神話から生まれた「岩田・翁論争」
日銀当預と準備率の関係を検証する
<未解決と言われる「岩田・翁論争」> 「日銀はベースマネーをコントロールできるか?」これが「岩田・翁論争」のポイントだったと思う。そして多くの経済学者業界の人たちは「未解決である」と言う。 一時、妥協案というか、折衷案のようなものが提示されたことがあったが、これは両者の中間点をとっただけで、新しいアイディアではなかった。 それでも <マネーサプライ管理は日銀の責任==中谷巌>▲ のように評価する人もいる。しかし問題は「日銀はベースマネーをコントロールできるか?できなか?」ではない。 これをいくら議論しても問題の本質にはたどり着けない。日銀側も「ベースマネーをコントロールすることはできない」とは言うが「ベースマネーの増減により、マネーサプライが増減する、は神話である」とは言わない。ここが問題だ。 なにしろ「ベースマネーをコントロールしても、それでマネーサプライをコントロールできるわけではないのだから」だ。つまり「岩田・翁論争」はピント外れの議論をしていたわけだ。それでも問題の発端は「岩田・翁論争」なのだから、この辺りから話を始めることにしよう。
 まずは、日銀の金融政策を批判した「岩田論文」から。
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<週刊東洋経済の岩田論文=「日銀理論」を放棄せよ>
マネーサプライをベースマネーで割った比率を貨幣乗数あるいは信用乗数と呼ぶ。(中略)
 貨幣乗数が比較的安定していることは、日銀はベースマネーの供給をコントロールすることによってマネーサプライをコントロールすることができることを示している。
 図1にはベースマネーの変化率も示されているが、それは1990年第4四半期から急激に落ち込み初め、最近の三期にわたる四半期についてみるとマイナスである。 この事実と貨幣乗数の安定性とから、マネーサプライの増加率の著しい低下は戦後日本ではかつてなかった事態である。この原因はベースマネーの増加率の著しい低下によってもたらされたことが分かる。
 1年近くもの間、ベースマネーが絶対額で減少するといったことは、戦後日本ではかつてなかった事態である。それではベースマネーが絶対額で減少するといったことが起きた原因は何であろうか。
 表1はベースマネーの変化額を要因別に示したものである。表中の日銀信用とは、日銀による市中銀行貸出や市中銀行保有の手形や国債の買い取りなどを通じて供給される準備(ベースマネーの一部)のことである。
 この表は91年ころから、財政要因のうち国債要因に基づいてベースマネーの供給が大きく減少していることを示している。(中略)
 表1から分かるように、日銀はこの財政要因に基づくベースマネーの減少を相殺するように、日銀信用を増やすどころか、92年第1四半期には、日銀信用をも削減し、ベースマネーの減少を増幅させることによって、0.7%という前代未聞のマネーサプライの増加率の大幅低下を引き起こしている。これが「日銀理論」に基づく金融緩和の実態である。
 それでは、日銀はなぜ金融緩和政策に転じたといいながら、財政要因によるベースマネーの減少を日銀信用の増加によって相殺しようとしないばかりか、むしろ増幅するようなことをしているのであろうか。この不可解な日銀の行動は次ぎのような「日銀理論」に基づいている。
 日銀の『調査月報』や『金融研究』の論文によると、日銀はベースマネーをコントロールできないという。なぜならば、日本の市中銀行は法定準備を超える超過準備を持たないため、必要な準備需要は前の月の市中銀行預金の水準によってすでに決定されており、その準備需要に対して、日銀が準備供給に応じなければ、市中銀行の決済が不可能になり、大混乱が生じてしまうからである。 つまり、日銀は市中銀行の準備需要に応じて準備を供給するしかないというのである。これが「日銀理論」である。
 しかし、日銀が、日銀はベースマネーをコントロールできないと主張することは、「私たちは金融政策の手段を持っておりません」と自ら告白するに等しく、日銀自身がその存在意義を否定する自殺行為である。 最近鈴木正俊氏は『誰が日銀を殺したか』(講談社)という本を出版されたが、「それは日銀である」がこの本の問いに対する正解である。(中略)
 最近1年間のベースマネー供給の増加率だけでなく、絶対額そのものの減少は、従来の「日銀理論」だけに基づくものではないと考えない限り、91年第1・第2四半期におけるベースマネーの増加率の急低下は、日銀が地価高騰に責任を感じて、バブル退治のために金融政策を利用しようとしたからであろう。(中略)
 日銀はベースマネーをコントロールできないという「日銀理論」を直ちに放棄して、ベースマネーを手形や国債の買いオペなどによって積極的に増やすべきである。 ベースマネーを絶対額で減少させて、マネーサプライの増加率を一定以下に抑制するといった危険な賭けに挑むべきではない。(中略)
 金融政策とは「日銀理論」とはちがって、公定歩合を引き下げることではなく、ベースマネーの供給を増やすことによってマネーサプライの増加率を引き上げることをいうという当然のことを強調しておきたい。
 世間も公定歩合の上げ下げで金融政策の状況を判断することを早急にやめない限り、いつまでたっても日銀の金融政策の誤りを見抜くことはできない。今後は、金融政策の是非を判断するうえでは、公定歩合ではなく、ベースマネーに注目すべきである。 (週刊東洋経済<「日銀理論」を放棄せよ>から)
<表1 ベースマネーの要因別変化の推移> (単位 億円)
ベースマネーの変化額  財政要因(うち国債要因)   その他   日銀信用 
1987年 26,905 2,965  (▲24,983) 13,344 10,596
88年 44,139 6,087   (2,057) 12,339 25,713
89年 49,597 3,99  (▲3,587)  ▲10,259 55,864
90年 31,163 36,365  (▲50,656) 13,268  ▲18,4706
91年 ▲9,642 ▲192,454 (▲103,357) 153,426 1129,386
91(T) ▲56,116 ▲42,796 (▲22,714) 8,654 ▲21,974
91(U) 8,243 ▲22,581 (▲27,709) 14,139 16,685
91(V) ▲28,666 ▲102,948 (▲31,475) 16,525 57,757
91(W) 66,895 ▲24,129 (▲21,459) 14,108 76,916
92(T) ▲60,313 ▲35,459 (▲26,934) 16,105 ▲40,959
(出所)日本銀行「経済統計年報」、「経済統計月報」
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<週刊東洋経済の翁論文から=岩田論文の要約> 岩田論文に対して、「岩田論文に反論する」、と題して日銀の翁邦雄が同じ週刊東洋経済に論文を書いている。ここでは岩田論文の要約だけを紹介しよう。上に紹介した「岩田論文」の大部分を省略しているので、分かり難かったり、誤解を招く怖れもあるかもしれない。 そこで、これに反論した翁邦雄の文章を紹介することによって、岩田論文を理解して頂きましょう。
 岩田教授が重視しているベースマネーとは、日銀が供給する日本銀行券と準備(預金)の合計をいう。準備とは、市中銀行が銀行間の決済のために、日銀に預けている当座預金である。
 準備には利子はつかず、「準備預金制度に関する法律」に基づき、銀行はある月の預金の一定割合(預金準備率)をその月の16日から翌月の15日までの1カ月間の平残で維持するよう求められている。 このため、わが国の準備預金制度は達観すれば前月の預金量に応じて準備預金を積む「後積み方式」と考えることができる。
 岩田教授の立場の基本的前提は「市中銀行はこのベースマネーを基礎として、貸し出し等の与信行動を通じて、ベースマネーの何倍かの預金通貨を創造する」という点にある。
 この時「マネーサプライがベースマネーの何倍になるか」が、貨幣乗数であり、岩田教授は、貨幣乗数は比較的安定しているため、日銀はベースマネーの供給をコントロールすることによってマネーサプライをコントロールすることができる、とされ、 さらに、最近3四半期のベースマネーの前年比がマイナスであることが、マネーサプライ増加率低下の原因である、と結論づけている。
 理論的な問題を取り上げる前にデータの解釈について意見を述べておきたい。この点における岩田教授のもっともショッキングな主張は、最近1年間のベースマネー供給の減少は、日銀がバブル退治のためにベースマネーを減少させ引き締めを継続しているのではないか、という疑問を示唆しておられる点であろう。
 このような文章から、岩田論文に反論していくのだが、ここでは日銀理論の紹介ではなく、また翁論文の紹介でもなく、TANAKAの考え方を書くところなので、翁論文はこの辺で終わりにしておこう。翁論文に関しては「週刊東洋経済」を読んで頂きましょう。
