What kinds of elements affect protein crystallization ;
どのような要素が結晶成長に影響を及ぼすか
このページではまず,磁場の持つどのような要素が結晶成長に影響を及ぼしうるのか,その特徴をまとめてみました.これらのうち,タンパク質の結晶化においては顕著な効果を持つ要素もそうでない要素もあります.そうでない要素の場合にも,他の物質の結晶化には重大な影響を及ぼすものもあります.皆様の実験系においてどのような要素が重要になるのか,考えてみてください.(ちなみに「磁気科学」が専門の方は,このページはあまりに初級的ですので読まずに次のページへ進んでください.)
なお,このあたりのことをお知りになりたい方には,次の総説をおすすめします.
・様々な磁場効果について:1)高橋藤雄,(1989) 磁気と生物,学会出版センター,東京; 2) K. Watanabe and M. Motokawa (Eds.), (2002) Materials Science in Static High Magnetic Fields (Advances in Materials Research series), Springer, Berlin. : 3) 北澤宏一(編),(2002) 磁気科学の新展開,アイピーシー,東京
・タンパク質の結晶化に及ぼす影響:
1) 佐普@元ら, (1999) 表面科学 20 , 770; 2) 安宅光雄, (1999) 固体物理 34 , 263; 3) 佐普@元 (2002) 磁気科学の新展開(北澤宏一編) 166,アイピーシー,東京; 4) 佐普@元ら,(2002) マテリア 41 , 481. 5) M. Ataka, N.I. Wakayama, (2002) Acta Cryst . D58 , 1708; 6) N.I. Wakayama, (2003) Cryst. Growth Des. 3 , 17.
1)磁気力,2)磁場制動による対流の抑制,3)MHD(磁気流体力学的)効果,
4)マイクロMHD効果,5)磁場配向効果,6)磁気対流,7)その他
1)磁場勾配が存在する場合:磁気力
冒頭のページでも述べました「磁石を近づけると鉄がくっつく」というあれです.そのためには「磁場勾配」が必要です.つまり「均一磁場」の下では磁気力は働きません.磁場勾配を上ってゆく方向に磁気力が働く物質は帯磁率が正の強磁性体および常磁性体で,逆に磁場勾配を下ってゆく物質が反磁性体です.タンパク質や水を始めほとんどの有機物は反磁性体です.縦型磁石の磁場中心より上部に反磁性体試料を配置し,この磁場による反発力を利用して,磁場による「擬似微少重力効果」を得ようとする研究が始まっています(
N.I. Wakayama, et al., J. Crystal Growth 178, 653 (1997);
S. Maki, et al., J. Crystal Growth, 261 557 (2004)).タンパク質結晶を結晶化容器の器壁に接触させることなく成長させることができれば,結晶中へのひずみの導入などを防ぐことができるため,有力な結晶化方法であると考えられます.
2)電気伝導度が極めて大きな液体の場合:磁場制動による対流の抑制
電気伝導度が極めて大きな流体では,磁場により溶液中の「流れ」が抑制されます.「電磁制動」として知られる本現象は,たとえば融解すると「液体金属」になる半導体結晶の成長過程では古くより研究が行われ,また実用化技術として用いられています.後のページで述べますように,飽和食塩水程度の電気伝導度があれば磁場制動を利用して効果的に対流が抑制されますが(
G. Sazaki, et al., Jpn. J. Appl. Phys. 38, L842 (1999
),「実際のタンパク質の結晶化溶液程度の電気伝導度では本効果は顕著に働かない」ということがわかりました(
D. Yin, et al., J. Crystal Growth 226 , 534 (2001) ).
3)液体に電流が流れる場合:MHD(磁気流体力学的)効果
今度は磁場中で電解質溶液に「電流」を流した場合を考えてみましょう.磁場と直角方向に電流が流れると「ローレンツ力」が働きますため,溶液には大きな「流れ」が生じます.この現象をMagneto-hydrodynamic(MHD)効果と呼びます.ローレンツ力は大変大きな力ですので,超電導磁石などの強力な磁石を用いなくとも,通常の永久磁石で本効果は十分観察することができます.多くの磁場効果の中でも大変早くに見つかった効果です.この効果は,タンパク質の結晶化溶液に磁場下で電流を流す場合には十分大きな影響を及ぼすと考えられます(G. Sazaki, et al., J. Crystal Growth, 262, 499 (2004); A. Moreno and G. Sazaki, J. Crystal Growth, in press).タンパク質結晶の成長過程をどのように制御できるか,については今後の研究が待たれます.
