利用規約
更新履歴
コンタクト
フォトギャラリー
TOP
プロフィール
業績
本の紹介
リンク
北欧文学10選・7へ
北欧文学10選・9へ
北欧文学10選・8
邦訳
ヘンリク・イプセン『ペール・ギュント』、毛利三彌訳、創論社、2006
原著(デンマーク語)
Henrik Ibsen: Peer Gynt, 1866
作品概説
 当初は、イプセン『幽霊』を紹介する予定でしたが、書いているうちに、この「おすすめの北欧文学10選」は、「わたしの初めて10選」になってきたので、作品を変更しました。『幽霊』は、また別の機会にご紹介したいと思います。
 わたしが子どもの頃、家にはまだレコードがありました。それが壊れて、CDプレイヤーを買ったのは中学生の時。その時に、わたしが初めて買った(というか、買ってもらった)CDが、『ペール・ギュント』でした。中学校の音楽の教科書に、『ペール・ギュント』の舞台の写真が載っていて、多分、授業中に、「ソルヴェイグの歌」を聞いたんだと思います。幼稚園のころ、NHKの「みんなのうた」で、「ソルヴェイグ」に全然関係ない日本語訳を当てた「みずうみ」という曲があって、それがすごく好きだったのですが、元ネタはこれだったのか!と興奮しまして。ちなみに、「みんなのうた」で流れた方のタイトルは長らく忘れていたのですが、最近、覚えていた歌詞の一部をネットで検索して、発見しました。大学生になって、ドイツ語を習い、最初にやったのが、「ソルヴェイグの歌」のCDに書いてあったドイツ語訳をノートに書きつけて歌詞を覚えることでした。単語を一つずつ調べて、自分で翻訳を作ったのを覚えています。つまり、「ソルヴェイグの歌」は、わたしが初めて買ったCDであり、初めて覚えたドイツ語の歌だったんですね。ピアノを習っていて、グリーグは好きで割とよく知っていたのですが、作詞者(戯曲作者)がイプセンだったというのは、北欧文学を研究するようになってから知りました。
 『ペール・ギュント』は、イプセンが『ブランド』の後で書いた作品です。『ブランド』は、「一切か無か」をモットーに、厳しく己を逸するストイックな牧師が主人公でしたが、ペールは一転してのらくら者のダメ人間。結婚式で他人の花嫁を誘惑してみたり、堅信礼(正式な教会メンバーになるためのキリスト教の儀式。大体13歳くらいで行います)を終えたばかりの若い娘をたぶらかしてみたり、悪魔の娘と結婚してみたり、アラビアに行ってアニトラというお姫様と遊んでみたりと放蕩の限りを尽くし、最終的には自分の家に帰ってくる、という話です。堅信礼後にたぶらかされた若い娘がソルヴェイグで、上で紹介した「ソルヴェイグの歌」は、ペールの帰りを待つ彼女が、糸を紡ぎながら歌う歌です。戯曲の最後にペールは、ソルヴェイグの腕に抱かれて息を引き取ります。
 イプセンは、1828年シーン生まれ、1906年クリスチャニア(現オスロ)没。ノルウェーは、長くデンマークに支配された歴史があり、ナポレオン戦争後はスウェーデンと同君連合でしたが、イプセンが活躍した当時はまだデンマークの文化圏で、作品もコペンハーゲンの出版社から刊行されていました。そのため、イプセンはノルウェー人ですが、『ペール・ギュント』は、ノルウェー語交じりのデンマーク語で書かれているそうです(今回の記事の固有名詞は、デンマーク語読みするのが正しいのか、ノルウェー語読みするのが正しいのか分からなかったので、一般に流布しているカタカナ表記を用いました)。イプセンは、「近代演劇の父」と呼ばれた人で、北欧のみならず、ヨーロッパ演劇史にも名を遺しています。一番有名な『人形の家』は、女性解放運動にも影響したようです。日本でも、20世紀初頭に、歌舞伎(旧劇)に対する「新劇」(西洋風の演劇)を確立する運動「新劇運動」の一環として、イプセンはたびたび翻訳・上演されました。『ジョン・ガブリエル・ボルクマン』(自由劇場、森?外訳)は、日本で最初の本格的な西洋演劇、『人形の家』(文芸協会、松井須磨子主演)は、女優が本格的な舞台に立った(それまでは女形が中心)劇として、日本演劇史上に刻まれています。
関連書籍
・原千代海訳『イプセン戯曲全集』(全5巻、日本翻訳文化賞受賞)、未來社、1989
未読ですが、原典からの翻訳です。このほか、『人形の家』など主要作品が、岩波文庫に収録されています。
・森?外訳「牧師」「ジョン・ガブリエル・ボルクマン」「ノラ」「幽霊」他、『?外全集』所収、岩波書店、1951−56 このほか多数の版あり
・森?外『青年』、同上
作中に、?外訳『ジョン・ガブリエル・ボルクマン』上演の様子が出てきます
・Elisabeth Oxfeldt: Nordic Orientalism. Paris and the cosmopolitan imagination 1800-1900 , Museum Tusculanum Press, 2005
英語論文。第3部で、アニトラの登場する『ペール・ギュント』第4幕を論じています。
・金子幸代『?外と近代劇』、大東出版社、2011
第3部で『人形の家』を扱っています。著者が別の論文でしていた「?外が主人公の名をタイトルにする傾向は、『ノラ』翻訳以降」という指摘は興味深かったです。
映像化・音声化
・グリーグ『ペール・ギュント』(マリナー指揮、アカデミー室内管弦楽団、ルチア・ポップ(ソルヴェイグ))、EMIミュージック・ジャパン、1998
わたしが買ったのと同じCD。現在品切れのようです。
・Solveig Kringlebotn: Solveigs Sang NMA (2001)
「ソルヴェイグの歌」のノルウェー語版。こちらから1曲ごとにダウンロードできます。クレジットカードの番号入力が必要ですので、充分ご注意ください。
・Kamelot: Forever in Karma Noise Records(2001)
アメリカのメタル・ロックグループ「キャメロット」のアルバム。"Forever"は、「ソルヴェイグの歌」をロック調にしたもの。
・大貫妙子(歌)「みずうみ」(山川啓介作詞、乾裕樹編・作曲)、〔CD〕大貫妙子「CLASSICS」(BMGビクター、1995)および〔DVD〕「NHK みんなのうた 第8集」(NHKエンタープライズ、2011)所収
子どもの頃聞いた日本語版。なんとDVD版は、この記事を書く二週間前に出たばかり!ある意味タイムリーです。「少年は鳥になれずに大人になって わたしは水鏡の中わたしを探す」という歌詞が好きでした。関係ない歌詞、と書きましたが、少女のころに一度会ったきりのペールをずっと待っているソルヴェイグと、「恋と気づかないで恋した」「ただ一度だけの夏」を思う「わたし」は、内容的に意外とマッチしているかもしれません。
リンク
・Projekt Runeberg内『ペール・ギュント』(ノルウェー語)
「プロイェクト・ルネベルイ」は、著作権の切れた北欧語文学が読めるサイト。『ソルヴェイグの歌』は、Akt.4-10にあります。
イプセン・ミュージアム(英語、ノルウェー語)
オスロでイプセンが住んでいた家が、現在はミュージアムになっているようです。
・ナダ出版 ホームページ内イプセン翻訳作品年表
早稲田大学演劇博物館