マイ・セレクト

その時々に「いいなぁ~」と思った短歌をセレクトして紹介します。

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【vol.253】前川佐美雄『大和』甲鳥書林(『前川佐美雄歌集』書肆侃侃房)

たつた一人の母狂はせし夕ぐれをきらきら光る山から飛べり

デパートの入口に立ちぬ天國へかよふをとめ子と屑買のわれ

日に幾たび決意しなほしたよりなし若葉なびけばまた死ねずなる

古き代(よ)のランプをともし物書けば森ふかく骨(こつ)の朽ちてゆくおと

月きよき秋の夜なかを崖(がけ)に立ち白鬼(はくき)となつてほうほう飛べり

山にのぼり切(せつ)なく思へばはるかにぞ遍照(へんせう)の湖(うみ)靑く死にて見ゆ

今は世界が狂ひゐるなれ然れども春來(く)れば野川の魚も食(た)うぶる

硝子瓶に黄な春の芽がうつるので何故(なぜ)か眞晝が巨大でたまらぬ

毒を呑んだ靑の風景のなかなればむかしの洋燈(ランプ)とり出でて見る

家のまはりはサルビヤの花眞赤にてどんな惡事も寄りつきはせぬ

石の上に腰をおろして燐寸(マッチ)擦(す)ればうす靑の火の老(おい)のごとしも

めざめては明日(あす)といふ日のなきごとく耳澄まし聞く暁(あかつき)がらす

屋根に登りてわが町の櫻望みゐぬこころ呆(ほ)けてあれば美しきもの

ぞろぞろと從(したが)ひ行けば花見なりやけくその如く樂しきらなむ

ゆく春は獸(けだもの)すらも鳴き叫ぶどこに無傷(むきず)のこころあるならむ

若葉耀(かがや)く五月の午後はどことなく堕(お)ちゆきて暗きいのちと思ふ

赤赤とただるる夏のをはり花(ばな)われはとろけてしまふいのちも

曼珠沙華雨に朽(く)ちゆく野に立ちて永遠(とこしへ)のもののごとき思ひす

そこらには黄(き)な蜘蛛(くも)が網を張るらしく獨(ひとり)おもへば豊けき秋なり

おほごゑを立ててわめくなひしめくな印度のはての夕燒の空

晝前の二時間ばかり幾百となく幾千となく羽蟻空に消えゆけり

夕燒の空のこなたのももいろの雲の妹(いもうと)をあはれがりおり

いきものの蛙(かへる)ひとつを殺(あや)むるもあやに輝(かがや)くわが眼(め)ぞかなし

松のかげいまくきやかに澄みたれば手に兇器なし炎天に立つ

月夜ゆく川のながれのひとところ魂(たまし)あるがに輝やきにけり

壁も柱も乾(かわ)ききりたるかなしさは何にたぐへて死なばよろしき

むし暑き朝より木魚の音すればなんの疲れか身にいたく沁む

がらくたを仇(あだ)のごとくはたたきわりもの狂ふさまの秋の晝なれ

千年(せんねん)のよはひをかさねて松も靑しすでにいつしか鶴飼ひにける

定住の家を持たねば妻つれてある日に見たるコーカサスの谿(たに)

春がすみいよよ濃くなる眞晝間のなにも見えねば大和と思へ

狂ほしく野山ゆきつつ時にわがあやまちのごと花散れる見き

草も木もわれに挑みてほえかかるすさまじく靑き景色(けしき)なりける

なにごともなかりしごとき夕べにて靑き砥石(といし)に刃物(はもの)を當(あ)つる


 

昭和15年刊行の『大和』であるが、今読んでも苦悩に共感し、命に寄り添える。作者37歳。『大和』は、書肆侃侃房の『前川佐美雄歌集』に完本で収められており、ありがたし。※漢字表記で一部PC変換できない部分あり

