担当司祭から:2025年6月(バックナンバーはこちら)

教皇フランシスコの逝去と新教皇レオ14世の選出
(「道後教会だより」2025年6月号より)
去る4月21日、前教皇フランシスコは88歳でバチカンの私邸で亡くなられました。退院してからすぐの逝去に驚かれた方も多いのではないでしょうか。わたしは退院された後の教皇様のお姿を見て、「これは病気が癒えたから退院したのではなく、最後の力を振りしぼって、自らの務めを果たすために退院したのだ」と思いました。実際、復活の主日の翌日に亡くなったのは、最後の気力を振り絞った結果だと思います。
教皇様は訪日したことで、日本での知名度が格段に上がったのは間違いありません。わたしは愛光学園の生徒に「教皇フランシスコが亡くなったことをどう思いますか?」と質問されて、教皇の知名度の高さに驚きました。
わたしは長崎でのミサに参加したので、教皇様に親しみを持っていました。しかし、わたしは教皇様がミサにおいて、足を引きずり、声にハリがなかったのが気になっていました。東京、長崎、広島を回る強行スケジュールだったこともあるかもしれませんが、それからしばらくして車椅子に乗られるようになったのは、やはり高齢であちこちを巡った疲れがたたったからだと言えるかもしれません。
教皇フランシスコは今から12年前の2013年3月13日、ベネディクト16世の退位に伴って、第266代教皇に選出されました。その時すでに76歳でした。選ばれた時、ヨーロッパ以外から選ばれた初の教皇として大変話題になりました。教皇フランシスコはアルゼンチンの司教であった時から、貧しい人々に寄り添う姿勢をとってきました。そのやり方を教皇になっても、貫きました。それは、今までのバチカンでは考えられなかった改革でした。
その手始めとして、教皇はパレードなどで乗る教皇専用の車を簡素化しました。わたしは2006年から3年間ローマに滞在して、当時の教皇ベネディクト16世が乗っていた車を見ていたので、長崎で教皇様の車を見た時、その違いを目の当たりにして驚いたものです。それに、仕事で移動するときには車でなく、公共交通機関を使いました。
特筆すべきは、環境問題に対する強い関心でした。回勅「ラウダート・シ」で地球環境の破壊に警鐘を鳴らし、環境を大切にすることを訴えました。また、教会内で大きな問題となっていた性的虐待問題にも率直な姿勢で臨み、ロシアとウクライナの戦争や政治問題にも積極的に発言し、大きな反響を呼びました。
ただ、もちろん、前教皇のこのやり方に賛同する人ばかりではありません。カトリック教会の中には前教皇のやり方に反対する人々がいたことも事実です。そして、何よりバチカン内にそういう勢力があることをわたしたちは知っておくべきです。
そんな中、5月7日から行われた教皇選挙「コンクラーベ」は「予測不可能」で教皇選出には時間がかかるだろうと見られていましたが、意外と早く4回目の投票で決まりました。選ばれたのは、アメリカのロバート・フランシス・プレボスト枢機卿で、北米大陸から初の教皇です。選出されたプレボスト枢機卿は「レオ14世」を名乗りました。この名前を名乗ったのは、労働者と社会的弱者に寄り添った「レールム・ノヴァールム」という回勅を出したレオ13世を意識したからであると推測されます。ただ、前教皇ほど考えは革新的ではなく、中道的な路線を取るだろうと推測されています。
いずれにしても、わたしたちは前教皇フランシスコの永遠の安息を願い、新教皇レオ14世がこれからの教会を賢明に導かれるように、祈りましょう。