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<準備率の変更による日銀当預の変化> 岩田論文の主旨は「不況である1991年には、日銀はマネーサプライを増やすべきなのに、ベースマネーを減少させマネーサプライを減少させた。 今後は、金融政策の是非を判断するうえでは、公定歩合ではなく、ベースマネーに注目すべきである」ということだろう。1991年の金融面でのTANAKAの説明はまったく違っている。「不況でマネーサプライは伸びない。そこで日銀は準備率を下げ、銀行貸出の負担を少なくしょうとした。これによりベースマネーが減少した」だ。 ここでは岩田理論を1つ1つ批判するのではなく、違った方向からみたTANAKAの説明を展開することにする。 先ず表を見て頂きましょう。数字を見て何かを感じて下さい。数字を見て何かを感じるか、何も感じないか、それが分かれ目です。数字にしても、社会の出来事にしても、皆が同じように知っていることでも、そこから何を感じるか、それで問題意識の深さが決まってくる。 ここで使うのは、この表のごく一部です。でもその前後の数字も挙げておきました。イッパイいろんなことを感じて下さい。
<表2 マネーサプライ ベースマネー 日銀当預 関係表>  単位億円
年月 M2+CD BM 当預 準備額 日銀券 預金 銀行貸出 保有証券 借入 保有現金
89-4 4,240,993 322,127 40,388 40,346 281,739 3,647,897 3,792,899 1,025,018 50,790 229,494
5 4,231,214 323,164 39,997 39,969 283,167 3,672,639 3,773,746 1,035,042 47,612 255,840
6 4,268,553 319,346 40,705 40,690 278,641 3,720,990 3,823,709 1,046,290 48,457 253,528
7 4,345,989 334,821 41,760 41,734 293,061 3,718,099 3,866,275 1,056,446 52,397 243,434
8 4,366,927 331,760 41,712 41,677 290,048 3,733,633 3,895,079 1,067,536 48,337 246,109
9 4,402,627 325,676 43,072 43,019 282,604 3,879,789 3,986,275 1,099,374 47,472 295,929
10 4,408,424 325,297 42,448 42,417 282,849 3,768,188 3,951,981 1,102,522 55,249 261,359
11 4,460,570 330,607 43,769 43,738 286,838 3,913,755 4,004,587 1,104,959 36,336 302,035
12 4,627,790 379,218 46,366 46,300 332,852 4,055,023 4,105,723 1,125,861 61,932 328,255
90-1 4,635,014 326,176 46,073 46,030 320,103 3,969,179 4,113,947 1,142,538 49,748 279,667
2 4,667,345 347,859 46,363 46,338 301,496 4,031,783 4,146,793 1,161,298 55,379 282,102
3 4,730,830 356,824 47,888 47,794 308,936 4,195,805 4,243,430 1,211,746 42,534 318,154
4 4,801,061 371,008 48,572 48,541 322,436 4,191,001 4,207,818 1,211,133 39,063 287,601
5 4,790,095 318,272 48,308 48,275 309,964 4,212,155 4,188,058 1,208,872 30,963 316,786
6 4,805,089 350,335 48,446 48,398 301,889 4,271,847 4,258,235 1,215,149 36,293 319,256
7 4,876,335 365,958 48,980 48,947 316,978 4,243,481 4,277,285 1,221,566 38,736 301,130
8 4,886,619 360,535 48,997 48,962 311,538 4,245,531 4,297,706 1,219,027 18,664 299,562
9 4,930,512 354,892 50,635 50,597 304,257 4,414,996 4,341,726 1,230,008 35,317 348,856
10 4,928,423 352,824 48,994 48,968 303,830 4,242,790 4,339,514 1,248,203 31,527 283,468
11 4,900,824 352,739 48,288 48,244 304,495 4,323,226 4,381,429 1,238,739 36,378 307,232
9 4,930,512 354,892 50,635 50,597 304,257 4,414,996 4,341,726 1,230,008 35,317 348,856
10 4,928,423 352,824 48,994 48,968 303,830 4,242,790 4,339,514 1,248,203 31,527 283,468
11 4,900,824 352,739 48,288 48,244 304,495 4,323,226 4,381,429 1,238,739 36,378 307,232
12 5,022,086 402,975 50,283 50,242 352,692 4,362,377 4,411,685 1,240,370 56,290 318,273
91-1 4,978,914 384,482 48,960 48,936 335,522 4,201,728 4,401,901 1,239,302 56,471 265,220
2 4,926,178 360,151 49,080 48,141 311,071 4,202,060 4,414,227 1,225,502 42,197 270,092
3 4,970,366 371,486 52,796 50,107 318,690 4,434,407 4,458,893 1,232,185 41,263 334,525
4 4,985,533 366,883 49,901 49,367 316,982 4,268,130 4,422,034 1,225,858 42,258 277,552
5 4,962,597 362,264 48,367 48,337 313,897 4,324,803 4,430,410 1,228,940 34,753 298,664
6 4,983,634 359,321 48,885 48,848 310,436 4,342,492 4,483,575 1,233,184 50,153 279,741
7 5,040,024 372,140 48,422 48,400 323,718 4,255,138 4,485,904 1,231,377 57,200 231,555
8 5,020,817 364,477 47,937 47,888 316,540 4,274,495 4,519,300 1,221,963 67,849 224,888
9 5,041,125 356,966 48,936 48,884 308,030 4,396,712 4,522,041 1,220,079 49,029 299,162
10 5,031,895 346,487 38,199 38,159 308,288 4,196,316 4,502,566 1,217,595 52,865 182,762
11 5,018,666 339,661 29,153 29,100 310,508 4,265,878 4,555,040 1,210,444 32,066 205,636
12 5,122,051 387,445 29,663 29,626 357,782 4,284,614 4,604,718 1,206,168 93,640 225,385
92-1 5,069,555 371,124 29,433 29,398 341,691 4,132,337 4,577,094 1,203,253 68,557 156,400
2 5,004,632 346,735 28,879 28,823 317,856 4,185,335 4,596,554 1,202,793 54,758 172,460
3 5,057,976 353,520 29,380 29,350 324,140 4,347,814 4,603,939 1,195,264 44,514 259,554
4 5,063,356 350,325 29,299 29,273 321,026 4,163,956 4,570,348 1,194,131 62,473 160,824
5 5,017,338 349,576 28,842 28,818 320,734 4,193,092 4,590,984 1,196,261 79,179 169,275
