担当司祭から:2018年4月

川上栄治神父の写真
川上栄治神父

 2009年10月~2010年3月 協力司祭
 2010年4月~2013年3月、2014年4月~ 道後教会担当司祭

 1975年8月16日生。大阪出身。ドミニコ会司祭。
 2006年9月に司祭叙階。2006年~2009年、ローマで勉強。2009年8月に帰国後、松山へ。
 松山教会に在住。

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叙階の秘跡 ― キリストの代理者である司祭 ―

(「道後教会だより」2018年4月号より)

 去る3月21日にアシジのフランシスコ高山徹助祭が司祭に叙階されました。わたしは自分の出身教会の後輩パトリック上田憲助祭の司祭叙階式に参加したため、高山徹助祭の司祭叙階式に参加できませんでしたが、高山新司祭とわたしは少なからず交流があり、高山新司祭を招いて、ミサをお願いし、教区との交わりを少しでも促進していきたいとわたしは考えています。
七つの秘跡 by ロヒール・ファン・デル・ウェイデン 1448年 ご存知の通り「叙階」は教会の7つの秘跡の一つであり、洗礼・堅信の秘跡と同じように「一度限り」しか受けることができないものです。これを「消えない霊印」が刻まれると表現します。たとえ、司祭になった人が司祭職をやめて一般信徒に戻ったとしても、司祭であったという「しるし」は消えないのです。
 そこで司祭になるための条件は何であるかを考えてみましょう。司祭になるためには、神学校に入って一定期間の養成を受けるのは当然のことです。ところが『教会法典』には「洗礼を受けた男子のみが聖なる叙階に有効に叙せられることができます」(1024条)としか書いていません。つまり、男性であれば誰でも司祭になれるのです。
 ただ、司祭を志す者は皆必ず神学校に行き、一定期間の勉強をする必要があります。わたしも神学校に6年通いました。そこで学校の仲間たちが志半ばで学校をやめていく話を耳にしましたし、同じ修道院の仲間がやめていくのを見ました。神学校時代に何人かの教授がこのようなことを言っていました。「勉強ができて話ができるからと言って司祭になれるわけではない。」それはすなわち、叙階の秘跡が「無償のたまものとしていただく以外にはない」(『カトリック教会のカテキズム』1578項)からです。
 このような生き方を現代社会で貫くことは大変難しいことです。現代社会は物にあふれ、「今を楽しく生きればいい」と考える人が大勢います。わたし自身も司祭になる前にアイルランドの語学学校で色んな人と話して、自分が司祭を目指していると言うと色んな反応がありました。好意的な反応もありましたが、中には「そんな生活楽しいの?」とか「異性との交わりなしに生涯を独身で過ごす生活なんてバカげている」という否定的な反応も数多くありました。
 このような時代の中で司祭を目指す人が増えるのは致し方ないと思います。わたしは司祭になって10年半がたちましたが、司祭職の難しさを改めて感じます。「無償のたまもの」をいただくというのが司祭になる道であり、また自らの生活がキリストの代理者としての使命を果たすというのは大変な使命です。
 司祭の職務として最も重要なのは、もちろん秘跡の執行です。司祭は「キリストの代理者」として秘跡を執り行ないます。司祭はキリストの代理者としてミサを執り行い、キリストの体である聖体を人々に授けるのです。聖体はキリストが再びこの世に来られる時まで、キリストと共に生き、キリストを告げ知らせるためにわたしたちに与えられた糧です。ミサは秘跡の根幹であり、司祭しか行えないものです。司祭がいてこそ、教会は教会としての役割を果たすことができます。すなわちキリストの体である聖体をいただき、人々にキリストを告げ知らせることです。
 わたしは昨年から中予地区のモデラトールとなり、松山教会も担当するようになり、司祭職の責任が一層強くなりました。その責任の重さに耐えきれないと思う時もしばしばあります。皆さん、どうぞわたしが司祭職を生涯にわたって果たすことができるようお祈りください。それとともに、先月叙階された高山徹新司祭を始めとする新司祭たちが司祭職の道のりを忠実に歩めるようにお祈りください。

 7つの秘跡 洗礼・堅信・聖体・ゆるし・病者の塗油・叙階・結婚