【vol.252】千葉優作『anchorage』青磁社

わたくしが踏切ならば遮断機を下ろしわすれるほどの夕焼け

そのひとの鼻のかたちの残りたるマスクの白が目立つ屑籠

憂鬱のuかもしれぬビオレuもて月曜の身体洗へり

しんしんと雪ふるなかをゆくわれに雪は纏はる死者のごとくに

さびしくて覗くちくわの空洞のやうな三月雨ばかり降る

この世のちくわすべてに穴が空いてゐてときどき死者がこちらを覗く

いつぽんのマッチ擦るとき手のひらの小鳥を放つやうなさみしさ

死者の手を夢にて握りゐしやうに醒めてしばらく透きとほるゆび

真二つにちくわ切るときゆがみをり時空を超えてだれかの喉が

うすがみに切りたる指に滲む血のあふれたきいのちをもてあます

はりぎりの葉のはらはらと降るゆふべひとひ言葉の不在を過ごす

さつくりとしやもじに米を切るときに脳のやはらかさを思ひたり

まなかひをかすめてツバメ去りゆけばこの世にて逢ふおほかたは影

梨ひとつ机上に置けばかすかなる水辺とおもひ寄りゆくこころ

鳴ることのないままに張り詰めてゐる弦楽器あり冬の空には

月はただひとつの月として浮かぶはじめから孤独ならよかつたな


 

『あるはなく』(2022年刊)に次ぐ第二歌集。さみしさや孤独が、ちくわやマッチや月などに様々なかたちで現れる。大きなアップダウンはなく、常に水平線のすこし下あたりをゆく感じ。現代を生きる若者のうちなる声が聞こえる。

【vol.251】淀美佑子『ツガイムスビ』笠間書院

正解を赤鉛筆で書きこんで傷跡つけるきみのノートに

わざと手をつないだままの地下鉄で夜へと向かう接続を待つ

学校をサボって行ったキュビスム展もっと壊れた絵を観たかった

スフレよりタルトの重さでセフレより濃いめのチーズのようなきみだね

スタヂオのドアの重さを肩で押す海から陸にあがる心地で

狂い咲き水面で魚(うお)に恋すれどさだめのままに散る 花として

感情に流されまいとしていたらすべての色が消えた鏡台

愛あらば暴かずにいて永久に行方知れずのヴィーナスの腕

はじめての金継ぎをしたカレー皿のわずかなずれにひっかかる匙(さじ)

つぶすつぶす歪(いびつ)なポテトとわだかまりがサラダになるまで なってもつぶす

辛酸をまろやかにしてマヨネーズ腹がへっては優しくなれぬ

やさぐれて欠けた心をうめるようホットケーキの満月を食む

富裕層をパフェのてっぺんだとすればコーンフレークのあたりに暮らす

パッケージされた精肉見るようにニュースに死刑執行を聞く

誰かしら傷つけながら生きていて善意で豆腐を賽(さい)の目に切る

タレントの訃報(ふほう)の記事に添えられたいのちの電話の数字十桁


 

あとがきに、「性」を軸に「食」や「命」へと思いを馳せた、とある。作為的なところも見えるが、挑戦的かつ挑発的な歌集である。呉服販売業に従事されていた作者は、お会いする時いつも着物だ。従来の古風な着かたではなく、自由にアレンジされた新しい着こなし。短歌に通じるところがある。東京生まれ東京育ち、中部短歌会。

【vol.250】桑原正紀『麦熟るるころ』本阿弥書店

追熟のすぎたる桃のあやふさにそつと手触るるやうなもの言ひ

この池の鯉も老いしかくろがねの体(たい)のはつかに金色を帯ぶ

人の世は不穏なれども咲きいづるさくら さくらは知らぬ顔せり

よき歌は菩薩ならむよこころどにほつと小さき灯りがともる

ふみづきを降りみ降らずみ長梅雨のなかなか霽(は)れぬコロナ鬱かも

脳病むにあらずよ妻は厭離穢土(えんりゑど)遂げてほほゑむ結界のなか

藤棚を透く秋の日のやはらかく生死(しやうじ)のさかひおぼろにしたり

老い坂は下りならんよたらたらと生きつつ少し加速度がつく

二人きて「よいしょ」と運び出ださるる冷蔵庫白き柩のごとし

永蟄居(えいちつきよ)命ぜられてもおそらくは平気の平左衛門よわれは

秋のいろ褪せゆく苑に大公孫樹ひとつ黄金をたもつ荘厳(しやうごん)

