縄文文化を巡る!  
 
「waiwai隊」 縄文遺跡を巡る旅・・新潟県立歴史博物館

≪2017年10月21日≫
 
  秋の東北巡りは、当初は@遺跡巡りA山行B撮影、の三行程の予定で計画しました。@については、天候などに左右されませんが、AやBについては現地に着いてからの変更は仕方ありません。今回のようなフルムーン切符を使っての旅は、予約は一月前に済ませていますから・・。今回の旅のスケジュールについては、下記に載せましたが。一番の変更点は三日目の≪城ヶ倉大橋から蔦七沼≫への変更でした。変更前は八甲田山への撮影を兼ねた山行でしたが、前日に仕入れた現地情報で断念となりました


 朝一番に縄文館を訪れることができて、受付のお嬢さんに帰りのバス便を訪ねると、最寄りの2系統のバス時刻表のプリントを貰った。長岡発の新幹線は14時32分なので、どんなに遅れても一時間前の便に乗れば大丈夫だろうと、13時台のバス便をチェックしました。

 縄文館を出て、遺跡の見物をしようと向かっていると、縄文館の裏側の広場のような場所でオジサン達が何かを始めようと準備していました。何事が始まるかと尋ねると「これから、土器の素焼きをします」との事で、板切れに付けた火の傍らには、土で作った壺が並べられていました。時間に余裕があるので見物しようかと思い尋ねると「焼きあがるのに三時間は掛かりますよ」との事でした。直ぐに「この先に県の博物館があるから見てきたら・・」との受付嬢の薦めに従う事にしました。



【関連リンク先】新潟県立歴史博物館


  
 ・10月15日(日) 
 松山  岡山京都〜京都大学総合博物館 京都市
 
 ・10月16日(月)  
 京都 東京新青森 
 青森市 
 ・10月17日(火)  
 青森市   〜城ヶ倉大橋(撮影)
〜蔦温泉・蔦七沼(撮影)〜十和田湖 
 ・10月18日(水)  
 十和田湖   〜奥入瀬渓流(撮影)
〜七戸町(二ツ森貝塚遺跡)〜八戸町 
 ・10月19日(木)
 八戸市   〜是川石器時代遺跡(是川縄文館)  岩手県一戸町・御所野遺跡(御所野縄文博物館)〜八戸町 
 ・10月20日(金) 
 八戸市   〜八戸市博物館〜八戸  大宮   長岡市  
 ・10月21日(土)  
 長岡〜馬高縄文館〜新潟県立歴史博物館〜長岡  東京  岡山  松山 
 

 縄文館を出て、朝方通ったバス停から交差点を曲がった広い道を真っ直ぐに、朝方の男性が行った道を辿りました。登り勾配の道なので、先の見通しが無いまま、暫く歩いて行くと左手の野原の先に近代的な建物が見えてきました。そこが、歴史博物館だろうことは一目瞭然でした。

 歴史博物館は、予想を超える大きな建造物でした。受付で、何やら話している内容は「割引は企画展の観覧の場合に適用出来ます」との話でした。実は、縄文館の受付嬢に案内された際、「これを提示すれば、入場料金の割引があります」との事は、企画展に適用されるのであって、小生らは、常設展示のみの見学なので入場料の割引には関係なかったのでした。ちなみに『秋季企画展は『川中島の戦い-上杉謙信と武田信玄-』でした。
 一階ロビーの受付を終えると、常設展示のスペースは、エスカレーターで地階に降りることとなります。その先にも受付嬢が居て、そこで展示の説明の聴けるイヤホンが無料で貸し出されていましたので、利用することとしました。この説明アナウンスは、該当のコーナーへ行くと自動的に始まるという優れものでした。

 常設展示は≪新潟県の歩み≫として、
〇新潟のあけぼの → 〇古代の新潟 → 〇古代・中世の文化・交流 → 〇中性の新潟 → 〇近世の新潟 → 〇近世・近現代の産物 → 〇近世・近現代の人物 → 〇近現代の新潟
と続いていました。
 

 そして、≪雪とくらし≫→≪米づくり≫から、私たちの目的のコーナーである≪縄文人の世界≫コーナーへと続いていました。まずこのコーナーのプロローグは、【竪穴住居】です。次に、冬の狩り→春の採集→夏の海→秋の広場と、縄文時代の暮らしぶりを復元(下、写真)しています。
   

 次は≪縄文文化を探る≫コーナーです。研究室へようこそ→人とものの交流→縄文工芸→縄文人の住宅事情→縄文人の食生活→縄文の祈り→火焔土器の世界→縄文時代の人々→縄文人の一生と続いています。

≪研究室へようこそ≫

文化財を検索したり、遺跡に関係することを勉強できます。 

 

≪人とものの交流≫

縄文時代にも日本列島と大陸の間に人々の行き来があったことを示す遺物が見つかっています。

 
≪縄文工芸≫

土器や石器だけでなく縄文時代には豊かな木の文化がありました。

 

 

≪縄文人の食生活≫

狩りの道具、漁の道具、植物採集の道具、保存の方法、季節的な食べ物の周期、調理そして糞石まで、食べることについての展示があります。

 

≪縄文の祈り≫

土偶やさまざまな不思議な形の石器は当時の人々が祈りに使ったものだった。と考えられます。

 

≪火炎土器の世界≫

火炎土器は新潟県内の信濃川流域を中心として発見されています。

 

≪縄文時代の人々≫

平均身長は150cm台の小柄でありながら、筋力は現代人より発達していたのが当時の人々の特徴です。

 

≪縄文人の一生≫

誕生から死まで様々な儀式が行われていたことを語る遺物が発見されています。

 
 

≪貝面≫
 

 長岡市に新潟県立歴史博物館がある理由については、特段、驚く事ではありません。小生の住む愛媛県も同様に県都じゃなくて、西予市に歴史文化博物館が立地されています。しかし、事前準備が万全では無くて、ゆっくりと時間を掛けることが出来ません。何分、帰りの新幹線の時間が14時32分で、尚且つ、昼食の時間も要ります。

 そんなこともあり、11時40分頃には見物を終えました。受付の横にある売店でみやげを買い、売店のお嬢さんとの世間話で「ここからも長岡駅行きのバスが出ます」との事です。そのお嬢さんが示した方向へ向かうとバス停がありました。未だ12時前でしたので、「どうせ待つのだったら、朝来たバスで帰ろう」と、気変わり。朝方、縄文館裏の空き地での“野焼き”に立ち寄って、バス停へと急いだのでした。

 やはり、バス便は遅れぎみでした。それでも、長岡駅のレストラン街に寄って昼食を食べ、近所などへの土産物を買う時間がありました。


 新幹線を東京で乗り継いで、岡山からは四国への最終便の特急で無事、島へと辿り着いたのでした。春の旅行の際は、新幹線などの売店事情も疎かったりして、どこで弁当を買うのかと迷ったりしました。今回は、全て完璧でした。そして運が良かったのは、日程が一日ずれていたら、翌日曜日の台風接近により新幹線を始め、滅多に止まらない伊予鉄道の電車さえも止まる事態に遭遇するところだったのです。

 さて、次回の旅は・・。