6 5,030,318 344,328 28,878 28,864 315,450 4,169,204 4,604,621 1,194,664 70,634 150,003
7 5,048,854 359,657 28,769 28,732 330,888 4,125,556 4,614,450 1,179,573 66,064 138,183
8 5,037,325 356,325 28,924 28,897 327,401 4,109,233 4,610,875 1,186,600 73,310 147,570
9 5,020,805 344,832 28,887 28,873 315,945 4,196,024 4,640,044 1,165,276 73,820 192,567
10 5,001,591 346,086 28,582 28,548 317,504 4,092,537 4,631,937 1,183,382 58,886 141,305
11 4,989,166 348,335 28,493 28,466 319,842 4,122,358 4,647,493 1,189,433 64,673 157,824
12 5,099,669 393,917 28,925 28,897 364,992 4,116,081 4,718,206 1,181,147 67,033 125,886
93-1 5,055,340 374,680 28,788 28,759 345,892 4,086,108 4,709,394 1,182,289 68,934 136,144
2 5,011,162 357,042 28,623 28,586 328,419 4,097,511 4,705,565 1,181,130 74,484 141,449
3 5,038,006 362,527 29,052 29,016 333,475 4,262,532 4,726,330 1,174,177 55,478 195,737
(出典)経済統計月報、経済統計年報から集計 
 ここでの銀行とは==都市銀行(11行)、地方銀行(64行)、地方銀行U(66行)、信託銀行(7行)、長期信用銀行(3行)
M2+CD=マネーサプライ平均残高  BM=ベースマネー平均残高   当預=日本銀行当座預金平均残高  準備額=法定準備額   日銀券=日本銀行券発行高平均残高  預金=全国銀行預金月末高   銀行貸出=全国銀行貸出金月末高  保有証券=全国銀行保有有価証券月末高   借入=全国銀行日銀借入月末高  保有現金=全国銀行保有現金月末高(除く 小切手・手形)
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1991年秋の経済情勢 岩田論文で問題としている1991年秋、当時の経済情勢がどのようであったか振り返ってみよう。 1989年の東証では大納会で38,915円87銭をつけたのを最後に、1990年から下がり始めた。1990年の大納会は23,848円71銭、1991年は16,924円95銭となった。土地の価格は1991年から下がり始めた。 当時の失業者はまだ130万人程度であった。政府が初めて景気対策を打ち出したのは1992年3月31日のことであった。1989年からの日銀の金融引き締め、公定歩合の再度の引き締めがその後の日本経済を痛めつけ、すぐには立ち直れないほどの後遺症を与えたのだが、 当時は「平成の鬼平」と三重野総裁をたたえたほどであった。公定歩合の推移はつぎの通り。
公定歩合の推移
昭和62年(1987)年 2月23日  2.50
平成 1年(1989)年 5月31日  3.25
          10月11日  3.75
          12月25日  4.25
平成 2年(1990)年 3月20日  5.25
          8月30日  6.00
平成 3年(1991)年 7月 1日  5.50
          11月14日  5.00
          12月30日  4.50
平成 4年(1992)年 4月 1日  3.75
          7月27日  3.25
平成 5年(1993)年 2月 4日  2.50
          9月21日  1.75
平成 7年(1995)年 4月14日  1.00
          9月 8日  0.50
平成10年(1998)年 4月 1日  0.50
平成13年(2001)年 1月 4日  0.50
          2月13日  0.35
          3月 1日  0.25
          9月19日  0.10
1991年秋から金融緩和に転換 中央銀銀行が金融緩和政策をとっているのか、金融引き締め政策をとっているのか、それは公定歩合を見れば分かる。 「金融政策の是非を判断するうえでは、公定歩合ではなく、ベースマネーに注目すべきである」と主張する人もいるようだが、先進国の中央銀行は公定歩合を主要な金融政策の手段にしている。 その公定歩合を見てみよう。徐々に金利を上げていき、1990年8月30日に引き上げたのをピークに、1991年7月1日から下げ始めた。 1991年秋、岩田論文は「日銀が金融引き締めの政策をとっている」と非難しているが、公定歩合を見て判断すると「日銀はベースマネーを減少させるという<金融引き締め政策>と、公定歩合を引き下げるという<金融緩和政策>の矛盾した政策をとっている」という主張になる。 いくら「日銀不信」であっても、「日銀がそんなバカな政策をとっている」と非難するのは常識外れだ。
 1991年秋に「不況は長く続くだろう」とは予想されていなかった。けれども日銀の金融政策は1991年夏から金融緩和政策に転換している。ベースマネーの減少もそうした日銀の金融緩和政策 で、準備率を引き下げた結果であり、公定歩合の引き下げと矛盾しない政策の結果だと、考えないと筋が通らなくなる。
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<1991年10月16日、法定準備率が引き下げられた> <表2 マネーサプライ ベースマネー 日銀当預 関係表>の1991年9,10,11月の一部色を変えて表示した。1991年10月16日から法定準備率が引き下げられたので、その影響がこの表から読みとれるからだ。 岩田論文では四半期単位で表示されているので分からないが、1カ月単位で表示するとハッキリ分かる。「10月16日から実施」ということは、10月末で締め切って、11月15日に向けて積んでいく準備金から適応される、ということだ。上記表でいうと、 「9月の日銀当預は旧準備率(2.5%)での歩積み」「11月の日銀当預は新準備率(1.3%)での歩積み」そして「10月の日銀当預は前半は旧準備率(2.5%)、後半は新準備率(1.3%)での歩積み」となる。つまり9月の日銀当預に比べ11月の日銀当預は約その半分で、10月はその中間となる。
 表の「当預」の数字を見ればそれがよく分かる。各銀行は自行の預金総額に準備率を掛けて必要な額を日銀の当座預金口座に入金する。決して日銀当預の増減が原因で貸出が増減するのではない。この表から「従って、準備率が下がれば各銀行は日銀当預を減少させる」と読みとれる。 こうして「預金総額の増減により(原因)、各銀行は日銀当預を増減させる(結果)」が理解できたはずだ。これで 「ベースマネーの増減により(原因)、マネーサプライが増減する(結果)」が神話である、とまでは証明出来たわけではないが、ベースマネーの主要な項目である「日銀当預」は各銀行が預金総額に従って増減させるのであって、 @日銀当預の増減によりマネーサプライが増減するのではない、A日銀当預を増減させるのは各銀行であって日銀ではない。が理解できたはずだ。
 さらにB各銀行は必要とされる法定準備金に対して、ほんの少しだけ予備のために日銀当預に積んでおく。従って日銀当預残高は、銀行貸出残高の増減に従う。
日銀信用を増減させるのは、貸したい日銀?借りたい銀行? 「○○銀行さん、おたくは資金不足で企業への融資額が伸び悩んでいますね。当方(日銀)からの融資を受けたらどうですか?」と日銀が銀行に融資話を持ちかけて、日銀信用が実行されるのか?それとも「日銀さん、15日の準備金の締め切り日に日銀当預が足りなくなりそうです。○○億円ほど融資してください」と銀行から話があって日銀信用が実行されるのか? 当然、銀行から話があって実行される。もし「○○銀行さん、折角ですが日銀の方針はベースマネーを抑えるのが今日の基本です。これ以上ベースマネーを増やすとマネーサプライが増加し、インフレになると考えられるので、○○銀行さんへの融資はお断りします」なんて日銀が言ったらどうなるか?このように各銀行の事情より日銀の金融政策優先で融資が決まるのなら、民間の銀行はまともな経営ができなくなる。 銀行から融資の申し込みを日銀が断ったり、あるいは銀行からの返済を「まだ返済しなくて良いですよ」と言ったらどうなるか?借入希望のない銀行に日銀は貸し付けるのか?「どこかの銀行さん、日銀融資を受けませんか?」と呼びかけるのか?
 「日銀信用が伸びないのは日銀の責任だ」と言うのは、社会人としての一般常識から考えてもピント外れの理論だ。 経済学者業界の人たちはよく言うではないか「日本銀行は最後の銀行である」と。その意味はどういうことなのか?