ドッグランは無秩序(カオス)と見えて人間の知覚を超えた秩序(コスモス)のある

折り紙の蛙をピョンと跳ねさせてすこしさびしい冬の指さき

みなづきは夢のなかにも雨ふりて誰かに傘をさしかけてゐし

アカシアの花ぬらす雨したたりて傘に鳴るとき傘は抒情す

秋空にしんと冷たきひかり満ち飛行機雲はながく崩れず

かたつむりが格子をのぼりつめるまで見てゐしころのわうごん時間

多く知り多く忘れて多く会ひ多く別るる倍速時間

西方にまこと浄土のあるごとく夕陽を背負ふ阿弥陀三尊

人道的兵器といふがあるごとき「非人道的兵器」とは面妖な語ぞ

ありえざる死を見届けて帰る夜の雨音が傘に鳴りやまずけり

わくらばが葉を擦りながら落つる音きこゆるまでにしづけき真昼

いのちありて見るしろき雲あをき空いのちといふはほんにさびしき

金と茶の色目きはやかカステラを黒き漆の皿に載せれば

猫好きは忍耐のひと寛恕のひと思惟ふかきひと情あつきひと

〈サイレントニャー〉のゆたかな無音もて猫族は人を思索家にする


 

2019年後半~2025年前半の464首を収めた第十歌集。2024年、19年間看取り続けた妻を亡くし、その挽歌は決して多くなく、静かに静かに詠われているが、そのことがかえって胸を打つ。戦地へ思いを馳せる歌もあるが、流麗な韻律によって、声高にならず詩に昇華している。この歌集で第18回小野市詩歌文学賞ならびに第60回迢空賞を受賞。

【vol.249】小原奈実『声影記』港の人

カーテンに鳥の影はやし速かりしのちつくづくと白きカーテン

仰向けに蟬さらされて六本の鉤爪ふかし天の心窩へ

読み終へし手紙ふたたび畳む夜ひとの折りたる折り目のままに

犬飼ふを勧められたる夕べよりしづけさはしなやかに尾を振る

驟雨近し いまわが匙を逃れたるゼリーに繊き聴覚ありて

佇(た)つによき生薬学の書架の辺へけふ踏み台がちひさくありぬ

抱き来し本に移れる身の熱を贄(にへ)のごとくに書庫へ返せり

肉体のわれを欲るきみ切りわけし桃に褐変の時が過ぎゆく

脳に思惟ともるごとくに藍さしてふかみて褪せしのちもあぢさゐ

春の日の鳩の歩みを急かしつつ病床なればまだ訪ひゆける

眠りなさい かくばかり世を見つめては眼から椿になってしまふよ

鳥を追ひそのまぶしさに眩むうち疎林のなかに眼を失ひぬ

雲の上の空深くあるゆふぐれにひとはみづからの時を汲む井戸

豆の袋に豆の粒みな動かざるゆふべもの食む音かすかにて

軀なきままに逢ふべし並木ゆき麻酔のごとき蟬声のはて

割れて桔梗に砕けて萩になりしもの雨に濡らしてしまへばしづか

引き潮にとらるるごとくきみ眠り背(せな)に添へゐしわが手を離(か)れぬ

剖(ひら)きゆく刃のしびれむか言語野の白さ柔さは雪にあらねど

鳶すべる空は幾重の絹ならむ躱すつばさにまた添ひながら

櫛つかふ腕が痛めり圧(お)しつづけし心臓すでになきこの夜を

みひらけどみえぬさくらよちりゆけば息つまるまでけはいみつるを

藤のこころにちかづくなかれ 捕はれて逆さ吊りなるいくたりの髪

きさらぎの錫の光の朝々を裸身にて木は奔りゆかずや

静水にこゑなからむに湛へゐるグラスの影のうちのかがやき

木犀の呼吸のうちをゆく夜を苦しめる木は濃くにほひたり

消灯ののちキッチンに立ちてあふ地震(なゐ)のさなかを桃の匂へり

道はいづくも地の傷なれば都市よりも道をほろぼすこと難からむ


 

こまやかな観察、端正な文体、繊細な五感を駆使して紡がれる歌は「上質」という言葉が相応しい。幻視のようであり、ただごと歌のようである(それらは表裏一体であるが)。とにかく対象をよく見ており、身体感覚も優れている。1991年東京生まれ。第56回角川短歌賞次席。同人誌「穀物」などに参加。

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