Magnetic field effects on protein crystallization ;
タンパク質の結晶化に及ぼす磁場効果について

For the researchers in the fields of crystal growth and new magneto-science: what kinds of effects can be observed in the protein crystallization
結晶成長,構造生物および磁気科学の分野の方々へ:タンパク質の結晶化に磁場がどの様な効果を及ぼすか

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磁場方向に”霜柱”状に配向しているリゾチーム斜方晶系結晶

たんぱく質分子の3次元構造を解き明かすにはX線構造解析法が一般的な手段ですが,そのためにはタンパク質の単結晶がまず必要で,この結晶育成過程が現在ボトルネックとなっています.この困難を克服するべく,磁場の利用が考え出されました.本研究では,反磁性体である「タンパク質」の結晶化に「磁場」がどのような効果を及ぼすか,ご説明させていただきます.

鉄などの強磁性体に磁石を近づけると磁石にくっついてくる(引力が働く)ことは皆さんご存じの通りです.それでは「反磁性体」の場合はどうでしょうか?水やタンパク質などの有機物を含め,我々の体を構成している分子の多くは「反磁性体」と呼ばれます.反磁性体に磁石を近づけると,強磁性体(常磁性体もそうですが省略します)の場合とは逆に,磁石との間に「斥力」が働きます.しかし,日常では磁石に手を近づけたところで何の反発力も感じません.それは反磁性体の磁石に感応する力(帯磁率)が非常に小さいからです.しかし,「十分に強力な磁石」を用いると,いろいろな予想外のことが起こってきます.タンパク質の結晶化も例外ではありません.以下は,そのような十分に強い磁石を用いた場合のお話です.ちなみに,磁場の強さを表す単位としてT(テスラ)が一般的に用いられますが,普段よく耳にするG(ガウス)とは,1T=10,000Gの関係があります.普通の永久磁石は数千G,地磁気は0.3G程度(日本で)の強さです.

トピックスのあらすじ
10テスラの均一磁場(不均一度0.1%以下)で鶏卵白リゾチーム結晶を成長させたときの様子を下図の右側に,そして磁場のない状態で成長させたときの様子を下図左側に示します.どちらも丸い容器の中で結晶を3日間成長させた後に,丸い容器の上側から顕微鏡で観察した結果です( G. Sazaki , et al., J. Crystal Growth , 173 , 231-234, (1997)).

まず,左図に比べて右図の方が結晶の「個数」が顕著に少ないことがおわかりいただけると思います.すなわち,磁場はなにやらタンパク質結晶の1)核形成を抑制するということがわかります.また,図の右上にリゾチーム正方晶系結晶の形の模式図を示しました.結晶をc軸の方向から眺めると,結晶はちょうど田んぼの「田」の字型に見えます.もう一度上図をごらんいただくと,磁場下で成長した結晶のほとんどが「田」の字型に見えることより,タンパク質結晶は磁場に対して特定の方向に配向する(2)磁場配向))ことがわかります.さらに,写真からは少しわかりにくいですが,磁場下で成長した結晶はc軸方向に短くなった扁平な形をしています.すなわち磁場は3)結晶の形を変化させます.言い換えますと,結晶の形は複数の結晶面(ここでは右上図の青い面と黄色い面)の成長速度の比で決まりますため,磁場はなにやらタンパク質結晶の3)成長速度に影響を及ぼすことがわかります.これ以外にも,磁場は水溶液中の4)対流を抑制することや,タンパク質結晶の5)品質を顕著に向上させることなどがこれまでにわかってきました.そこで,以下に,なぜ磁場はそのような効果を及ぼすのかについて,もう少し定量的に説明いたします.

【トピックス】

1.What kinds of elements affect protein crystallization; どのような要素が結晶成長に影響を及ぼすか

2.Magnetic orientation of protein crystals; タンパク質結晶の磁場配向メカニズム

3.Effects of a magnetic field on the growth and dissolution kinetics of protein crystals; タンパク質結晶の成長・溶解カイネティクスに及ぼす磁場効果

4.Magnetic damping of the convection in an aqueous solution; 磁場による水溶液中の対流の抑制

5.Enhancement in the perfection of protein crystals grown in a magnetic field;
  磁場中での結晶化によるタンパク質結晶の品質向上

付記
 タンパク質結晶の磁場配向についての報告は古く, 1981 年に遡ります( T.M. Rothgeb, and E. Oldfield, J. Biol. Chem. 256 , 1432 (1981)).ミオグロビンなどヘム(鉄)を有するタンパク質の結晶 を懸濁し, NMR 用磁石の中に入れたところ,結晶が磁場配向することが見出されています.しかしながら,この報告では,タンパク質分子中の鉄原子が磁場配向の原因であると説明されたため,結晶成長分野の研究者の興味を集めるには至りませんでした. 近年,鉄を含まないタンパク質である鶏卵白リゾチームについても,結晶が磁場 配向することを,我々のグループ(G. Sazaki et al., J. Cryst. Growth 173 (1997) 231)および産総研の安宅氏・若山氏らのグループ( M. Ataka et al., J. Crystal Growth , 173 (1997) 592; N.I. Wakayama et al., J. Crystal Growth , 191 (1998) 199 ) が報告して以降,反磁性体であるタンパク質の結晶化においても磁場の利用が注目され,多くの研究が行われるようになりました.
 また,97年になってようやくこのような研究が行われ始めたのには理由があります.それ以前の液体ヘリウムを蒸発させるタイプの超電導磁石ではせいぜい8時間程度しか磁石を連続運転できませんでした.しかし,冷蔵庫のようにヘリウムを密閉空間に閉じこめ,冷凍機で冷却するタイプの「クライオクーラー式超電導磁石」が東北大学金属材料研究所,強磁場超伝導研究センターの渡辺先生らによって開発されて以来(K. Watanabe, et al., Cryogenics 34 , 639 (1994).),数ヶ月-数年という極めて長時間の連続運転が可能になりました.そのため,タンパク質の結晶化のように非常に長時間を要する実験が,強磁場の中でできるようになりました.
 なお, 本ページで紹介する研究の大部分は,佐浮ニ,プロジェクト開始当時大学院生であった柳谷伸一郎氏(現在,徳島大学工学部助手),および佐藤孝雄博士(東京工業大学生命理工学部助手),松浦良樹博士(大阪大学蛋白質研究所助教授),大島敏久博士(徳島大学工学部教授),松井拓郎博士(金属材料研究所 COE 研究員)で行った共同研究の成果であります.

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