マネーサプライとベースマネーの増減、どちらが原因?どちらが結果? 1991年秋の金融情勢について、岩田理論ではこうなる「日銀がベースマネーを減少させたので、マネーサプライが伸び悩んだ」。TANAKAはこのように説明する「マネーサプライが伸び悩んでいたので、日銀は銀行の貸出負担を少なくするために準備率を下げた。そこで各銀行は日銀当預を引き出し、その結果ベースマネーが減少した」。
 相違点は「原因と結果が逆立ちしている」と「ベースマネーを増減させるのは、日銀か?各銀行か?」だ。上記<表2 マネーサプライ ベースマネー 日銀当預 関係表>から読みとって下さい。上記表からはその他のこともいろいろ読みとれると思います。頭の体操にどうぞ。
神話を信じる者ほど、日銀の政策転換を評価すべきだ 1991年10月16日、法定準備率が引き下げられたことに対する評価は、神話を信じるものほど評価すべきだ。ベースマネーの増減によりマネーサプライが増減するとの神話を信じる、ということは、 貸出に対して少しでも銀行の負担を少なくすべきだ、との認識があるからだ。そうした考えに従えば、日銀が準備率が引き下げたので、各銀行は貸出に対する負担が少なくなった、これで銀行貸出が増え、マネーサプライが増えることになるはずだ、との評価になるはずだ。 従って、神話を信じる「岩田論文」では「日銀は適切な政策転換であった」と評価するのが筋が通っている。ベースマネーの増減によりマネーサプライが増減する、との立場にたつならば、つまり銀行は貸出資金が足りないから、日銀が資金提供したり預金が増えたりすることによって貸出が増える、との考えだ。 だからその考えに従えば、日銀が準備率を引き下げたのは、銀行貸出が増える要因になるはずだった、との評価になるはずだ。それなのに日銀の政策を批判している。基本的立場と主張する立場とが矛盾している。
 神話を信じない立場ではどうか?企業の資金需要さえ旺盛ならば、銀行はいくらでも貸出を実行する。だから、準備率の変更はあまり影響がない。アメリカのように8%から14%の間で操作すれば、それほど高い利率ならば大きな影響力を発揮するだろうが、2.5%とか1.3%ではあまり大きな影響力は期待できない。 もっとも「アメリカのように高い利率にして、日銀がそれほど大きな影響力をもつのは市場のメカニズムに対する不信感の表れだ。自生的秩序を無視している」との批判も出るかもしれない。
平成の鬼平の「バブル潰し」は凄まじかった 1991年秋の日本経済は、平成の鬼平の「バブル潰し」によってデフレ・スパイラルへの道へ凄まじい勢いで突き進んでいったときだった。 <表2 マネーサプライ ベースマネー 日銀当預 関係表>をよく見ると、そのように読みとれる。 「預金、銀行貸出、保有証券、借入、保有現金」の数字を見ると、そのように感じる。「1980年代、マネーサプライが異常に増加し、バブルが膨らんだ。これは日銀がベースマネーをコントロールしなかった結果で、日銀の責任である」との批判がある。 1980年代に物価は問題になるほど上昇してはいない。1980年代の経済パフォーマンスは良くないものだったのだろうか?少なくとも「日銀が積極的にバブルを膨らました」との批判は当たらない。日銀の政策に余り影響されずにマネーサプライが増加したのなら、放っておけば自然にバブルがはじけたはずだ。 平成の鬼平の「バブル潰し」ほど急激なものではないだろうから、銀行も不良債権をこれほどまでに抱え込むことはなかったであろう。バブルが膨らんだことに日銀の責任があるのではなく、バブルを潰したことに日銀の責任があるのではないだろうか? とは言っても、当時は「バブルは潰すべきである」との主張がマスコミの主流であった。日銀は世論に答えた政策をうったのであった。と考えると、日本国中が目先の混乱に眼を奪われて、冷静に経済を見つめることが出来なくなっていたのだ、と言えそうだ。 民主制度、市場経済では独裁者も、コントロール・センターもない。必要もない。国民大衆が判断を誤れば、経済も誤った方向へ向かう。 「愚衆政治」と非難させる事態が起こるかも知れない。しかし「民主制度」「市場経済」に取って代わる、それより良い制度は考えられない。このように考えると、日銀のバブル潰しによって日本経済はデフレ・スパイラルに陥ったが、民主制度・市場経済では起こりうるリスクでしようがないことだ、と考えるべきなのだろう。
改訂前後の法定所要額はどの位なのか? 1991年10月16日、法定準備率が引き下げられたために、ぞの前後で法定所要額はどの程度違ったのだろうか?経済学の教科書では、法定所要額の計算式は書かれていない。準備率の改訂でどの程度銀行の資金繰りが楽になったのか、そうしたことは教科書では問題にされていない。 折角だからここで計算してみよう。計算例は大手都市銀行、預金総額26兆円で、そのうち10兆円が普通預金と当座預金、つまり「その他の預金」に分類される預金だ。 ここでは、その「その他の預金」に関する法定所要額を計算してみよう。定期性預金や非居住者預金に関しては省略する。先ず改訂前の準備率での計算から。 準備率に関しては 準備預金制度における準備率▲ を参照。
 @ 500億円以下は準備率ゼロ   500億X0%=0
 A 500億円超から5,000億円以下は0.25%  4,500億X0.25%=11.25億
 B 5,000億円超から1兆2,000億円以下は1.875%  7,000億X1.875%=131.25億
 C 1兆2,000億円超から2兆5,000億円以下は2.5%  1兆3,000億X2.5%=325億
 D 2兆5,000億円超は2.5%  7兆5,000億X2.5%=1,875億
 E 合計 2,342億5,000万円
 次ぎに改訂後の率で計算してみよう。
 @ 500億円以下は準備率ゼロ   500億X0%=0
 A 500億円超から5,000億円以下は0.1%  4,500億X0.1%=4.5億
 B 5,000億円超から1兆2,000億円以下は0.8%  7,000億X0.8%=56億
 C 1兆2,000億円超から2兆5,000億円以下は1.3%  1兆3,000億X1.3%=169億
 D 2兆5,000億円超は1.3%  7兆5,000億X1.3%=975億
 E 合計 1,204億5,000万円
 10兆円の預金に対する法定所要額、改訂により約1千億円減ったことが分かった。定期預金も含めていくら減ったのか?そして銀行にとってどの程度資金繰りが楽になったのか?これは皆さんで計算し、想像してみて下さい。日銀が行った法定準備率の変更が金融市場にどのような影響を与えたのか、それを想像してみて下さい。 経済学者業界の人たちよりも、もっともっと現場に近い所から「マネーサプライ論争」を見ることができるはずです。
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<「岩田・翁論争」はピント外れの論争だった> 「ベースマネーの増減により(原因)、マネーサプライが増減する(結果)」という神話を暴くのがこのシリーズの目的なのだが、「岩田・翁論争」は避けて通れない論点だ。 上に書いたようにTANAKAの結論は、「日銀はベースマネーをコントロールできるか?できないか?」はピント外れの議論で、「ベースマネーの増減により、マネーサプライは増減するか?で論争しなければ意味がない」だ。 つまり、両者の論旨を熟読し、意見の相違点を考えると、根本的な違いは「ベースマネーの増減により、マネーサプライは増減するか?」「そうでないか?」になる。
 日銀はベースマネーの増減に影響を与えることはできる、しかし各銀行は日銀とは別の方向へベースマネーを増減させることもある。日銀がオペレーションによりベースマネーを増減させても、各銀行が日銀からの借入を増減させることにより、ベースマネーを増減させることもできるからだ。
 日本の市中銀行は法定準備を超える超過準備を持たないため、必要な準備需要は前の月の市中銀行預金の水準によってすでに決定されており、その準備需要に対して、日銀が準備供給に応じなければ、市中銀行の決済が不可能になり、大混乱が生じてしまうからである。つまり、日銀は市中銀行の準備需要に応じて準備を供給するしかないというのである。これが「日銀理論」である。 という、日銀の「○○である」との論法と「○○べきである」との岩田理論がゴッチャになっている。日銀が「コントロールできない」というなら「そんなことはない、こうすればコントロールできる」と方法を提案するか、「このように制度を変えればいい」と主張すべきだ。 それは
<マネーサプライ管理は日銀の責任==中谷巌>▲にも言える。「である論」と「べき論」がゴッチャになっている。議論の仕方がなっていない。まともな議論の仕方を勉強しましょう。
 「岩田・翁論争」の岩田理論は筋が通っていなかった。単なる「日銀に対する嫌がらせだ」と言われてもしょうがない批判であった。それと同時に、それに対する翁論文もポイントが外れた反論であった。そしてそれを見守る経済学者業界の人びとは、結局ポイントを理解していなかった。 それでも、他の業界からの新規参入がないので安穏としていられた。本当は、大学教授で「日銀理論の方が正しいようだ」と書いている経済学者もいたが、主流派からは無視されていた。しかしこれに関して書くと長くなるので、このシリーズの終わり頃に取り上げることにしよう。 ただ、「割合に近い所にいる人でも、この業界では無視され、相手にされないこともある。それほどこの経済学者業界は閉鎖的である」とだけは言っておこう。
<そして、その後もピント外れの論争だった> 岩田・翁論争、マネーサプライ論争はその後多くの場面で展開され、多くの人が発言した。これらは「日銀はベースマネーをコントロールして、マネーサプライを適正に供給せよ」「日銀はベースマネーをコントロールできないし、現在は適正である」との論争になっていった。 それらの論争では「ベースマネーの増減により、マネーサプライが増減する」が前提となっている。結局神話を前提とした論争なので、決着が着くはずがなかった。経済学の教科書は、「決着が着いてない」を認めて書かれている。だれ一人として、神話を疑おうとはしていない。自分で決着させようとの意欲をみせていない。 臍曲がりも異端者も突然変異も一代雑種もない。自家不和合性に陥っている。マスコミで発表される意見は結局コップの中の嵐、狭い閉鎖社会での同業者同士の論争でしかなかった。 そしてTANAKAは、実に多くの経済学者業界の人に対して「王様は裸だ!」と叫ぶことになる。
(^o^)                  (^o^)                  (^o^)
<主な参考文献・引用文献>
週刊東洋経済 1992.09.12 「日銀理論」を放棄せよ            岩田規久男 東洋経済新報社   1992. 9.12
週刊東洋経済 1992.10.10 「日銀理論」は間違っていない           翁邦雄 東洋経済新報社   1992.10.10
週刊東洋経済 1992.12.12 「マネーサプライの『正しい』見方」       植田和男 東洋経済新報社   1992. 9.12
週刊東洋経済 1992.12.26 「政策論議を混乱させる実務への誤解」       翁邦雄 東洋経済新報社   1992. 9.12
週刊東洋経済 1993.01.16 「岩田教授の金融理論はやはり正しい」   原田泰・白石賢 東洋経済新報社   1993. 1.16
週刊東洋経済 1993.02.06 「混乱招く日銀のあいまいな表現」         香西泰 東洋経済新報社   1993. 2. 6
週刊東洋経済 1993.03.13 「初動因」は金利かベースマネーか   岩田規久男・翁邦雄 東洋経済新報社   1993. 3.13
日本経済新聞 経済教室 マネーサプライ論争上「供給量、不足とは言えず」   賀来景英 日本経済新聞    1992.12.23
日本経済新聞 経済教室 マネーサプライ論争下「ベースマネー供給増は可能」 岩田規久男 日本経済新聞    1992.12.24
経済統計月報 第514号                日本銀行調査統計局長中尾正明 日本銀行      1990. 1.31
経済統計月報 第517号                日本銀行調査統計局長中尾正明 日本銀行      1990. 4.30
経済統計月報 第525号                日本銀行調査統計局長中尾正明 日本銀行      1990.12.31
経済統計月報 第531号                 日本銀行調査統計局長山口泰 日本銀行      1991. 6.30
経済統計月報 第535号                 日本銀行調査統計局長山口泰 日本銀行      1991.10.31
経済統計月報 第541号                日本銀行調査統計局長賀来景英 日本銀行      1992. 4.30
経済統計月報 第547号                日本銀行調査統計局長賀来景英 日本銀行      1992.10.31
経済統計月報 第550号                日本銀行調査統計局長賀来景英 日本銀行      1993. 1.30
経済統計月報 第557号                日本銀行調査統計局長賀来景英 日本銀行      1993. 8.31
経済統計年報(平成3年)             日本銀行理事・調査統計局長大須敏生 日本銀行      1992. 3.31
経済統計年報(平成4年)                日本銀行調査統計局長賀来景英 日本銀行      1993. 3.31
( 2006年2月27日 TANAKA1942b )


ベースマネーとかマネーサプライとは何か?
