たつた一人の母狂はせし夕ぐれをきらきら光る山から飛べり
デパートの入口に立ちぬ天國へかよふをとめ子と屑買のわれ
日に幾たび決意しなほしたよりなし若葉なびけばまた死ねずなる
古き代(よ)のランプをともし物書けば森ふかく骨(こつ)の朽ちてゆくおと
月きよき秋の夜なかを崖(がけ)に立ち白鬼(はくき)となつてほうほう飛べり
山にのぼり切(せつ)なく思へばはるかにぞ遍照(へんせう)の湖(うみ)靑く死にて見ゆ
今は世界が狂ひゐるなれ然れども春來(く)れば野川の魚も食(た)うぶる
硝子瓶に黄な春の芽がうつるので何故(なぜ)か眞晝が巨大でたまらぬ
毒を呑んだ靑の風景のなかなればむかしの洋燈(ランプ)とり出でて見る
家のまはりはサルビヤの花眞赤にてどんな惡事も寄りつきはせぬ
石の上に腰をおろして燐寸(マッチ)擦(す)ればうす靑の火の老(おい)のごとしも
めざめては明日(あす)といふ日のなきごとく耳澄まし聞く暁(あかつき)がらす
屋根に登りてわが町の櫻望みゐぬこころ呆(ほ)けてあれば美しきもの
ぞろぞろと從(したが)ひ行けば花見なりやけくその如く樂しきらなむ
ゆく春は獸(けだもの)すらも鳴き叫ぶどこに無傷(むきず)のこころあるならむ
若葉耀(かがや)く五月の午後はどことなく堕(お)ちゆきて暗きいのちと思ふ
赤赤とただるる夏のをはり花(ばな)われはとろけてしまふいのちも
曼珠沙華雨に朽(く)ちゆく野に立ちて永遠(とこしへ)のもののごとき思ひす
そこらには黄(き)な蜘蛛(くも)が網を張るらしく獨(ひとり)おもへば豊けき秋なり
おほごゑを立ててわめくなひしめくな印度のはての夕燒の空
晝前の二時間ばかり幾百となく幾千となく羽蟻空に消えゆけり
夕燒の空のこなたのももいろの雲の妹(いもうと)をあはれがりおり
いきものの蛙(かへる)ひとつを殺(あや)むるもあやに輝(かがや)くわが眼(め)ぞかなし
松のかげいまくきやかに澄みたれば手に兇器なし炎天に立つ
月夜ゆく川のながれのひとところ魂(たまし)あるがに輝やきにけり
壁も柱も乾(かわ)ききりたるかなしさは何にたぐへて死なばよろしき
むし暑き朝より木魚の音すればなんの疲れか身にいたく沁む
がらくたを仇(あだ)のごとくはたたきわりもの狂ふさまの秋の晝なれ
千年(せんねん)のよはひをかさねて松も靑しすでにいつしか鶴飼ひにける
定住の家を持たねば妻つれてある日に見たるコーカサスの谿(たに)
春がすみいよよ濃くなる眞晝間のなにも見えねば大和と思へ
狂ほしく野山ゆきつつ時にわがあやまちのごと花散れる見き
草も木もわれに挑みてほえかかるすさまじく靑き景色(けしき)なりける
なにごともなかりしごとき夕べにて靑き砥石(といし)に刃物(はもの)を當(あ)つる
昭和15年刊行の『大和』であるが、今読んでも苦悩に共感し、命に寄り添える。作者37歳。『大和』は、書肆侃侃房の『前川佐美雄歌集』に完本で収められており、ありがたし。※漢字表記で一部PC変換できない部分あり