスイッチ機能と電流電圧の増幅ができる部品だ。
ICは集積回路と呼ばれ基盤の上に所狭しとコンデンサーやトランジスタを実装したもので
データの記憶や情報処理をする部品である。

これら半導体は電気を通したり遮断したりの中間性質を持つ部品で、
ある条件で電気を通すことで演算したり記憶したりと現在では日常のあらゆる場所で使用されている。
そのなかでもサイリスタ(SCR)は電気信号からスイッチングを行う装置で、3つの端子からなる。
制御用のスイッチとなるゲート、電源を接続して電流を引き込むアノード、電流を流すカソードからなり、
大電流に耐えることが出来る。
小さな信号で非常に速い速度で大きな出力を制御することができるのである。

サイリスタ
サイリスタ

写真提供
【クリスチーネ峯子】様

このように静止レオナード方式には水銀式とサイリスタ式が存在し、
特に時代後半のサイリスタレオナード方式は、 ワードレオナード方式に比べて電動発電機を持たないため軽量で効率が良く、
制御の精度が高く損失が少なかった。
立坑櫓でサイリスタレオナード方式が採用されたのは、 北炭 夕張新炭鉱 第一立坑、
昭和58年以降の 三井石炭鉱業(株)砂川鉱業所及び 昭和61年以降の空知炭礦立坑櫓となる。

立坑
砂川鉱業所 中央立坑

しかし、力率が悪く高調波障害(誘導障害)を引き起こすことがある。
つまり電源周波数の6倍の高周波が発生し巻上機から騒音が発生する。
これにはリアクトル(コイルに磁場が発生することで、電流の流れを妨げてノイズを制御する)
を用いて電流を平滑して騒音を抑えていたのである。


【B交流低周波制御−周波の揺らぎが生む静かな制動力】
 北電からの外部商用電源に追加して、別の低周波電源を設備したもので、
外部電源が60Hzに対し、低周波電源は3.1Hzと大幅に1秒間の波の揺れる回数が少なくなっている。

交流モーターは前述のとおり、周波数が少ないほど回転数も少ないため、
商用電源から低周波電源に切り替えることで、全速から低速の間は発電機抵抗により回転数を落とすことができ、
これを「電気ブレーキ」として使用するのである。

つまり加速度には影響せず、減速開始位置にケージが達した時点で、
商用周波電源から切り離され、低周波電源に切替接続される。
まるでエンジンブレーキのように高回転で駆動される低周波電源は発電状態となり、
回生制動力が発生し、減速力が得られることとなる。

立坑櫓で低周波制御の実績があるのは、奔別立坑ケージ側、 そして昭和61年以前の空知立坑などとなる。

したがって空知立坑の巻上制御は建設時がB交流低周波によるものだったが、
昭和61年(1986)3月1日以降、主要運搬立坑の省力化に伴い、
A直流サイリスタレオナード方式に変更されたこととなる。

協業、富士電機(株)とデマーグ社

富士電機 富士電機

 富士電機(株)は古河電工とドイツのシーメンス社の共同出資で設立した重電メーカーだ。
電車やエレベーター、自動販売機、送電システムやモーターとその取扱製品は多岐に渡る。
昭和33年(1958)以降、デマーグ社とは立坑用巻上機械で提携し、
シーメンス社はデマーグ社の鉱山用巻上機械の電機品を大半納入していることから
ケーペ式巻上機や緩衝器、ケージなどの製造技術について提携してきた。

デマーグ社 デマーグ社

 デマーグ社はドイツ最大の製鉄機械メーカーで,明治43年(1910)設立。
ドイツおよびヨーロッパ各国に圧延機を中心とする産業機械類を供給して発展してきた。
減速機やホイスト(クレーン)、ウインチなどの取り扱いがあり、
1970年以降はマンネスマン社の系列下となっている。
富士電機とデマーグ社の提携内容は期間10か年、ロイヤリティは売上高の5.5%とされた。

マンネスマン社はドイツのシームレス鋼管で有名な大手銑鋼一貫メーカーで、
80年代以降とくに旧デマーク社のグループなどを含む機械・プラント、
エンジニアリングなどに多角化を図り、連結子会社は200社に達する。

建設時の空知立坑の巻上設備はこのデマーグ社の広幅ケーペ方式を採用し、
制御はシーメンス社の交流低周波制御を用いた。
交流電動機(モーター)は1,000馬力の自動運転装置で、これは富士電機製のものが採用された。
その後、ケーペ―プーリと減速機は変更することなく、前述のとおり、
昭和61年以降は富士電機製の直流電動機とサイリスタレオナード制御機に置き換えられた。