その増減が経済に及ぼす影響
<景気とマネーサプライの関係> 「ベースマネーの増減により(原因)、マネーサプライが増減する(結果)」が神話である、とのTANAKAの主張、少しずつ「本当らしいな」と思ってきたのではないかと思う。それでも未だ神話に未練のある人に質問。 「マネーサプライが増減すると経済がどうなるの?」「ベースマネーと銀行の貸出資金量との関係はどうなの?」
 これらの質問に答えるためには、「マネーサプライの内訳がどのようなものか?どのような項目か?」をハッキリさせる必要がある。同じように「ベースマネーの日本銀行券発行高と日銀当座預金高とはどういうことか?」もシッカリ理解しておく必要がある。
 今回はこのような質問に答えること、そして、マネーサプライとベースマネーのことをシッカリ理解することから始めることにしよう。それというのも、今までマネーサプライもベースマネーもその意味を充分理解しているとして話を進めてきた。しかし、教科書を読んでみてこれらの言葉を曖昧にしか理解できなのではないか?と心配になった。 そこで、今これらの言葉をハッキリさせておこうと思う。もしかすると教科書の捉え方と違ってくるかも知れない。
(^_^)                 (^_^)                  (^_^)
<貨幣数量説=情報数量説>  経済学で「貨幣数量説」と言われる説がある。
 MV=PY ・・・・・・ただし、M=貨幣量 V=貨幣の流通速度 P=物価水準 Y=実質国民所得
 YをT(取引量)と置き換えて、MV=PTという恒等式も成り立つ。
 この式の表すことに関してはいろんな説明がある。@通貨流通量が多くなると物価が上がる。A経済が成長すると取引が多くなるので、そのために多くの通貨が必要になる。これを「成長通貨」と言う。Bデフレから脱却させるには通貨を多く供給すればいい。
 つまりこの式の何を原因とし、何を結果とするかによって色々な説明が成り立つ。そしてその説明に対して反対意見もあるが、ここでは「M=貨幣量」と「Y=実質国民所得」とは深い関係にある、として話を進めることにしよう。そこで問題になるのは、「貨幣量」とは何か?ということだ。 通常「マネーサプライ」という言葉を使っているが、その内容をシッカリ理解しておく必要がある。
<マネーサプライ> 「マネーサプライ(通貨供給量、通貨流通量)」とは、基本的に通貨保有主体(非金融法人、個人、地方公共団体等)が保有する通貨量の残高(金融機関や中央政府が保有する預金などは対象外)。 なお、銀行・信用金庫等のほか、信託(投信を含む)、保険会社、政府関係金融機関などは通貨保有主体から除かれる一方、証券会社、証券金融会社、短資会社などは非金融法人として通貨保有主体に含まれる。
 代表的な指標は、「M2+CD」と「広義流動性」が用いられる。
M1 「現金通貨」 日本銀行が発行する日本銀行券発行高+貨幣流通量
  「預金通貨」 要求払預金(当座、普通、貯蓄、通知、別段、納税準備)ー対象金融機関保有小切手・手形 これらの発行主体は=国内銀行、在日外銀、信金、しんきん中金、農中、商中
M2
「準通貨」 定期預金、据置貯金、定期積金、非居住者円預金、外貨預金 これらの発行主体はM1と同じ
CD
「CD」 CD(譲渡性預金) この発行主体はM1と同じ
M3 「郵便貯金」 通常、積立、住宅積立、教育積立、定額、定期、郵便振替
  「その他金融機関預貯金」 要求払預貯金(当座、普通、貯蓄、通知、別段、納税準備)ー対象金融機関保有小切手・手形、 定期預貯金、定期積金、非居住者円預金、外貨預金、CD(譲渡性預金)  これらの発行主体は信用組合、全信組連、労働金庫、労金連、農協、信農連、漁協、信漁連
  「金銭信託」 金銭信託(投資信託、年金信託等を除く) これらの発行主体は国内銀行の信託勘定
広義流動性

  「金銭信託以外の金銭の信託」 金銭信託以外の金銭の信託 この発行主体は国内銀行の信託勘定
  「投資信託」 公社債投信、株式投信 この発行主体は国内銀行の信託勘定
  「金融債」 金融債 この発行主体は金融債発行金融機関(長信銀、農中等)
  「金融機関発行CP」 金融機関発行CP(短期社債を含む) この発行主体は金融機関(国内銀行、農中、商中、保険会社等)
  「債券現先・現金担保付債券貸出」 債券現先(買現先)、現金担保付債券貸借(債券借入<現金担保放出>)発行主体は資金調達主体
  「国債・FB」 国債(TB、財融債を含む)、FB これらの発行主体は中央政府
  「外債」 非居住者発行債((円建て、外貨建て) この発行主体は外債発行機関
もう少し分かりやすく……… 上記説明は、日銀発行の『経済統計月報』からの引用なので、間違いはないが分かりづらい。そこでもう少し分かりやすく、そして景気動向との関連についても考えてみよう。
 通常、マネーサプライとはM2+CDを指す。市中に流通している日銀券と非金融機関・家計が持っている銀行預金、およびCD(譲渡性預金)の合計をマネーサプライと言う。 つまり、これらは実際の取引に使われる通貨だからだ。
 ここまでは何の疑問もなく理解したような気分になるが、本当に理解したのかというと疑問だ。実際の取引には、郵便貯金も使われることがある。また最近では企業買収に株式交換という手段が使われることもある。 これは、企業を買い取るのに、現金・預金の他に、自社の株券を相手側に渡し、これを取引手段、つまり通貨として使うということだ。とすると、ここでは「株券」が「通貨」として使われることになる。 「M2+CD」のほかに通貨として使われるものがある、ということは「M2+CD」が多くなったかどうか、だけで「貨幣数量説」を説明しようとするとムリが生じることもある、ということだ。つまり「M2+CD」の量だけで景気が良くなるとは言い切れないし、「M2+CD」が変化しなくても景気がよくなることもある、ということだ。 こうしたことについてもう少し詳しくみてみよう。
郵便貯金 郵便貯金の残高はM3として分類され、マネーサプライの数字には加えられない。郵便貯金が解約され銀行に預け入れられたとするとマネーサプライ(M2+CD)は増加する。 ただし、これによって経済が活性化するとは考えられない。つまりマネーサプライが増加しても経済は変化しない場合もあるということだ。
広義流動性 広義流動性のコンポーネントは、M2+CDのほか、郵便貯金、その他金融機関預貯金、金銭信託、金銭信託以外の金銭の信託、投資信託、金融債、金融機関発行CP、債券現先・現金担保付債券貸借、国債・FB、外債の10系列。 これらは取引に際して貨幣として使用されるわけではない。取引のための「貨幣」ではなくて、資産価値としての「貨幣」だ。これらは現金に換えられるので、取引のための「貨幣」に変わることがある。しかし非金融機関が買った場合は、マネーサプライに変化はなく、銀行が非金融機関から買うとマネーサプライが増える。
銀行が非金融機関から国債を買うと 日銀が銀行から国債を買う場合は、買いオペとして色々と解説されているが、銀行が非金融機関(企業や個人)から国債を買う場合についての詳しい説明はない。では何が変化するのか? 銀行が非金融機関から国債を買うとマネーサプライが増加する。それでありながら経済に大きな変化は生じない。企業や個人が国債を売って現金を手に入れても、それで経済が大きく変化するわけではない。この場合も郵貯から銀行へ資金が流れた場合と同じ、マネーサプライは変化しても実体経済に変化はない。
企業が社債を発行すると 企業が銀行から融資を受けると、マネーサプライは増加する。その増加を見て「企業が積極的に投資を始めた。景気が上向くのだろう」との予測は立つ。しかし企業が社債を発行しても、マネーサプライに変化はない。 企業が社債を発行して非金融機関(企業や個人)がそれを買った場合は、企業や個人の資金が社債を発行した企業に移るだけで、マネーサプライに変化は生じない。しかし、企業が社債を発行するということは、銀行から融資を受けるのと同じように、設備投資・在庫投資・研究開発投資など、積極的な経営になった証拠なので、景気の上向きが期待できる。 しかし、マネーサプライの変化からは読みとることはできない。日本でも最近は間接金融から直接金融に変わってきた、と言われる。 これは、企業が銀行から資金を借りるのではなくて、社債を発行して非金融機関からの資金を集めるようになったということで、それは、マネーサプライの変化に関係なく経済が変化するということでもある。