4)荷電粒子が存在する場合:マイクロMHD効果
3)のMHD効果は溶液に「電流」が流れることでローレンツ力が生まれましたが,溶液中のイオンなどの「電荷を持った化学種」が一定の方向に運動することでもこれらの化学種に「ローレンツ力」が働きます.溶液中に引加された電流ではなく,特定化学種のイオン個々にローレンツ力が働くため,3)のMHD効果とは区別され,マイクロMHD効果と呼ばれます.例えば,結晶が成長している場合には,沖合の溶液から結晶表面へ溶質分子の「流れ」ができます.そのため,溶質分子が電荷を持っている場合には個々の溶質分子にローレンツ力が働き,分子の拡散運動はローレンツ力の方向に曲げられます.この効果については,東北大学金属材料研究所の茂木さんのグループが,銅などの金属結晶が無電解電析する系を利用して大変美しい実験をされています(I. Mogi, et al., J. Phys. Soc. Jpn. 60 , 3200 (1991); 茂木 巌,固体物理 34, 193 (1999)など).是非,文献をご覧ください.この効果は,磁場下でのタンパク質結晶の成長速度の低下(
S. Yanagiya, et al., J. Crystal Growth 208 , 645 (2000). )や形の変化(
G. Sazaki, et al., J. Crystal Growth 173 , 231 (1997). )に大いに関係していると考えられますが,メカニズム解明のためには強磁場下で結晶表面近傍の個々の分子運動を追跡できるような新たな観察手法を開発する必要があります.
5)粒子に磁気的異方性がある場合:磁場配向効果
分子や微結晶などに「磁気的な異方性」がある場合には,これらの粒子には磁場方向に「配向」しようとするトルクが働きます.強磁性体(鉄など)のように永久双極子を持つ場合には,外部磁場方向に自らの内部磁場を向けることで安定に配向します(右図1).それではタンパク質や有機物などの「反磁性体」の場合はどうでしょうか?粒子の磁気的異方性は(1)分子の(結晶の場合には単位胞の)「構造」の異方性に基づくものと,(2)粒子の「形状」の異方性に基づくものとに分類されます.以下にそれぞれについて説明します.
(1)
「構造」の異方性:磁石(永久双極子)以外で磁場ともっともよく相互作用するものは「コイル」です.コイルに磁石を近づけると反対方向の磁化を持とうとして「誘導電流」が流れます.発電機の原理ですね.有機化合物の中でもっとも理想的なコイルとして働く構造はベンゼン環です.すなわち,「自由に動けるパイ電子が平面上の構造をとっている」ため,あたかもコイルのように振る舞うことができます.しかし,分子内に誘導電流が流れているような状態は熱力学的に不安定ですので,ベンゼン環に磁場を作用させると誘導電流が流れない「ベンゼン環の分子平面が磁場と平行になる」向きに磁場配向します(右図2).タンパク質の場合には,「ペプチド結合」がコイルの働きをし,ペプチド平面が磁場と平行になる向きに磁場配向しようとします.そのため,ペプチド平面がその軸方向に平行に配列している「アルファ・へリックス構造」は磁場方向に配向しようとしますし,ペプチド平面がかなり平行に配列している「ベータ・シート構造」も同様の磁場配向作用を示します.もちろん,芳香性アミノ酸の「芳香環」も同様です.ですので,これら3つの構造が分子内部で特定の方向に配列していればいるほど,磁気的な異方性が強いことになります.ですので「膜タンパク質」などがもっとも磁気的異方性が強いタンパク質といえます.ただし,結晶の単位胞の中でタンパク質分子がそれぞれの磁気的異方性を打ち消す向きに配列している場合には,結晶は磁場は移行しないことになりますので注意が必要です.
(2)
「形状」の異方性:分子自体が磁気的異方性を示さない場合でも,粒子の形状が異方的な場合には磁場配向します.たとえば,磁気的に等方的な分子でも,その結晶の形が「針状」や「板状」など異方的であれば,結晶自体の帯磁率が方向によって異なるため,磁場配向します.
タンパク質結晶を強磁場中で成長させると結晶の品質は顕著に向上しますが(
T. Sato, et al., Acta Cryst. D56, 1079 (2000)),その際に中心的な役割を果たすと考えられるのが,この磁場配向効果です.膜タンパク質の結晶化をされている方!私にチャンスをください.磁場中での結晶化実験は至って簡単なもので,Nothing to loseです.
6)系の磁化率が不均一な場合,および不均一磁場中での場合:磁気対流
1)で「磁気力」について説明しましたが,(1)「系内の帯磁率に不均一がある場合」および(2)「系内の帯磁率が均一でも磁場に不均一がある場合」
には,これらに基づき「磁気力」が働きます.そのため,磁気力に基づいた「磁気対流」が発生することになります.右図は,水に空気中の酸素が溶け込み,空気-水界面で酸素濃度が高まった結果,酸素(常磁性)濃度の不均一に基づき水中で磁気対流が発生している様子を示しています.
この効果ははさみと使いようで,「うまく磁気対流を浮力対流の向きと反対方向にセットしてやる」ことができれば系内の対流を抑制することができますし,「望みの向きに磁気対流を流し,系内を拡販してやる」ことができます.この効果については,産総研の若山さんの論文(J. Qi, N.I. Wakayama, and A. Yabe, J. Crystal Growth 204, 408 (1999); J. Qi, N.I. Wakayama, M. Ataka, J. Crystal Growth 232, 132 (2001))を参照ください.また,「流れと結晶成長の関連」については本サイトの別ページをご覧ください.
7)その他
以上1)ー6)が現在わかっている「結晶成長と関連がありそうな磁気効果」です.その他にもまだ未知の新たな効果があればfantasticなのですが.皆さん見つけてみてください.
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