担当司祭から:2016年10月

川上栄治神父の写真
川上栄治神父

 2009年10月~2010年3月 協力司祭
 2010年4月~2013年3月、2014年4月~ 道後教会担当司祭

 1975年8月16日生。大阪出身。ドミニコ会司祭。
 2006年9月に司祭叙階。2006年~2009年、ローマで勉強。2009年8月に帰国後、松山へ。
 松山教会に在住。

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ロザリオの月

(「道後教会だより」2016年10月号より)

ロザリオ 10月はカトリック教会において「ロザリオの月」とされています。道後教会では以前毎週日曜日のミサ前に唱えていましたが、現在は「お告げの祈り」を唱えています。しかし、5月は「聖母月」であり、10月は「ロザリオの月」なので、この二つの月はロザリオの祈りをミサの前に唱えます。
 ロザリオの祈りがいつ頃から始まったのかはっきり分かりませんが、現在のロザリオの祈りの形に近いものは11世紀頃から始まっていたようです。ロザリオというのはラテン語で「バラの冠」という意味です。この言葉は13世紀頃のヨーロッパでマリア崇敬のしるしとして、マリア像をバラの冠で飾ることに由来しています。なお、わたしの所属するドミニコ会の創立者聖ドミニコがロザリオを始めたという説がありますが、それは伝説の域にすぎず、実際はロザリオは様々な修道者たちによって形が整えられたというのが通説です。
 そのロザリオの信心は15世紀頃から創設されたロザリオ信心会によって大衆へと浸透していきました。この信心が広まる決定的な出来事が1571年のレパントの海戦でした。これはトルコに起こったオスマン帝国がヨーロッパに攻め込んだ戦いでした。この時代イスラムを国教とするオスマン帝国が勢力を拡大し、ヨーロッパがオスマン帝国に敗れるとすれば、キリスト教の存続は危うくなる事態を迎えました。そこで当時の教皇ピオ五世は聖母の取り次ぎを願って祈りを捧げるようキリスト教徒に呼びかけました。レパントの海戦はヨーロッパの勝利に終わりました。教皇ピオ五世は聖母の取り次ぎによってヨーロッパは守られたと考え、レパントの海戦の勝利の日を「ロザリオの聖母の祝日」と定めました。これ以降、ロザリオの祈りがカトリック教会に一層普及したのです。
 ロザリオの祈りは主の祈り1回、アヴェマリアの祈り10回、栄唱1回という祈りを5回繰り返します。そして、その祈りの冒頭ではイエスの生涯に関する「神秘」が唱えられます。この「神秘」は伝統的に三つでした。それは「喜びの神秘」「苦しみの神秘」「栄えの神秘」です。しかし、2002年教皇ヨハネ・パウロ2世は『おとめマリアのロザリオ』という使徒的書簡を発表し、その中で従来唱えられてきたロザリオの神秘にイエスの公生活を黙想する「光の神秘」を導入しました。そのため現在は4つの神秘を唱えます。
 先ほども述べたように、道後教会では5月と10月を除いてミサの前にロザリオの祈りを唱えるのをやめましたが、これは信徒の負担を考慮した司牧的な配慮に基づくものであり、決してロザリオの祈りが重要でなくなったからではありません。ミサの前にロザリオを唱える教会はたくさんあり、道後教会においても毎週金曜日の朝ミサの前にはロザリオを唱えています。それは、ロザリオの信心が教会の伝統の中で大切に受け継がれてきた祈りだからです。
 ロザリオの祈りの本質を『新カトリック大事典』は次のように記しています。「(ロザリオは)マリアとともにイエス・キリストによる救いの秘義を思い巡らし、父なる神に賛美と感謝をささげるところに意義を有する。」ともすれば、わたしたちはロザリオの祈りを「マリアへの祈り」と考えがちです。確かにロザリオの祈りで主に唱えるのはアヴェマリアの祈りですが、その祈りを通してわたしたちはイエス・キリストの救いの秘義を思い巡らしながら、「父なる神に賛美と感謝をささげる」のです。だから、ロザリオの祈りの対象はあくまでも父なる神です。つまり、わたしたちの祈りの対象はどんな場合でも神である御父とイエス・キリストであり、マリアはその執り成しをしてくださる方なのです。このことをしっかり心に留めて、ロザリオの祈りを信仰の歩みを助ける「信心」として皆さんの信仰生活の中に取り入れていただきたいと思います。