株式が通貨のように取引の手段に使われることがある 上に書いたように、株式が企業買い取り、企業合併などの場合に取引に使われる場合がでてきた。昔には考えられないことだった。 それだけ、「貨幣の種類が多くなった」と言うべきか「貨幣の概念があやふやになった」と言うべきか。いずれにしても、「通貨流通量」と「実体経済」との関係が、そして「貨幣数量説」の意味が、があいまいになってきた。
取引に使われる通貨の種類が多くなった 江戸時代は三貨制と言って、金貨・銀貨・銭が使われ、さらにコメが通貨のように使われていた。とても複雑に思えるが、通貨流通量という観点から見ると現代ほど複雑ではない。 明治時代初期、「国立銀行」という「民間銀行」が153もできて、それぞれが紙幣を発行する権限を持っていた頃、あるいは江戸時代、荻原重秀が貨幣改鋳を行った頃、その頃は通貨流通量と景気との関係は今より密接であった。 しかし現代では、貨幣数量説が基本的に正しいとしても、通貨流通量で景気を判断するのが難しくなってきた。 そうした貨幣と景気との関係を理解して金融経済学を理解しないと経済を見誤るおそれがある。
マネーサプライはなぜ増減するのか? 江戸時代には金貨に含まれる金の量を減らして金貨を多く流通させることができた。代表的なのは、荻原重秀が行った貨幣改鋳だ。これに関しては以前に 荻原重秀の貨幣改鋳と管理通貨制度▲ と題して 書いたので、そこから引用することにしよう。
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 荻原重秀(1658-1713)(万治元-正徳3) 時は5代将軍綱吉の時代、元禄の華やかな町人文化が咲き誇っていた頃、しかし幕府の財政は赤字続きで破綻寸前だった。その時御側用人柳沢吉保の命を受けて、勘定組頭荻原重秀は財政再建へ取り組むことになった。そこで重秀が考えたのは貨幣改鋳だった。慶長小判の金含有量を減らし、出目を稼ぎ、通貨を拡大すること。つまり小判10枚を回収して、これを改鋳して15枚として流通させる。これで幕府の財政は潤うと考えた。こうした貨幣改鋳政策は4代将軍家綱の時代にも幕府内で検討されたが、時の老中土屋数直の反対「邪(よこしま)なるわざ」として葬られている。しかしこの時は、重秀のそれまでの仕事ぶりから柳沢吉保・将軍綱吉の信頼もあって実施されることになった。これが1695(元禄8)年。
 幕府はこの改鋳の目的を「刻印が古くなって摩滅したため」と説明した。勿論本当の目的は品位の高い慶長小判を回収して品位を落としたものに改鋳し、出目の獲得を狙ったものだった。慶長小判が86%の金品位だったものを、56%に減じたもの。これで出目は大きく、銀の改鋳と合わせて、 全体で500万両にも及んだと試算される。
 これが幕府の財政再建に大きく貢献するのだが、もう一つの効果があった。それは通貨流通量拡大による景気刺激だった。徳川幕府が成立し、戦国のすさんだ世から安定へ歩みだし、米の生産も伸び、豊かになり始めていた。綱吉の「生類哀れみの令」もこうした世の中の安定期から生まれたもので、単に行き過ぎた動物愛護ではなかった。
 これ以前は殺伐とした時代で、生活に困って子供を捨てたり、気に入らない子供を捨てたりすることがあったし、人間や牛馬が年老いたり病気になったりすると、まだ息のあるうちに野山に追放して自然に死ぬのを待つような風習さえあった。屍も野ざらしのままだった。綱吉はこれらを取り締まろうとする。この時期は人間も含めた「生類」、つまり生きとし生けるもの全てを大切にし、平和を築こうとの時代だった。日本人全てが自分の「墓」を持つようになるのはこの時代からだった。こうした時代の「生類哀れみの令」であった。
 こうして世の中が安定し、生活が豊かになり、経済が拡大してくるとそれに伴った通貨も多く必要になる。 今日の経済用語で言う「成長通貨」が必要になる。重秀の貨幣改鋳はこの「成長通貨」の役割も果たしたわけだ。
 こうして幕府の財政も立ち直り、経済も順調に伸びるかのように見えたが、ここで思わぬ弊害が出てきた。それは江戸の消費物価が異常に高騰してきたことだった。
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明治以降はどうなったのか? 明治時代、金本位時代には貿易が金で決済されていた。そこで貿易黒字が多くなると国の金保有量が多くなり、金を裏付けとして貨幣が多く流通するようになった。 これが建前、実際は「制限外保証発行」といってかなり自由に貨幣を発行していたが、それでも江戸時代よりは制限があった。
 そして現代。管理通貨制度では違っている。貨幣を発行するのは日銀であるけれども、日銀の独断で発行するのではない。経済活動が活発になると企業同士の取引が多くなり、それに必要な貨幣も多くなる。これを「成長通貨」と言う。企業は取引に必要な通貨を銀行からの融資により手当する。これで預金通貨が増え、これを現金化すると日銀券が増える。この場合、企業からの要請により銀行が日銀から日銀券を引き出し、企業に提供する。 ここでは日銀の独断で日銀券が増刷されるのではない。日銀は受け身であって、企業からの需要によってマネーサプライが増えることになる。 岩田ー翁論争での論点の1つは、マネーサプライの増加は日銀主導でなるのか、日銀は受け身なのか?ということだった。江戸時代、金本位制の時代は幕府・中央銀行が独断で貨幣を発行したが、現代の管理通貨制度では中央銀行は受け身であるのが特徴だ。 そしてこれを時代の流れとして見ると、政府・中央銀行の権限が少なくなって、市場の動きが主導権を握るようになった、と言える。つまり「市場経済」になってきたわけだ。そのような時代にあって、それでも中央銀行の主導でマネーサプライを増やすべきだ、という人がいる。 市場の動きが主導で経済が動くことに不安なのか、不満なのか、不信感を持っているのか、市場経済よりも管理経済に信頼感を持っている人がいる。平成の鬼平の再来を望んでいるのだろうか。西欧では政治面で救国の英雄が独裁者になった例が多い。このため政治経済のコントロールセンターが強力になることに抵抗感を持つ人がいる。 日本ではそうした警戒心はないようだ。こうした感覚・センスは 自給自足というアンチユートピア 『1984年』を中心に考える▲ を参照のこと。
 日本では、貨幣は日本銀行が独占的に発行する。しかし、独断ではなく、市場からの要請によって発行する。
「銀行貸出が前年を上回った」とマスコミは報道する。「企業の銀行からの借入が前年を上回った」とは表現しない。しかし、上回ったのは、銀行側の「日銀当預」が多くなったからではなく、景気が上向き、企業側の投資意欲・借り入れ意欲が強くなったからだ。
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<ベースマネー> マネタリーベースとかハイパワード・マネーともいう。「ベースマネー」とは「日本銀行が供給する通貨」のこと。具体的には、市中に出回っているお金である流通現金(「日本銀行券発行高」+貨幣流通高」)と「日銀当座預金」の合計値。
 ベースマネー=日本銀行券発行高+貨幣流通高+日銀当座預金
 ベースマネーの流通現金は、マネーサプライ統計の現金通貨と異なり、金融機関の保有分が含まれる。これは、マネーサプライが「(中央銀行を含む)金融部門全体から経済に対して供給される通貨」であるのに対し、ベースマネーは「中央銀行が供給する通貨」であるためだ。
 経済学の神話では、ベースマネーが増加するとマネーサプライも増加することになっている。それは銀行に貸し出すための原資・資金が増えるからだと言う。貨幣流通量と言っても、それが銀行にあるのか、非金融機関(企業や個人)にあるのかは問題にならない。神話に基づいて考えるならば、銀行が貸出をするためには、銀行が多くの現金や日銀当預を有していることが必要だ、となるはずだ。 そのためには、預金を集めたり、日銀の買いオペに積極的に応じるべきだ、となる。ところがベースマネーの数字には企業や個人が持っている現金も含まれる。ベースマネーとは違った項目の数字、統計資料が必要になるはずだ。そして、マネーサプライのところで書いたように、ベースマネーについても、マネーサプライとの関係や実体経済ほ変化にあまり関係のない数字もある。
