カーテンに鳥の影はやし速かりしのちつくづくと白きカーテン
仰向けに蟬さらされて六本の鉤爪ふかし天の心窩へ
読み終へし手紙ふたたび畳む夜ひとの折りたる折り目のままに
犬飼ふを勧められたる夕べよりしづけさはしなやかに尾を振る
驟雨近し いまわが匙を逃れたるゼリーに繊き聴覚ありて
佇(た)つによき生薬学の書架の辺へけふ踏み台がちひさくありぬ
抱き来し本に移れる身の熱を贄(にへ)のごとくに書庫へ返せり
肉体のわれを欲るきみ切りわけし桃に褐変の時が過ぎゆく
脳に思惟ともるごとくに藍さしてふかみて褪せしのちもあぢさゐ
春の日の鳩の歩みを急かしつつ病床なればまだ訪ひゆける
眠りなさい かくばかり世を見つめては眼から椿になってしまふよ
鳥を追ひそのまぶしさに眩むうち疎林のなかに眼を失ひぬ
雲の上の空深くあるゆふぐれにひとはみづからの時を汲む井戸
豆の袋に豆の粒みな動かざるゆふべもの食む音かすかにて
軀なきままに逢ふべし並木ゆき麻酔のごとき蟬声のはて
割れて桔梗に砕けて萩になりしもの雨に濡らしてしまへばしづか
引き潮にとらるるごとくきみ眠り背(せな)に添へゐしわが手を離(か)れぬ
剖(ひら)きゆく刃のしびれむか言語野の白さ柔さは雪にあらねど
鳶すべる空は幾重の絹ならむ躱すつばさにまた添ひながら
櫛つかふ腕が痛めり圧(お)しつづけし心臓すでになきこの夜を
みひらけどみえぬさくらよちりゆけば息つまるまでけはいみつるを
藤のこころにちかづくなかれ 捕はれて逆さ吊りなるいくたりの髪
きさらぎの錫の光の朝々を裸身にて木は奔りゆかずや
静水にこゑなからむに湛へゐるグラスの影のうちのかがやき
木犀の呼吸のうちをゆく夜を苦しめる木は濃くにほひたり
消灯ののちキッチンに立ちてあふ地震(なゐ)のさなかを桃の匂へり
道はいづくも地の傷なれば都市よりも道をほろぼすこと難からむ
こまやかな観察、端正な文体、繊細な五感を駆使して紡がれる歌は「上質」という言葉が相応しい。幻視のようであり、ただごと歌のようである(それらは表裏一体であるが)。とにかく対象をよく見ており、身体感覚も優れている。1991年東京生まれ。第56回角川短歌賞次席。同人誌「穀物」などに参加。