【vol.248】澤村斉美『竜の眠つてゐた跡』砂子屋書房
花は木を、私は君を残してゆくかもしれないがまあ飲め、けふは
浄瑠璃の三味線べんと鳴らしたし夫が人界を嘆ける夜は
いくつかのスイッチを切り薄闇の君のとなりに私を舫(もや)ふ
珍しい鳥が来ましたといふやうに「オスプレイ東日本に初飛来」
ローリエはダフネのからだ 木になれば心は軽くなるのだらうか
定量といふものあらばこの町のかなしみすでに定量を超ゆ
朝の日を入れればとなりのシーツには竜の眠つてゐた跡がある
さくらばな心あふれてとどまらぬ春をカメラの枠に収めつ
なりかけてならざるいのちの呼び方を誰に尋ねむ山深き朝
育たぬと診断されし細胞に梅がもうすぐ咲くと教へつ
かなしみはいつくるのかと掌を開いて閉じて鉛筆握る
生みたかつたと思つた二月ぴしぴしと裸の枝が交差してゐる
しだれつつ咲く花の下タクシーと眠る運転手は死者ならず
ほうたるの光に母は吸はれたり川のほとりへ来よと手招く
木に戻りたいと思ふことありますか 黙(もだ)ふつくらと聖観音は
わが内の水に花咲くふたひらの花は足裏(あうら)と呼ばれてそよぐ
焼け石を見たことはなし焼け石のごとく泣く子をタオルで包む
子の喉にふとき弦あり乳飲むとおろんおろんと鳴る白き弦
ナインアインメエンネーンと変化して息子は否む母のあやしを
ざんぶざんぶと水に沈まぬ葱の束もつとも殺しがたきはわれよ
目玉焼きのあかるい丘が運ばれてきた「かなしい」にはほど遠い朝
しなくてもいい結婚をして人は濡れてゆく草夜半の雨に
自分の名の上に故のつく想像をする隙(ひま)はありしが欠詠す
子の口のなにがさびしいゾウの耳キリンの角を交互に嚙んで
にんじんのみぢん切りに泣けてくるなんて半端に明るい一日の終はり
結婚、出産、子育てという、多くの人が経験してきた女の三十代を詠むのは難しいと思う。まして幸福な日々は。「陰」に寄りすぎると噓になり、「陽」ばかりだと読者は遠ざかる。 そのなかで、「「かなしい」にはほど遠い朝」という見せ消ちのかたちや「半端に明るい一日の終はり」という絶妙な表現が良いと思った。新聞社で校閲記者として働く社会的な視点も新しい。「塔」編集長の第三歌集。