銀行が非金融機関から国債を買うと ベースマネーの数字では、現金が銀行にあっても非金融機関にあっても変わりがない。したがって、銀行が市場から国債を買っても、ベースマネーに変化はない。この場合、マネーサプライに変化はあるがベースマネーに変化は起きないことになる。神話理論で言えば「貨幣乗数が高くなった」ということだ。
ベースマネーは誰が増減させるのか? ベースマネーとは現金通貨と日銀当座預金の合計を言う。岩田ー翁論争では、ベースマネーの増減を日銀はコントロールできるか、できないか?が論点になっていた。そので、ベースマネーの増減する仕組みをシッカリと理解しておこう。
 日銀の買いオペ、売りオペにより日銀当預は増減する。これが大きな要因だ。日銀の判断でオペレーションを行うので、これに関しては「日銀はベースマネーをコントロールできる」と言える。しかし、銀行は日銀から日銀信用を受ける。日銀からの借り入れは各銀行の判断で行なう。日銀は銀行からの借入の申し出を断ることはない。そこで、日銀信用に関しては「日銀はコントロールすることはできない」と言える。
 「日銀はベースマネーをコントロールできるかどうかは大きな問題ではない」というのは、「ベースマネーの増減によりマネーサプライが増減するというのは神話だ」との理由の他に、もう1つ理由がある。それは、たとえ銀行の資金が少ない時代であっても、ベースマネーの内には貸出能力に影響のない数字もある、ということだ。 日本銀行券といっても、銀行が保有していても、あるいは非金融機関が保有していても統計上は差がない。どちらもベースマネーの数字に含まれる。こうした理由により「日銀はベースマネーをコントロールできるか?」は大きな問題ではない。
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<金融機関の「負債」としての数字> ベースマネーとかマネーサプライは、本来、景気動向を表す数字ではなくて、金融機関の「負債」を表す数字なのだ。ベースマネーは日銀の負債であり、 マネーサプライは日銀と民間銀行の負債であると理解すべき数字なのだ。つまりそれらの数字は景気を判断するために集計される数字ではない、と理解しないと頭が混乱する。マネーサプライの増加に多大な期待を抱いたりするのは、マネーサプライが景気判断の数字と考えているからだろう。 貨幣数量説を単純に信じているとこのように判断を誤ることになる。基本的に貨幣数量説が正しいとしても、例外的な数字があることも知っておく必要がある。
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<日銀がマネーサプライをコントロールするためには何を変えるべきか?> 「日銀はマネーサプライをコントロールできる」「日銀はマネーサプライをコントロールすべきだ」と主張する人が多い。それに対して「日銀はマネーサプライをコントロールすることはできない」と日銀は言う。 ではどうすれば、日銀がマネーサプライをコントロールできるようになるのか、それを考えてみよう。
アメリカの例 アメリカでは、小切手(取引)勘定の場合、4000万ドルを越える額については8〜14%の間で連邦準備制度(Fed)が変更しうることになっている。これについてサムエルソンは 『経済学』▲ で 次のように書いている。
法定準備金要額 銀行業においては、準備金というのは、銀行の資産の中で手元現金としてかあるいは中央銀行での預金としてか保有されている部分である。銀行が日常の取引に十分な現金を保持していることを顧客に安心させるだけの関心をもつ用心深い銀行家であっても、銀行の資産の1〜2パーセントを準備金として保持するだけでよいと思うかもしれない。 ところが実際には、銀行は、その小切手用預金の10パーセント以上を、一般的にはわが国の中央銀行である連邦準備制度に、準備金として預託している。
 何故、準備金はそんなに高額なのだろうか。その理由は、金融機関が法律および連邦準備制度規則によってその資産の相当部分を準備金として保持するよう求められているということにほかならない。 1980年以来、すべての金融的媒介業は、異なる種類の預金にたいして準備金を保持することを求められている。預金は、小切手のタイプと貯蓄用のタイプに分類されていて、準備金所要額は、手元現金の実際の必要または預金を受け入れている金融機関の種類とは独立に、それぞれのタイプの預金に対して課せられる
 表は、所要準備率の水準を示したものである。その水準の幅は、小切手タイプの勘定にたいする12パーセントから個人の貯蓄勘定にたいするゼロまでとなっている。数字例でもって論ずる場合の便宜のため、われわれは10パーセントという準備率を使うが、それは、実際の所要率は10パーセントとは多少異なるという了解のもとにおいてのことである。
 これらの法定準備金所要額は、Fed が銀行貨幣の供給を統御するにあたってのメカニズムのきわめて重要な一部分をなしているので、ここで更に詳しく説明しておく必要がある。
法定準備率は高すぎるであろうか 銀行家たちは、彼らの分別で妥当と思われる以上に、いや、引き出し預け入れの干満に対処するのに客観的第三者が必要だと考える額以上にさえ、無収益資産を保持しなければならぬ、と不満を訴えている。 彼らは、何故自分たちは大事な稼ぎを失わなければならぬのか、と言う。そして実のところ、何人かの経済学者は今日、準備金所要の制度を完全に廃止して、金融制度を全面的に規制緩和すべきだと主張しているのである。
 こうした考え方は、銀行かの立場からすれば取り柄のあるところだが、マクロ経済的な立場を見失っている。すなわち法定準備金所要額が高すぎるくらいになっているのは、中央銀行が貨幣供給を統御するのを助けるためなのである。 換言すれば、中央銀行は、準備金商用額を銀行自身が望む水準よりもかなり高く設定することにより、適格な準備水準を決めて貨幣供給の統御を行うことができるのだ。高率の法定準備金所要額の制度がどのようにして中央銀行による貨幣供給の統御に資することができるかの論理は、このあとで説明することにする。
表 金融機関のための所要準備
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預金の種類       │準備率% │連邦準備制度(Fed)が変更しうる幅
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小切手(取引)勘定    │     │
 最初の4000万ドル   │   3 │変更認められない
 4000万ドルを越える額 │  12 │  8〜14
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有期預金および貯蓄預金 │     │
 個人のもの      │   0 │
 非個人のもの     │     │
  満期1年半まで   │   3 │  0〜9
  満期1年以上    │   0 │  0〜9
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 法定準備金所要額の主な機能は、預金に安全性または流動性を持たせるとか、預金の要求払いを可能にする、とかいうものではない。その特に重要な機能は、銀行が創り出しうる小切手預金の大いさを連邦準備制度が統御できるようにするということである。 一定の高率の法定準備所要額を課すことにより、Fed は一層有効に貨幣供給を統御できるのである。 (T注 サムエルソンは「準備率は高くてもいい」と考え、バーナンキは「準備率という規制は緩和すべき」との考えと感じた) (サムエルソン『経済学』13版上 から)