正月4日の転身

 昭和34年(1959)北炭時代の立坑完成以降は-100Lまでは立坑により、それ以下へは人車斜坑で-220Lまででの移動となり、
人を運搬する巻上設備は-220Lまでしかなく、以深への入出庫は徒歩での移動となっていた。
資材、ズリにおいても坑内骨格の構造上、多段中継運搬となり相当迂回を行っていたこととなる。

やがて昭和61年(1986)空知炭礦時代から稼働した中央斜坑(-100L〜-430L)により直接各レベルへの運搬が可能となった。
それと期を同じくして、立坑巻上機も自動化し運搬設備の増強と共に大幅な省力化を実現した。

坑外集中監視室 坑外集中監視室

実際の自動化更新内容は巻上機の交流方式から直流方式への変更、
それに伴う制御システムを交流低周波制御からサイリスタとトランジダインを組み合わせたレオナード制御に、
そして圧気制動器の制御弁方式から電子制御方式へと大きく変更された。

なおその機械更新期間は、稼働中の立坑巻上機器の入替という制約を受け、
昭和60年12月31日から昭和61年1月3日のたった4日間で執り行わられた。
この短時間の稼働中止期間を利用しての入れ替えは入念な事前準備が徹底されて施工された。

【更新工事】

 事前の立坑巻室の現地調査として、更新機器のレイアウト計画、スペースの採寸、既設/新設ケーブルルート、
そして配線ダクトの配置、電源供給点の確認などが行われた。
その上で合理的、経済的に機器更新作業が施工可能なように検討がなされ、
特に既設交流電動機から新設直流電動機への入れ替えをはじめとする交流から直流への各機器切換には、
事前のオフライン試験が多数行われ動力回路、制御回路のケーブル敷設は原則としてほぼ新規に更新された。

オフラインというのは稼働中の既設巻上機とは別の場所で、
一時的に新製機器を実レイアウト、ケーブル敷設、配線接続等を行うことで、
仮設として運転試験が執り行われた。

流用する既設機器においては、その近傍まで必要な配線をあらかじめ敷設しておき、
切換本工事の時点で流用機器の局部改造と並行して作業が施工された。
主電動機の入れ替え、仮設マウントファンの撤去と閉鎖、通気ダクト/深度発信軸などの改造
トランジダインの外部接続など慎重な工事が要求された。

【更新箇所】

立坑櫓の機械更新箇所は以下となる。

更新

 更新の主幹となったのは電動機(モーター)で、交流から直流への変更、
それに伴う制御機器の更新と前述のサイリスタレオナード方式への移管である。
電子制御による自動化を推し進めるのに貢献したのが、当時最新鋭のトランジダイン制御である。

トランジダイン方式はトランジスタなどの半導体を利用した自動制御のことで、
真空管や磁気増幅器ではなく、デジタル化した機器での検出・設定・調節・演算・操作などの一連の自動制御をいう。
真空管はガラス管内部のフィラメントを加熱し高温となった内部金属から飛び出す電子を、
別のプラスの電圧をかけた金属板で引き寄せることで、
電子の流れをコントロールし色々な電子機器を動かすことができる部品だ。
微弱な電波を増幅してスピーカーから流したり、交流電圧によって一部の電流を遮断して直流に変換したり、
かけるマイナスの電圧の変化により、流れる電流を増幅したりすることができる。

これをよりデジタル化し熱などの外的要素を使用せずに制御を行えるのがトランジスタだ。
トランジスタは真空管と同じく、小さな電気信号を大きく増幅したり入切りしたりする機能があり、
電流(電子 と呼ばれる小さな粒が1秒間に流れる量=Aアンペア)の変化によって
電圧(流れる電子のスピード=Vボルト)を変化させるものや
逆に電圧の変化から電流の変化を取り出すトランジスタがある。

半導体であるシリコンにリンやホウ素などの別の化学物質を入れて電子が余る物質や足りない物質を作り、
ある条件下では電流が流れたり流れなかったりする特性を利用するのがトランジスタである。

トランジダイン

トランジダイン制御は高速応答性と高増幅特性に優れており、
速度制御に対して安定化、そして高速応化が容易となる。
速度調整器との相性が良く、急激な速度信号の変化があっても制限値を超えずに流用できる。
また直流電動機の自身振動を打ち消す効果があり、
負荷の大きな変化や整流器との制御には当時最適だったのである。

この自動運転は立坑だけでなく周囲の排気立坑扇風機や坑底ポンプ、一酸化炭素濃度、
各ブロワー、ベルトコンベヤーなどの自動制御、坑外集中監視室を持ち、
巻室にはITVカメラを設置、立坑巻上機の制御方法を交流→直流に変更したうえで、
昭和61年(1986)2月27日に官庁試験に合格、3月より本格的な自動運転を開始した。


なお今回、北炭会 いたや様より多数の情報提供を頂きました。
この場をお借りして、お礼申し上げます。




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