準備率を2〜20%に アメリカの例を日本で応用すれば、「準備率を2〜20%に」という提案になる。この程度高率ならば影響も大きいだろう。1.3%とか2.5%程度では銀行の貸出量に影響を与えることはできない。
「窓口規制」と「窓口指導」の復活を 日銀が民間銀行の貸出をコントロールする手段として、現在は使われていない「窓口規制」がある。これは銀行が企業への貸出をすることに関して、その総額を規制することで、これによりマネーサプライの増加を抑えることができる。
 「窓口指導」とは銀行が準備のための日銀当預を歩積みしていく、その進捗具合を指導することで、「○○銀行さん、歩積みの進み方がが遅れていますよ」などと催促すること。こうした指導により準備率が低くても銀行は歩積みに対する負担が大きくなる。
傾斜生産方式 戦後、経済がまだ混乱していた時期に「傾斜生産方式」がとられた。これは少ない資金を効果的に経済発展に使うために、貸出先を指定し、他の産業への貸出を規制していたやり方。当時は石炭・鉄鋼への貸出が優先されていた。
日銀による金利規制の強化 各銀行が勝手に金利を設定し、自由な競争を始めると日銀の統制力が効かなくなる。日銀が行う各種規制を有効にするためには、金利規制など日銀の規制を強くしておく必要がある。
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日銀は規制緩和の方向に進んでいる 日銀は「マネーサプライを日銀がコントロールすることはできない」と言う。それに対して、経済学者業界の人たちは「日銀が、日銀はベースマネーをコントロールできないと主張することは、「私たちは金融政策の手段を持っておりません」と自ら告白するに等しく、日銀自身がその存在意義を否定する自殺行為である」と主張する。 では具体的にどうすればよいのか?答えは「規制を強化せよ」だ。つまり「通貨流通量を市場の流れに任せておくのはよくない。日銀が各種規制を強化してでもコントロールすべきだ」との主張になる。つまり市場経済に不安感を持っているようだ。そこで、日銀に協力な指導力を期待する。
 日銀は業界人の主張とは反対に規制緩和の方向に向いている。マネーサプライをコントロールできないと言い、だからといって「日銀の権限を大きくせよ」とは言わない。市場のメカニズムを尊重しようとの姿勢と見える。ここが業界人と大きく違うところだ。
日本経済に「白馬の騎士」を期待するのか? 「民主制度」「市場経済」を信頼する者は英雄や強力な指導者を期待しない。祖国の英雄として登場したリーダーがその後独裁者になった例をいくつも知っていることもその理由の1つだ。 TANAKAが取り上げている 「地産地消の国アルバニア」▲ のエンベル・ホジャもその1人。そしてヨーロッパでは、そうした社会正義という誰も反論できないスローガンを掲げた独裁制に対してのアレルギーが強い。 『1984年』▲ をはじめ多くの著作がこうした危機意識を表現している。 日本の経済学者業界の人たちにはこうしたアレルギーはない。日銀が強力な指導力を発揮することを期待している。「平成の鬼平」にも嫌悪感を持っていない。「隠れコミュニスト」かも知れない。
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<マネーサプライやベースマネーのコンポーネント再構成を> 「ベースマネーの増減により(原因)、マネーサプライが増減する(結果)」と信じていても、マネーサプライやベースマネーのコンポーネントが最適であるとは思っていないのではないだろうか。 「M2+CD」では郵貯が敗っていないし、だからと言って「広義流動性」では「取引手段」というより「資産保全手段」と言った方がいい項目もある。景気動向を的確に表現する金融情報・統計資料・コンポーネントは何が良いのか?選び直す試みも必要だと思う。 それは「ベースマネー」についても言える。両方とも「景気動向のために指数」ではなくて、「金融機関の負債」という指数だから、必ずしも景気動向を表現する指数・景気の体温計ではない。どのような数字を取りそろえたら良いのか?今のところすべて日銀任せでしかない。 業界人からの提案は出ていない。
 かく言うTANAKAも具体案はないのだが、何か良い統計があっても良いように思う。日銀批判だけでなくて、具体的な提案もイッパイ出てくると良いと、経済学者業界の人たちに期待することにしよう。
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<数字に慣れておこう> マクロ経済で扱う数字は普段の日常生活での数字と桁が違う。準備率は下がると大手都市銀行では準備金が1000億円も減ることになる。量的緩和で日銀当預が30兆円になって、それで株、社債、土地を買って通貨流通量が増えたとしても、マネーサプライ700兆円や広義流動性1300兆円にはあまり影響を与える数字ではない。 こうしたこともあって、マクロの数字に慣れるためにマネーサプライ関係とベースマネー関係の数字をあげてみた。どうぞマクロ経済の数字に慣れてください。そうでないと、ピント外れな感覚・センスになって、たとえば「日本の銀行は資金不足なので、預金が増えたり、日銀信用が増えると貸出が増える。つまりベースマネーの増減によりマネーサプライが増減する」などのようなことを言い出すことになってしまう。
<ベースマネー関係表>  単位億円
年月 BM 長期国債 発行高 流通高 当預 法定準備 預金 貸出 現金 有価証券 日銀貸出
05-1 1,125,134 658,897 746,097 44,871 334,166 45,313 5,163,180 4,003,234 380,512 1,957,834 49
(出典)日本銀行統計、経済統計月報から集計
BM=ベースマネー。マネタリーベース、ハイパワードマネーとも言う。 長期国債=日銀が保有する長期国債。これを買いオペすることにより日銀は通貨を金融機関に供給する。 発行高=ベースマネーのうちの、日本銀行券発行高。 流通高=ベースマネーのうちの貨幣流通量。  当預=銀行が保有する日銀当座預金残高。通常は法定準備よりほんの少しだけ多いのだが、この時は量的緩和という異常な状態であったのでこれだけ多くなっている。 <表2 マネーサプライ ベースマネー 日銀当預 関係表>▲ を参照のこと。 法定準備=法律に定められた準備額。 預金=銀行の預金高。  貸出=銀行の貸出額。 現金=銀行が保有する現金・切手・小切手。 有価証券=銀行が保有する有価証券。 日銀貸出=日銀が銀行に貸し出している額。 
<マネーサプライ関係表>  単位億円
年月 M2+CD M1 現金通貨 預金通貨 準通貨 CD M3+CD 広義流動性 郵貯 預貯金
05-1 6,998,459 3,684,217 700,724 2,983,493 3,102,140 212,102 11,381,819 13,904,699 2,237,065 1,123,084
(出典)日本銀行統計、経済統計月報から集計
M2+CD=通常、通貨流通量と言うとこのことを指す。 
M1=通貨流通量の内の、現金通貨と預金通貨の合計。 
現金通貨=M1の内の日本銀行が発行する日本銀行券発行高+貨幣流通量。 
預金通貨=M1の内の、当座、普通、貯蓄、通知、別段、納税準備。 
準通貨=定期預金、据置貯金、定期積金、非居住者円預金、外貨預金などのM2 
CD=譲渡性預金。 
M3+CD=M2に郵便貯金とその他金融機関預貯金を加えたもの。 
広義流動性=M3に投資信託などを加えたもの。 
郵貯=M3のうちの郵便貯金。 
預貯金=M3のうちの、その他金融機関預貯金。 
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<主な参考文献・引用文献>
経済学 13版 上                P.サムエルソン 都留重人訳 岩波書店      1992. 5.15
金融経済統計月報72号              日本銀行調査統計局長早川英男 ときわ総合サービス 2005. 3.25
日本銀行統計夏号                 日本銀行調査統計局長早川英男 ときわ総合サービス 2005. 7.27
( 2006年3月13日 TANAKA1942b )